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おっさんは真人間に弱い

★☆★




 いろいろ、考えてはいたのだ。

 

 俺たちは彼女に飛空艇を墜とす姿を見られている。

 命の恩人ではあるものの、怖がられてしまう可能性も決して少なくはない。

 それでまずは一枚の布を隔てて姿を隠しつつ、言葉を重ねてこちらに彼女に対する害意がないことをわかってもらってから姿を表す。

 それと同時に万が一彼女が聞く耳を持たず、人を呼ぼうとしたり、さらに万が一というか億が一ぐらいの確率で彼女がこちらへと攻撃を仕掛けてくるようなことがあった場合には、エリサとライザは回れ右、俺とイサトさんは廃墟を突っ切って逃げる、というような退路までも考えてあった。

 

 考えてあったのだ、が。

 そういった諸々が、悪戯な風のせいで一気に無駄になった感。


 思わず目がテンになる俺とイサトさん。

 ぽかんと目を丸くする彼女。

 エリサとライザも彼女の背後で「!?」という顏をしている。

 当事者でなければちょっと面白く思ってしまうような状況ではあるのだが……。

 さて、どうするか。

 

 逃げるか?

 それとも何もなかったかのように平然と話を続けるか?

 

 迷いつつ俺は彼女の反応を窺い、ちょっとばかりびくっとしてしまった。

 どうも、目の前の彼女の反応は俺たちの予想から大きく外れていたのだ。逃げられる、叫ばれる、あたりは想定していたが、彼女はまるで白昼夢でも見ているかのようにぼんやりとしてしまっている。

 そんな反応に対する対処法はさすがに考えていなかった。


「…………」

「…………」


 微かに潤んでいるように見える濃い碧の瞳や、うっすらと赤く染まった頬、はたまた恥らうように伏せられた視線だったりに、なんだか妙な気まずさを感じてしまうのは俺だけだろうか。

 なんかこう。

 おしゃべりな友人に、「隣のクラスの誰それがお前のこと好きらしいぜ」と聞かされた直後に、その隣のクラスの誰それと放課後の教室でうっかり二人きりになってしまった時に感じる気まずさ、というか。

 照れくさいような、どうしていいのかわからなくて逃げ出したくなるようなあの感じ。

 

 ……まあ、自意識過剰なのがいけないのはわかってるんだが。

 

 俺はびす、と軽く隣のイサトさんの脇腹を肘でつつく。

 ここはイサトさんが行くべきだろう。

 なんて言ったって同性だし。

 だというのに、何故かやんわりと足を踏むことで応戦された。


 何故だ。

 

 ちらっと隣を見やれば、イサトさんがもっともらしい顏でこそりと俺へと囁く。


「私は面識がないからな。君が仕切ってくれないと」

「……………………」


 なるほど。

 もっともだ。


「で、本音は?」

「君がどぎまぎしているのが面白い」

「コノヤロウ」


 完全にただの愉快犯じゃねえか。

 俺はちょっぴり荒んだ気持ちで小さく息を吐く。

 まったく、青少年をからかって楽しむ悪い大人には困ったものである。

 が、いつまでももじもじと恥じらいあっていても話は進まない。

 ここは俺が男を見せるしかないだろう。


「ええと……その」


 ものすごい掠れた声が出た。

 イサトさんが変なこと言いやがったせいで、余計に意識して心拍数が上がっている。なんだこれ。どういう状況なんだ。


「は、はい。なんでしょう……?」


 ぎこちない俺の声に、彼女も緊張に上擦った声で言葉を返す。

 隣でイサトさんがニヤニヤしているのがわかる。

 この仕返しはいつか絶対してやるからな、と心の中で呟きつつ、俺はこの状況を打破すべく――…覚悟を決めて口を開いた。


「ちょっとお茶でもどうです?」

「ナンパか」


 イサトさんのツッコミが高速(ちょっぱや)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女を連れて、宿に戻る。

 本当ならばもっと人目のあるカフェなどの方が彼女にとっては安心できるのだろうが、これから話そうとしている諸々の内容を考えると、そういうわけにもいかない。三部屋とっているうちの、イサトさんの部屋に案内したのがせめてもの良心である。


 ちなみに三部屋の内訳は、俺、イサトさん、エリサ&ライザ姉弟、だ。

 エリサ達は、ちゃんと帰る場所があるから良い、と最初は遠慮していたのだけれども、そこは俺らが雇っているのだからという雇い主特権で押し切った。

 それこそまさに小さな親切大きなお世話だったかもしれないが、ギルロイ商会側の動きがわからない上に、獣人の対してのあたりのキツいこの街で、エリサやライザを二人だけにしたくない、と思ってしまったのだ。

 

 戸惑ったように立ちつくしている彼女へと、ベッドサイドのテーブルを勧めようとしてふと気づいた。椅子が足りてない。


「しまったな」


 もともと一人~二人で泊まることを前提としているので、この部屋には椅子が二つしか備えつけられていないのだ。普段四人で話す時は、わりと行儀悪くベッドに座って済ましてしまうことが多かったせいで、こうして部屋に来るまで椅子の数のことが頭から抜けていた。


「アレか」

「ん?」

「親ガメ子ガメ作戦」


 同じことに気付いたらしきイサトさんが、ロクでもない作戦を提案する。

 親ガメ子ガメというのはアレだろう。

 俺の上にイサトさん、その上にエリサ、ライザが乗るという。


「…………」


 数瞬の沈思黙考。

 悪くない。悪くはない。

 俺はにこーっと無害そうに微笑みつつ、両手をわきわきと動かしてイサトさんへと視線を投げかけた。


「俺はそれでもいいけど?」

「え」


 がたりと椅子を引いて、どっかりと腰掛ける。

 そして笑顔でさあ来いと促してみた。

 やれるものならやってみやがれ。


「………………秋良青年が可愛くない返しを」

「俺だって学ぶわ」

「くそう……」


 悔しそうにイサトさんが肩を落とす。

 それを見届けてから、俺はふん、と小さく勝ち誇るように息を吐いて立ち上がった。実際に親ガメ子ガメ作戦をしてもいいが、そんな得体のしれないブツと対話しなくてはならない彼女が可哀そうである。


「秋良青年?」

「隣の部屋から椅子取ってくる」

 

 後で元に戻せば、特に問題はないだろう。

 俺は部屋から出ようとして、ついでにベッドの上に座っているエリサとライザへと声をかけた。

 

「お前たちはどうする? お前たちの分の椅子も持ってくるか?」

「オレらはベッドの上にでもいるよ」

「了解」


 基本的に彼女と話をするのは俺とイサトさんになるだろうし、テーブルはベッドサイドに設置されているため、二人が会話する俺たちから遠すぎる、ということもない。二人がそれで良いと言うのならそれはそれで良いだろう。


 俺はそのまま部屋を出かけて、ふと振り返った。

 お茶でも、とナンパの常套句を口走ってしまったというのに、飲み物一つ出さないのもどうかと思ったのだ。


「エリサ、ライザ、もし手が空いてたら下で紅茶でも淹れてきてくれないか?」

「いいぜ、わかった」

「僕も手伝う!」


 二人が張り切った様子で俺の横をすり抜けて、下へと向かう。

 ここの女将さんは、エリサやライザが獣人だからといって冷たい対応をするというようなことがない。きっと人間か獣人か、というよりも客かどうかの方が女将さんにとっては大事な問題なのだろう。二人が仲良く階段を下りて行くのを見届けてから、俺は隣の部屋へと向かった。

 

 椅子を担いで部屋に戻ると、俺は持ってきた椅子をテーブルの傍に降ろしてそのまま腰を下ろした。やや俺側にイサトさん、その向かいに彼女が座る、という位置関係だ。


「…………」

「…………」

「…………」


 お互いに、会話のきっかけを探しあぐねる、といったような沈黙。

 さて、何から切りだそうかと俺が考えていると……。


「あ、あの……っ」


 緊張に声を震わせながらも、先制攻撃(何か違う)に出たのは彼女の方だった。

 彼女はがたりと音をたてて立ち上がると、テーブルに額を打ちつける気なのではと思ってしまうような勢いで俺たちに向かって頭を深々と下げた。


「先日は、助けていただき本当にありがとうございました……!」

「「えっ」」


 俺とイサトさんの声がハモる。

 そしてほぼ同時に二人してがたたっ、と音を立てつつ立ち上がる。

 こう、なんというか、カラットの村でも感じたことだが、こんなにも大袈裟に感謝を示されてしまうと、どうにも座りが悪くなる。


「いや、その俺はほとんど何もしてないし。感謝ならイサトさんにしてくれ」

「いやいや何を言っているんだ秋良青年、モンスターの大部分を倒したのは秋良青年じゃないか。そこのお嬢さん、感謝ならば彼にすべきだよ」

「いやいやいや、飛空艇墜としたのはイサトさんじゃないか」

「いやいやいやいや、ヌメっとしたのを倒したのは秋良青年だろう」


 びす。

 びすびす。

 お互いに肘で小突きあいながら、感謝の矛先を押し付けあう。

 別段感謝されるのが嫌、というわけではないのだが……喉元過ぎれば熱さを忘れるというか、変なところで謙虚な日本人特性が遺憾なく発揮されてしまうというべきか、その感謝と自分のしたことが釣りあうのかどうかと考えると妙に気恥しくなってしまうのだ。


「あー……」

「うー……」


 俺たちが言葉に困り、ゾンビのような声をあげている辺りで、紅茶を淹れに行っていたエリサとライザが戻ってきた。二人はテーブルを挟んで向かい合い、お互いに立ったまま困ったようにしている俺たちに訝しげな視線を向けてくる。


「紅茶、淹れてきたけど……オマエたち何やってんの?」

「あの、タイミング悪かったですか……?」


 紅茶の乗ったお盆を手にしたエリサとライザが戻ってきた。

 タイミングが悪い、というかある意味ベストタイミングというか。

 エリサは立ちつくしてしまっていた俺たちに向かって、呆れたような溜息を一つついて、それからさっさと紅茶をそれぞれの前へと置いた。ライザが、軽く眉尻を下げた笑みを浮かべつつ、そっとミルクと砂糖のツボをテーブルの真ん中に置く。

 

「で?」

「……え?」


 軽く砂糖をティースプーンに一杯紅茶にいれて、くるくると回しながらエリサは俺たちに向かってものすごく端的に問いかけた。

 何がどう「で?」なのかがわからなくて、俺は目を丸くする。


「だから、なんでオマエらそんな立ったまま見つめあってんだよ。座れば?」

「ああ、うん」

「うん」

「はい」


 三人して年下の女の子に仕切って貰って、ようやく再びテーブルを囲むことが出来るという残念な感じである。そんな残念な大人をちらりと見て、全くしょうがねえな、という顏で再び小さく息を吐くエリサ。

 なんというか、不甲斐なくて申し訳ない。

 俺もイサトさんも、揃ってこういう空気が不得手なのである。

 真っ当な人を相手にするとペースが狂う、というあたり、俺とイサトさんはつくづく駄目かもしれない。


「あー……その」

「はい、何でしょう」


 彼女が、俺の声にぴくっと肩を震わせて顔を上げる。

 そんなに身構えられると、俺としてもそれだけの反応に見合った大事なことを言わないといけないような気になってしまって困る。

 ぐぬぬ。なんとかならないのか、この空気。

 経験したことはないが、なんだかお見合い会場っぽい。

 なんだかトチ狂ってご趣味は、とか聞きたくなってしまう。


「ええと、まあ、みんな無事で良かった、です」


 結局何か小学生の作文のようなコメントになった。

 いや、本当気になってはいたのだ。

 俺とイサトさんは、飛空艇を墜としてすぐにそのままトンズラぶっこいたので、『家』から出した後の乗客たちがどうなったのかを見届けていない。

 あの段階で既に飛空艇撃墜に気付いたらしきセントラリアの方が騒がしくなっていたし、そもそも街の周辺には自分から人を襲うようなアクティブなモンスターはいない。そんなわけで、特に心配はしていなかったのだが……やはりこうして無事な姿を見るとほっとする部分はある。

 

「いえ……私たちが無事に助かったのは、全て貴方たちのおかげです。だというのに、きちんとお礼を差し上げることもできず……本当に失礼いたしました」

「いやいやいやいや、逃げたのは私たちだから」


 イサトさんがひらひらと手を振る。

 と、そこで俺たちのぎこちない会話を聞いていたエリサとライザがふと話に混じってきた。


「アキラとイサトはやっぱり人助けばっかしてんじゃねーか」

「わるもの、なんて言ってるのにね」

「……ぬ」

「ぐぬ」


 エリサとライザのもっともな言葉に、俺とイサトさんが揃って言葉に詰まる。

 イサトさんは、ちみっと誤魔化すように紅茶を啜った後、ちろり、とエリサとライザへと拗ねたような視線を向けた。

 

 あ。これはちょっと止めた方が良いかもしれん。


 そう思って俺がイサトさんの口を塞ぐよりも先に、イサトさんはぽそりと口を開いてしまっていた。


「飛空艇の撃墜は、たぶん『わるいこと』だぞ」

「――は?」


 エリサの目がぽかんと丸くなる。

 イサトさんの言葉を理解するまでに時間がかかっているのか、完全にフリーズしてしまっている。隣のライザも同様にピシッと石のように硬直している。

 その反応に、イサトさんははちり、と瞬いた。

 それからこそっと、隣に座っていた俺の耳元に顔を寄せる。


「……秋良青年、そう言えばエリサたちには飛空艇を墜としたことは話してなかったのだっけか」

「話してない話してない」


 だから止めようと思ったのに。

 

 きっとエリサやライザの中での俺たちは、正体不明ながらもそれなりに腕の立つ冒険者、といった感じでしか認識されていなかったはずだ。

 それがいきなり、飛空艇撃墜の犯人である。


「…………」

「…………」


 エリサとライザは呆然としている。

 俺は椅子の前脚二本を浮かして傾けるようにしながら腕を伸ばし、俺は二人の眼前でひらひらっと手を振って見せた。


「!」

「!」


 びくっと二人の肩が揺れる。

 どうやら俺はエリザとライザの再起動に成功した模様。


「いやいやいや、確かに飛空艇墜落の話はオレたちも聞いてるけど!」

「確かトゥーラウェスト発の飛空艇が途中でモンスターに襲われて……」

「でも、たまたま落ちた雷のおかげでモンスターが死んで、助かったんじゃねーのか?」


 ほう。

 一般的にはそういう話になっているのか。

 俺たちの関与がなかったことにされているなら、それはそれでありがたい。


「じゃあそういうことd――」

「――でも」


 エリサがふと真剣な顏で言葉を続ける。


「飛空艇に乗ってた連中が、女神の遣いに助けられたって言ってるって話も聞いた。漆黒の騎士がどこからともなく飛空艇に現れて、乗客を救いだしたんだって」

「……僕も、聞いた。空を飛ぶモンスターを従えた黒き伝承の民が、雷を呼んでセントラリアを救ったんだって」


 二人の視線が、俺とイサトさんの上で止まる。


「…………」

「…………」


 漆黒の騎士と、黒き伝承の民。

 その組み合わせは、俺の装備とイサトさんの外見特徴とぴったり一致する。

 まあ、一致するも何も張本人なのだが。


「い、い……」


 ふるふる、とエリサが小刻みに震えはじめた。

 が、果たして「い」とは何なのか。

 半ば俺が現実逃避気味に「い」から始まる言葉を考え始めたあたりで、どかーんとエリサが爆発した。再起動に成功したと思っていたが、そのまま回線がショートしたくさい。


「意味わかんねー!!!!」

「おおおおねーちゃんしっかりー!!!」


 涙目で叫びつつ、エリサがベッドの上にあった枕を俺らに向かってぶん投げる。


「おわっと!?」


 俺は思わず反射的に頭をかがめてそれを避け――…その結果、エリサのぶん投げた枕は見事にイサトさんの顔面にクリーンヒットした。


「おうっ」


 ――これ、俺は何も悪くないと主張したい。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

Pt、感想、お気に入り登録、励みになっております。

年内にあと1、2話は投稿出来ると良いな、と思いつつ。


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