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おっさんの棚上げ

 宿を出たところで、俺は腹の底にわだかまった嫌な感じを散らすようにほう、と一息ついた。

 なんとも、予想外の展開である。

 陰険な商人に一泡吹かせてやろうと思っていただけだったはずなのだが……どうも事態が思わぬ方向に転がり出している。

 

「イサトさん、どう思う?」

「……うーん」


 難しそうにイサトさんが唸る。

 どうも納得がいっていない、という顔だ。

 が、俺から話を振ってしまったとはいえ、ここでこのまま話をするのもアレだ。どこでギルロイ商会の息のかかった者に話を聞かれているかわかったものではない。とりあえず、先に街を出ることにした方が良いだろう。

 

「まあ、そのあたりはおいおい話していくとして……どこから行く?」

「どのみち全部確認するつもりなら、私はどこからでも構わないよ」

「それじゃあ……」


 俺は、思いつめた表情をしているレティシアへと目を向けた。


「レティシア、セントラリアから脱出した獣人たちが選びそうな都市ってトゥーラウェスト以外だとどこが多そうかわかるか?」

「……トゥーラウェストを除くとなると、一番可能性が高いのはエスタイーストだと思います。次に、サウスガリアンでしょうか」

「へえ、ノースガリアは人気がないのか」


 そんな風に言いつつ、俺はとりあえず南門へと足を向ける。

 本命をラストに残す、というよりも単に俺たちの宿から一番近い門が南というだけなのだが、二人が何も言わずについてきたあたり、特に異論はない、ということでいいのだろう。

 

「ノースガリア、綺麗なのにな」

「なー」


 ノースガリアは、セントラリアの北、極寒の地に作られた都市国家である。

 俺もゲーム時代にはちょいちょいお世話になったが、「白亜の城」なんて言葉が似合う、どこか静謐な空気に包まれた美しい国だった。氷を思わせるクリスタルをふんだんに使った街並みは、ゲーム内ではスクリーンショットを撮る撮影場所として人気が高かった。街の奥にある大神殿などは、プレイヤーが行う結婚式――プレイヤー同士でやるごっこ遊びのようなもの――の開催場所としても賑わっていたはずだ。俺も、何度かそんな光景を見たことがある。


 そんなノースガリアが、セントラリアから逃げ出そうとする獣人たちの受け皿として人気がない、というのは少しだけ意外な気がした。


 確かに極寒地域ということもあり、エリアによってはあらかじめ準備をしないと状態異常扱いでエリア内にいるだけでHPが減少する、というデメリットもあったが……それはサウスガリアンも同じだ。南は南で、暑さによる状態異常エリアが広がっていたりするのである。


 それでノースガリアを避けるあたり、獣人というのはもしかすると人間以上に寒さに弱かったりするんだろうか。


「…………」


 と、そこでレティシアが何かもの言いたげな視線をちらちらと向けているのに気づいた。何か聞きたいことがあるものの、それを口にしてもいいのかどうかを迷っている、というような顔だ。

 聞かれて困るようなことならばこちらで適当に誤魔化せばいいだけの話なので、俺は何気なく首を傾げてレティシアへと話を向けてみることにした。


「どうかしたか?」

「いえ……その、ノースガリアの人気がないことを不思議そうにしてたので」

「ああ、俺たちは最近このあたりに来たばかりの旅人でなー」

「まだあまりこのあたりのことをよく知らないんだ」

「…………」


 俺の隣から、イサトさんも援護のように口を開く。

 この世界に来てから出会った人々には、基本「物を知らない田舎者」という設定で誤魔化してきているので、レティシアに対してもそのつもりである。


「そうなんですね。お二人はノースガリアには行ったことがあるんですが? ものすごく寒いけれど……建物なんかはとても綺麗だと聞いたことがあります」

「そうだなあ、建物は凄く綺麗だよ。街全体がエルフの女王の張った結界に包まれててな」

「空から差し込む淡い光に、水晶の街並みがきらきら光ってるんだ」

「…………」


 お?

 俺たちの言葉を聞いたとたん、レティシアは雑踏の中でぴたりと足を止めてしまった。

 何かまずいことを言ってしまっただろうか。

 俺はちらりとイサトさんを見てみる。

 イサトさんも、今のやりとりで何が不味かったのかを測りかねているのか、やっぱり不思議そうに瞬くばかりだ。

 それに対して、レティシアは俺たちへと緊張のこもった眼差しを向けた。

 そして、静かに口を開く。


「イサト様とアキラ様は――…どちら(・・・)から来られたのですか?」

「「え」」


 俺とイサトさんは思わず顔を見合わせる。

 カラット村やエルリアにおいては「どこか遠く」という適当な誤魔化しが通用していたのだが、こうして正面から「どこ」と聞かれると困る。


「ええっと……カラットのあたりだよ」


 嘘はついてない。

 セントラリアに来る前は、確かに俺たちはカラットにいた。

 トゥーラウェストや、エルリアではなく、カラットという辺境の小さな村の名前を出したのは、その響きから適当にレティシアが「どこか遠く」だと認識してくれれば良いと思ったからだ。

 が、俺のそんな誤魔化しは通用しなかったらしい。

 

「アキラ様とイサト様が、自らの存在を隠しておきたいのなら、それはそれで構いません。ですが……」


 困ったように、眉尻を小さく下げてレティシアは笑った。


「それなら、もっと気を付けた方がいいです」

「……う」


 どうやら俺とイサトさんは、うまく誤魔化したつもりで、何か墓穴を掘ってしまっていたらしい。

 こうなったら下手に隠し立てするよりも、開き直った方がいいだろう。

 レティシアも、俺たちに対して無理に追及するような気はないようだし。

 俺はぽりぽりと頭をかきつつ、レティシアへと聞き返した。

 

「えっと……今のやりとりのどこがまずかった?」

「ノースガリアです。ノースガリアは……すでに滅んだ国なんです」

「……っ」


 イサトさんと二人、息を飲んで思わず顔を見合せた。


「かつてはエルフの女王によって結界が張られ、美しいクリスタルの都市が栄えていたとは言われているのですが……結界がなくなった今、廃墟が雪に埋まるばかりだと聞いています」


 ああ、そうか。

 俺たちは知っているはずだ。

 エルフが、「白き森の民」と呼ばれた存在が、もうとうにこの世界からは途絶えてしまっていたことを。

 エルフがいなくなれば、ノースガリアを降りやまぬ雪から守る存在もなくなるのは当然だ。


 雪と氷に閉ざされ、白に呑まれて滅んだ美しい国。

 

 ゲーム内でしか知らないとはいえ、馴染み深い場所が今ではもうなくなってしまったのだと思うと、喪失感に心がわずかに重くなる。

 が、そのおかげで俺たちがとんでもない墓穴を掘ったのは理解した。

 そりゃそうだ。

 俺とイサトさんは、未だに「ノースガリア」という国があるつもりで話をしてしまっていたのだから。


「ノースガリアで何があったんだ?」

「……わかりません。ただ、『セントラリアの大消失』と関係している、という話は伝わっています」

「セントラリアの大消失……?」


 また、俺たちの知らない言葉が出てきた。

 おそらく、きっとこのあたりのことも、この世界においては「当たり前の歴史」の話なのだろう。

 

 俺たちが知るゲームとしてのこの世界の形と、今俺たちがいるこの世界に至るまでの空白。

 

 レティシアは俺たちへと説明を続けながら、再びゆっくりと歩き出す。


「今から何百年も前に、セントラリアは一度滅んだらしいんです」

「セントラリアも滅んだって……」


 あちこち滅びすぎである。


「ある朝、いつものようにセントラリア近郊に暮らす農夫が朝市に出すつもりの野菜を荷馬車に乗せてやってきたところ、門に騎士の姿が見当たらず……首を傾げながらも足を踏み入れた先にあったのは、誰もいないセントラリアだったんだそうです」

「街の住人が……一晩で消えた、ということか?」

「……はい」

「マリーセレスト号事件めいているな」

「確かに」


 マリーセレスト号。

 それは、大海原を彷徨う幽霊船の一種だ。

 つい先ほどまで人々がいた気配だけは残っているのに、乗組員は誰一人として見つからない幽霊船。

 世界七不思議に入ってるんだったか入っていないんだったか。

 思わずそんな怪談を思い出してしまうエピソードである。


「何があったのかは、今でもわかっていません。目撃者はおろか、朝になるまで近隣の人間は誰もそんなことが起きているなんて気づいていなかったのですから」

「なるほどな……ノースガリアでも同じことがあったのか?」

「そのよう、です。ノースガリアは白き森の民の国だったと言われているのですが……やはりある日旅人が訪れたときには、もうもぬけの殻だったのだと言われています」

「……サウスガリアンはどうだったんだ? サウスガリアンにはダークエルフが、黒き伝承の民がいたはずだ」


 そう。

 ノースガリアとサウスガリアン、名前が似ているのには理由がある。

 どちらも、エルフ種族が中心となって栄えている国なのだ。

 北はエルフ、南はダークエルフ。

 自然環境の厳しいエリアだからこそ、精霊たちに愛された種族であるエルフとダークエルフが繁栄していたのだろう。

 

「サウスガリアンも……知らせを聞いた人々が黒き伝承の民が直接治める遺跡に訪れたときには、もうそこには誰も……」


 俺たちの間に、沈黙が降りる。

 

 セントラリアの大消失。

 消えたエルフとダークエルフ。

 『女神の恵み』が手に入らなくなった人間種。

 セントラリアに飛空艇を墜とそうとした謎のぬめっとした黒い人型。

 

 俺らの知らないところで、何かが起きている。

 もしかしたら、「異世界人である俺たちの召喚」もこの世界に起きている異変の一つであるのかもしれない。

 もしそうだとしたのならば……この世界のどこかに、俺たちと同様に迷い込んでしまったお仲間がいる可能性だってある。

 もし本格的にレティシアと協力関係が結べるのならば……そのあたりの情報収集であったりも、頼みたいところだ。

 俺は、ちらりとレティシアへと目を向ける。


「なあ」

「はい?」


 少し、緊張したような声と眼差し。

 けれど、警戒はない。


「レティシアは、俺たちが怖くはないのか?」


 思えば、先ほど路地裏で俺たちに再会したときだって、彼女の目に怯えの色はなかった。そんな彼女は、俺たちが「ただの凄腕の冒険者」ではないことも知った上で、どうしてこうして俺たちと一緒に行動を共にしてくれているのだろう。

 我ながら、逃げられてもおかしくないとも思うのだが。

 

「怖くなんか、ありません」


 俺の問いかけに、そう言ってレティシアはふわりと微笑みを浮かべた。

 柔らかいのに、どこか強かさを感じる笑みだ。

 綺麗だな、となんとなく思った。


「……自分でいうのもなんだが、私たち、結構得体が知れないぞ?」

「はい」


 きっぱりと頷かれてしまった。

 これはこれで、なんだか微妙な気がしてちょっと目が泳ぐ。

 

「きっと……イサト様とアキラ様が、私を助けてくれたからだと思います。あの時飛空艇で、私は死を覚悟してました。そんなとき、お二人が颯爽と現れて私たちを助けてくださったんです」

 

 少し、照れくさそうにレティシアが微笑む。


「私には――…お二人が、まるで女神から遣わされた古の英雄のように見えたんです。だから……お二人が普通の人じゃないことなんて、最初からわかってたようなものなんです」

「…………」

「…………」


 真正面から讃えられて、俺とイサトさんは揃ってぎくしゃくと顔を伏せた。

 耳がじんわり熱い。

 どうも、こういうのは慣れない。

 イサトさんの、銀髪からツンと飛び出したエルフ耳の先っちょもほんのりと朱色に染まっている。


「まあ、あれだ。うん」

「うん。あれだ」


 何だろう。

 とりあえずイサトさんに相槌を打ってはみたものの、謎である。

 そうこうしているうちに、先に立ち直ったのはイサトさんだった。

 まだ少し目元を赤くしつつも、ふん、と顔をあげてレティシアを見る。


「だが良かったよ。君が怖くない、というなら安心して――…巻き込むことが出来る」

「え」


 ぴし、とぎこちなくレティシアの動きが固まる。

 可哀そうに。

 おっさんに迂闊なことを言うから、振り回されることになるのである。

 まあ、俺も人のことは言えないが。


「……そういう意味じゃないと思うけどなー」


 謎の負け惜しみめいたイサトさんの言葉に小声でつっこみつつ。

 俺たちはセントラリアの南門を潜ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 大空にレティシアの物悲しげな悲鳴がこだまする。


「ひーーーーーーあーーーーーーーーーー!」


 もちろん、グリフォンに騎乗してのことである。

 今回の騎乗順はイサトさん、レティシア、俺、だ。

 やっぱり俺が手綱を握り、バックシートも兼ねているわけなのだが……体勢上背後からレティシアを抱きしめるような形になってしまうことに戸惑いを感じずにはいられない。これまでは気心の知れたイサトさんが相手だったから、俺だってまあいいか、と思えていたのだ。まだ出会って間もない女の子に、命綱を兼ねているとはいえこうして腕を回すのはなんとなく躊躇ってしまう。

 

 身長的には「イサトさん>レティシア」だったので、アーミットの時と同じでいいじゃないか、と思っていたのだが……途中で本気で怖がったレティシアに泣きを入れられてしまったのである。ジェットコースターなんかでも、一番怖いのは先頭だと言う話を聞いたことがあるので、レティシアが怖がるのも仕方のないことなのかもしれない。

 そんなわけで、イサトさんとレティシアの位置を入れ替え、何とか俺たちはサウスガリアンを目指しているのだが……。


「う、ぐぐぐぐ……」


 イサトさんが時折うめいているのが聞こえるのは、レティシアが力任せにぎゅうぎゅうイサトさんに抱き付いているせいだろう。


 締め技めいているが大丈夫かアレ。

 

 時折ギブアップのタップめいて、イサトさんがぺしぺしとレティシアの腕を叩いているわけなのだが、余裕のないレティシアはそんなイサトさんのコールを綺麗にスル―し続けている。


「も、モツが……モツが……」


 そんな呻き声を聞きながら、俺はイサトさんのモツの無事を祈りつつ、サウスガリアンへと急ぐのだった。














 サウスガリアンの街につながる門が見え始めたところで、俺たちは人目につかない岩陰に降りることにした。

 

 サウスガリアンの目の前だけあって、こうして地上に降りるとむっとするような熱気とともに、鼻先を微かに硫黄の香りが漂う。RFCにおけるサウスガリアンは火山に囲まれた工業国で、人よりもドアーフのような亜人種が多く、質の良い武器や防具を店売りで手に入れることができた。RFCプレイヤーの多くは、サウスガリアンでレベルに応じた武器を買ったり、必要な材料を集めた上でNPCのドアーフ職人に依頼して武器や防具を作ってもらったことがあるはずだ。俺も今のドロップ武器に落ち着くまでは、さまざまな剣を鍛えてもらったものだ。

 

 もしかすると、ノースガリアとサウスガリアンの違いはそこにあったのかもしれない。ノースガリアは、エルフの女王を司祭として祀る神殿を中心とした本当にエルフによるエルフのための国、といった感じだったのだ。

 それに比べると、サウスガリアンは少し様子が違う。

 ダークエルフの女王が司祭として祀られる神殿があるのはノースガリアと変わらないのだが、サウスガリアンはその一方でドアーフや獣人、人間による工業地帯としても栄えている。その結果、サウスガリアンはダークエルフが姿を消しても都市国家としての形を残すことに成功し、一方のノースガリアは国ごと滅んでしまうことになったのだろう。

 

 周囲をひとしきり観察して、それから俺はちらりと視線を連れの二人へと戻した。なんというか、二人して疲労困憊、といった態である。

 

「……大丈夫か?」

「だ、大丈夫、です……」


 俺の問いかけに、顔面蒼白のレティシアが答える。

 それはいいとして、無言でおなか回りを撫でているイサトさんの安否が気になるところである。

 

 モツは無事か。

 

 何気なく隣に並んで様子をうかがうと、イサトさんは小声で「内臓の配置が微妙に変わったような気がする……」などと謎のコメントをのたまった。

 それから俺の視線にふと気付いたように瞬いて……、にまーとタチの悪い笑みがその口元に浮かんだ。

 意外と元気だな、おっさん!

 なんだか嫌な予感しかしない顔である。

 イサトさんはうりうり、と肘で俺の脇腹のあたりを小突きながら言う。


「役得だったな、秋良青年」

「…………」


 何が、なんてわざわざ聞くまでもない。

 グリフォンでの移動の間、俺とレティシアが密着していたことをからかっているのだろう。


 おっさんか。

 おっさん(イサトさん)だ。

 

 俺は「はあ」と深々と溜息をついた。

 半眼で溜息をついた俺に、イサトさんは満足そうにふっふっふっふ、と笑いながら赤茶けた大地を歩いていく。

 

 役得なら普段から存分に味わっているわけなのだが、どうしてこの(おっさん)はこうも華麗に自分のことを棚上げしやがるのか。

 一度とことん問い詰めてみたい。

 小一時間正座で問い詰めたい。


「……まったく」


 俺は小声でぼやいて、少しだけ足を速めてイサトさんへと追いついた。

 そして、そろそろ良いか、とばかりにセントラリアでは口にするのがはばかられた疑問についてを口にしてみる。

 

「なあ、イサトさん」

「なんだ?」

「本当にギルロイ商会がそこまでやったと思うか?」

「うーん……やっぱりそこだよな」


 そう。

 問題はそこだ。

 イサトさんも同じところで引っかかっていたらしい。

 

 セントラリアから脱出した獣人、というのがギルロイ商会にとって厄介なものなのはわかる。純粋にギルロイ商会の労働力が減る、というだけでなく、その獣人たちが別の商会に属することにでもなれば、ライバルの強化にすら繋がるからだ。味方になるどころか敵の戦力になりうる相手ならば消してしまった方が都合が良い――…というのは、考え方としてはアリといえばアリなのだが……。


「レティシア、ギルロイ商会のやり口について聞いてもいいか?」

「はい」


 俺は頭の中でこれまでに知りえたギルロイ商会についての情報を整理する。


 何十年か前より、「獣人が『女神の恵み』を独占する略奪者(ルーター)」であるという差別意識をセントラリアに広め、獣人から富を奪い返しても構わないという風潮を作りあげたギルロイ商会。

 その一方で、セントラリアの街の中に居場所を失った獣人たちに金を貸すことで援助し、『女神の恵み』を手に入れるための労働力を確保した。

 「『女神の恵み』は一律の価格で買い取られなければならない」という法律を悪用して低価格で買いたたき、獣人たちから財力を奪い、街で暮らすためにはギルロイ商会に従属するしかない環境を作りあげた。


 えげつない手腕ではあるが、ある意味見事だとも言える。

 

「ギルロイ商会にライバルはいなかったのか?」

「ライバル、ですか?」

「『女神の恵み』を独占したりしたら、他の商会はいい顔をしたりはしないんじゃないか、と思って」


 普通なら、利益の独占は同業者からも嫌われる。

 獣人との取引をギルロイ商会を窓口に一本に絞るなどと、他の商会が素直に認めるとは思えないのだが……。


「ギルロイ商会は……『女神の恵み』は独占しましたが、どうやらその利益は独占しなかったようなんです」

「独占しなかった?」

「ギルロイ商会は、『女神の恵み』の売買で得た利益の4割程度をセントラリアの商人ギルドを通して、分配してるんです。また、加工が必要な原料としての『女神の恵み』に関しては、市場を通すよりも安価で提供しています」

「おお……」


 そこまでしていれば、確かに競合他社からの文句も出にくいだろう。

 というか競合してない。

 ある程度利益を共有することで、ギルロイ商会はセントラリアの商人ギルドを一つにまとめあげているのだ。


「でも、そんなことして肝心の利益は出せるのか? 文句も出ませんが儲かりもしません、じゃ困るだろう?」

「そうですね。そこをギルロイ商会は外貨を稼ぐことで解決しているんです」

「外貨? ああ、セントラリア以外の国の商会との取引、か」

「はい。例えば私の実家のあるトゥーラウェストでは、砂漠のピラミッドから取れる宝石系の『女神の恵み』が特産品になります。エスタイーストでは、体力の回復などに役立つ薬草、植物系の『女神の恵み』が。サウスガリアンでは、鉱物系の『女神の恵み』が特産です。そしてセントラリアは――…その全ての特産品を手に入れることが出来るんです」

「あー……なるほどな」


 セントラリアの南門を出たあたりのフィールドに出没するのは確かにサウスガリアン系のモンスターだし、東門を出た先のフィールドにはエスタイースト系のモンスターがいる。街に近いエリアには基本的に低レベルモンスターしかいないが、それでも倒せばアイテムはドロップするのだ。

 そういった恵まれた立地にあるため、セントラリアは『女神の恵み』に関しては、他の周辺都市国家に比べると非常にアドバンテージを持っていることになる。それならば、セントラリア内で争うよりも、獣人から『女神の恵み』を買いたたく窓口を上手く絞り、安く手に入れた原材料を元に加工品を高く周辺都市国家に売った方が確かに他の商人や商会にとっても都合が良い。


 つくづく下種いが上手いやり口である。

 だが、上手いが故にやっぱりちぐはぐな印象を受ける。

 そこまで上手くやっている連中が、いくらブラック企業だからといって、優秀な人材が他社に引き抜かれるぐらいなら殺す、なんて極論には飛びつくだろうか。

 そのあたりが、俺とイサトさんの現代人的感覚に違和感を訴えている。


 果たして、セントラリアを後にしたはずの獣人たちの失踪にギルロイ商会以外の何かが関与しているのか。

 それとも、最初から俺たちがギルロイ商会を見誤っていたのか。


 そんなことを考えている間にも、無事にサウスガリアンに到着する。

 門を抜ける際には冒険者カードを見せて身分を証明。

 三人とも問題なく通り抜けることができた。

 向かうのは、サウスガリアンの商人ギルドだ。

 石畳の街並みを、レティシアの案内で歩いていく。

 セントラリアや、トゥーラウェストとはまた趣の異なる街並みが目に新鮮だ。

 セントラリアは、いかにも中世の西洋都市といったイメージをかきたてる三角屋根が多かったのだが……サウスガリアンの入り組んだ街並みにはどこかスチームパンクっぽい雰囲気がある。無骨なパイプや、歯車といったものが無造作に組み込まれているのが男心をくすぐる。

 

 ふと顔をあげると、イサトさんが楽しそうにきょろきょろと周囲を眺めているのが目に入った。完全に油断した観光モードである。子供のように瞳をきらきらさせて、何か物珍しい建物を見かけるたびに、こっそりと小さく「ほー」と感心するような声をあげている。


「…………」


 そんな姿が微笑ましくて、ちょっとだけからかってやりたくなった。

 俺はイサトさんの隣にすすっと並ぶ。


「イサトさん」

「ん? どうかしたか?」


 俺に振り返ったとたん、イサトさんはいかにもはしゃいでませんよ、といった顔を取り繕った。そんなイサトさんへと俺はすっと目を細め。


「ここで俺が今から別行動な、サウスガリアンの門前で一時間後に待ち合わせしようぜ、って言ったらどうする?」


 俺の意地悪な問いかけに、イサトさんはぱちりと瞬いた。

 そして。


「二度と再会できなくなる」

「ぶ」


 即答だった。

 開き直りやがった。

 ここで別に大丈夫ですし、なんて意地を張ってくれたりなどしたならば、それをネタにからかってやろうと思っていたのに。

 さすがはイサトさん、一筋縄ではいかなかった。


「だから秋良青年、私とはぐれたら終わりだと思ってくれ」

「そんな大げさな……」


 とは言いつつイサトさんならあり得そうなので、目を離さないようにしようと改めて決意する。そういえばイサトさんには砂漠で迷子という前科があるのである。しかも、俺が見つけるまで迷子になったことにすら気づいてなかった。


「つきましたよ」

「お」


 ふと、俺たちを先導していたレティシアが一軒の建物の前で足を止めた。

 俺たちが馬鹿なやりとりをしている間にも、目的地についていたらしい。

 どうやらここがサウスガリアンの商人ギルドのようだ。

 

「ちょっと、話を聞いてきてみます。こちらにセントラリアから越してきた獣人の方たちがいるかどうかを確認したら良いんですよね?」

「ああ、頼めるか?」

「大丈夫だと思います。ちょっと行ってきますね」


 きりっと表情を引き締めて、レティシアはサウスガリアンの商人ギルドへと乗り込んでいった。














 結果。

 サウスガリアンでもトゥーラウェストと同様のことが起きていたことがわかった。

 

 獣人たちは、どこにもたどりついていない。

 

 サウスガリアンの商人たちも、レティシアらと同様に獣人が途中で気を変えたか、もしくはセントラリアの商人ギルドに引き抜き行為を見咎められたかのどちらかだろうと判断し、これ以上の手出しを控えているところだったのだそうだ。

 レティシアが、セントラリアを旅立った獣人たちが消えていることを告げたところ、サウスガリアンの商人たちは酷く驚いていたのだと言う。


 サウスガリアンを後にして、向かったエスタイーストでも同じことを繰り返しただけだった。

 希望を胸にセントラリアを旅立った獣人たちは、忽然と姿を消してしまっている。

 受け入れる側の商人たちは、引き抜き行為を咎められることを恐れて騒ぐことをせず、送り出した獣人たちは旅立った者の幸福を祈るがために連絡が途絶えたことを追求しようとはしなかった。

 

 それ故に――…発覚がこんなにも遅くなってしまったのだ。

 

「……エリサとライザにどう説明したもんだろうな」

「説明を望むなら、本当のことを打ち明けるしかないだろう」

「……まさか、こんなことになっていたなんて……」


 レティシアの顔色が紙のように白いのは、グリフォンの背に揺られているから、だけではないだろう。

 俺たちは夜の帳が下りてきた群青の空を飛びながら、沈鬱な息を吐く。

 また、エリサを泣かしてしまうことになるのだろうかと思うと気が重いながらも、セントラリアの南門近くでグリフォンから降り、宿へと戻る。

 そして、二人が待つ部屋の扉を開こうとして――…


「アキラ、イサト……っ!!」


 俺たちの足音を聞きつけたのか、えらい勢いで部屋の扉が開いた。

 がん、と凄い音がした。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「~~~ッ」


 どうしようもない沈黙。

 誰も何も言えなくなってしまったので、仕方なく俺が犠牲になることにする。


「…………イサトさん、無事か」

「し、しんだ」


 扉の直撃を受けたイサトさん、轟沈。

 額を抑えてうずくまり、無言で悶えている。

 今のは痛かったろうなあ。

 合掌。


 と、それはいいとして。

 出鼻をくじかれて呆然としているエリサとライザに水を向けてみる。


「どうしたエリサ、ライザ、そんな血相を変えて」

「!」

「!」


 どうしよう、と困惑していた二人が、必死な面持ちで顔をあげて――


「ギルロイ商会のやつら、狩りチームを全滅させる気だ……!!!」

ここまでお読みいただきありがとうございます。

Pt、感想、お気に入り、励みになっております。

また、本日「おっさんがびじょ。1」が無事に発売されました!

応援して下さった皆様のおかげです。

これからも、「おっさんがびじょ。」を宜しくお願い致します。

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