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おっさんの尋問

 

 

 一時は俺とイサトさんが飛空艇を撃墜した犯人であるということを知って錯乱したエリサであったが、ぶん投げた枕によりイサトさんをKOしたあたりで我に返ってくれたらしい。ちなみに枕の直撃を受けたイサトさんは、不意打ちの勢いを殺せずそのままびたんと椅子から転げ落ちた。

 戦闘の際にはグリフォンの手綱を駆って遊撃に勤しんだり、はたまたそのグリフォンの背から敵に向かって飛び降りてその胸を貫いたりとそれほど運動神経が悪いようには見えないイサトさんなのだが……どうも、普段はのたーん、としている。

 非常時に分泌される脳内麻薬的な何かがないと、その運動神経は活性化されないものなのかもしれない。

 

「い、イサト、本当ごめん」

「いや、私たちの方こそ驚かしてしまって悪かったな。あと、一番悪いのはあそこで避けた秋良青年だ」


 しょんもりと項垂れたエリサが気づかわしげにイサトさんを覗き込み、それに柔らかく微笑んだイサトさんが応じていたりするわけなのだが。

 何かしれっと全部悪いのは俺のせいにされた感。


「…………」


 物言いをつけるほどのことではないので、おとなしく俺のせいにされておく。

 それから落ち着いたエリサがベッドの上に戻ったところで、改めて俺たちは彼女へと向き直った。

 エリサのおかげで、妙な気まずさが粉砕されたような気がしないでもない。

 ここはこのまま、彼女を俺たちのペースに巻き込んでしまうことにしよう。


「えーっと、なんかいろいろあったがとりあえず自己紹介から始めるか」

「そうだな、それが良い」


 もともと隠す気もなく、彼女の前でも平気で呼び合ってしまっていたので、彼女はある程度俺たちの名前を把握しているだろうが、俺たちは彼女のことをまだ何も知らないのだ。自己紹介は大事だ。

 

「わりと今更な感じだけど、俺はアキラだ。アキラ・トーノ。アキラって呼んでくれ。冒険者をやってる」

「私はイサトだ。イサト・クガ。イサトと呼んでくれると良い。秋良青年と同様冒険者をしている」

「……、」


 俺とイサトさんの自己紹介に、彼女は少しだけ驚いたように息を吐いた。

 何か物言いたげな様子だが、ひとまずは俺たちの自己紹介を最後まで聞くことにしたらしい。そんな彼女へと、エリサとライザがベッドの上から名乗りを上げる。

 

「オレはエリサ。こっちが弟のライザだ」

「ライザです」


 エリサとライザは、まだ少し警戒しているのか名乗りが短めだ。

 こちらの自己紹介が終わると、彼女はそっと自分の胸の手のあたりに手をあて、俺たちを順番に見詰めながら口を開いた。


「私は、レティシア・レスタロイド。トゥーラウェストのレスタロイド商会の末娘です」

「……」

「……」


 よほどギルロイ商会の連中のことがトラウマになっているのか、エリサやライザは彼女の口から「商会」という言葉が出ただけで苦虫を噛み潰したような顔をした。それに、彼女、レティシアが困ったように眉尻を下げる。俺はそれをとりなすように言葉を続けた。


「だから君はこちらの商人ギルドにも出入りしていたわけなんだな」

「はい」


 レスタロイド商会、か。

 この世界のことをよく知らない俺たちにとっては、初めて聞く名前だ。

 トゥーラウェストの商会だということで、エリサやライザも彼女の実家については知らないようだ。


 セントラリアのギルロイ商会は獣人を利用して相当あくどいことをしているわけだが、果たしてレスタロイド商会はどうなのだろうか。

 また、トゥーラウェストの商会であるレスタロイド家の末娘である彼女が、いったい何の用があってセントラリアの商人ギルドを訪ねていたのかも気になるところだ。先ほど見た感じだと、あまり和気藹々としているようには見えなかったわけだが……。


 聞きたいことは、たくさんある。

 けれど、それらを聞く前に一番の前提として最初に聞いておかなければいけないことがある。俺は、ちらりと一度視線をベッドの上のエリサやライザへと向けてから、彼女に視線を戻して口を開いた。


「最初に確認しておきたいんだけど、君は……」

「レティシア、と呼んでください」

「じゃあレティシアは、獣人のことをどう思ってる?」


 まっすぐに彼女を見据えて、俺は直球で問いかける。

 エリサやライザの前でこんなことを聞いてしまうのは、無神経にも過ぎるかもしれないが、今回の話をする上では一番大事なことだ。

 レティシアがセントラリアにいる多くの人たちのように、獣人を略奪者(ルーター)と差別するようなことがあるのならば、彼女は俺たちの情報提供者として相応しくない。気持ち的な問題としてもそうだし、獣人側に対して偏見を持っている人間がその偏見をなくそうとしている俺たちに有用な情報を提供してくれるとは思えないからだ。

 

 レティシアは俺の問いに答える前に、一度視線をエリサやライザへと向けた。

 別に何の期待もしていない、といった顔で俺たちを見ている二人に対して、少しだけ悲し気に彼女は顔を曇らせた。それから、自分の中にある言葉を手探りで掬い上げるように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「素晴らしい取引相手だと思っています。……それと同時に、手ごわいライバルであるとも」


 ふむ。

 今のところ彼女の答えは、俺たちの抱く理想に限りなく近い。

 俺とイサトさんはちらりと視線を交わしたのち、今度はイサトさんの方から詳細を訪ねてみる。


「もう少し詳しく聞いても?」

「……はい」


 俺たちがその答えからレティシアを見定めようとしていることがわかっているのか、彼女の声には微かに緊張の色が滲んでいた。それでも、レティシアは俺やイサトさんから視線をそらさない。


「現在、この世界では私たち人間は『女神の恵み』を手に入れることができなくなってしまいました。そんな中で、『女神の恵み』を未だ手に入れることができる獣人種の方々が、我々と取引をしてそれを流通させてくれるのならば、彼らは私にとっては素晴らしい取引相手だと思います」

「では、手ごわいライバルである、というのは?」

「彼らが取引してでもほしい、と思うものを人間側が供給できなくなれば、取引は一方的になり、バランスは崩れます。そう考えると、商人としては手ごわい、と感じてしまうのです」

「……なるほど」


 彼女には、獣人種と人間の抱える問題が俺たちと同程度には見えている。


「それじゃあ、少し意地悪なことを聞いてもいいか?」

「はい、何でしょう」

「君の目から見て、セントラリアはどう見える? 人間側にとって非常に有利な状況だと言えると思うんだが」


 すっと目を細めつつ、聞いてみる。

 同じ人間である俺からの問い故に、彼女は少し迷うように瞳を揺らした。


「これはあくまで私の私見ということで構わないでしょうか」

「ああ、構わない」

「……うまくない、と思います」

「うまくない?」


 彼女は「良い」「悪い」ではない判断基準でもって、セントラリアの現状についてを表してみせた。


「私は、商人です。場合によっては情よりも利益で物事を判断することも厭わない身です」


 彼女はそんな風に、自分自身の立場を語る。

 それはきっと、彼女の行動基準が「正しいかどうか」というだけではないということなのだろう。この場合、問題となるのは彼女の「うまくやる」の基準がどこにあるか、だ。ギルロイ商会が今していることだって、見方を変えれば十分「うまくやっている」と言えなくもないのだから。

 

 続きを促すような視線を向けると、彼女はゆっくりと自分の考えをまとめながら言葉を続けた。

 

「セントラリアでは、商会が『セントラリアから離れられない』理由のある獣人の方々から『女神の恵み』を安く仕入れています。これは一見我々人間側にとても有利であるように見えますが……短いスパンでしかこの優位性は保たれません」

「……どういうことだよ」


 レティシアの言葉は、エリサとしてもスルーしきれなかったらしい。

 彼女は、エリサに対して申し訳なさそうに眉尻を下げつつも、言葉を止めようとはしなかった。きちんと自分の意見を口にしなければ、信用を勝ち取ることができないということを分かっているのだ。


「失礼なことをお聞きしても良いですか?」

「……なんだよ」


 警戒した風のエリサに対して、レティシアは静かに問いかける。


「エリサさん達は、どうしてセントラリアを離れないのですか?」

「ギルロイ商会の連中に借金があるからだ」

「では、どうして借金を踏み倒して逃げようとはしないのでしょう?」

「……っ」


 レティシアの言葉に、思わずと言ったようにエリサが息を呑んだ。

 まさか商会側の人間に、ここまで単刀直入な質問をぶつけられるとは思っていなかったのだろう。エリサは口をへの字にして黙り込む。それをエリサが気を悪くした故の沈黙だと思ったのか、レティシアは申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にしようとして……それに重ねるように答えたのはライザだった。


「それは、僕の体が弱いからだよ」

「…………」


 エリサは口が悪かったり、素直じゃない部分はあるものの、基本的にはライザの良い姉であろうと努力している。そんなエリサにとって、ライザの存在が家族の足枷になってしまっている、というようなことは、口に出したくなかったのだろう。


「そう、ですか……」


 レティシアは一度痛ましげに目を伏せたものの、そっと再び質問を口にする。


「もしも……もしも、ライザさんの身体の心配をしないでもすむようになったなら、どうですか?」

「出ていく、かもしれないね、お姉ちゃん」

「ああ、そうだな」


 そうだろう。

 エリサやライザの両親が人の社会に見切りをつけられない一番の理由は、ライザのための薬を手に入れるためだろう。その必要さえなければ、きっと借金を踏み倒し、人の社会から外れて生きることを選んでいたのではないだろうか。


 レティシアはエリサやライザの言葉に、ふっと息を吐き出した。


「それでは、うまくないと私は思うのです。ギルロイ商会は、獣人の方々を利用して安く『女神の恵み』を手に入れることで利益を上げていますが、今聞いた通り獣人の方々は機会さえあれば街を離れたいと思ってしまっています。獣人の方々は、取引を続ける意思がないのです」

「そんなの、当たり前だろ。こんな状態、続けたいって思う獣人がいるわけねー」

「ですが、人間側はそれを望んでいます」

「それ、いつまでもオレらにずっと良いように利用されてろってことかよ……っ」

「違います」


 きっと視線を強めて睨むエリサにも怯まず、レティシアはまっすぐとその怒りに燃える暗紅の瞳を見詰め返した。


「獣人と人間側で比べれば、人間側の方が獣人の方々との取引に依存した生活をしているのです。エリサさんやライザさんは、必要さえなくなれば街での生活を捨てても良い、という覚悟を持っています。ですが、人間側はどうでしょう? セントラリアで生活する人々のうち、『女神の恵み』が手に入らなくなった後の生活に備えている人がどれくらいいるでしょうか」


 それはきっと、彼女が最初に言った『獣人側が取引してでもほしいもの』に『街での生活』が値するか、ということなのだろう。

 確かに、通りすがりの俺の目から見てもそのバランスはすでに危ういと思う。

 だからこそ、いざとなったら逃げちまえ、とそそのかしているぐらいなのだ。

 現状のセントラリアに、獣人が耐えてまで残る価値はないように見える。


「そういう意味で、私はセントラリアの現状はうまくない、と思っています。自分たちが供給できるものの価値を、自分たちで壊してしまっているように見えるのです。それに……」


 レティシアは苦々しげに眉根を寄せる。


「セントラリアでの人間側の暴挙が、人間と獣人全体の関係にも影響していると思うと、やはりギルロイ商会のやり方がうまい、とは私には思えません」

「それはそう、だろうな。セントラリアでギルロイ商会に良いように使われて苦渋を舐めた獣人が、他の街でまた同じように人間と取引をするつもりになるか、と言われたら難しいだろう」

「……はい。実際、何人かの獣人の方から、セントラリアを離れてトゥーラウェストに来たい、というお話をこちらでも受けていたのですが……結局来てはいただけませんでした」

「……え?」


 イサトさんへと相槌を打ったレティシアの残念そうな声に、はっとしたようにエリサとライザが顔をあげた。その顔に浮かんでいるのは、レティシアの言葉に対する疑念と……不安、だろうか。


「待てよ、そんなはずねーぞ」

「え……?」


 強い調子で言われたエリサの言葉に、今度はレティシアが戸惑ったように瞳を揺らす。


「くだらない嘘ついてんじゃねー」


 エリサはそう吐き捨てるように言うと、苛立ったように身体ごと横を向いてしまった。珍しく、ライザもそんな姉の頑なな態度を諌めたり、レティシアに対してフォローしようとはしていない。ただ、不安そうに顔を俯けている。

 一度軽く俺に視線をやってから、イサトさんは席を立つとそっぽを向いて黙り込んでしまったエリサの隣に腰かけた。


「エリサ」

「……なんだよ」

「どうして、レティシアの言葉が嘘だと思ったんだ?」

「だって……っ」


 エリサが顔をあげる。

 その瞳には、うっすらと涙すら浮かんでいた。

 エリサは何かを訴えかけるようにイサトさんを見つめるものの、なかなかそれを言葉にしようとはしない。まるで、自分の中にある疑念を確かめてしまうことを怖がっているかのようだった。

 

 俺は、深く息を吐き出した。

 

 これまでの会話の流れで、ここまでエリサが拒絶反応を示す理由。

 そんなのは簡単に想像がついた。

 そして、それをエリサとライザが認めたくないと思ってしまう理由も。


「……誰か、お前たちの知り合いがトゥーラウェストに向かったはず、なんだな?」

「……っ」

「……っ」


 俺の言葉に、エリサとライザの肩が小さく跳ねる。

 そう。

 エリサとライザがレティシアの言葉にここまで強い拒絶反応を示したのは、きっと誰か実際にセントラリアを見捨て、トゥーラウェストに向かった獣人らに心当たりがあるからに違いない。


「レティシア」

「は、はいっ」

「レスタロイド商会に繋ぎをとっていた獣人の名前はわかるか?」

「はい、それならすぐに」


 そう言うと、レティシアは足元に置いていた大振りの鞄から手帳を取り出してぱらぱらとめくっていく。


「ありました。ロッゾ・ルレッタ夫妻とその娘カネリ、それとシーカス・タニア夫妻とその息子、レンとミーシャ。それから……」


 レティシアは次々と名前を挙げていく。

 そして、その朗読が続くにつれて、エリサとライザの顔色はどんどん悪くなっていった。

 

「――以上になります」


 四組の家族と、未婚の男女が数人。

 レティシアの読み上げた名前は20人ほどにも及ぶ。

 そして――……


「その全員が、トゥーラウェストには到着していないんだな?」

「……はい」


 事情が呑み込めてきたのか、レティシアの顔色も青褪めている。


「レスタロイド商会ではないところに身を寄せた可能性は?」

「ゼロではないとは思いますが……可能性は低いと思います。もしそのようなことがあれば、商人ギルドで話題にならないはずがありませんから」

「レスタロイド商会を出し抜いてしまった、ということでどこかの商会がほとぼりがさめるまで匿ってる……っていうのは?」

「こちらも可能性は低いと思います。トゥーラウェストはセントラリアと違って獣人の方が少ないので……。街に出ず、屋内でのみ生活している、というのならそれもあるかもしれませんが……」


 あまり、現実味はない。

 そもそも、セントラリアでの不自由な生活を嫌って出奔したはずの人々が、自由に外に出ることも儘ならない隠遁生活を選ぶとは思えない。商会にしても、いくら『女神の恵み』を手に入れることができる獣人とはいえ、外に出せないのではただの不良債権だ。そんな存在を好き好んで何人も抱え込む商会はないだろう。

 

 では――…セントラリアを出発したはずの獣人たちはどこへ消えた?


 嫌な予感に、背筋がぞわぞわと毛羽立つ。

 

「エリサ、ライザ、辛いかもしれないが答えてくれ。さっきレティシアが名前を挙げた人たちは、皆本当にセントラリアを出発したのか?」

「…………」


 こくり、とエリサが小さくうなずく。


「僕たち、見送ったんです」


 震える声で、ライザがぽつりと呟いた。


「いってらっしゃい、て西門から出ていくみんなを、見送ったんです……っ」

「みんな、落ち着いたら連絡するって言ってた。あっちでガンガン稼いで、まとまった金ができたらセントラリアに残ってるオレたちのことも呼んでやる、って」


 ぽろぽろ、とエリサの頬を大粒の涙が零れ落ちていった。

 ああ、本当に。

 俺たちと出会ってから、エリサは泣いてばかりだ。

 俺たちは、エリサを泣かしてしまってばかりいる。


「……なあ、アキラ、みんな、どこに行っちゃったんだよ。ずっと、オレらは待ってたんだ。なあ、アキラ、どうしたらいいんだよ、オレ、あいつらのことちょっと怒ってたんだ……っ」


 セントラリアを先に見放して、出ていってしまった仲間たち。

 準備ができて、用意が整ったら連絡する、いつか助けてやるから、なんて言葉を残して旅立っていきながら……やがて連絡は途絶える。

 

 もしも、セントラリアからトゥーラウェエストへの道のりが危険なものであり、命がけの旅であったのならば、きっと残されたものは旅立ったものたちの安否を気遣っただろう。けれど、そうではない。セントラリアからトゥーラウェストへの道のりは、時間さえかければ誰でも徒歩で踏破できる程度のものだ。だからこそ連絡を待ち続けた残されたものたちは、きっとセントラリアごと見捨てられたかのような気落ちを味わったのだろう。エリサが言ったように、自分たちだけが助かれば、かつての仲間のことはどうでもよくなってしまったのかとやりきれない怒りを感じたりもしただろう。その怒りや、それでも先に旅立ったものの助けがなければセントラリアを脱出することもできないという引け目が、きっと彼らの失踪の発覚をここまで遅れさせてしまった。


「まさか、こんなことになっていたなんて……」


 レティシアが茫然と呟く。


「私は……私たちレスタロイド商会側は、獣人の方々が私たちを信用してくださっていないから、土壇場でセントラリアを出ることをやめたか、もしくは別の都市に行ってしまったのだとばかり思っていました。だから……私がセントラリアに来て、直接獣人の方々と交渉するつもりでいたのです」


 エリサやライザは、セントラリアに残されている獣人はもうそう多くはないと言っていたはずだ。セントラリアを見放すだけの強さを持った獣人のほとんどはセントラリアを出ていった、と。


 エリサの隣に座り、その背をなだめるように優しく撫でてやっていたイサトさんがすっくと立ち上がった。

 

「秋良青年、確かめよう」

「ああ。レティシア、ちょっと力を貸してくれるか」

「はい……っ!」


 俺は、ベッドの上で悄然と項垂れているエリサとライザへと向き直る。

 そんな二人の姿は、見ていて痛ましく、一回りも二回りも小さくなってしまったように見えた。

 

 これから、俺たちが暴こうとしている事実は、ますます二人を傷つけることになるかもしれない。知らなければ、エリサとライザはこれまで同様の日常を送ることができるのかもしれない。


「エリサ、ライザ」

「…………」

「…………」


 俺の呼びかけに応えるように、エリサとライザが顔をあげる。

 涙に滲み、赤くなった二対の双眸が俺を見る。


「俺は、お前たちを助ける。それは約束した通りだ。でも……もし辛いなら、お前たちは俺たちに付き合わなくてもいい」


 何も知らないまま、助かる道を選んだとしてもいいのだ。

 よくわからないけど解決したっぽい、ぐらいのふわふわした認識でいたって構わない。辛い現実になど、直面する必要はない。


「ちょっと行ってくる」


 俺は、ぽんぽんと二人の頭を撫でた。

 柔らかな緋色の癖ッ毛をくしゃくしゃとかき混ぜる。

 俺は、二人がどんな決断を下したとしてもその意思を尊重するし、その決断によって二人への態度が変わることはない。

 そんな気持ちを込めて二人の頭を撫でて――…俺はイサトさんとレティシアとともに部屋を後にした。

ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

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