おっさんと蜂蜜大根
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獣人。
それは、俺やイサトさんにとってある意味ではわりと馴染のある存在であり、ある意味でおいてはこれまで無縁の存在だった。
何故馴染深いのかと言えば、俺とおっさんの共通の友人であるリモーネはずばり獣人だった。RFCというMMORPGの世界において、獣人はプレイヤーが初期から選ぶことが出来る種族の一つなのだ。プレイヤーが集まれば、四人に一人ぐらいは獣人がいる。
が……、当然ながらこうしてナマの獣人に遭遇するのは初めてのことだ。
俺やイサトさんが生きていた現代日本には獣人などという亜人種は存在しなかった。それ故に目を奪われる。
おそらくは猫系の獣人なのだろう。燃えるような紅蓮の波打つ髪は肩のあたりまで。同じ色をした▲が、警戒するようにひくひくと震えては油断なく周囲の様子をうかがっている。俺を睨みつける双眸は髪よりも暗い濃赤だ。ほとんど黒みがかったその中に、縦長の明るい虹彩がきらりと光をはじいている。年の頃は14、15といったところだろうか。アーミットより少し年上だろう。
が、アーミットが幼いながらも「女の子」であったのとは違って、この子は身に纏う空気がとても尖っている。しなやかを通り越して若干細身に過ぎる体つきは、女性らしい柔らかな曲線とは無縁で、それ故に痩せぎすの少年のように見えた。
彼女は親の仇でも見るような目で俺を睨み据えると、俺の差し出した帽子を乱暴に奪い取った。
「行くぞ」
「う、うん」
気弱そうに、彼女と同じようキャスケット帽を目深にかぶった少年が頷く。
こちらは7、8歳ぐらいだろうか。帽子の影から、気弱そうなくりんとした双眸が時折見える。彼女よりも、少し明るい茜色の瞳には、不安が色濃く滲んでいる。
二人は俺の隣をすり抜けようとして――…
「けほっ」
年少の子が、小さく咳き込んだ。
「けほっ、げほっ、げほげほげほっ」
一度その小さな口から零れた咳は、一度始まるとなかなか止まらなかった。
げほりと今した咳が、次の咳の原因になる。苦しげに息を吸いこんでは、何度かの咳で吐き出して、また苦しげに息を継ぐ。隣に立つ少女が慌ててが宥めるようにその背を撫でているものの、咳は止まらなかった。そろそろ黙って見ていられなくなり、俺はイサトさんと顔を見合わせる。
「なあ、水でも……」
「うるさい、どっかいけよ……!」
少女は苦しむ弟を前にしても、俺たちに助けを求めようとはしなかった。いや、俺たちだけではない。周りにいる誰に対しても、そうだった。まるで、自分たち以外誰も信じていないとでもいうように、頑なに少女は咳き込む弟の背を撫でる。いつまでも引かない咳に、不安と焦燥に泣きそうになりながらも、それでも彼女は助けを求めない。
ああ、そういえば。
先ほどゴロツキに絡まれている時もそうだった。
彼女は誰にも助けを求めなかった。
そして。
誰も、騒ぎに気付きつつも彼女たち姉弟を助けようとはしなかった。
なんだか、とてもやりきれない気持ちになる。
俺が手を出しあぐねているうちに、少年の咳はどんどんひどくなっていった。ついには呼吸が咳に追いつかなくなり、顔を赤くして咳き込み続ける子供は、やがて立ってもいられなくなったのか力なく蹲った。その背中だけが、咳に合わせてガクガクと揺れている。
「……っ」
「寄るな…!」
どうしていいかわからないながら、ただ黙って見ていることもできず、足を踏み出しかけた俺を射抜いたのは咳き込み、苦しむ子供の姉の双眸だった。まるで手負いの獣のように、彼女は俺を睨み据え、華奢な背中に弟を庇う。でも、それが弟にとって何の助けにもなっていないことは明白だ。
強制的に手を出すかどうか。
迷った結果、頭をよぎったのはカラットでのわるもの宣言だった。
俺たちはわるものだ。
したいことをすればいい。
「……イサトさん、わるものになりたいんだけどどうしたらいい?」
そんな俺の意図は阿吽の呼吸で伝わったのか、イサトさんが口を開く。
「あの子を抱きあげてやってくれ。このままじゃ土埃が刺激を誘発し続けて咳がますます止まらない」
「了解」
それでこの子が楽になるなら、お安い御用だ。
俺は大股に一歩を踏み出すと、全力で抵抗する少女を無視して、蹲る子供を抱きあげた。土埃が良くないらしいので、なるべく頭が高い位置に来るように抱き、咳に震える背を撫でる。
「っ放せ…!ライザに触るな…!!」
怒鳴った少女が、腰裏に下げていた短剣を引き抜いた。
彼女は弟を護るためなら、俺を刺すぐらいのことは平気でやるだろう。
それはわかってはいたが、大した恐怖は感じなかった。
刺されどころさえ間違えなければ大した怪我は負わないだろう。
特に、今の俺はゲーム内のステータスを引き継いだおかげで防御力が高い。並み大抵の攻撃は届かない。
もしかしたらそれなりに痛みは感じるかもしれないが。
「放せって言ってるだろ…!!」
癇癪を起したように少女が叫び、短剣を構えて俺へと突っ込んでくる。俺は好きにさせてやるつもりで、ふいと彼女から視線を切ろうとするが……。
イサトさんがするりと、俺と少女の間に入るのが目に入った。
「ちょ…っ、イサトさん!?」
焦る。
イサトさんの本日の装備はカラット村で手に入れた至って普通の服だ。
防御力などないに等しい。
相手は獣人の少女。
レベルは不明。
もしかしたら、イサトさんに攻撃が通るかもしれない。
そう判断したとたん、俺はナチュラルにインベントリへと手を滑らせていた。
ちなみに抱いていた子供は肩にひっかけている。落したらすまん。
左腕でイサトさんの腰裏を攫うように強く抱き寄せ、同時に利き手の右で引きだした大剣を少女の手にした短剣に当てに行く。
抵抗する気を失わせたい。
そのために武器を弾こうと思っていたわけなのだが、思ったより力が入ったのか短剣は何か凄い音をたてて砕け散った。
「……oh」
「……oh」
何故か俺とイサトさん、揃ってリアクションが外人になった。
直接攻撃は加えていないものの、結構な衝撃が手にも伝わったのだろう。
痛みに呻きながら、顔を上げた少女と俺の視線が重なる。
何が違う理に生きるモノを見る目、だった。
畏れと、恐怖が滲んだような目。
――…あ、やらかした。
急速に後悔が胸を覆った。
敵味方のスイッチの切り替えが早いのは、俺の良くない性質だ。
彼女が俺に対して短剣を向けている間、彼女は俺にとっては敵でもなんでもなかった。
それは、彼女が俺に対して害を与え得る存在ではないと思っていたからだ。
だが。
イサトさんが間に入ったとたん、彼女は俺にとり「害をなす者」になった。
彼女の攻撃はイサトさんにはダメージを与え得るかもしれない。
俺の「身内」に手を出すものはすなわち「敵」だ。
そう、ナチュラルにスイッチを切り替えてしまった。
うまく力加減が出来なかったのは、そのせいだ。
ああ、やらかした。
俺はやっぱりどうも。
相変わらずちょっとおかしいらしい。
ちょっとは真人間に近づけたと思っていたんだが。
うそりと自嘲めいた嗤いが口の端に浮かぶ。
と、そこで。
「秋良青年、秋良青年」
ぺしぺし、と腕をタップされた。
視線を下ろす。
がっちりと俺に腰をホールドされたイサトさんが、どこか呆れたような顏で俺を見上げていた。
「もう大丈夫だから、その子、見ててやってくれ」
「……うん」
そっと、イサトさんの腰に回していた手を解く。
それから、大剣をインベントリにしまった後は肩に乗せてた子供の背を撫でつつ様子を見守ることにした。イサトさんの「大丈夫」は基本的に当てにならないが、こういうところでは嘘をつかないというのはわかっている。
イサトさんは怯えの滲んだ目で俺たちを睨みながらも、決して一人で逃げようとはしない獣人の少女へと向き直った。
「君の、弟を守りたいという気持ちはよくわかるよ。でも、本当に弟を守りたいなら状況をよく見てやってくれ。私たちに悪意はない。ただ、君の弟を助けたいと思っただけなんだ」
イサトさんが、柔らかい声音で語る。
その言葉に、少女は俺の腕に抱かれた少年を見やり、その呼吸が先ほどよりも落ち着き始めていることに気づくと、憑き物でも落ちたかのように脱力してだらりと腕を落とした。じわり、とその濃赤の双眸に涙が浮かび上がる。その様子にイサトさんはふ、と小さく息を吐いた。
「泣かなくても――…だいじょうぶ」
優しく言いながら、イサトさんはそっと手を伸ばして少女の背を抱きよせる。呆然とイサトさんの肩に顔を埋める形になった少女の、硬くへの字に引き結ばれていた唇がわななくように震えた。ぽたぽた、とイサトさんの肩に涙が落ちて、それから彼女はわんわんと子供のように泣いた。
ああ、そうだ。
気を張っていても、彼女だって、まだ子供なのだ。
弱った弟を抱えて俺らと対峙して、どれだけ怖かっただろう。
ますます罪悪感に視線が遠のきそうになる。
そして。
俺の腕の中に抱かれた子供が「うぇろろろろ」とゲロった。
限界だったらしい。
「わあ」
イサトさんが他人事のように間の抜けた声をあげた。
半眼でみやれば、いやいや、と誤魔化すように何がいやいやなのかわからないことをのたまった。それから、小さく首を傾げて提案する。
「とりあえず、宿に戻らないか」
「そうだな」
「ほら、君もおいで」
俺は泣きじゃくりながら謝る子供を抱いて。
イサトさんはわんわん泣く少女の手を引いて。
傍から見たら誘拐犯にしか見えない態で、俺らは宿へと戻ることになった。
宿に戻った俺らは、周囲から向けられる好奇や非難の目をものともせず二階に取った部屋へと向かった。イサトさんがこっちへ、というので、少年を運びこんだのはイサトさんの部屋だ。
柔らかなベッドに降ろして、寝かせてやる。咳はだいぶ収まったものの、まだ少し息苦しそうにしている。イサトさんはそんな少年の上に身を乗り出すと、そっとその胸のあたりに耳を押し当てた。
「君、この子は息が出来なくなるような発作を起こしたりしたことがあるか?」
「な、ない…っ」
ぶんぶんと少女は首がもげそうな勢いで首を左右に振った。
「じゃあ風邪をひいた時に、咳がしばらく止まらなくなったりとかするようなことは?」
「それは、ある。今もそうだ」
「なるほど」
「イサトさん、何かわかるのか?」
俺は少年のゲロで汚れた服を脱ぎつつイサトさんへと問いかける。
イサトさんは何気なく俺の方へと視線を向けて…、ふお、と謎の声をあげて視線をついっとそらした。微妙に目元が赤くなっている。
「おいやめろそのリアクション、俺までいたたまれなくなる」
「いや、秋良青年が予想以上に良い身体をなさっていて」
「オヤジか」
セクハラされた気分だ。
「今度腹筋撫でまわさせてくれ」
「イサトさんが胸もませてくれたらな」
「………」
「悩むな」
そのうち交換条件を飲まれてしまったらどうすべきだろうか。
揉むだけで止まれる気がしないわけだが。
そんなことをつらつらと考えていると、馬鹿な応酬をしていた俺らを少女が戸惑ったように見つめているのに気付いた。
「イサトさんイサトさん、で、その子は大丈夫なの?」
「たぶん?私も医者じゃないのではっきりしたことは言えないが…、小児喘息なんじゃないだろうかな。喉の喘鳴はほとんどないが、咳にたまに変な音が混じってたみたいだったからな」
「ああ、確かに」
げほげほ、と咳き込む音に、時折「がひゅ」とでも言えばいいのか、空気が漏れるような変な音が混じり、その音がする度に咳が酷くなっていた。
「イサトさん、詳しいな」
「私も小児喘息持ちだからな」
「あ、そうなんだ?」
「彼と同じく、風邪を引くと咳が止まらなくなるぐらいの、喘息としては軽度なので吸入薬とか使ったことはないんだけどな」
イサトさんは軽くそう言って、ひょいと肩を竦める。
そして、ふと考えるように視線を彷徨わせた後、口を開いた。
「秋良青年、一つ頼んでも良いか?」
「ん、何?」
「ちょっとお使いに行ってきて欲しい」
「いいよ」
俺とイサトさんの会話を、少女は変な顔をして見つめている。
そんな少女へと、イサトさんはちらりと視線を向ける。
「君にも頼みたいことが……」
「……エリサ」
「ん?」
「オレの……名前」
「エリサか。可愛くて良い名前だな」
「……っ」
イサトさんの言葉に、かっと少女、エリサの頬が赤くなった。
ネトゲ時代にも見てきたが、イサトさんは本当ナチュラルに乙女心をがっつり掴んでいく。何度もげろと思ったことか。実際にはもげるべきものはついていなかったわけだが。
「私は伊里だよ。イサト、と呼んでくれ」
「……イサト」
「そう。で、あっちが秋良だ」
「……アキラ」
「うん。で、弟くんの名前も聞いても?」
「ライザ」
「教えてくれてありがとう、エリサ」
ますます、エリサの顔が赤くなった。
「君にも買い物を頼みたいんだが良いか?」
「いい。でも、お金あんまり持ってない」
「ああ、代金については気にしないでくれ。私が買い物を頼むわけだしな。ちゃんと持たせるよ」
そう言ってイサトさんは腰に下げた皮袋の中から、1000エシル硬貨を取り出してエリサへと渡した。
「たぶんこれで足りると思うんだが――…、大根を買ってきてほしいんだ。秋良青年は、倉庫にアクセスして蜂蜜がないかどうか探してきてくれ」
「たぶん…、あったような気はしている。なかったら、ちょっと狩ってくるよ」
「そうしてくれると助かる」
セントラリア近くには、蜂の巣と呼ばれるダンジョンがある。文字通りそこはハチに良く似たモンスターの巣穴になっており、そいつらのドロップ品の一つが蜂蜜なのだ。加工せずにそのまま使っても回復量が他の食材よりも大きいため、セントラリア周辺で狩りをするレベルのユーザーにとっては美味しい敵だ。また、MPポーション替わりに使える蜂蜜酒の素材になることもあって、手に入った時には店売りせず、倉庫に溜めるようにしていた。
「でも、蜂蜜と大根でどうするつもりなんだ?」
「蜂蜜大根を作るに決まっているじゃあないか」
ドヤァとイサトさんは胸を張って言い切った。
ひとまずは俺らを信用する気になったらしいエリサは、イサトさんにライザを任せると、俺と共に宿を出た。着替えがないため、俺は上半身裸というワイルド極まりないスタイルである。まあ、この世界においてはそんなに目立たないのがありがたい。倉庫までお使いにいくついでに、露店で着れそうなものを買うとしよう。
「……なあ、アキラ」
「ん?」
宿屋を出たところで、エリサがおずおずと俺を呼びとめる。
足を止めて、その顔を覗き込む。
まだ怖がられていたら、と思ったが、その瞳に滲んでいるのは困惑だけで、そのことに少しだけ安心した。
「どうした?」
「アキラは、人間だろ?」
「うん」
まだ人間を辞めた覚えはない。
「なんで……人間なのに、アキラは略奪者の言うことを聞くんだ……?」
「ルーター?」
そういえば、先ほどのゴロツキも去り際にそんなことを言っていたような気がする。そして、この場合ルーター、という音が差しているのはイサトさんのことだろうか。
「イサトさんのことか?」
「……うん」
こくり、とエリサが頷く。
「ルーターが何なのかはよくわかんないけど…、なんで俺がイサトさんの言うことを聞くのかって言ったら、イサトさんのことを信じているから、じゃないかな」
信じるだとか、信頼だとか、言葉にするとなんだかこっ恥ずかしいが。
きっとそういうことだ。
俺は、いざという時のイサトさんの判断を信じている。
「……そっか」
エリサは、奇妙な顔で笑った。
泣きそうな、羨ましそうな、ほっとしたような、いろんな感情が混ざった、不思議な笑顔だった。
「んじゃオレ、大根買ってくる!」
「あいよ。俺は蜂蜜探してくるか」
「なあ、アキラ!」
「ん?」
「大根買うのに1000シエルもあったばかりの奴に渡すイサトは危なっかしいから、オマエ、ちゃんと見てやれよ!」
「……おう」
目元を赤らめつつそう言ったエリサは、照れを誤魔化すように走って人ごみの中に消えていく。
「……そっか、子供から見てもやっぱりイサトさんは危なっかしいのか」
くくく、とこみ上げるままに笑いながら、俺は上機嫌に倉庫に向かって歩き出した。
とりあえず、倉庫にあっただけの蜂蜜をインベントリに移し、露店で購入したTシャツを着て宿に戻ると、エリサもすでに戻っていた。イサトさんは、宿から借りてきたらしい包丁で器用に大根をサイコロサイズに切っている。
「ただいま。とりあえず蜂蜜あるだけ持ってきてみた」
「ありがとう。一個出してくれるか?」
「あいよ」
インベントリの中から、蜂蜜の瓶を一つ取り出す。
とろりとした甘そうな琥珀色が、透明な瓶の中で小さく揺れた。
イサトさんは宿から借りてきたらしい木匙で蜂蜜を掬うと、白湯の注がれていた湯呑の中へと落とした。かきまぜるお湯が、微かにとろりと粘度を帯びる。
「本当は蜂蜜大根のシロップをお湯で溶かして飲むのが一番なんだが…、まだ出来ていないのでまずは蜂蜜湯でも飲んでおいてくれ。甘さが足りないようだったら言ってくれ、追加するから」
身体を起こしたライザへと、イサトさんが湯呑を差し出す。戸惑いがちに姉の姿を探したライザに、エリサが小さく頷く。姉からのOKが出たことで少しは安心したのか、ライザはおずおずとイサトさんから湯呑を受け取ると、口元へと運んだ。
「わあ、甘くて美味しい…!」
「良かった。すぐに飲みこむんじゃなくて、喉で溜めるようなイメージで少しずつ飲むと良い」
「はぁい」
良い子の返事で、こくこくとライザが蜂蜜湯を飲み始める。
その間に、イサトさんは瓶の中に残った蜂蜜の中へと、サイコロサイズに切った大根をざーっと流し込んだ。
「エリサ、これの作り方を覚えておくと良いよ。蜂蜜大根は喉に良いんだ。たぶんライザの咳が酷くなるのは夜になってからだろ?」
「なんでわかんだよ?」
「私も同じだったからな。そういう時は、寝る前に蜂蜜大根のシロップをお湯で割ったものを飲ませてやるようにすると良い。嘘みたいに咳が止まるから」
「大根や蜂蜜の量は決まってるのか?」
「適当で大丈夫。蜂蜜に大根をいれて二時間ぐらいおいておくと、とろみが薄れて蜂蜜が水っぽくなるから、そうなったら出来たと思っていい」
「わかった」
エリサはイサトさんの言うことを真剣な面持ちで聞いている。
と、そこで蜂蜜湯を飲み終えたライザが小さく欠伸をした。
イサトさんが、優しく目を細めてライザの頭を撫でる。
「ここしばらく咳のせいで眠れてなかったんだろうな、可哀想に。今日は少し楽になるだろうから、ゆっくりおやすみ。ああ…、でも家の人が心配するなら送った方が良いか?」
「家の人…」
くっとエリサが唇を噛んだ。
「……いない。今は、オレとライザ、二人だけだ」
「…そうか。それなら今日は泊まっていくと良い」
「いいのか?」
「私は構わないよ」
「俺も別に」
袖擦りあうも他生の縁だ。
そもそも助けるつもりで手を出したのだから、異論はない。
それに、エリサからはもっといろいろと話を聞きたい。
俺らの知る頃とはだいぶ変わってしまっているように感じられるセントラリアのこと。そして、イサトさんをルーターと呼んだ理由。
あのゴロツキどもは、明らかな悪意をこめて、蔑むように『ルーター』という言葉を使った。放っておくには、いろいろと気になる。
「だけどよ、オレとライザがここで寝ちまったら、イサトはどこで寝るんだ?
ここ、イサトの部屋なんだろ?」
それはもちろん、後一つ部屋を取るに決まっている。
そう、俺が返事をするより先に。
さも当たり前のようにイサトさんが言った。
「秋良の部屋で寝るから大丈夫だよ」
「え?」
――え?
ここまでお読みいただいて、ありがとうございます。
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