懐かしい思い出のおっさん
0831修正
0916修正
1117修正
懐かしい夢を見ていた。
俺とおっさんが初めて会ったときのことだ。
その時俺はまだ高校生で、わりと調子に乗っていた。
RFCのサービス開始当初からいた俺は、その頃すで高レベル帯に属していて、自覚はなかったがそれを鼻にかけた嫌な奴になりかけていたのだ。
いわゆる厨二病だ。
言い訳をするならば、俺は決して低レベル帯のプレイヤーを馬鹿にしていたわけではない。
ただ単に、強さを求める以外の遊び方が目に入らなくなっている時期だった。
より強く、より強く。ひたすらモンスターのポップしやすいエリアに陣取って、事務的にモンスターを狩りまくる。
そしてレベルをあげて、より性能のよい装備を身につける。
もはやそれは作業だった。
レベルを上がることにやり甲斐を感じてはいたし、仲間と合流した際の賞賛の声は気持ち良かった。だが、ゲーム自体を楽しんでいたかといわれると今考えても首を傾げる。
パーティーを組むのは同レベル帯のみ。それ以外は足手まといにしかならないと思っていた。そしてパーティーを組んでも、考えるのは効率のことだけだった。だから、俺はパーティーにおける自分の役割を確実に全うした。前衛に立ち、より多くの敵を引きつけ、倒す。
その方針を相手にまで押しつける気はなかったが、自然と俺と組む相手はそのやり方に慣れた『いつものメンツ』になりがちだった。
お互いパーティーを組んだら軽い挨拶を交わし、その日の狩り場を決める。そして狩り場に決めたら、延々とお互いに狩りを続けるのだ。会話は連絡事項のみ、というシンプルさだった。シンプルというか、下手したらそれは殺伐、とも言えたのかもしれない。
作業のように淡々と続く狩りに飽きることもあった。
けれど、そうして俺が狩りを休んでいる間に他の連中がどんどんレベルを上げてくるのかもしれないと思うと、その遊び方から離れられなかった。
そんな俺の元に、一通のフレンドメールが届いたのは、いつものようにただひたすら経験値をためるためだけの狩りに赴こうとしていた時のことだった。
送り主の名前はリモネ。
『いつものメンツ』の一人で、俺が知る中では一番の高レベルのプレイヤーだ。
俺が我武者羅にレベル上げにいそしんでいたのも、リモネに追いつきたいという気持ちが大きかったからだった。何があったのか、最近あまり狩りパーティーに参加することがなくなっていたリモネからのメールに、俺は一瞬パーティーの誘いかと期待したのだが……。
------------------------------
To:アキ
From:リモネ
アキ、エルリアの街の近くにいた
ら、ちょっと俺の友達助けにいっ
てきてくんね?
------------------------------
期待に反して、その内容は全く別のものだった。
「友達を助けに行ってきてくんね?」
そのフレーズに、当時俺の胸に湧きおこったのは嫉妬にも似た感情だった。
直感的に、その「友達」こそが、最近リモネが俺を誘わない理由だとわかってしまったからだ。
リモネは高レベル故に、気軽に誰かを「助け」たりはしない。
下手な相手に情けをかけると、その行為が「高レベルは低レベルを助けて当たり前」という思い込みを増長し、クレクレ厨と呼ばれるようなタカリにしてしまうことが少なくないからだ。善意が報われない、悲しい現実である。
散々そういった経験をしてきたからか、リモネは普段低レベルのプレイヤーが困っていても、見て見ぬふりをすることが多い。
頼られれば、アドバイスぐらいはするだろう。
けれど、相手のために何かをする、ことは俺の知る限りはほとんどなかった。
相手が「助け合う」ことのできる同レベル帯であればやぶさかではないが。
そのリモネが、わざわざ俺に依頼してまで助けようとしている相手。
俺よりも優先して共に狩る相手。
そんな相手に、興味が湧いた。
そしてそんな相手を俺が「助けに行く」とは一体どういうことなのか。
嫉妬と混ぜこぜの好奇心を抱いて、俺はリモネへと了解したとの返事を飛ばす。
返事はすぐに来た。
------------------------------
To:アキ
From:リモネ
ありがとな、マジ感謝。
ちょっと今こっち手を離せなくて
なー。お前が助けにいってくれる
と本当助かるわ。
あ、費用とかは後で俺に請求して
くれたらいいから。
俺の友人の名前は「イサト」な。
たぶんエルリアの店の前で立ちつ
くしてると思う。
------------------------------
…店の前で立ち尽くす。
一体それはどういう状況なのか。
何か高難度クエストを受けたものの、パーティーメンバーが集まらずに途方にくれていたりするのだろうか。
そんなことを思いつつ、訪れた先のエルリアの店前。
はたしてその男は、「たっけて」と書かれた看板を掲げて所在なさげに立ちつくしていた。
------------------------------------------------------------
アキ:こん。
イサト:やあ、こんにちは。
アキ:あんた、リモネの友達?
イサト:!
イサト:君がリモネの言ってた助っ人だろうか。
アキ:そうそう。俺アキな。
イサト:俺はイサトだ。
アキ:で、何をどう助けたらいいんだ?
イサト:初対面の相手にこんなことを言うのもなんなんだが…。
イサト:100エシル貸して貰えないだろうか。
アキ:……は?
------------------------------------------------------------
「は?」
俺はリアルでもそう声をあげてしまっていた。
エシルというのはRFC内で使われる通貨単位だ。
モンスターを倒したり、そのドロップ品をNPCに店売りしたり、他のプレイヤーに露店で売ったりすることで比較的簡単に手に入る。
俺のレベル帯であれば、モンスター一匹から1000エシルほどドロップしたりもする。つまり、100エシルなんていうのは端金もいいところなのだ。
そんな金額を貸してくれとは……。
一体どういうことなのかと聞き返そうとして、俺は気づいた。
こいつ、初心者だ。
身につけている装備からして、レベルはまだ二桁にも届いていないのではないだろうか。
そんな俺の「は?」を、その男はどうやら「何故貸さなければならないのか」という意味で受け取ったらしかった。
------------------------------------------------------------
イサト:その……。
イサト:レベル8で、召喚スキルが手に入るだろう?
イサト:レベル8になったし、そのスキルロールを買うための金も
ためたので張り切って買ったわけなんだが……。
アキ:皆まで言うな。察した。
イサト:(´・ω・`)
------------------------------------------------------------
察した。察してしまった。
目の前にいる男は種族ダークエルフだ。
エルフ系の特性として「召喚」スキルがある。
ペットとして飼いならしたモンスターを指揮して敵に攻撃するスキルだ。
RFCでは、スキルは基本的にスキルロールと呼ばれるものを購入することで使えるようになる。
といっても金さえあれば買えるわけではなく、レベルや、その他の条件を満たさないと購入は出来ない。
この男はその条件を満たしたところで、喜んで召喚のスキルロールを購入したのだろう。
そしてスキルを覚えて……、気付いたのだ。
ス キ ル 購 入 条 件 と ス キ ル 使 用 条 件 が 違 う こ と に 。
そう。
召喚スキルは確かにレベル8からスキルロールを購入できるようになる。
だが、実際に召喚スキルが使えるようになるのは、レベル10からなのだ。
孔明の罠だ。多くの初心者がそこでひっかかり、地団太を踏むことになる。
------------------------------------------------------------
イサト:早く召喚使えるようになりたくてなー。
イサト:召喚スキルさえあればもういいかなーと思って
イサト:初期装備売って金にしたのが敗因だったよな。
------------------------------------------------------------
もう言葉もなかった。
この男は、最初のチュートリアルで貰う装備全てをうっぱらい、召喚スキルロールを買うための元手にし――…、スキルの使えない丸腰になったのだ。
------------------------------------------------------------
アキ:あんた馬鹿か。
イサト:うう……耳に痛い。
------------------------------------------------------------
初期装備すらなくしてしまえば、攻撃手段は素手しかない。
他の頑強な種族ならともかく、もともと体力や防御力が低めに設定されているエルフともなれば、素手でぺちぺち攻撃している間に反撃されればあっという間にHPが尽きるだろう。
本当に一番最初のモンスター、レベル2、3ぐらいのモンスターなら相手に出来るかもしれないが、そいつらのドロップするエシルなんてたかがしれている。1~3エシル、良くて6エシル程度。
男が必要としている100エシルはなかなか遠い。
そしてその間に死にまくればデスペナは食らうし、回復アイテムを使えばますます経済的に困窮すること間違いない。
------------------------------------------------------------
アキ:100エシルでいいのか?
イサト:100エシルあれば木刀が買える(`・ω・´)
------------------------------------------------------------
「…………」
この男、ちょっと面白いな、と思ったのはそのときのことだった。
木刀、というのはこの街で売っている店売りの武器の中で最低ランクの武器だ。当然、一番安い。
いくら初心者といえど、俺が高レベルなのは見てわかるだろうし、この男の友人であるリモネはこの界隈でも有名な高レベルプレイヤーだ。
この男のレベルでも装備出来る武器で、木刀より良いものぐらいいくらでも知っているし、持っているし、いくらでも買えるだけのエシルを持っている。それがわかっているはずなのに、この男は当たり前のように木刀を買うだけのエシルだけを貸してほしいと口にした。
画面を操作して、男へと取引を持ちかける。
取引ウィンドウのエシル枠に、きっかり100エシルを入力。
取引はスムーズだった。
------------------------------------------------------------
イサト:ありがとう、助かったよ。
イサト:この恩はきっとリモネが立て替える。
アキ:いや、100エシルぐらい別にいいけど。
------------------------------------------------------------
確かにリモネからも、費用は後で請求してくれと言われていたが……100エシル程度、わざわざ請求するほどでもない。
------------------------------------------------------------
イサト:それじゃあ長期的な借金ということで――…、
イサト:俺が返せるようになったら返させてくれ。
------------------------------------------------------------
この申し出だって、別に断ったって良かった。
ただ、これで木刀装備出来る、また冒険が出来ると喜んでいる姿に、なんとなく俺自身がRFCを始めたばかりの頃の気持ちを思い出したような気がした。
新しいマップに行けるようになるたび、ドキドキした。
新しい装備が身につけられるようになるのが嬉しかった。
見知らぬモンスターに追いかけられて逃げまどい、そいつを倒せるようになるのが楽しかった。
こいつにはそんな楽しみがこれからたくさん待っているのか、と思うと、それが羨ましいと思ってしまったのだ。
「リモネの気持ちがわかるかも」
思わず、そう呟いていた。
それが、俺とおっさんの出会い。
それから何度も、俺はおっさんの話をリモネから聞くことになる。
曰く、「あの阿呆回復アイテムの消費があんまりにも激しいから自作するとかいって旅立って帰ってこなくなった」
曰く、「あの阿呆ペットのレベル上げすぎて使役できなくなったって言い出したからちょっとレベル上げ手伝ってくる」
大体、おっさんの話題は「あの阿呆」から始まる。
そうしているうちに俺はイサトのことを「おっさん」と呼び始め…。
なんだかんだつるんで狩りをするようになったのだ。
じりじりじり。
露出している肌が焼けつくような熱感に、俺はがばちょっと勢いよく起き上がった。
とたん、白々とした光が目の裏を刺して一瞬眩暈にも似た感覚を味わう。
健康優良児である俺にしては珍しいことだ。
何か、とても懐かしい夢を見ていたような気がする。
ぽり、と寝起きの頭をかくと、さら、と砂がこぼれた。
…って、砂?
「…………」
俺は周囲を見渡して、呆然とした。
これはきっと夢だ。夢に違いない。
砂漠のど真ん中に立ちつくしているなんて、夢以外の何物でもない。むしろ夢じゃなきゃ困る。俺はつい先ほどまで、自宅でPCに向かってネトゲを楽しんでいたはずなのだ。それが突然砂漠で遭難なんて、あまりに荒唐無稽だ。
ああ、でも。
じりじりと首裏を焦がす日差しは、なんだか妙にリアルで。
すごくすごく、嫌な予感がした。
「いやいや、しっかりしろ俺」
そういえばRFCのチュートリアル終了後のワープ先は砂漠都市だったな、なんて。
そんなことを思い出してしまったのは、きっと気を失う直前までゲームをしていたせいだ。そういえば夢の中でもゲームをしていたような気がする。きっと授業のない日だからといって、平日からのんきにネトゲ祭りなんてしていたせいでこんなリアルな夢を見るのだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
……いくら現実逃避したところで、目の前の現実は全く変わらなかった。
どこまでも続く砂丘。
遠くに揺らぐ蜃気楼の向こうに見えるのはピラミッドだろうか。
そして、砂の中に半分埋まるようにうつ伏せに倒れているクリーム色の塊。
「……おっさん、なんだろうなあ」
装備に見覚えがありすぎる。
そしておっさんを見て気づいたが、俺もゲーム内の自キャラと同じ装備を身につけていた。
実際に着たら窮屈そうだな、なんて思っていたが、わりとそうでもない。
夢だからだろうか。それならありがたいんだが。
とりあえずおっさんを起こそう。俺一人で砂漠で途方にくれるというのは理不尽だ。これがリアルな夢にしろ、夢みたいなリアルにしろ、おっさんも巻き込んでしまうにこしたことはない。
そうでもなければ、どうしたら元の世界に戻れるのか、パニックになってしまいそうだ。
俺はずかずかとおっさんへと歩みよると、やんわりとその背中を踏んでみた。
ふにゃ。
「…………」
踏み応えがおかしい。
部活の合宿などでよく野郎どもを踏んで起こしていたが……、こんなに心もとなく柔らかい感触が帰ってきたことはなかったような気がする。
おっさん、メタボか。
ゲーム内ではよくHPの少なさをいじられていたおっさんが、その度にか弱いインドア派を主張していたのを思い出す。
「おっさん、起きろって」
ふみふみ。
ワイン葡萄踏みのようにその背中を万遍なく踏んでみる。
どう考えても背中の面積が小さすぎた。
「…………」
そろそろ、一抹の予感を否定するのが辛くなってきた。
ふにゃふにゃとした最初の一踏みから、ちょっと嫌な予感がしてはいるのだ。
しゃがむ。
そして、突っ伏すおっさんの首根っこを捕まえる。
手の中にすぽりとおさまる華奢な首筋に、ますます嫌な予感が募った。
ずるっと砂の中から引き出して、俺は文字通り頭を抱えた。
おっさんだと思っていた相手は――…、砂に汚れてはいたものの、びっくりするほど綺麗な妙齢の美女だったのだ。
――おっさんが、美女。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
PT、お気に入り、感想、励みになっています。