おっさんを泣かす
イサトさんのドエスっぷりに商人二人が死を覚悟し、何故かその怒りの矛先ではないはずの俺やエリサが恐怖のどん底に叩きこまれたりした後――…
いざ避難を始めようか、というところでその声は響いた。
「ああ、困りますねえ」
「……っ」
いるはずのない第三者の声に、俺は素早く大剣を構えてそちらへと向き直る。
そこに立っていたのは、見覚えのある太った中年オヤジだった。
にこにこと愛想の良い笑みを浮かべているものの、その双眸にはぬとりとした油断のならない光が浮かんでいる。
あの男だ。
セントラリアで、騎士を引き連れ絡んできたギルロイ商会の男。
「マルクトさん……!?」
「なんであんたがここに……!」
マルクト、というのがこの男の名前らしい。
俺は傍らで同じく身構えていたイサトさんへとちらりと視線を流す。
「イサトさん、気付いてたか?」
「いいや、君は?」
「俺もだ」
ぐ、と大剣の柄を握る手に力が入る。
俺も、イサトさんも、この場にこの男がいることに気付いていなかった。
いくら薔薇の庭園が戦場となっていたとはいえ、保護すべき狩りチームは一か所に固まっていたし、そもそも純粋な人間種は先程までイサトさんがいびり倒していた商人二人しかいなかったはずだ。
俺はゆっくりと大剣を持ちあげると、男へと突き付けた。
「あんた、何者だ」
「おや、まだ名乗っていませんでしたか? それは大変失礼致しました」
男は、商品の不備を指摘された商人めいた態度で上っ面の詫びを口にする。それから、恭しく片手を胸に当てて頭を下げて見せた。
「私の名前はマルクト・ギルロイ。ギルロイ商会の代表でございます」
「……なるほど」
この男がギルロイ商会の親玉だったというわけか。
セントラリアで絡まれた際、騎士相手に目で指示を出す様からお偉いさんだろうとは思っていたが……、どうやらこの男が諸悪の根源らしい。
「だが、それだけじゃないだろう」
イサトさんが横合いから口を開いた。
その金色の双眸は、油断なく男を見据えている。
そんなイサトさんへと、男はやはり愛想よく微笑んで、それでいてイサトさんの問い掛けには答えないまま言葉を続けた。
「皆さんに、私の息子を紹介しましょう。おいで、坊や」
男は、そっと自分の隣を覗きこむようにして声をかける。
子供が……いるのか?
俺は目を凝らす。
俺たちのいる辺りは朱雀のおかげで明るいが、男の立っている辺りはぼんやりと闇に沈んでいる。男の腰のあたりまではかろうじて朱雀の光が届いているが、それより下に関してはどうにか形が判別出来るか出来ないか、といった程度だ。
男は、優しい父親といった声音でその薄暗がりへと声をかける。
ぺた、と小さな足音がした。
薄暗がりから、小さな人影が一歩前に出る。
父親である男と手を繋いだその子は、父親の膝を少し超える程度の背丈しかない、本当に小さな子供だった。三、四歳といったところだろうか。
けれど。
けれど。
「……、」
俺とイサトさんは、その子を直視することが出来なかった。
アレは、生きていない。
それは直感だった。
その子の見た目に何か異様なところがあったというわけではない。
あえて言うならその子は、若干表情に乏しいだけの普通の子供のようだった。
けれど、違うのだ。
存在感があまりにも異質だ。
冷たいやすりでざりざりと神経を擦りあげられているような違和感。
ただ父親に寄りそうようにして立っているだけの子供の姿から、まるであのヌメっとした人型から受けたのと同じような気色悪さを感じる。人ではないものが、巧妙に人を真似ているからこその気持ち悪さ。不気味の谷、なんていう言葉を思いだす。
「おい、マルクトさん……なあ、おい、嘘だろ……」
「あ、……あ……」
俺たちの背後で、商人二人が呻く声が聞こえた。
悲しそうにも、怯えているようにも、憤っているようにも聞こえる、不思議な声だった。
「なあ、おい……マルクトさん、その子はあんたの」
「ええ、うちの坊やですよ」
「ありえない!」
商人の声にも、男は表情を変えなかった。
にこやかな愛想笑いを浮かべたまま、首をすこぅしだけ傾けた。
「何を言ってるんですか、ディーゲンさん。ありえない、なんて失礼ですねえ」
「マルクトさん……!!!」
男の名前を呼ぶ商人の声は、悲鳴のようだった。
「あんた……、何したんだよ……、その子に何を……っ」
「おかしなディーゲンさんですね? あなたはうちの坊やのことは可愛がってくれていたと思うんですが」
動揺し、声を引き攣らせている商人とは対照的に、男はどこまでも穏やかに、のんびりと、まるで世間話でもしているかのような態で言葉を紡ぐ。時折手を繋いだ先にいる子供に対して愛しげな眼差しを注ぐ様などは、場所さえ違えば子煩悩な父親にしか見えなかっただろう。
ここが薔薇の庭園である、ということが。
その子の黒々とした昆虫のような無機質な眼差しが。
ありふれた幸せな光景を、おぞましい何かに見せていた。
「マルクトさん、あんたも本当はわかってんだろ……!」
「何が、です?」
「あんたの息子は十年前に流行病で死んだ!」
「……っ、」
商人の声に、俺は小さく息を呑む。
そうか。
だからか。
あの男が連れた子供から感じる違和感はそれか。
一目見た瞬間から「生きていない」と感じてしまった理由は。
事実、あの子は生ある存在ではないのだ。
何らかの方法でもって、理を歪めた存在。
「私の可愛い坊やはね、蘇ったんですよ。おかげさまで。だから、こうして父子揃って幸せな毎日を送らせて頂いています」
にこにこ、と微笑みながら男は語る。
人外の虚ろな目をした子供の手を引いて、父親は楽しそうに語る。
「ただ……この子が生きるのは女神の恵みが必要なんですよ」
父親の声に応じるように、その子は小さく顔を上げた。
父親の様子を窺うようなあどけない仕草。
が、そこから続いて起こったことは、決して微笑ましいなんて言葉で済むものではなかった。
かぱあ。
幼子の顎が落ちる。
喉奥からせぐりあげるようにこみあげてくるのはヌトリとした汚泥めいた漆黒だった。俺はこの色を知っている。飛空艇で戦ったヌメっとした人型だ。嫌悪感に、ぞわりと全身の毛が逆立つ。
アレが、人の中に潜んでいる?
カラットの村で見たのも、そんな存在だったのだろうか。
裏表が入れ換わるように、幼子の中から溢れた漆黒がその身体を包みこみ、やがてどぷんと溶けるように消えた。
いや、消えたように見えるだけだ。
きっと、アレはスライムか何かのように地面に広がっているのだろう。
闇が濃い地表に溶け込むように、じりじりと地面に広がる黒の粘体の姿を幻視して俺は顔をしかめた。いきなり足元を掬われて喰われるなんて、たまったもんじゃない。
「イサトさん、光を」
「わかった」
イサトさんが、手を掲げる。
その指示に従って、優雅に羽ばたいた朱雀が舞いあがる。
光源が高くなったことにより、辺りに昼のような明るさが満ちた。
光に照らされた地上は明るく。
そして、光に照らされて闇色はなお暗く。
俺が脳裏に思い描いた通り、黒の粘体は地表に薄く広がっていた。
光から逃れるように、ひたひたと俺たちとは逆の方向へと広がっていく。
「うちの坊やは不器用でしてね」
にこにこと親馬鹿のようにマルクト・ギルロイは語る。
「見本がないと、どうも上手に工作が出来ないんですよ。私もそういった方面には全くなので……父親に似てしまったんですかねえ。家内はわりと器用な方だったはずなんですけど」
場違いな言葉が空々しく響く中、びゅ、っと何かが風を切る音が聞こえた。
俺は咄嗟に身構えるものの、黒の粘体から伸びた触手が向かったのは俺たちの居る明るい方ではなく、闇の向こう側に潜むモンスターの方だった。薔薇姫が黒い触手に捕まり、ずるずると引きずり寄せられる様が黒々とした闇の向こうに微かにシルエットで浮かびあがる。朱雀の光の範囲外、闇の中でぐちゃりごりばきりと不気味な音と微かな影絵だけがおぞましい惨劇を物語る。見えないからこそ、より恐怖を掻きたてられる。
そして、闇が震えた。
うぞぞぞ、と地面に広がっていた黒の粘体が蠢き、膨れ上がって新たな輪郭を形作る。それは、見た目だけなら薔薇姫の形状にとてもよく似ていた。下向きの薔薇の花を象ったような球状の下半身に、その上にちょこんとついた上半身。薔薇姫であればその名の通り、可憐なお姫様の上半身がついていたものだが、今そこにあるのはのっぺりとした黒の無貌だ。これだけの質量がよくもまあ小さな幼子の身体に収まっていたものだと、変なところに感心してしまいそうになる。
呆然自失と目の前の光景を見つめることしかできない一同の前で、マルクト・ギルロイだけが愛息子のお遊戯を眺める親馬鹿のような顔でにこにこと変わらずに微笑んでいた。
「……コレが、あんたの息子なのか」
「ええ、私の自慢の坊やです」
即答だった。
迷いはなかった。
モンスターを捕食してその形を真似た異形の黒の粘体を、この男は変わらずに『坊や』と呼んだ。
病んでいる。
いや、それは姿形を超えた父子の愛なのかもしれない。
俺のような若造には、父親が子供に注ぐ愛の深さを推し量ることは出来ない。もしかしたら、マルクト・ギルロイとその『息子』である異形との間には俺らには理解できないような深い愛の物語があるのかもしれない。けれど、それは俺にとっては途轍もなく異質なものだった。
そしてその異質さを、マルクト・ギルロイは歯牙にもかけていない。
彼にとって目の前の息子は愛しい自慢の坊やでしかなく。
周囲から向けられる恐怖の眼差しに意味はない。
あんまりにも完結した父子の関係を見せつけられて、俺はどうしたものかと反応に困ってしまう。
そんな俺に代わって、横合いから口を開いたのはやっぱりイサトさんだった。
「――彼が、あなたの息子だと言うのなら、それはそれでいいだろう」
良いのか。
本当にそれで良いのか。
いろいろ良くない気もする。
「だが――…その息子さん連れで私たちに何の用だ?」
「あ」
そうだ。
間の抜けた話だ。
衝撃的な息子さん紹介に度肝を抜かれて、そこで思考がフリーズしてしまっていた。問題はマルクト・ギルロイの息子が薄気味悪い異形である、ということではなく。マルクト・ギルロイがここに何をしに現れたのか、ということだ。たとえマルクト・ギルロイの息子があのヌメっとした人型だったとして、彼らが俺らに害を成す存在でさえなければ別にそれで良いのだ。個性は尊重しよう。それは例えその息子が黒い粘体と化してモンスターを捕食するような存在であったとしても、だ。
イサトさんの問い掛けに、マルクト・ギルロイはにこやかに笑った。
「あなた方には――…坊やのご飯になってもらおうかと」
その言葉と同時に、ぶびゅるッと粘質な音が迸る。
それがヌメっとした人型の背が破裂した音だと気付いた時には、すでに弾けるような勢いで射出された黒の触手が俺たちに向かって降り注ごうとしているところだった。
俺やイサトさんどころか、その背後にいるエリサ達までをも取り込もうと広げられた触手は、いつかテレビで見たクリオネの捕食光景じみている。
「ちッ」
悪寒を振り切るように、俺は舌打ちを一つ。
先程からの戦闘で学んだのだが、俺の攻撃というのは基本的に一点豪華主義である。スキルを使うことである程度離れたところにいるモンスターを狙い撃ちにしたり、直線上にいるモンスターをまとめてぶった切る、というような手段も持ち合わせてはいるのだが……それでも基本的に俺の攻撃は一点に収束する傾向にある。つまり、相手が手数で攻めてきた場合、なおかつそれが広範囲に及ぶ場合、迎撃が間に合わない。自分一人の身を守る程度ならわりとどうにでもなるのだが、守るべき対象が複数になるとどうにも弱い。
そもそもRFCというゲーム自体が、そういった状況を前提にしていなかったということもある。だからこそ、リアルとなったこの世界において、「守るもの」が複数存在する戦闘に、俺のこれまでのスキルやスタイルがうまく咬みあわない。
そんなわけで。
「イサトさん……!!」
「F8!」
あっさりとこの場をイサトさんに譲ることにした。
イサトさん大きく広がって迫りくる触手に向けて手をかざし、高らかにスキルの実行を宣言する。その手の先に、ごうっと渦巻く焔が花開くように展開し俺たちを護る焔の壁となった。一応警戒しつつ様子を窺ったものの、触手が焔の壁を突き抜ける様子はない。
「エリサ、今のうちに皆を逃がせ!」
「…………」
「エリサ!」
「わ、わかった!」
あまりの展開に呆然としていたエリサが、俺の声にびくりと小さく肩を揺らし、両親らと共に狩りチームのメンバーを扉の向こうへと押し込んでいく。その様子をちらりと目の端で見届けて――…
「先に行く!」
「ん」
俺はイサトさんにそう一声かけると、大剣を携えて焔の壁へと突っ込んだ。
ゲーム時代であれば俯瞰で画面を見ていたので気にならなかったのだが、イサトさんが防御のために展開したこの壁魔法の欠点をあげるとしたら視界が遮られる点だ。まあ、それは逆に相手からも俺らの姿が見えないということになるので……こんな風に不意打ちも可能になる。
身体にまとわりつくような熱気を感じたのは一瞬。
ぼひゅっと焔の壁を突き抜けて、俺は大股に一息にヌメっとしたモンスターへと接近した。腰だめに構えていた大剣を一閃、その膨れあがった球体を薙ごうと試みる。飛空艇で遭遇したヌメっとした人型と同類だとした場合、通常武器でダメージを与えることが出来ないのは予想できるが、時間稼ぎぐらいにはなるだろう。
そう思っていたのだが……大剣が黒くヌメる球の表面に触れるか触れないか、というところで急にすぅっとその色が抜けた。最初は溶けた飴のように濁りがあるそれが見る見るうちに硝子細工のように澄み渡る。そして、その中にあるものを視認して俺は息を呑んだ。
「……ッ!」
振り抜きかけた大剣だったり、前のめりに突っ込みかけていた脚に急ブレーキ。
ざりりりりッ、と足元で砂利が鳴る。
重心を一気に反転させての方向転換。
バスケ部時代に慣れたターンとはいえ、重量級の武器を振り抜きかけたところでのこととなると流石に足腰が軋むように鈍く痛む。が、振り返った先でやっぱり、というか案の定、というか待ち構えていた光景にそれどころではなくなった。
焔の壁は、もう役目を終えたかのように消えていた。
名残のように、ちろりと熾火めいた光がイサトさんの足元を彩る。
その背後にいた怯える狩りチームの人々の姿はもうない。
「イサトさんスト」
「Ctrl2、F1! F2! F3……!!」
ップ、と最後まで言うより先に、イサトさんの放った攻撃魔法が次々とヌメっとしたモンスターめがけて飛来する。俺の援護なのだとしたら完璧なタイミングでの追撃だった。ヌメッとした黒の人型が取り込んだモンスターが薔薇姫だったことを鑑みてのチョイスなのだろう。その全てが焔系の魔法である。地を蔦のように走りながら迫るもの、複数の火矢となって降り注ぐもの、そしてサッカーボールほどのサイズの焔の塊が縦横無尽に突っ込んでくる。
だから。
もう一度言うが。
俺は複数迎撃には向いていないのである。
「……ッ!」
ぐっと強く奥歯をかみしめて、ヌメっとしたモンスターに直撃しそうな魔法攻撃を幅広の大剣を振りまわして薙ぎ払った。接触した地点で爆発するタイプの攻撃魔法が次々と誘爆してイサトさんの魔法を絡め取る。轟々と渦巻く爆炎に息が詰まる。燃え盛る焔に焙られ、露出した肌がちりちりと痛んだ。が、まだ怯むわけにはいかない。俺は素早く足元を確認。そして地表を走る焔の蔦を、顔を顰めつつ思い切り踏みつけた。腹に響く音とともに足元で焔が炸裂する。
「っ、」
足裏から膝の辺りまでを灼熱の焔に焼かれる痛みに、一瞬頭の中が真っ白になった。これは痛い。いくら高レベル装備で身を固めていようと、さすがにイサトさんの魔法攻撃を受けてノーダメというわけにはいかないらしい。装備がなかったら間違いなく足を吹っ飛ばされていた。
「秋良!?」
イサトさんが驚いたように俺の名を呼ぶが、それに返事をする余裕はない。イサトさんの魔法攻撃を迎撃している俺の無防備な背中を敵が見逃すわけもないのだ。ああクソ、と口汚く罵りながら、俺は目の前を渦巻く焔の中に自ら突っ込んだ。だん、と叩きつけるように左手で身体を押しやり、転がって距離を稼ぐ。あちこちの皮膚がひきつるように痛むのは間違いなく火傷のせいだろう。そんな俺の背後で、ざすざすざすッと空を切った触手が地面に刺さる音が聞こえた。
「触手…だけ、狙え……!」
「F2!」
がさがさに掠れた声で叫ぶ。
状況もわかっていないだろうに、イサトさんはすぐさま再びスキルを発動させると、俺を追って伸ばされた触手を迎撃してくれたようだった。イサトさんと同じ位置まで一旦下がって、俺はげふごふと咳き込んだ。熱気を吸いこんだせいで、喉が焼けたように痛む。というか、実際焼けている。息をする度に金臭いのは、熱に爛れた粘膜が出血しているせいだろう。口の中も血の味でいっぱいだ。やばい死ぬ。ざん、と大剣を地面に突き立て、それで身体を支えつつぜいぜいと喉を鳴らして息を継いだ。吸っても吸っても肺に酸素が行き届いてないような感覚に、目の奥がチカチカと瞬く。
「朱雀!」
イサトさんの声をきっかけに、少しずつ呼吸が楽になり、喉やら全身やらの痛みが薄れていった。朱雀の回復魔法の恩恵だろう。は、は、とまだ荒い息を整えながら、ようやく顔をあげてぼそりと呟いた。
「……し、死ぬかと思った」
「殺すかと思ったぞこっちは!!!」
イサトさんに間髪入れず怒鳴られた。イサトさんにしては珍しいぐらい動揺が声に現れていて、なんだかちょっと泣きそうに震えているようにも聞こえる。顔をあげようとしたところ、べちりと顔面に手を押しあてられた。アイアンクローじみているものの、その指に力はこもっていない。
もしかして、顔を見られたくない、とか?
「イサトさん?」
「……後で覚えてろ」
非常に恐ろしい宣言をされた。
イサトさんはふいっと手を俺の顔面から離すと、インベントリへと手を滑らせる。そこから取り出したのは、先程の狩りで手に入れたばかりの小瓶だった。薔薇姫ドロップの蜜だ。手のひらサイズの小瓶に入ったとろりとした蜜は、朱雀に照らされてとろりとした光を放っている。
「念のため、こっちも飲んでおくといい。というか、飲め」
「はい」
逆らうと後が怖い。
きっと俺を睨む金色が、ちょっとばかり潤んでいるように見えるのは見間違いだろうか。これはアレだ。全部終わったら本気で謝らないといけない奴だ。
きゅぽ、と瓶の蓋を落して、中身を一息にあおった。薔薇の香りを濃く纏った甘ったるい蜜がとろとろと喉を過ぎていく。精製前とはいえ、高級ポーションの材料となるぐらいなので、薔薇姫の蜜だけでも回復アイテムとして優秀なのである。
俺は回復具合を確かめるように首を回して手首を振りつつ、ヌメっとしたモンスターへと向き直った。その球体部分は、すでに元ののっぺりとした黒に戻っている。
「秋良、説明してくれ」
「イサトさん」
俺は、重々しい声音でイサトさんの名を呼ぶ。
そして、俺を見やった金色をしっかりと見据えて口を開いた。
「ライザとレティシアが人質に取られてる」
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