おっさんがびじょ
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「…………」
俺は自らが砂の中から掘り起こしてしまったものを見下ろして呆然とする。
踏んだ時点で若干覚悟していたとはいえ――…、まさか本当にローブの下から女性が出てくるとは思わなかった。おっさんの中身、ということで、俺はもっとインテリ然としたおされなおっさんが出てくると思っていたのだ。
それがまさか女の人、だったなんて。
そっとフードをめくると、さらりと長く艶やかな銀髪がこぼれた。閉ざされた瞼を縁どる睫毛も同じ色で、やたら長い。目を閉じているのではっきりとは断言できないが、異国情緒あふれる美人だと言いきれる程度には顔立ちは整っている。街を歩けば、十人中八人は振り返るだろう。
なめらかな、ミルクたっぷりのコーヒー牛乳のような色合いをした褐色の肌と、淡くピンクがかった唇の色の対比がエロい。
仰向けに横たわっているせいか、胸部の主張はささやかだ。が、決してぺたんこというわけではないので、身を起こしたらそれなりのサイズがあるのではないだろうか。そのあたり豊満すぎないのがなんともエルフらしいといったところだが――…はたしてそれは現実のおっさんの中身を反映しているのか、あくまでキャラメイクによるもの、なのか。
と、そこまで考えてようやく俺は自分自身の外見について思い至った。
服装が自キャラの装備していたのと同じ格好になっているのは察していたが、外見はどうなのだろう。ゲーム内の俺は、黒髪のイケメン硬派騎士だったわけだが。
「鏡、鏡……」
そんなもの、持っているわけがなかった。
そもそも持ち物はどうなっているのだろう。ゲーム内であれば画面のUIから持ち物を収納したインベントリを開けたのだが……。さすがに装備だけで砂漠に放り出されたとは思いたくない。いろいろと常備しておきたい高価かつ有用なアイテムがしまってあったのだ。
俺はダメ元で腰に下げていた革の袋を開いてみる。
見た目はただの小さな革袋だが、ゲーム内の設定としては所持量はレベル次第という便利アイテムである。
RFCでは、通貨以外の全てのアイテムに重量が設定されており、キャラが装備しているバックパック系アイテムの許容重量によってアイテムの持てる量が変動するのだ。
アイテムの数ではなくあくまで重さでしか制限がかからないのは便利なのだが、レベルが低いうちはなかなか許容重量が低くて苦労する。
ちなみにバックパック系は見た目を変えるために別のアイテムに取りかえることはできるが、取り外すことはできない。
そんな革袋の中身をのぞいて……。
「うわっ」
俺は思わず声をあげていた。
革袋の口を開いたとたん、慣れたインタフェースが視界に飛び込んでくる。
淡いラインで、ホログラムのように浮かび上がったのだ。試しに革袋の口を閉じてみると、それは何事もなかったかのように消えた。
もう一度開いてみる。やっぱり目の前にホログラム状のインターフェースが浮かび上がった。横5マスにきっちりとアイテムが整然と並んでいる。
「おおお……」
つい感嘆の声が漏れる。よくVRMMOもののアニメでしているように、中空に手を滑らせ、適当なマスに触れる。続いて、引き出す数を決めようとして少し困った。ある程度の数までだったら、「↑」と「↓」をタッチし続けることで数を調整することができるのだが、例えば回復アイテムを300個取り出したい場合、300回「↑」をクリックしないといけないのかと思うと非常にめんどうくさい。押しっぱなしが出来るとしても、だ。
「キーボード操作はできないのか……?」
今のところ「1」と出ている数字に直接触れてみる。と、そこで所持アイテムインベントリの隣に、電卓状に数字の配列された別のインターフェースが浮かびあがった。これで直接入力することができるらしい。便利だ。操作の仕方が分かったところで、操作をキャンセル。今は別段上位ポーションに用はない。
つつ、と指を滑らせて持ち物を確認してみるが、鏡や、そのい代用が出来そうなアイテムの持ち合わせはなかった。
そうなると次に頭に浮かぶのは水鏡だが……、ここは砂漠である。
哀しいぐらいに何もない。
見渡す限りがただただ砂で埋まっている。
この砂漠のどこかにはオアシスがあるかもしれないが、今はその可能性を追求するのはやめておく。
となると……。
「あ」
いいことを思いついた。
ずらり、と腰に下げていた得物を引き抜く。
俺の武器は騎士職にありがちな大剣である。わりと幅広の刃はきんと澄み渡って鏡面のように周囲の景色を映し返す。
そう。俺の思いついた良いことというのは、この大剣の刃を鏡代わりに使ってやろうということなのである。さすがはヅァールイ山脈の中腹に住まうクリスタルドラゴンのドロップ武器である。澄んだ刃に俺は姿を映し……。
無造作に切りそろえた黒のショートに、若干人相悪めの三白眼気味の男と目があった。
俺だ。誰がなんと言おうと、俺だ。この生来の目つきの良くなさは俺だ。
味気ない結果に、かくりと肩を落とした。髪は黒いし、肌色や顔つきにも変化はない。剣に映した範囲だと少々怪しい部分も残るが、感覚的に身長や体格に関しても差はないように思う。
こんなことになるのなら、もっと突飛な色でキャラメイクをしておけば良かった。
というか、つい最近装備を黒で揃えたのに合わせて、髪と目の色を黒で染め直していたのだ。それまでは、金髪碧眼の王子様風騎士だった。
「…………」
俺は、未だ意識を取り戻す気配のないおっさんへと視線を流す。
色はともかく、俺がこうして生身の俺と変わらない体格や顔立ちをこの世界で継承しているということは。
ということは。
おっさんは美女。
やっぱりおっさんの中身は女性だった、という結論にたどりついてしまう。
異世界トリップものの中には、その際に神様の悪戯的な何かで性別を変えられてしまうパターンもあったりするのだが……、俺がこうして普通に俺として来ている以上、おっさんもおっさんとして来ていると考えた方がつじつまがあう。
つじつまはあうのだが……。
「……納得しかねる」
普段あれだけ悪ふざけをし、共にシモネタに走り回ったおっさんの中身がこんな綺麗な女性だったなんて実際目にしている今も信じられない。
おっさんだけたまたま部屋にいた別の相手が召喚されてしまった、とかだったりしないだろうか。おっさんの妹とか。おっさんの恋人かもしれないという可能性はガン無視である。おっさんの癖にこんな美人の彼女がいるわけがない(ラノベタイトル風)。
「…ん、ぅ」
小さく、おっさんが呻いた。いや、おっさんじゃないが。おっさんじゃないが。大事なことなので二回言いました。
ゆっくりと、そのやたら長い睫毛が震えて持ち上がる。
瞼の奥に隠されていた双眸は、とろりと蜂蜜めいた琥珀色。
正直肌色からしてどんな色をしていてもおかしくないと思っていた。
身体を起こしたおっさん――…、もとい彼女は、ゆる、と瞬いたのちに俺をぼんやりと見上げる。
そこで俺は大事なことに気付いた。
俺、大剣抜いたままじゃね?
砂漠に倒れるたおやかな美女と、その傍らに立つ抜き身の大剣をぶら下げた人相の悪い男。
どう考えても俺、悪役である。
「ち、違う!」
とりあえず凶器をなんとかせねば、と焦ってしまったせいか、否定のために振った手から大剣がすっぽ抜けた。
「あ……っ!?」
すっぽ抜けた大剣はひゅんひゅんひゅんと回転して、ざんッと阿呆のような切れ味を発揮してぼんやりと瞬く褐色の美女の頬を掠めるようにして砂の上に突き立った。
剣圧に煽られたように、長い銀髪が一房ふわりと揺れる。
髪がさらりと落ちて頬にかかる感触に促されたように、彼女が緩やかに瞬く。
やらかした。これ以上ないほどにやらかした。
これでマジで彼女がおっさんじゃなかった場合、俺はただの凶悪犯である。
だらだらだら、と冷や汗が滲む中、彼女はすっと顏をあげて。
「……なに面白い舞を舞ってるんだ、アキ青年」
なんて口を開いた。
嗚呼、――おっさんが美女、確定。
おっさんは、目覚めても美女だった。
ぱっちりとした二重の双眸は、長い睫毛に縁どられているせいか常に伏し目がちでいるような印象を対峙した相手に与える。別段垂れ目というわけじゃないのに、とろんとどこか眠たげな風情に見えるのも、そのせいだろう。
年の頃は俺と同じか、それより少し上ぐらい、だろうか。
男の俺には女性の年齢を当てるのはどうも難しい。
そんなおっさんと言えば、先ほどの俺と同じように大剣を鏡がわりにまじまじと自分の姿を確認している。
「……黒いし、どうにも派手だな」
「あ、それやっぱり自前じゃなかったのか」
「俺は一応日本人だぞ」
「…………」
妙齢の美女から飛び出した「俺」なんていう男らしい一人称に、思わず動きが止まる。
男を装う、というようなわざとらしさもなく、いかにも自然にその一人称は飛び出した。日ごろから使い慣れていなければ、そんなにも自然に口にしたりは出来ないだろう。
……俺女?
女性でありながら一人称俺を好むグループがサブカル属性には存在するらしいが……。そんな俺の疑問に気づいたのか、彼女は、ひらり、と片手を振って見せた。
「や、すまない、驚かせたな。
普段ネトゲ仲間と会話するときは、一人称『俺』を使うことが多かったんだ。
ほら、私普段ネトゲだと一人称俺を使ってるだろう。音声会話でいきなり一人称を切り替えると誰だかわからなくなって混乱が起きやすかったんだ。
君とはRFCの外では付き合いがなかったので肉声で会話したことなかったのを忘れていた」
「は、はあ」
正直それ以外の反応が思いつかなかった。
いつもの通り「おっさん」として対応すべきなのか、初対面の女性を相手に対する対応をすべきなのか。
「む。反応がよろしくないな。私が女だったのがそんなに意外だったのか?」
「……ものすごく」
「それは我ながら完璧なネナベっぷり、と悦に入るべきなのか、女子力のなさを嘆くべきなのか……」
彼女は彼女で思うところがあるのか、ふっと視線が遠のく。
そうなのだ。
彼女が言うように、ネトゲだけでなく、ネット界隈では己の性別を偽るネナベやネカマという存在が数多くいる。
が、わりとそういうのは注意深く観察すれば結構わかるものなのだ。
特に自分と同性を偽ってる相手の場合、話しているうちに小さな違和感を覚え、その違和感故にもしかしたら、という疑惑を覚えるものなのである。
それがこのおっさんには全くなかった。
俺は本当に、おっさんはおっさんだと信じ切っていたのだ。
「アルティとか知ってるだろう?」
「アルティって……、あの弓使いの?」
「そうそう、あのアルティ。
あのアルティとは音声チャットで会話したことがあるんだが……。
あらかじめ中身は女だと言ってあったのに、『本当に女の人だ!?』と叫ばれたしな。さらに言うなら、その後アルティとはリアルでもお茶をしたんだが、あいつ待ち合わせ場所で会うまで声を聞いておきながら私が本当に女かどうか疑っていたらしい。あいつまじぶっころ」
「ぶはっ」
共通の友人である、エルフの弓使いの少女を話題に出されて、笑ってしまった。
RFCに出てくるビリベアという黄色いクマの着ぐるみ風装備を愛用している、マスコット的な少女だ。
俺にとっては「おっさんの友達」といった感じでしか知らない相手だが、よくおっさんにまとわりついているのを見ていた。実はちょっと、俺は一時期おっさんがネット恋愛しているのではないかと疑ったこともある。
おっさんは男友達も多かったが、それと同じぐらい女の子たちに人気があったのだ。柔らかな物腰に、さらっと気障なことを言ってのけるところが女の子に大受けする所以だろう。
だが、その恋愛疑惑はおっさんの中の人が女性だとわかるずっと前に俺の中では消えていた。
おっさんは線引きがうまかったのだ。
恋愛的な意味で近づいてくる女の子に対しては、こちらが見事だと思うほどにずっぱりと線を引く。線を引くどころか、ものすごい逃げ足の速さでさりげなく逃げる。おっさんが甘やかすのは、おっさんを絶対に恋愛対象とみない子だけだった。
俺はそれをリア充――おそらくは既婚者――故の余裕だとばかり思っていたのだが……、なるほど、中の人が女性だったからなのか、と今さらながら納得した。
「でも…、なんでまたネナベなんか」
「以前やっていたネトゲで下半身直結厨に絡まれることが多くてな」
「あー…」
下半身直結厨。
ネトゲという媒介で何としてでもヤれる女を捕まえようと頭の中がまっぴんくに染まった厄介な男のことである。
同性としてもなんとも見苦しい、恥ずかしい存在だ。
おっさんは人間として魅力的な人物だった。
それで女性だということがわかっていれば、きっとさぞかしそいういった方面の面倒ごとに巻き込まれていただろう。それはあんまりにも簡単に想像がついた。
「なんつーか…、リモネあたりが知ったら腰抜かしそうだよな」
「…………」
俺の言葉に、うろり、と彼女は視線をそらした。
「…………」
リモネは知ってんのか。
そう思ったが、アルティが知ってることをしれっと白状したこのおっさんが今さらそれぐらいで視線をそらすとは思えない。
それじゃあなんだ?
「………………あ」
一つ恐ろしいことに思い当った。
「おいまさか」
「たぶんそのまさかだ」
「嘘だろおおおおおおおお!?」
あのリモネまで実は中身が女性だったというのか。
俺以上に口が悪く、俺よりもレベルが高い廃人仕様の装備で楽しげに俺TUEEEEで高レべ御用達エリアを蹂躙しまくっていたあのリモネが!!
「私がバラしたことはリモネには内緒だぞ?」
「…っていうか、チクりようがないです」
「デスヨネー」
そんな身内の暴露トークに花を咲かせていた俺たちだが、このあたりでようやく我に返って周囲を見渡した。
相変わらず周囲には砂しかない。
「というわけで私の一人称のせいでだいぶ話がズレてしまったんだが……、顔立ちや体型に関してはリアルの私に準拠しているみたいだが、色はゲーム仕様だな。あと耳も」
「あ、本当ですね」
身に纏う色に気を取られすぎて気づいていなかったが、さらりと髪をかきあげた先に露出の耳朶はアニメでよく見るエルフのようにツンととがっていた。それでも基本的な外見はリアルが反映されている、ということは種族特性だけがミックスされているのかもしれない。
俺も種族がヒューマンでなく、獣人的な亜人種を選んでいたならば、今頃は俺の外見に犬耳やしっぽがついた状態でこちらにいた可能性が高い。
あんまりぞっとしない想像だ。
と、そんなことを考えていたところで、俺は何やら目の前にいる彼女が御機嫌ナナメであられるのに気付いた。
あからさまに拗ねた目で俺を見ている。
「……何か」
「アキ青年がつれない。私が女だとわかった瞬間になんかめっちゃ壁作られてる」
「えー……」
そんなことを言われましても。
俺の中では相棒はあくまでおっさんだったのである。
彼女からして見れば俺は俺だろうが、俺にとってみればおっさんが美女に化けたのだ。対応が少しばかり余所余所しくなるのは仕方のないことだと思う。
仕方のないことだとは思うのだが……、おっさんは拗ねている。
このあたりの大人げのなさは、俺の知るおっさんのままだ。
「……わかったよ。なるべくいつも通りな」
「ん」
満足そうに彼女は双眸をほっそりと細めて笑った。
ああくそ、可愛い。
「とりあえずいつまでもここにいても干からびるだけだし……、移動しようか?」
「そうだな」
彼女が、何気ない仕草で俺へと手を差し出す。
意味はすなわち、起こしてくれ、ということだろう。
はあ、と俺はわざとらしくため息をついた。
俺に比べると小さくて華奢な手を握り、ぐい、と引き上げる。
「甘えんな、――…イサトさん」
さすがにこの外見の彼女をおっさんと呼ぶ気にはならなかった。
彼女はぱちり、と俺の呼びかけに瞬いて。
いつも通りの俺の対応と、新しい呼び名に満足したように、やっぱり双眸を細めて笑ってくれた。
そして。
立ち上がった瞬間、彼女のズボンが落ちた。
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