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殺意の波動に目覚めしおっさん

第三者目線が入ります。

★☆★


「あー、もう」


 エリサは、泣きたいような、笑い出したいような気持ちで小さく呟いた。

 何なんだろうか、この光景は。

 今までだって、散々アキラとイサトが規格外なのは思い知らされてきたつもりだった。あの二人が何かする度に、エリサは驚かされてきたのだ。

 あの二人が飛空艇を墜とした犯人だと知らされたとき、もうこれ以上驚くようなことはないと思っていた。

 

 けれど、それはエリサの勘違いだった。


 エリサの驚きの原因は、アキラだ。

 エリサはずっと、アキラはイサトの保護者(おもり)だと思っていたのだ。

 イサトはわかりやすく『普通』ではない。

 銀髪金瞳、褐色肌に尖った耳。

 それらの特徴は、明らかにイサトが『ただびと』ではない証拠じみている。

 イサトの外見は、今ではもう御伽話にしか登場しないような、黒き伝承の民にとてもよく似ている。エリサらと同じ亜人種でありながら、より女神に近く、魔法に優れていたという既に滅んで久しい民。たまに先祖がえりのように、そういった特徴を持って生まれる者がいる、ということはエリサも知っていた。だが、イサトのように強力な魔法を使える者はいない。少なくとも、イサトが使うような魔法をエリサはこれまで見たことも聞いたこともない。だから今ではエリサは、イサトはもしかすると先祖がえりなんかではなく、滅んだと言われている黒き伝承の民の生き残りなんじゃ……、と疑っている。

 その予想が当たっているにしろ、外れているにしろ、だからこそイサトが『特別』だというのはエリサにとってもわかりやすかった。イサトが何か凄いことをしたとしても、そこにある驚きはある種『やっぱりイサトは黒き伝承の民だったんだ』という確信に繋がるものでしかなかった。イサトが空翔ける騎獣を召喚したり、変身したことには確かにエリサは驚いたけれど、イサトなら仕方ない、とも思ったのだ。

 

 でも、アキラは違う。

 

 黒髪黒眼に、陽に焼けた黄色い肌。

 体格は優れている方だろうが、アキラの外見はそれほど珍しいものではない。

 どこにでもいそうな、普通の人間だ。

 それに、言動にしたってアキラはイサトほど突拍子のないことを言ったりやらかしたりはしなかった。どちらかというと、そういったイサトを諌めたり、宥めたりしていることの方が多かったような気がする。

 だから、エリサは勘違いをしてしまったのだ。

 アキラはイサトにつけられた優秀な保護者(おもり)なのだと、そう思ってしまった。

 

 強大な力を操る古代種の生き残りの姫と、そんな浮世離れした姫に振り回される苦労性の騎士。

 

 エリサがイサトとアキラから想像したのはそんな物語だ。

 ギルロイ商会の連中に絡まれた時の対応からして、アキラがタダモノではないのはわかっていた。でも、それでもエリサはとびきり優秀な、という意味合いでしか認識していなかったのだ。

 実際本人だって、


『……規格外なのは主にイサトさんが、ってことにしておいてくれ』


 なんて言っていたじゃないか。

 それなのに。

 ああ、それなのに。

 

 アレのどこが真っ当だと言うのか。


 頭を抱えたいような気持でエリサが見つめる先には、前線にてエリサの身長とほとんど変わらないような馬鹿でかい剣を容赦なく振るって敵を屠るアキラの姿があった。体を低く構えた前傾姿勢、腰だめに大剣を構えて敵に接近しては、一息に振り抜く。庭師は受けとめようと鋏を構えるものの、アキラの大剣はそんな鋏ごと易々と引き裂いて庭師を無に還した。庭師の形を崩され、解放された女神の力がきらきらと光の粒子となって闇に溶けて行く。

 

 こんな光景は、あんまりに想定外だ。


 アキラの武器が幅広の大剣なのは、エリサだって見て知っていた。そんな大剣を見ていたからこそ、エリサはアキラの本分は護ることにあるのだと思っていたのだ。あんな馬鹿でかい大剣をがんがん振り回して戦う姿なんて、誰が想像するだろう。普通ああいった大剣というのはいわゆるロマン武器だ。趣味で持ち歩く者はいても、実際の戦闘で使う者は限られるし、使いどころもかなり限定的だ。重さがある分威力は十分だし、上手く当てることができれば一撃で大抵の獲物は仕留めることが出来るだろう。けれど、その一撃が外れた時が怖いのが重量武器なのだ。その重さ故に、連続して攻撃することが出来ない。一度振り降ろすか振り抜くかした武器を、再び攻撃できる体勢にまで戻すのに通常の武器よりも時間がかかり、大きな隙が出来てしまう。

 それ故に、エリサはアキラの役目は、イサトが魔法詠唱している間の護衛であり、あの大剣は盾を兼ねているのだと思っていた。


 ……ある意味、それは間違ってはいなかったのかもしれない。


確かにアキラはイサトを護っている。ただしその方法は、「攻撃は最大の防御なり」なんて言葉を実践する形で、だ。イサトの魔法が敵を滅ぼすよりも先に、重さすら感じていないかのように軽々と振り回されたアキラの大剣が敵をぶった斬っていく。大剣を振り抜いた勢いで身体が振りまわされるような危うさは欠片もない。易々とモンスターを引き裂いた大剣は、致命傷を与えモンスターが光の粒子に分解されたのを見てとるや否や、くんと跳ね上がって次の獲物に向けて振り抜かれる。

 

 イサトのサポートなんて、とんでもなかった。

 アキラこそが、主力だ。

 

 唯一の弱点は、イサトに比べると間合いが狭いことかとも思ったけれど、それすらも勘違いに過ぎないことは、アキラの大剣の届く範囲外からイサトに向かって薔薇姫の蔦が伸ばされた瞬間にわかってしまった。呪文の詠唱のためにか、伏せ目がちにスタッフを構えるイサトは、きっと自らに忍び寄る薔薇姫の蔦の存在に気付いてもいなかっただろう。しゅるるるる、と地を這う蛇のように音もなくイサトに忍びよる蔦に気付いたエリサが、危ない、と声を上げるよりも早く、アキラがその蔦へと一瞥をくれる。そして、薔薇姫に向かって大剣の一閃。その視線はすぐに己の前に迫る庭師へと戻される。ただそれだけ。ただそれだけの一振りで、本来ならば刃が届くはずもない距離にいた薔薇姫は真っ二つに両断されて光の粒子へと分解された。


 アキラは、イサトの保護者(おもり)などではない。

 アキラは、イサトの守護者だ。


 イサトへと不用意に近づくモンスターがいれば、イサトの影から湧いたからのように、ぬぅと闇より出でたアキラがあっさりとその哀れな獲物を斬り捨てる。イサトの姿が薄桃色の光に包まれている分、返ってその明るさがアキラの身に纏う闇を色濃く見せていた。

 アキラの大剣がイサトの放つ光を弾き、闇の中を閃く度にモンスターが粒子となって砕け散る。きらりと煌めいたモンスターの残滓に浮かび上がったアキラの横顔に、エリサはぞくりと小さく背を震わせた。

 

 どうしてだろう。

 

 無感情に淡々と敵を屠る黒の双眸を、怖いと思ってしまった。怖がる必要なんてないと頭では理解しているのに、手が勝手に震えてしまいそうになる。一度、その眼を向けられたことがあるからだろうか。


「――…」


 視線に気づいたように、アキラの視線がちろりと揺らめいてエリサを見る。

 冷徹な殺意の滲む鋭い眼差しがエリサを映す。


「……ッ」


 エリサがぎくりと身体を強張らせて息を呑んだのと、アキラがぱち、と瞬きをするのはほぼ同時だった。振り抜きかけていた大剣がぴたりと止まる。困ったように眉尻を下げて、言い訳を探すように口をぱくぱくさせる姿は、とてもじゃないがついほんの一瞬前まで殺気を漲らせていた人物と同一人物のようには見えない。


 と、いうか。


「馬鹿アキラ!! ちゃんと前見ろ馬鹿!!!!」


 エリサは思わず叫んでいた。

 本来ならばアキラの振るうはずだった大剣の先にいた庭師が、鋏を開いてアキラへと飛びかかる。そこに滑り込むように間に入ったのはイサトだった。

 がきん、と鈍い音がする。

 鋏の間に、桃色のスタッフを咬ませてぎりぎりと鬩ぎ合う。

 なんだかその様子に、アキラに対して怖い、と思ったのがとてつもなく馬鹿げたことのように感じてしまった。

 薔薇園のモンスターを一撃で易々と引き裂いて倒せるような男が、エリサの表情一つに動揺して戸惑っている。

 それだけ、エリサのことを気にかけてくれている。

 

「ああもう。アキラの馬鹿。オレがちょっと怖がったぐらいで、固まってんじゃねーよ。ばか。ばか。ばか」


 ばか、と呟く度にじんわりと目元が熱くなる。

 ぎゅっと握り固めた拳に、いつかのぬくもりが甦ったような気がした。

 


『じゃあ、エリサより年上で、エリサより大きい俺がエリサを守ってやりたいって言うのは駄目か?』



 何でも一人でやらなければ、と思い詰めていたエリサの手を、優しく包んでくれたアキラの大きな掌。

 本当は、あの時エリサはとんでもなく安心したのだ。

 もう一人で頑張らなくてもいいんだ、って。

 もうきっと大丈夫だ、って。

 だから。

 エリアはぎゅっと拳を強く握りしめる。

 あの時の嬉しかった気持ちと、ぬくもりを逃さないようにしっかりと。

 

「アキラ!! さっさとそんな奴ら蹴散らしちまえ!!」


 エリサの声に、ぐぬぬぬぬ、と庭師と鬩ぎあってるイサトを背景に、アキラがほっとしたように小さく口元に笑みを浮かべた。それから再び視線を庭師へと向ける。鋭く細められた黒の双眸に、ぎらりと凶悪な光が煌めく。けれど、それはもう怖くはない。アキラは軽く上体を傾がせると、よっと、なんて軽い声が聞こえそうな調子で庭師の腹に蹴りをぶち込んだ。ごしゃあと鈍い音がして、アキラの蹴りがめり込んだところから庭師の身体がひび割れて光となって消えていく。


「……蹴散らせっていうのは……ああもういいや、うん」


 もうなんだかアキラとイサトに常識を求める方が間違っているような気がしてきた。あれほど恐れ、苦戦していた薔薇園のモンスターどもを、アキラとイサトはまるで紙でも引き裂くようにあっさりと倒していく。

 それは先ほどまで薔薇園に満ちていた絶望が冗談か何かに思えてしまうほど、圧倒的な掃討戦だった。

 

『前線は俺とイサトさんで引き受ける。とりあえずこの辺り一帯のモンスターは狩り尽くすので、それまでは皆に休んでもらいつつ事情の説明を任せた』


 アキラの言葉に、嘘はなかったのだ。

 ならば、エリサも自分の役割を果たさなければいけない。

 エリサたちを守るように翼を広げた炎の鳥に照らされた薔薇園の片隅で、エリサは両親の姿を探す。怪我人の中に、二人の姿はなかった。セントラリアに残っている獣人の中では比較的戦闘に秀でているエリサの両親ならば、きっと前衛にいたはずだ。うろうろと視線を彷徨わせていたエリサの視界に、信じられないものを見るような目でアキラとイサトを眺めて茫然と立ち尽くす男女の姿が目に入った。


「父さん母さん……!!」

「え、エリサ!?」

「どうしてこんなところにあなたがいるの……!」


 驚愕に振り返る二人の元へと、エリサは全力で駆け出した。

 何日かぶりかに聞く両親の声。

 生きてた。無事だった。また、会えた。


「……っ」


 子供みたいでみっともないと思うのに、ひくりと喉が震えるのを止められなかった。迎えるように両手を広げた父親の胸の中に、思い切り飛び込む。ぎゅっと抱きしめると、汗や埃と一緒に懐かしい父親の匂いがする。父親の腕の中にすっぽりと抱きしめられたエリサの背を包みこむように、母親のぬくもりが寄り添った。

 

「ぅ、え……っ」


 ちゃんと話さなければ、と思うのに。

 アキラとイサトに説明を任されたのだから、ちゃんと役割を果たそうと思うのに、喉の奥から溢れる嗚咽を呑み込めない。

 

 悪名高き黒の城(シャトー・ノワール)の片隅。

 エリサは両親の腕の中で、どこよりも守られている安心感に包まれていた。

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 途中エリサにドン引かれていることに気付いて俺の心が折れかけたことを除いては、比較的順調に薔薇園の掃討戦は上手くいっていた。薔薇姫と庭師の属性の違いに、イサトさんが少々手こずってはいたものの、その辺りは俺が十分フォローできる範囲のことだ。

 

 薔薇姫と庭師は、どちらも聖属性に弱いという点では共通しているのだが、サブの属性がそれぞれ異なっているのだ。薔薇姫は見た目の通りサブが植物属性なので、聖属性を乗せた火系の魔法に弱く、サブ属性が水である庭師には聖属性を乗せた土系の魔法が効く。スキルの切り替えに難があるイサトさんにとっては、この二種類のモンスターを同時に相手にするのがなかなか骨が折れるようだった。それ故に一種類ずつ、一度薔薇姫をターゲットと定めたら、一息に周辺にいる薔薇姫を殲滅し、その後スキルを切り替えて今度は庭師を殲滅して回る、というスタイルを取らざるを得ないのだ。

 その間、上手く対応できないモンスターを始末するのは俺の仕事である。


「秋良」

「ん?」


 ふと、名前を呼ばれた。

 目の前に迫ってきていた薔薇姫をずばん、と斬り捨ててイサトさんへと振り返る。


「どうした?」

「ちょっと、良いことを思いついた。試したいので、フォロー頼んでも良いか?」

「……了解」


 イサトさんの「良いこと思いついた」は大概ロクでもないことが起きる前振りなので、あまり了解はしたくないのだが……。先ほどエリサに心を折られかけた際にフォローして貰った恩があるので無碍に出来ない。


「あんまり無茶はするなよ」

「まかせろたぶん大丈夫だ」


 たぶんて。たぶんて。

 微妙に不安が残る。

 疑惑に満ちた半眼を向けつつも、俺は一歩下がってイサトさんの様子を見守ることにした。一応何かあった時にはすぐさま援護に入れる距離は保つ。

 

 イサトさんはそんな俺へと視線を流して小さく笑うと、は、と短く息を吐いた。それから、ドリーミィピンクのスタッフを体の前で縦に構えて、精神を集中させるように長い銀色の睫毛をやわりと伏せる。吹き抜ける風に煽られ、優雅にドレスの裾が波打つ。そんなイサトさんの姿は、着ているドレスの効果もあってどこまでも神秘的だ。不可思議を操る魔法少女に相応しい。

 やがて、俺が見守る中イサトさんの唇が小さく開かれる。


 スキル名を思い出したのか?

 

 そう思った俺の耳に届いたのは――…


「スキルショートカットCtrl(コントロール)1、F(ファンクション)3! F(ファンクション)6!」


 まさかのキーボード配列だった。

 が、イサトさんの作戦は成功したのか、スキル名を唱えたわけでもないのに、二種類のスキルが未だかつてない切り替えの早さで発動して庭師と薔薇姫のそれぞれに着弾する。

 

 普段ゲームとしてRFCをプレイしている折にはスキルをショートカットキーに登録していたことが原因でスキル名を覚えていないのなら。いっそ記憶に残っているショートカットキーの配列をそのままスキルに当てはめてしまえ、という豪快極まりない解決法だった。

 

 RFCでは1から10までのショートカット画面があり、それぞれのショートカット画面にそれぞれF1からF9までのキーを対応させて登録することが出来た。今のイサトさんの言葉をわかりやすく説明すると、スキルショートカット画面の1において、F3キーとF6キーに対応するスキルを発動させた、ということになる。


「これで勝つる」


 ふふんとイサトさんが得意そうに胸を張る。

 確かにこれで、庭師と薔薇姫の属性の違いに手間取ることもなくなるだろう。

 ……魔法少女の呪文にしては若干味気なさすぎるような気がしないでもないが。


「さてさて、狩り尽くしてしまうとしよう」


 にんまりと笑って、イサトさんがちろりと唇を舐めた。














「さてと、こんなもんか」

「だな」


 それから数十分の間に、次々と集まってきた薔薇姫と庭師をことごとく退けた俺たちは、小さく息を吐きつつ顔を見合わせた。手を休めて様子を窺ってみるが、こちらに向かって近づいてくる敵影は見当たらない。

 皆を避難させるなら今がチャンスだろう。

 俺たちはエリサが事情を説明してくれているであろう狩りチームの方へと戻る。

 エリサは、と探したところ、どこかエリサやライザと面差しの似た二人の獣人と一緒にいるエリサの姿が目に入った。きっとあれがエリサの両親なのだろう。保護者と一緒にいるからなのか、こんな状況だというのにエリサの表情がどこか柔らかく、いつもよりも幼げに見える。


「エリサのご両親もご無事なようで何よりだ」

「そうだな」


 同じことを思っていたのか、隣でそう呟いたイサトさんの声には安堵が滲んでいる。間に合って本当に良かった。


「アキラ! イサト!」


 俺たちが戻ってきたことに気付いたのか、エリサが両親から離れて駆け寄ってくる。エリサは俺と目が合うと少しだけ気恥ずかしそうに目元を赤く染めた。なんだろう。怖がられるのは辛いが、そういう反応は反応でなんだか妙に俺まで照れる。

俺は「あー…」と誤魔化すように間を置いて、エリサへと問いかけた。


「怪我人の具合はどうだ?」

「イサトの火の鳥のおかげで、みんな治ったみたいだ。みんな二人にすごく感謝してる」

「それは良かった」


 イサトさんがほっとしたように呟いて朱雀を見上げると、その眼差しに応じるように朱雀がイサトさんの背後に寄りそうように舞い降りた。全身が赤々と焔に彩られているのに、こうして近くにいても熱を感じることはない。イサトさんがぽんぽん、と労り、褒めるようにその首筋を軽く叩くと、くるるるる、と小鳥じみた可愛らしい鳴き声が響いた。グリフォンとはまた違った、柔らかそうなもふもふとした羽毛につい目が引き寄せられる。触れて火傷する心配がないのなら、是非俺も触らせていただきたい。そろーっと手を伸ばしかけたところで、まるでその気配を察知したかのようにイサトさんが俺へと振り返った。別に悪いことをしようとしていたわけでもないのに、思わず手を引く。


「秋良青年?」

「……なんでもない。どうした?」

「いや、『家』を出してもらおうかと思って。ここから徒歩でセントラリアまで戻るのもアレだろう?」

「ん。そうだな」


 脱出経路は、飛空艇の時と同じで良いだろう。

 狩りチームの皆さんには一度『家』に入っていただき、そこから一息にセントラリアにドアを繋げてしまえば良い。

 俺はインベントリから『鍵』を取り出すと、しゃらりと音を立てて一振りした。

 ふっと高原を吹き抜けるような爽やかな風が吹き抜けて、うっすらと光に包まれた扉が召喚される。魔法のような光景に、狩りチームの皆さんが息を呑む気配が伝わってきた。


「えーと、この扉の向こうは安全地帯に繋がってる。そこを通り抜けたらセントラリアはすぐだ。なので、皆さんには一度この扉の向こうに避難してほしい」

「…………」

「…………」


 俺の説明に、少し不安そうな顔を見合わせる狩りチームの人々。

 そんな彼らを説得するように声を上げたのはエリサだった。


「みんなの信じられねー気持ちもわかるけど、アキラとイサトはみんなを助けに来てくれたんだ。オレは、二人を信じてる。だから、みんなにも信じて欲しい」

「……っつーかあんな戦い見せられたら抵抗できねえっての」


 くつ、と苦笑いめいて喉を鳴らして、一番最初にイサトさんがドロップキックで助けた鳥の獣人が口を開いた。彼の言葉に、さざめきのように小さな笑い声が狩りチームの中に広がっていく。


「確かにあれだけ強けりゃ、騙し討ちなんかしなくても俺たちなんて瞬殺だわな」

「そうね、そのとおりね」


 エリサの両親らしき男女の声に、狩りチームの獣人たちも笑い交じりに納得したように頷いている。なんだか微妙に嫌な納得のされ方をしているような気がしないでもないが、皆がおとなしく『家』に向かってくれるなら無問題である。

 俺はがちゃりと『扉』を開き、その向こうに広がる『家』へと皆を誘導しようとして……そこで待ったの声が響いた。


「待て……っ、お前らどこへ行くつもりだ!」

「まだノルマは達成していないぞ!!」


 そんなことをがなり立てたのは、身なりの良い商人風の男二人だった。

 というか、商人だ。


「……ギルロイ商会か?」

「ああ。見張りだ」

「なるほど」


 ぼそりと問いかけた俺の声に、エリサの父親だと思われる男性が低く答える。

 狩りチームに指示を出し、その仕事ぶりを監視するのが彼らの役割なのだろう。

 つまり――…エリサの両親やその仲間たちを死地に追い込んだ張本人だとも言える。こうなったら物理的に黙っていただこうかと俺が一歩前に出るよりも先に、ひらりと可憐な桃色が揺れた。

 

 するりと前に出たイサトさんが、鋭くドリーミィピンクのスタッフを彼らの首元に突きつけたのだ。


「……っ!」

「な、なんのつもりだ!」


 見た目は大層可愛らしいスタッフであっても、そのスタッフからほとばしる魔法がいかに強力なのかは、彼らは見て知っているはずだ。怯んだように声を震わせながらも、それでもなんとかイサトさんを威圧しようと男が声を張り上げる。大声を出せば主張が通るとでも思っているのだろうか。

 ……俺ですら怖いというのに。

 それほどに、イサトさんの身に纏う空気が冷え切っている。

 こわい。ちょうこわい。


「――…残りたければ君らだけでいくらでも残ると良いよ」


 低く、柔らかなイサトさんの声が響く。

 いつもと変わらず、優しげですらあるというのに、何故か冷たいものが背筋を走った。ごくりと思わず喉が鳴る。

 が、そんな空気を読まずに、男たちは一度顔を見合わせると、大声で言葉を続けた。


「これだから略奪者(ルーター)は! 仕事を投げ出すなんてな!」

「全く、仕方がないな!」


 こいつらの心臓には毛が生えているのだろうか。

 俺や、エリサを筆頭にした狩りチームのみなさんの方がよっぽどイサトさんにビビっている。

 男たちはいかにも獣人たちの我儘を許し、付き合ってやるのだと誇張するように恩着せがましくがなりながらイサトさんの突きつけたスタッフを手で跳ねのけた。そしてずんずんと獣人たちを押しのけて、俺が開いた『扉』の方へとやって来る。それから胡散臭そうな顔つきで、品定めするような視線を『扉』の先へと送る。


「本当に安全なのだろうな?」

「何かあったら責任は取ってもらうぞ」


 そんな勝手なことを言いながらも、本当はこの先が安全圏だということは確信しているのだろう。男たちは、狩りチームに先んじて『扉』の向こうへとさっさと足を踏み出そうとして――…そんな背中に向かって、イサトさんが何気ない様子で声をかけた。


「後一歩でもその先に進んだならば、燃す」

「……っ」

「……!?」


 シンプル極まりない脅迫に、びくりと男たちの身体が揺れる。

 背後から吹き付けるような殺気に、まるで足から根でも生えてしまったかのようにその動きが止まった。


「なあ、貴方がたは何を勘違いしているんだ?」

「かん、ちがい……?」

「ああ、勘違いだ」

「勘違い、って何がだ……!」


 ふっとイサトさんが呆れたように小さく息を吐いて、それから心底不思議で仕方ないといった口調で、可愛らしく小首を傾げて問いかけた。


「どうして私たちが君らを助けると思っているんだ?」

「「!」」


 男二人が、絶句する。

 そしてようやく、自分たちの前にいる魔女がお怒りであることに気付いたようだった。


「わ、私たちを見捨てるつもり、なのか……?」

「見捨てる? 最初から助ける人数の勘定にも入っていないのに?」


 イサトさんの口元に艶やかな笑みが浮かぶ。


「私たちは、そこにいるエリサ嬢の依頼で獣人の皆さまを助けにやって来たんだ。貴方たちのことなど、知らないな」

「あ、あ……」


 おろおろ、と男たちの視線が揺れる。

 助けを求めるように周囲を見渡し、周囲にいるのが自分たちが散々虐げてきた略奪者(ルーター)でしかないことに絶望したように小さく声をあげる。

 

「だ、だが私たちに何かあれば商会が黙ってない……!」

「そう?」


 イサトさんはおかしくて仕方ないというように、くすくすと小さく笑った。

 無垢で可憐な少女のように微笑んで、口を開く。


「証拠も、ないのに?」

「っ……!」

「私たちが薔薇の園にたどりついた時には、一行の中でも身を護る力を持たない監視役の商人たちは残念ながら事切れており――…、助けられたのは獣人の皆さまたちだけだった、なんて言っても十分通じると思うのだけれども」


 ざっと男たちの顏から血の気が引く。

 ここに置き去りにされれば、彼らは遅かれ早かれ、薔薇姫や庭師の犠牲になるだろう。それが俺たちが助けに来るより先に起きたのか、後に起きたのかを判別する方法はない。

 周囲が固唾を飲んで見守る中、商人たちはがくりとその場で崩れ落ちた。

 がたがたとその背中が小刻みに震えている。


「た、助けてくれ……お願いだから、助けてくれ……っ」

「金ならいくらでも出す……!」

「残念ながら金には困っていない」


 男たちの命乞いをさっくりと斬り捨てて、イサトさんはふっとエリサへと視線を流した。毒気の強い艶やかな眼差しにアテられたように、びくっとエリサの肩が跳ねる。


「さて、どうする?」

「ど、どうするって……」

「私たちは君の依頼で助けに来たわけだからな。君がこいつらの命も助けてやって欲しい、というのならまあ、助けてやっても構わない」


 イサトさんの言葉に、男たちは弾かれたようにエリサへと向き直った。

 イサトさんを説得するよりも、エリサの方がまだマシだと思ったのだろう。

 その判断はたぶん間違ってない。


「頼む、助けてくれ……!」

「助けてくれるなら何でもする……!」


 男たちは額を地面に擦り付けるようにして、エリサへと懇願を繰り返す。


「そんなこと、オレに言われても……」


 困惑しきった声音で呟いて、エリサが瞳を揺らした。

 そりゃそうだろう。こんな状況で、いくら嫌な相手だからといって生殺与奪の権利を与えられても持て余す。助けを求めるような視線を向けられて、俺は小さく息を吐いた。口を挟んだだけで首を刎ねられそうな雰囲気だが、仕方ない。


「イサトさん、エリサに決めさせるのも酷だと思うぞ」


 俺の言葉に、イサトさんがちらりと俺を見た。


「そうか。それなら……どうする?」

「んー……」


 俺は、ちょいと這いつくばる男たちの前に座り込んだ。

 怯みながらも、助かるチャンスを嗅ぎ取ったのか男たちがそろそろと顔を上げて俺を見上げる。


「何でもすると言った言葉に嘘はないな?」

「ない! 誓う!」

「私もだ!」

「じゃあ、街に戻っても決して俺たちの邪魔はしないと約束しろ。もしその約束を違えるようなことがあれば――…」


 どん、と俺は男たちの顔面すれすれに大剣を突き立てる。

 ひっと悲鳴が上がったが気にしない。


「今度は置き去りなんて生ぬるいことはしない。俺がこの手でぶち殺す」


 どれだけ防御を固めようと、どれだけ逃げようと、必ずそれを成し遂げるだけの力があることは、流石のこの男どもも思い知ったはずだ。水飲み人形のようにがくがく頭を縦に振る男たちを横目に、俺はよいせ、と立ち上がってイサトさんへと目を向けた。


「こんなところでどうよ」

「充分じゃないか? ギルロイ商会を内側から崩すコマになっていただこう」


 そう言ったイサトさんは、すっかりいつもの様子に戻っている。

 俺が助け舟を出すことまで、織り込み済みだったのだろう。

 全く、心臓によろしくない。


「んじゃ、皆さんはどうぞ『家』に移動してくれ」


 俺の促した声に、ぞろぞろと今度こそ皆が移動しかけて――…




「ああ、困りますねえ」




 そんな、この場にいないはずの第三者の声が響いたのはそんな時だった。





ここまでお読みいただきありがとうございます。

PT、お気に入り、感想、励みになっております。


……今回で終わると思っていたのに一万字を超えたので一旦ここで切ってたぶん次で決着がつきます。

次もまたよろしくお願い致します。

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