犯人はおっさん
ちょっといろいろ改稿しているので、前の話から読み直していただいた方が良いかもしれません。
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翌日。
どうにか奇跡的にいつもの時間に目が覚めた。
といっても、時計があるわけではないので、あくまで感覚の問題だ。窓から差し込む朝の光が白々しく、まだ早い時間だということを教えてくれる。
ソファから身を起こすと、ぎしぎしと体が軋むように痛んだ。
片方の肘部分を破壊してしまったとはいえ、窮屈なソファで寝たせいでどうも全身が強張っている。ぐっと大きく伸びをすると、ぺきぺきと身体のあちこちが鳴った。
……っていうかソファのこと、後で宿の主人に謝りにいかないと。
ぼーっとしがちな頭をわしわしとかいて、ベッドへと視線をやる。
どうやらイサトさんはまだ寝ているらしい。相変わらず朝に弱い……というか寝起きに弱い人である。
「イサトさん、朝だぞ」
声をかけてみる。
反応はない。
すっぽりと頭までシーツにくるまっていて、俺から見えるのはこんもりと丸くなったシーツの塊の中からはみ出た銀髪ぐらいだ。
「イサトさん、朝だってば。まだ寝る?」
昨夜はいろいろあって遅かったので、イサトさんが寝たいというのなら起きるまで寝かせてやっても構わない、とは思う。ただ、隣の部屋にいるエリサとライザの姉弟を放っておくわけにもいかないので、その場合一旦イサトさんを一人で部屋に置いていくことになるだろう。
ぎしりと音をたてて、ベッドに腰を下ろす。
「イサトさん」
そっと名前を呼んでみる。
なんとなしに、シーツからはみ出た銀髪を指先に絡めとってみた。
同じ髪でも、俺の硬い黒髪とは全然違う感触に驚く。しなやかで柔らかで、つるつるすべすべとしている。これが美容室と散髪屋の違いというものか。
「イサトさんってば」
軽く肩のあたりを揺らすと、ごろんとイサトさんが寝返りをうってこちらを振り返った。が、まだ目は開かない。そしてそのままイサトさんはにじにじと俺の方へと芋虫のような動きでにじり寄ると、膝に頭を乗せようとして……力尽きた。
「あきらせいねん」
「なんだ」
「にくあつ……」
何やらシーツの中から哀しげなうめき声が聞こえた。
どうやら俺の太腿の厚みに負けたらしい。
それなりに鍛えているので、確かに膝枕するのには若干高さがあるのかもしれない。今まであまりそんな機会に恵まれてないのでよくわからないが。
俺はどちらかというとイサトさんに膝枕していただきたい。
「で、朝だけどどうする?俺は適当に朝ごはん見繕って隣に顔出そうと思ってるけど」
「ん、ん……」
唸って、イサトさんがもぞもぞとシーツの中で身じろぐ。
起きるんだろうか。っていうか起きれるんだろうか。
「起きれそう?」
「おき、る」
どう考えても途中で力尽きそうだぞコレ。
「秋良青年は、先に行っててくれ……、私は、着替えてから、行く、から……」
「…………期待しないで待ってる」
二度寝フラグがびんびんに立ちまくっている。
俺はぐしゃぐしゃ、と一度イサトさんの頭を撫でてから、隣の部屋に顔を出してみることにした。
こんこん、とドアをノックしてから、一声。
「起きてるかー?」
すぐにばたばたと物音がして、ドアが開くと中へと招き入れられた。
感心なことに、エリサもライザも二人ともとっくに起きて新しい一日を始める準備が出来ていたらしい。
「おはよ、よく眠れたか?」
「うん。ライザの方も昨日はほとんど咳もなくて助かったぜ」
「そりゃ良かった」
そんなやりとりをしていると、エリサがきょろきょろと俺の背後を伺うようなそぶりを見せた。
「イサトは?」
「まだ寝てる。昨日ちょっといろいろあって遅かったから」
俺の方はイサトさんが風呂に入ってる間に一度は寝ているので、まだマシなのだが……って。あれ?
俺が無理矢理寝入ってからイサトさんに起こされるまでの間に、結構なラグがないか?
四人での夕食を終えて、それぞれ部屋に戻って。俺が先に風呂に入って。そして俺はイサトさんが風呂から上がるのを待たずに強制終了的にフテ寝して……、そして深夜に起こされた。
俺が寝てる間、イサトさんは一体何をしてたのだろう?
話があるのなら、風呂から上がってすぐに急襲しててもおかしくはないのだが。
そんなことを考えていると、何やらちょっとじとりとした目でエリサに見つめられてしまった。何故か、その目元がほんのり赤い。
「…………オマエ、手加減してやれよな」
「ぶふッ」
噴いた。
え。まって。ちょっと待って。それってどういう意味だ。いやなんていうか意味はわかるが盛大に誤解だ。未遂だ。
エリサは気まずそうにちょろりと頬を赤らめたまま視線をそらしている。
まてまて。この誤解を放置しているといろいろとアレだ。アレがコレでソレがアレだ。
「落ち着け」
「オマエが落ち着け」
至極もっともなツッコミを喰らった。
このけもみみ娘、やりおる。
「誤解だ」
俺は両手をエリサの肩におき、じっと真摯な視線を向けてはっきりと言う。
人間話し合えばわかりあえるはずだ。
「別に……隠さなくてもいーだろ。オマエら恋人同士なんだし」
「違う」
被せ気味に速攻で否定した。
もじもじとこういった話題を口にすることすら気恥しいのか、目元を赤く染めて視線をさまよわせがちなエリサの様子はいかにも思春期っぽくて微笑ましいと思うが、今はそれを堪能している余裕はない。
「は? でもイサト昨日オマエの部屋で寝たんだろ」
「ああ」
「ならやっぱりそういうことじゃねーか。普通恋人でもねー男の部屋に泊まる女なんていねーし」
「その言葉イサトさんに言ってやってくれ頼む」
魂の訴えだった。
俺の大真面目な反応に、だんだんエリサの表情が胡乱になっていく。
そうだろうそうだろう。
まさか恋人でもない男の部屋に、年頃の女性が泊まるなんて普通は考えられないだろう。ほれ見ろ。やっぱりイサトさんは反省すべきだ。
俺の理性があとほんの少しでもパァンとなっていたら、いろいろ取り返しのつかない事態になっていたに違いないのだ。
いくら俺の口を割らせてちゃんと吐き出させたかったからにしても、もっと自分の身の安全を考えた作戦に出るべきなのだ。あんなの、自爆覚悟の特攻技すぎる。
「……なんか、イサトさんが俺と話したいことがあったらしくて。まあ、それで昨日遅くまでいろいろ話してたんだよ」
前半わりと肉体言語よりだったが。
馬乗りになられたときには死ぬかと思った。主に俺の理性が。
「あー…、それで、なのか?」
もう少し誤解を解くには時間がかかるかと思いきや、ふとエリサは困惑したように小さく呟いた。
「何がだ?」
「昨日イサト、めっちゃ長風呂してただろ」
「あー…俺、イサトさんが風呂から上がってくる前に一回寝ちまったからな。音、聞こえてたのか?」
「うん。なんか三時間ぐらいずっと水の音が聞こえてた気がする」
流石に長い。
ふやけるぞイサトさん。
女の人は風呂が長いというのは定説ではあるが、それにしても長すぎやしないか。一体どこを洗ってるんだ。っていうか何をしてるんだ。
「で、なんかブツブツ言ってるのが聞こえた」
「え」
「水の音で全部聞こえたわけじゃねーけど。隣の部屋だし」
どくん、と。
鼓動が跳ねた。
「なあ」
「ん?」
「なんて言ってたか、わかる範囲で教えてくれないか?」
「えーっと確か…」
エリサは思い出すように小さく首を傾げて、それから昨夜イサトさんが風呂場に長時間こもって繰り返し唱えていたという言葉を教えてくれた。
それは。
その言葉は。
『やれるいける怖くない信じろ大丈夫』
あんな、何考えているかわからないポーカーフェイスだったくせに。
本当はビビってて、一生懸命自分を奮い立たせて、俺が最終的には踏みとどまるに違いないと信じて挑発しに来たのかと思うと。
嗚呼。
本当、たまらない。
「おーい、アキラ、アキラってば。おい」
はっ。
どうやら俺は、しばらくエリサの肩をがっちりホールドして見つめたままフリーズしてしまっていたらしい。
脳が無事に再起動してくれたので、こほんと咳払いして、何事もなかったかのようにエリサを解放する。
「おいアキラ」
「ん?」
「オマエ、顏真っ赤だぞ」
「そっとしておいてくれ」
青少年もいろいろ大変なのだ。
こん、と二度目の咳払い。
「まあそんなわけで、イサトさんはまだしばらく起きてこない気がするから、先に朝飯にするか?」
「御馳走になっていいのか?」
「良くなかったら誘ってない」
俺がそういうと、エリサは部屋の奥の方でこちらの様子をうかがっていたライザを振り返って、視線を交わした。それから、何か覚悟を決めたようにお互い小さく頷きあう。
「あのさ、アキラ」
「なんだ?」
「オマエら、オレたちに何かしてほしいこととか、ねーのか」
「え?」
エリサの横に、ライザも並んで俺を見上げる。
「僕たち、お礼がしたいんです。何か、役に立てることはありませんか?」
「ライザはまだ小さいから無理だけど、オレならモンスターだって狩れる。オレは獣人だから、その……っ」
なんだか、ちょっと胸がじんわりとあったかくなった。
あんなに警戒心の強かったエリサが、俺たちに向かって何かお礼がしたい、と口にしてくれた。何をしてやる、と具体的な内容を言うのではなく、「何か出来ることはないか」と俺たちに選択権を委ねている。
きっと、この言葉を言うために姉弟二人で話し合ったのだろう。
話しあった結論として、俺たちを信じて、その言葉を口にしたのだろう。
そう思うと、嬉しくてつい二人の頭をぐしゃぐしゃと撫でてしまっていた。
「わっ、何すんだよ!」
「わあっ」
柔らかな獣耳も巻き込んで、わしゃわしゃと撫でたくる。
「ありがとな。イサトさんが起きたらイサトさんの意見も聞いてみることにはなると思うけど……とりあえず、俺からも二人に頼みたいことがあったんだ」
俺の言葉に、エリサとライザは二人してきゅっと手を握って表情を引き締める。
……む。そんな覚悟をされてしまうような無茶ブリをするつもりはないんだが。
「俺とイサトさんはものすごく遠いところから、ここに来たばかりなんだ。冒険者の資格もつい先日とったばっかだ」
どれくらい遠いのか想像も出来ない、遙か彼方の異世界よりこの世界にやってきた。
「だから、この街の事情や、文化とかが全然わからない。もし、エリサやライザが大丈夫ならでいいんだが、俺らがここにいる間、いろいろと教えてくれないか?」
「……そんなことで、いいのか?」
エリサが、どこか不安そうに瞳を揺らしながら聞き返す。
そんなこと、とエリサは言うが、俺やイサトさんにとっては結構な大問題だ。
「家」を整えようにも、どこまでが実現可能で、どこにいけばそういったことが出来るのかすらわかっていない。それどころか、昨日から違和感ばかり覚えるこの街の情勢のことだってわからないのだ。
そんな俺たちにとって、もしもこの姉弟が情報源となってくれたなら、非常に心強いことこの上ない。
「たぶんイサトさんも同じことを言うと思うので、ちょっと考えておいてくれ」
「いや、考える間もなくそんなことでいいなら全然やるよ」
「うん、僕も街の案内ぐらいなら出来るから!」
「そっか、ありがとな」
わっしゃわっしゃわっしゃ。
二人の頭を撫で繰り回す。
どこか拍子抜けしたような、ほっとしたような表情で二人は気恥ずかしそうに笑った。
「それじゃあまずは、朝めしをどうするか、だな。このままここで喰ってもいいけど、お前らどっかおすすめとかあるか?」
俺の質問に、エリサとライザが顔を見合わせる。
「中央通りのパン屋のサンドイッチは?」
「この時間だと混んでない?」
「朝の屋台ならそう並ばず買えると思うぜ」
「そしたらそのまま噴水のベンチで食べるとかどうかな」
「いいな」
二人して目をきらきらさせながら話しあっている。
これは期待できそうだ。
そして、外に食べにいくつもりならばイサトさんを起こす必要がありそうだ。ちなみに、こうして俺らが話している間隣から物音は一切しない。間違いなく二度寝に突入しているぞ、あの人。
「二人はもう外に出る準備はばっちりか?」
「おう!」
「うん!」
「じゃあちょっと俺はイサトさんを起こしてくるとするか」
「あ……でも、イサト昨日夜遅かったんだろ? 寝かしてやった方がいいんじゃねーのか?」
「や、この状況で起こさない方が後で面倒だと思う」
別に俺とエリサ、ライザと三人で買い物に出掛けても良いのだが、たぶん事後報告でそれを聞いたら、イサトさんは間違いなくなんで起こしてくれんかったんだ、と拗ねるだろう。一度起こして、それでも駄目なら置いて行けば良い。
「んじゃちょっと待っててくれ。イサトさんに声かけてくる」
俺はそういうと、二人の元を後にした。
丸くなって二度寝に突入していたイサトさんに声をかけてみたところ、案の定のろのろとではあるものの動きださせることに成功した。
「あきらせいねん」
「なんだ」
「あっちむいてほい」
「へ?」
突然のあっちむいてほいに、とりあえず釣られておく。
一度あらぬ方向に視線をやってから、イサトさんへと視線を戻し、今のは何だったのかと聞きかけて――…、息を飲んだ。
イサトさんが、着替えていた。
おそらくインベントリに用意してあった服をクリックすることで着替えをすませたのだろう。まだ少しぼーっとした様子で、服の裾を軽く引っ張って整えたりなどしている。
その仕組み自体は俺も把握しているので、特に驚くようなことではないのだが……、俺が息を飲んだのは、その着替えた後の格好のせいだった。
本日のイサトさんは、まさかの赤ずきんである。
「……どういった心境の変化で?」
まさかイサトさんが好き好んでコスプレシリーズに走るとは思っていなかった俺である。もちろんそのうちなんやかんや理由をつけて着てもらおうとは思っていたが。
「心境の変化っていうか……、手持ちの服がこれしかないんだ。ナース服は君の『家』に干したままだし」
「あ、なるほど」
少しずつ目が覚めて来たのか、しっかりとした口調でイサトさんが欠伸交じりに俺の疑問に答えてくれた。
イサトさんとしてはカラットの村で手に入れた服が一番無難で気に入っているらしいのだが、あちらは昨日着たばかりだ。おそらく本日洗濯のターンである。そして本人が言ったように、ナース服は俺の『家』に干されている。これからしばらくは砂漠服→ナース→赤ずきんのローテーションで着回すことになるのだろう。
個人的には、ナースと赤ずきんのローテでお願いしたいところだ。なんせカラットで手に入れた服は防御力という面ではあまりにも頼りにならない。あのヌルっとした人型のような存在がどこに潜んでいるかわからない今、あまり油断はしたくないのだ。
まあ、そういう真っ当な理屈だけでもないけど。
八割ぐらい下心だけど。
……ほら。なあ。ほら。やっぱり綺麗な脚は見たいじゃないか。
そっとさりげない様子を装って、イサトさんへと視線を流す。
ダークレッドのフード付きマントの下には白のふわっとしたシフォンブラウス。その上から重ねられたのは黒のコルセットだ。胸を張りだすように強調しているのが何ともたまらない。薄着とは逆に布を重ねているというのに、それによって胸の膨らみだったり、ウェストの華奢な細さをこれでもかと言わんばかりに強調している。コルセットとは良いものだ、としみじみ思ってしまう。そんなコルセットの中心には白い細紐が丁寧に編み込まれており、その思わずちょいとつまんで引っ張りたくなる感じといったらもう言葉にならない。はらりと解けた瞬間の、張りつめていた身体のラインがたゆん、と柔らかく弛緩する様を想像するだけでごくりと喉が鳴った。妄想はどこまでも広がりまくりんぐ。
下はダークレッドのフレアスカートで、その下にパニエを重ねているのか、ふわっと広がったスカートの下からちらちらと白のフリルが見え隠れするのが可愛い。そして、例によって例のごとく、その形良い脚を隠すのは黒の編み上げニーハイブーツである。
先日のナースがスタイリッシュなエロティシズムだとしたら、こちらは可愛らしさの中にエロさが潜んだ感じで、これまた趣きが変わってなんとも良い。
「……良い」
「ん?」
「や、こっちの話」
しれっと誤魔化しておく。
それから、エリサとライザと合流し、階下へと降りる。
「あ、俺鍵預けてくるから、イサトさんたち先外に出ておいてくれ」
「わかった」
この宿では、出掛ける時に鍵を預けることになっているらしい。俺は床をモップで拭いていた女将さんへと鍵を預ける。そして三人の待つ外へと出ようとしたところで、ふとソファの件を思い出した。
「あ、そうだ。俺の部屋なんですけど、昨日ソファの肘置きの部分を片方壊してしまって」
「あら、まあ」
「ちゃんと弁償するんで、宿代と一緒に請求して貰ってもいいですか?」
「もともと古いソファでしたからねえ……、わかりました。主人にそう伝えておきますよぉ。でも、昨夜は随分とお静かでしたねぇ?」
「え?」
「部屋を貸し切るから、きっと騒ぐおつもりなのかと思ったのに」
「…………」
………………。
思わずひくりと笑顔が引き攣った。
部屋を貸し切る。
何の話だ。
「ちょっとそれ詳しく」
「え?お連れさんが他の部屋も全部貸し切っちゃったんですよぉ。おかげで久しぶりに満室なんてことになりました。聞いてないんですか?」
聞いてない。
そんな話は聞いてない。
どうやら、俺は完全にイサトさんの掌の上で転がされまくっていたらしい。
犯人は、イサトさん。
ちょっと恥ずかしいぐらいに顏が赤くなっている自覚はある。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
Pt、感想、お気に入り、励みになっております。
また、活動報告にてご報告いたしましたが、現在書籍化のお話をいただいております。書籍化に向けて前向きにお話を進めておりますので、また何かご報告出来次第、発表させていただきたいと思います。
これからもよろしくお願い致します。