おっさんとドナドナの危機
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俺がどうにか平静を装って三人と合流した後は、のんびりとセントラリアを見て回りながら、目的の屋台を目指すことにした。
エリサとライザと一緒に見てまわるセントラリアは、俺とイサトさんが二人だけで回るよりももっと興味深い。
なんせ、地元っ子の二人が競うようにしていろいろなことを教えてくれる。
そんな中で一番度胆を抜かれたのは、俺たちの知らない『生活魔法』なんていうスキルの存在だった。
イサトさんの、旅の間も着回すことが出来るぐらいちゃんとした服が欲しい、というぼやきに反応して、ライザがきょとんと「生活魔法じゃ駄目なの?」と言い出したのだ。
なんでも、この世界では旅や冒険をする上で便利なちょっとした魔法が、『生活魔法』というスキルによって補われているらしい。
例えばその中の一つである「クリーン」と呼ばれる対象物をきれいにする魔法を使えば、泥水を人間が飲める程度の真水にきれいにしたり、着ている服ごと身体をさっときれいにすることが出来るらしい。
その他にも「ウォーター」といって何もないところから水を生成する魔法などもあって、それらの「生活魔法」はこの世界で生活する上では必須スキルなんだそうだ。二人の話しぶりを聞いた感じだと、どうやら俺たちの世界で言う家電感覚でそういったスキルが便利に使われているようだ。
「さすがだなー…」
「うん、リアルだ」
イサトさんと思わず顔を見合わせる。
魔法、という俺たちにとっての不思議概念が、生活に紐付いて存在しているというのが新鮮なのだ。
ゲームとしてのRFCにおいては、魔法スキルというのは主に戦闘において使われるものだった。援護系、直接攻撃系といろんな種類はあったが、どれも共通するのは「戦闘」という限られた場面で使うことしか想定されていない、ということだろう。ゲームという薄っぺらい世界において、魔法の使い道なんて、いかに敵を倒すか、ぐらいしかなかったのだ。
が、実際に魔法という概念が存在する世界で生活していれば、その生活の中に魔法を便利な形で取り入れようと考えるのは極々自然な発想だ。
実際エリサとライザの二人もそういった「生活魔法」のスキルを持っていて、お互いに役割分担でスキルを使って暮らしているんだそうだ。
「……オマエら、よく生活魔法知らないでここまで旅して来れたよな……」
「……セントラリアに着くまで、どうやって生活してたんですか……?」
エリサとライザの姉弟にドン引きされてしまった。
二人は俺らが野営に野営を重ね、原始的な旅の果てにセントラリアに辿りついた図を想像したようだ。実際には、あのヌメっとした人型に遭遇するまでは、わりと快適な空路を楽しんでいたわけなのだが。
「なあ、どっかで生活魔法のスキルロールって買えるか?」
「朝飯が済んだら案内してやるよ」
「助かる」
生活を楽にするための「生活魔法」のスキルが存在するのなら、同じように生活を楽にするためのマジックアイテムもあるだろう。
家の整備にも期待が出来る。
朝食が済んだら、その辺りのこともエリサに相談してみるか、なんて思いつつ歩いていたところ――…ふと、目の前に影が差した。
「ん?」
顔をあげる。
俺たちの行く手を阻んでいたのは、やたら綺麗な鎧に身を包んだ騎士と、その他もろもろの御一行様だった。見覚えのある白を基調にした鎧と、盾の中に聖杯が描かれた紋章からして、おそらくセントラリアの守護騎士だろう。
だがその他もろもろ、の部分がよくわからない。
良く言えば恰幅の良い、悪く言えばよく肥えた金持ちそうなおっさんと、その護衛というか取り巻きというか、といった男たち。
何を共通点に集まった御一行なのかがわからない。
用件はなんだ。
俺が訝しげに眉間に皺を寄せている間にも、太った男と騎士を中心に、御一行はぞろりと俺らの行く手を阻むように展開する。そして、すっかり俺たちを取り囲んだところで、正面に立っていた騎士が一歩前に出た。
「私はセントラリア守護騎士団に所属するライオネル・ガルデンスである」
「……はあ」
そのライオネル・ガルデンスが俺たちに何の用だ。
俺も、連れの三人を庇うようにして一歩前に出た。
イサトさんはいつもと変わらぬ様子で目の前の男たちを眺めているものの、エリサとライザの反応は顕著だ。明らかに警戒しているのがわかる。
「…………飛空艇のことがバレたかな」
ぽそりと、小さくイサトさんが呟くのが聞こえた。
だろうな、と俺も小声で返す。
それ以外、セントラリアの守護騎士に囲まれる覚えはない。
だが、どうにもそれにしては様子がおかしいような気もした。
飛空艇を墜とした下手人に事情聴取、もしくは逮捕に来るには、ちょっとメンツが不自然ではなかろうか。
何故騎士団ではなく、騎士と、その他もろもろなんていう組み合わせでやってきたのか。
俺を見据えて、ライオネル・ガルデンスと名乗った騎士が口を開く。
「貴様らに罰金の徴収に来た」
やはりそう来たか。
俺はちらり、とイサトさんを見る。
イサトさんも、覚悟したようにこくりと頷きを返す。
俺とイサトさんの財産でなんとかカバーできる程度の額だとありがたいわけだが…、何せ墜としてしまったのは公共の交通手段である飛空艇である。
ゲーム内でも価格が設定されていなかったため、どんな天文学的な数字をぶつけられるかわからないあたりが若干怖い。
ごくり、と覚悟を決めて俺とイサトさんは騎士の言葉を待ち――…。
「貴様らは先日、公共の場で剣を抜くという危険行為に及んだ」
ん?
「よって、罰金は一人あたり一万エシルである。可及的速やかに納付するように」
おおおおお???
思わずぽかんとイサトさんと顔を見合わせてしまった。
公共の場で剣を抜く?
1万エシル?
飛空艇を墜としたことは関係ない……、のか?
「ちょっと待てよ、オレが先に剣を抜いたんだ!アキラはあくまでオレに応戦しただけなんだよ!だから罰金ならオレだけに」
「ならん。街中で剣を抜いたことに変わりはない」
横からすり抜けるように飛び出したエリサが、騎士へと抗議の声をあげる。
が、それに対する騎士の返事はあくまで冷やかだった。
なるほど。
どうやらここ、セントラリアにおいては、公共の場で剣を抜くことは危険行為として禁じられているらしい。いわゆる銃刀法違反ということになるのだろう。
法律としてそう決まっている、というのなら、特に逆らうつもりはない。
実際、周囲に一般の人間がいる中で大剣を抜いたのは事実なのだから。
「いいよ、エリサ」
俺はふしゃーっと毛を逆立てた猫のようになってるエリサの肩にポン、と手を置いて後へと引き戻す。
下手に官憲に逆らって問題を起こすつもりはない。
「剣を抜いたことに対する罰金、なら対象は俺とエリサの2名、合計2万エシルで良いんだな?」
「…………」
俺の確認に、騎士は少し考えるような間を置いた。
それから、何故かちらりと隣の太った男へと視線を走らせる。
男がにやりと口元を笑ませ、それに対して騎士が頷く。
そんな謎のアイコンタクトを経て、騎士が再び口を開いた。
「いや、その騒ぎに関係した全員につき1万エシルだ。つまり、そこの2人も入れて4万エシルになる」
「……ッ、そんな話聞いたこともねえ!!」
エリサが俺の腕を振りほどかん勢いで怒鳴る。
これは……どうも、よろしくない。
俺ぼんやりとそんなことを思いつつイサトさんを見た。
イサトさんも、眉間に緩く皺を寄せ、苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
それを要求された金額に対する反応だと思ったのか、先ほどから黙って様子を窺っていた太った男が一歩前に出た。
年は40代後半といったところだろうか。
でっぷりと脂ののった男だ。にこにこ、と顏は笑っているものの、どこか油断のならない印象を受ける。
やたら愛想の良い訪問販売員のような印象、と言ったら伝わるだろうか。
「いやいや、しばらく様子を見させていただいていましたが……随分とお困りの様子。手元が不如意なようでしたら、ギルロイ商会がご用立て致しますが」
「アキラ駄目だ、こいつらそうやって借金させていいようにするんだ!」
「おや、人聞きが悪いですな、エリサさん。うちは世間的に働き口が少ない亜人種たちに職を紹介し、生活の糧を与える良心的な商会ですよ」
「……ッ、嘘つけ!」
興奮しているのかエリサの緋色の髪が、ぶわりと膨らんでいる。
ふしゃーと毛を逆立てて威嚇する猫のようだ。
が、その一方で喧々と咬み付くように太った男に対して怒鳴ってはいるものの、その耳はどこか怯えたように寝ている。
本当は装っているほど強くはなく、エリサだって子供なのだ。
「イサトさん」
「エリサ、こっちにおいで。大丈夫だ」
イサトさんの名を呼ぶと、イサトさんは俺の意図を汲んでエリサを背後へと引き寄せた。「でもアキラが…っ」なんて不安そうな声が聞こえるが、ここは心配せずに見守っていて欲しいところだ。
「用立て、とは?」
「はい、こちらのギルロイ商会が、あなた方の罰金を肩代わり致します。その代わりの労働力を後程提供していただくことにはなりますが……悪い話ではないかと」
そう言って、ギルロイ商会の男はにこりと営業スマイルを浮かべた。
タイミングを見計らっていたかのように、騎士が言葉を続ける。
「もしも罰金が払えないなら、罰金が納付されるまで牢で拘留することになる」
「……はあ」
俺たちのような、代わりに罰金を用立ててくれるようなものがいない流れ者にとっては、無期限の拘留になりかねない対応である。
いやまあ、だからこそ、白々しくこのギルロイ商会の男が出てくるのだろうけれども。
「どうでしょう? あなたの場合、直接労働をしていただくというよりも、お連れ様の身柄を斡旋していただくだけでも結構ですが……」
そう言って、ギルロイ商会の男は好色そうな眼差しをイサトさんへと向けた。
つまり、イサトさんの身柄を引き渡せば俺の財布は痛まないぞ、ということが言いたいらしい。
「なるほど」
俺はそう言って頷く。
背後で、エリサとライザが怯えた様子でイサトさんにくっつくのがちらりと見えた。
……まさかお前ら、俺がイサトさんを売っ払うとでも思っているんじゃないだろうな。
二人の俺への認識に多少の不安が募った。
「罰金の件と、それを肩代わりしてくれるというギルロイ商会の申し出についてはわかったんだが…」
俺は、すいと双眸を細めて目の前の二人を見据える。
「どうして罰金の取り立てに来る騎士様と、ギルロイ商会の人間がわざわざ一緒に手下をつれてやってきたんだ?」
「誤解なきよう申し上げますと、我々ギルロイ商会がセントラリアにおける福祉に力を入れているからでして」
「ほう」
俺に人売りめいた真似をしろと申し出ておきながら、言うに事欠いて福祉か。
「セントラリアにおいては、悲しいことに亜人種の方々を略奪者と呼び、差別するような風潮がはびこっております。差別の憂き目にあい、なかなか仕事にも恵まれないそういった方々を援助する活動を、ギルロイ商会は行っておりまして……こうして、亜人種の方が関わった揉め事のうち、罰金で解決できるようなものであればうちで処理をすることも多いのです」
「その通りだ。よって、亜人種に罰金の徴収を行う際には、ギルロイ商会の人間をつけるのが慣習となっている」
なんとももっともらしい説明だ。
「じゃあ……、これはなんだ?」
くい、と俺は俺たちの逃げ場を塞ぐように、ぐるりと囲む男たちを顎で示す。
騎士団の鎧を着ていないということは、ギルロイ商会の部下、いや、皆腰に剣を下げているあたり、私兵という方が近いのかもしれない。
「騎士の方々のお仕事が少しでも楽になるようにと、協力させていただいております。もちろん、私どもは何の権限もないただの一般市民ではありますが」
「ふぅん」
と、いうことらしい。
全力で建て前を並べられた、といったところか。
完全にこれが現代日本だったらば、汚職警官と悪徳金融の癒着行為としてすっぱ抜かれているところだ。
それに、何が「協力させていただいております」だ。
力関係はおそらく逆。ギルロイ商会に、そこの騎士が協力している、というのが本当のところだろう。その証拠に、先ほど罰金の額を釣り上げたとき、騎士はこのギルロイ商会の男の顔色を窺った。
ああ、良くない。
この流れは非常によくない。
騎士が、罰金の額を釣り上げたときに俺とイサトさんが苦い顏をしたのは、別段その額がお財布に痛かったわけではない。一万エシルなんていうのは、上級ポーション一本の店売り価格である。それを所持量の限界まで積んで狩りに出ていた俺たちである。今さら4万エシルぐらいの出費など、痛くも痒くもない。
では何がまずいのか。
単純に、気に入らない。
この連中のやり口が気に入らなくて、思い通りになってやりたくないと思ってしまうのだ。おとなしく金を払い、何事もなくこの場から立ち去るのが一番だとわかってはいるのに。
「秋良青年」
ふと、背後から名を呼ばれた。
「ん?」
「もし……、君が4万エシル払いきれないというのなら、私が……」
「イサト、駄目だ…!」
悲壮な感じに目を伏せて、儚く微笑んだイサトさんを止めるように、エリサがぎゅっとイサトさんの腕を捕まえる。
安心するといいぞ、エリサ。
それ、絶対続きは「この身体を売っても……」みたいなことにはならないから。
よくポーション破産していたイサトさんでも、4万エシルぐらいはした金だと言い切る程度の財産はあるはずだ。
ある……よな?
微妙に不安になった。
が、まあそれはともかく。
「もし……、君が4万エシル払いきれないというのなら、私が……」の続きをイサトさんに言わせたなら。
それはきっと。
『暴れるけど構わないか?』
とか、たぶんその辺りだと思う。
なので、俺は小さく溜息混じりに、口元に笑みを浮かべた。
そして、利き手を腰に下げている大剣へと滑らせ、一息に引き抜き――…、抜刀すると見せかけて途中で手を放した。
かちん、と間の抜けた音をたてて、大剣が鞘に戻る。
たった、それだけ。
俺がしたのはたったそれだけのことだった。
が、周囲の反応はそれどころではない。
俺たちを囲んでいた全員が、ずらりと反射的に腰の剣を抜いて俺たちへと向けて構えている。
「何のつもりだ……!?」
騎士の理由を問う声に、俺は敵意を見せないままホールドアップ。
イサトさんが地味にスタッフを用意していつでも援護に入れるようにしてくれてはいるが、一応こちらから戦闘を仕掛けるつもりはない。
ただ、ちょっと嫌がらせがしたいだけだ。
「いやあ、すみません。財布を取るつもりが、どうも袖が柄に引っかかってしまったみたいで。ああ、でも今のも街中での抜刀に入るよな」
白々しく笑いながら、俺はインベントリから8万エシルを取りだした。内訳は一万エシル硬貨を8枚。エシルには紙幣がない代わりに、単位ごとで硬貨の色や形、大きさが違っている。ゲームの中ではモンスターからドロップする時ぐらいにしか意識しなかったが、こうして実際に使ってみるとありがたい。特にゲームと違ってデータでやりとりするわけではないのだ。1エシル硬貨で8万枚分取り出すのを想像しただけで頭痛がする。
俺があっさりと罰金を払ってしまったことに面喰いながらも、騎士としては受け取らないわけにはいかないのだろう。ちらちらとギルロイ商会の男の顔色を窺うように視線を揺らしながらも、騎士は俺の支払った8万エシルを受け取った。
それを見届けてから、俺はにっこりと笑う。
「ああそうだ。せっかくだし、俺もギルロイ商会の方を見習って騎士様に協力するとしようかな」
「……は?」
騎士が胡乱げな視線を俺に向ける。
まだわかってないのか。
一方、ギルロイ商会の男の方は、俺の言葉に薄く眉間に皺を寄せた。
流石だ。俺の目論みに感づいたらしい。
「ほら、この人たち」
俺たちを囲んで、剣を抜いて警戒する男たちを手で示す。
「街の中で剣を抜くのは、罰金に値する危険行為、なんだろ?」
「だ、だがそれは貴様が先に……」
「どちらが先に抜いた、というのは関係なく、街中で危険な行為に及んだことが咎められているんだよな」
これはさっき、エリサに対してこの騎士本人が言った言葉だ。
俺たちを囲んで剣を抜いている私兵は十数人はいる。全員に対して1万シエルの罰金を請求したのならばギルロイ商会としてもなかなかに痛い出費となることだろう。
「いやあ、俺が勘違いさせたせいで悪いな。そちらも『何の権限もない一般市民』だそうだし、そうなると罰金刑からの免除も難しいよな。どうする?この場で払えるか?それとも払えないようなら、牢への連行を手伝うけど。これぐらいしか出来なくて心苦しいな」
相手が、俺らをハメるために用意した設定をそっくりそのまま返してやる。
悪意なんてカケラもありませんよ、って顏でにこにこしながら、騎士の言葉を待つ。
「あ……」
騎士は困ったようにおろおろと視線をさまよわせ……そんな膠着状態から脱するきっかけをくれたのは、やはりギルロイ商会の男だった。
「それには及びませんよ。私どもは騎士に協力する善良な市民ですから。そちらの手を煩わせる必要はありません。ライオネル様、私どもの罰金については詰所にてお話させていただけますか?」
「あ、ああ……」
ギルロイ商会の男は、「行きますよ」と短く取り巻きの私兵へと告げる。ドジを踏んだ自覚はあるのか、剣を収める私兵連中の顏はうっすらと青ざめていた。
ざまあ。
ぞろぞろと引き上げていくその姿を見送って、俺はべ、と舌を出しておく。
「ギルロイ商会の連中を引き上げさせるなんて……」
「すごい……」
ぽかん、としているエリサとライザの頭をぐしゃぐしゃと撫でてやる。
なんとなく、この二人の置かれている状況が少し見えたような気がした。
そして、再び歩き出しつつ、そっと隣のイサトさんに聞いてみる。
「ところでイサトさん」
「なんだ?」
「さっきの、『もし……、君が4万エシル払いきれないというのなら、私が……』の続きって何だった?」
ちらり、とイサトさんが俺を見る。
楽しそうに、たっぷりと面白がるような笑みを含んだ金色の眼差し。
「君の良い身体を人には言えないようなところでセリにかけてでも4万エシルを用意するから大丈夫だ」
「大丈夫じゃねえ」
まさかの売られる前に売れ精神だった。
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