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おっさんとスキル

0917加筆修正

 

 

 飛空艇を撃墜などというテロリストも真っ青な所業をやり遂げた後――…。

 俺はセントラリアの南門が近くなり始めたあたりで、ようやくイサトさんを背から降ろしてやることにした。

 

 セントラリアの西に位置するトゥーラウェストからやってきたので、本来ならば西門から入るのが最短だったのだが、今ごろ飛空艇の撃墜騒ぎで西門はごった返しているだろう。

 

 あれだけセントラリアから目と鼻の先で起きた大事件だ。事情を調べるために騎士団も派遣されているだろうし、うっかり下手人として捕まっても面倒くさい。

 いざとなったら力押しで逃げられないこともないだろうが、ここで指名手配でもされてしまったら今後動きにくくなること間違いない。

 

 そんなわけで、一旦西門を離れ、そそくさと南門側へと回ったのである。

 さりげなくうっかり道をそれてしまっていた旅人を装って南からの街道に戻る。

 

「――…君、たまに容赦ないよな」

「そう?」


 疲れたように呻くイサトさんに、俺はしらばっくれた笑みを返した。

 普段わりとしてやられているので、俺にだってたまには仕返しが許されてしかるべきだ。ぽかぽか背中を軽やかに殴られたりもしたが、ご褒美です。


 そうして並んで歩き始めたところで、ふとイサトさんが呟いた。


「……アレ、なんだったんだろうな」


 アレ、というのはあの人型の存在だろう。

 

「たぶん、俺がカラットで見たのと同じヤツだと思うんだけど」


 あんな薄気味悪い存在を、俺は長年RFCをプレイして来た中で一度たりとも見たことはない。あんな奴が出てくるイベントなんて、なかったはずだ。覚えがないのはイサトさんも同じなのか、やはり難しい顏で首を捻っている。


 うまく説明のつかないモンスターによる飛空艇の襲撃。

 それを操っていたように見える謎の人型。

 俺らが知らないところで、この世界では一体何が起きているのだろうか。

 

「……まあ、何かが起きてる、ってことがわかっただけ良いのかもな」


 俺は小さくつぶやく。

 何の心の準備も出来ないままに巻き込まれるよりは、おかしなことが起こっている、とわかっていた方がまだ対処のしようもある。

 

 ここは俺たちの知るRFCの流れを汲んだ未来の異世界で、俺たちが知らない何かが起きている。

 

 それがわかっただけでも、心の準備ぐらいは出来そうだ。

 それに、今回のことであのヌメッとした人型への対抗手段もはっきりした。

 ……かなり不本意だが。

 って。


 俺はふと気づいたことがあって、足を止めた。


「なあ、イサトさん」

「ん?」

「あのマジ狩る★ステッキだけどさ」

「マジ狩る★しゃらんら★ステッキな」


 正式名称に訂正された。


「そう、そのマジ狩る★しゃらんら★ステッキだけど」

「それがどうかしたか?」

「アレ、聖属性のスタッフなら普通にイサトさんが使っても良かったんじゃ?」

「――…」


 俺につられたように足を止めたイサトさんの表情が、ひくりと引き攣った。

 それからゆっくりと、取り繕うような笑みがその口元に広がる。


「ナンノハナシカナ」

「おいカタコト」


 やっぱりか! やっぱりか!!


 属性武器というのは、その武器を使った攻撃に自動的に属性を付与することが出来る便利武器のことだ。例えば火属性の大剣であれば、普通に剣として使っても相手に火属性ダメージを与えることが出来る。


 先ほど俺がしゃらんら★でヌメっとした人型を撲殺出来たのも、その仕組みによるものだ。物理ダメージに聖属性が付与された結果、俺はあの人型をたこ殴りにすることで討伐に成功したわけだ。


 が、それは何も物理攻撃に限った話ではなく、属性を帯びた魔法武器の場合、その属性の攻撃魔法の威力を上げたり、属性が反目していない限りはその属性が上乗せすることが出来る……、はずなのだ。

 

 つまり。

 

 聖属性のしゃらんら★で闇系の攻撃魔法を使わない限りは、普通にイサトさんもあの人型に魔法でダメージを与えられていたのではないだろうか。


「…………」

「…………」


 ジト目で見つめていたところ、イサトさんはそっと良心の呵責に耐えかねたかのように目をそらした。



「イサトさん」

「…………はい」

「先ほどの地獄絵図について何か言い訳があるならどうぞ」

「………………25にもなって魔法少女は辛いかな、って」


「…………」

「…………」


「普通に考えてガチムチ男の魔法少女ステッキ装備の方が辛いわ!!!!」

「年齢的には君のがセーフだ!!!!」

「年齢じゃなくて性別で考えて!!!!!!」

「私の場合君より酷いことになるんだぞ!!!!」



 お互い吼えるようにぎゃんぎゃん言い合いながら睨みあう。

 傍を通り過ぎる旅人の集団が、ぎょっとしたように俺らに目を向けていった。

 ご迷惑をおかけしております。

 

 っていうか、俺よりひどいことになるとはどういうことだ。

 俺のようなむさくるしい男が持つよりも、イサトさんが持った方が絶対に会うと思うんだ、しゃらんら★。


 俺のそんな疑問の滲んだ眼差しに、イサトさんは嫌そうに顔をそむけながら言葉を続けた。

 

「それ、基本的には運営の遊び装備だったじゃないか」

「そうだな」

「属性武器って魔法使い的にはなかなか使いにくいアイテムなんだよ。火属性武器だと水や氷属性の魔法は威力が半減するし」

「その辺のことはリモネから聞いたことがあるな」


 様々な属性魔法を駆使して敵モンスターを倒す魔法使いの場合、結局メインウェポンは無属性に限る、とかなんとか。属性武器は狩り場に合わせて選ぶ必要があるため、狙って属性ごとに武器を用意するのはあまり現実的ではないらしい。


 確かにもともと属性武器なんていうのは、魔法の使えない前衛職が、少しでも戦闘を有利に行うために用意された救済武器のようなものだ。最初から魔法を使って敵モンスターの弱点を突くことができる魔法使いにとっては、それほど美味しい装備ではないのかもしれない。


「そんな中で、唯一の例外は聖属性武器なんだよな」

「例外?」

「聖属性と反目するのは闇属性のみで、基本的にその他の火や風、水、氷、土っていった属性とは相性がいいから。例えば火属性の魔法を使う時に、聖属性のスタッフを使った場合、聖・火の両方の属性がつくわけなんだ」

「便利じゃないか」

「うん。まあその代わり他の性能は一切ないけどな。私の普段使ってるスタッフは、無属性だがHP30%増と、MP10%増、あと防御力10%増、あと魔法攻撃力に30%増がついてる」

「イサトさんのステータスをかなり底上げしてくれてるわけか」

「そういうこと」


 それなら、まあ確かにイサトさんがしゃらんら★を使うのを躊躇う理由には一応なるか。いくら相手への有効打を放つことが出来るようになるとは言っても、武器を持ち変えることで防御力やHPが落ちるのは怖いものがある。

 が、イサトさんがしゃらんら★を使いたくないのにはまだ他にも理由があるようだった。嫌そうな顏で、言葉を続ける。


「だが、それでも聖属性追加武器、というのは非常に美味しい。アンデッド系モンスターの出てくるエリアで経験値をがんがん稼げるからな。だが――…、君はこのしゃらんら★を使っているものを見たことがあるか?」

「そういえば……あんまりないような?」


 公式がまたネタ装備を出したぞ、と話題になっていたのは覚えている。街中で実際に装備して笑っている人を見かけたのも、覚えている。

 だが、実際にフィールドで使っている人間はあまり見たことがない、ような。

 イサトさんは首をかしげている俺に向かって、重々しく口を開いた。

 

「しゃらんら★で魔法使うと、強制的に魔法少女に変身します」

「ぶッ」


 噴いた。


「へ、変身……??」

「魔法に限らずMPを使うタイプのスキルを使うと変身します。男女関係なく」

「おいちょっとまて」


 それは俺がもしメイス系のスキルを持っていて、それを先ほどの戦闘で使ってしまっていた場合、俺も魔法少女に変身してしまっていた可能性がある、ということか。何それ怖い。


「ぴんくいふあっふあの甘ロリ系魔法少女に変身します。問答無用で」

「うわァ」


 それは確かに、使う者を選びそうだ。

 でも……外見よりも性能でものを考える人間なら使いそうなものだし、そもそも可愛い服をキャラに着せることに躊躇いを覚えないプレイヤーは多そうだ。

 強制変身だけで、ありがたい聖属性追加武器をお蔵入りするだろうか。

 俺のそんな疑問に、イサトさんはふっと視線を遠くにやった。


「ただのネタ装備なら、ゲームとしてアバターが使う分には喜んで使ったよ。女装仮装何でもござれだったしな」

「確かに、おっさんしれっとネタ装備してること多かったな」


 ビリベアの着ぐるみもそうだし、例の宴会装備のお花ビキニもそうだ。


「ただこれ、光るんだよな……」

「光る……」

「魔法少女に変身すると、全身からずっと淡いピンクの光を放つことになるんだ。それが結構邪魔なんだよ」

「あー……」


 アンデッド系モンスターのいるエリアとなると、基本的には暗い。

 そんなエリアでずっとピンクに発光され続けると、確かに邪魔だろう。


「変身してる自分でも操作しづらくなるし、同じエリアで狩ってて画面に入るだけでも結構邪魔だし……、ってことで実戦で使う人は少なかったんだ」

「……なるほど」


 さすがRFC運営。

 ネタ装備として性能は良いながら実戦での使い道を制限するあたりのバランス感覚がうまいというかえげつないというか。

 なるほどなァ。

 

 しみじみイサトさんの言葉に納得しつつ、俺はそっとインベントリを操って先ほど託されたしゃらんら★を取り出す。

 そして、そっとイサトさんへと差し出した。




「変身しよう?」




 ぴんくで甘ロリで光るイサトさんが見たい。

 そんな切実な思いをこめた俺の言葉に、イサトさんは黙って耳を塞いだ。

 ちッ。





















 しばらくはそんなしゃらんら★を互いに押し付けあうという攻防戦を繰り広げていたところ、ふと話題を変えるかのようにイサトさんがポンと手を打った。

 

「あ、そうだ」

「ん?」

「ちょっと、君に話しておきたいことがある」

「何?」

「しばらく、戦闘の際にはなるべく私の側にいてくれないか?

相手が雑魚なら問題ないが、ある程度こちらの被ダメが増えそうな時は特に」

「それはもちろんそのつもりだけど」


 ゲームの中でなら、「おっさんまた死んでやんのwww」と小馬鹿に(ぷぎゃー)出来たものの、こうしてモンスターとの戦闘がリアルになった世界ではそういうわけにはいかない。俺と比べて物理的な防御力や、戦闘力に欠けるイサトさんのことを俺が援護するのは当然のことだ。

 

「さっき飛空艇を撃墜した時に気づいたんだけども…、どうもMPの概念が感覚としてよく理解できてないんだ」

「それってどういう?」

「うーん、どういったらいいのかわからないんだけども、私たちこれまでMP使うような生活してきてないじゃないか」

「うむ」


 現代日本において、「MP」という概念は存在しなかった。

 冗談で精神的に疲れた時などに、「MPが尽きそう」なんていう表現を使うようなことはあったが、それはあくまでネタである。


「ああ、そうか」


 俺は、ぽんと手を打った。


「MP使ってる、って感覚がないのか」

「そうなんだ。だから下手すると自覚なく唐突にMP切れを起こす可能性がある」

「それは……厄介だな」

「うん」


 ゲーム内であれば、画面の左上に常に自分のHPやMPのバーが見えていたのでプレイヤーである俺たちは、それを基準に戦略を立てることが出来ていた。だが、こうしてこの世界が現実となった今、俺たちにステータス画面はない。自分の状態を客観的に見ることが出来ないのだ。


「よくアニメとかであるみたいな、めっちゃ疲れる、とかそういうのは?」

「集中力が落ちたかな、ちょっとだるいな、ぐらいはあるような気がするんだけれども……さっき実際大魔法を発動させた感触として、それほど劇的な変化ではない…、かな。なんというか、戦闘中のアドレナリンでまくった状態で冷静にそれに気づけるか、っていったら危ういと思う」

「なるほど」


 よくライトノベルやアニメなどでは、MPを使い過ぎると意識を失ったり、下手をすると命にかかわる、というような描写があるが、どうやらこの世界ではそういうわけではないらしい。


「まあ、MPが切れると意識を失う、とか死に至る、ってペナルティが発生するわけじゃないのは俺としては安心かな。イサトさん、そういう無茶平気でやらかしそうだし」


 いざという時、イサトさんはそういう無茶を平気でやるタイプだと思っている。


「……否定はしない」

「してくれよ」


 うろり、とイサトさんが遠いところへと視線を彷徨わせた。

 そして、誤魔化すような咳払いが一つ。


「が、逆にそういうペナルティがない分危険な気もするんだよな」

「またそうやって誤魔化す。…って、逆に危険?」

「だって、自分がMP切れしてるって自覚がないまま戦闘が続行するんだぞ。その勘違いって結構命取りだと思わないか?」

「……あ」


 確かにそうだ。


 敵の攻撃を魔法であしらうつもりでいて、その魔法が発動しなかったら?

 仕留められると思っていたはずの敵を仕留め損なって反撃を食らったら?


 俺らはそれなりにゲーム内での高ステータスを引き継いだ状態でこの世界に迷い込んでいるため、基本的にはよほど無茶なエリアに無謀な特攻をしない限りは戦闘で死ぬ可能性は低いだろう。

 だが、先ほどの人型の件もある。

 カラットで見かけたように、あの人型に類するようなモノがあちこちに潜んでいると考えた場合、これからも俺たちがあのような騒動に巻き込まれる、というのは決して考えられない話ではない。


 そんな人型との戦闘の中で、もし自覚なくMPが切れるようなことが起きてしまったら。

 

 脳裏に、無残に切り倒されたアーミットの姿がよみがえる。

 あの時の、しんしんと身体が冷えるような恐怖と、腸から煮えくりかえるような怒りを思い出すと、足元から沈み行くような不安を感じた。


「イサトさん、頼むから危ないことはしないでくれよ」


 イサトさんに何かあった時、自分がどうなるのかがわからなくて怖い。

 あの時の俺は、目の前で会ったばかりの少女が斬り殺されたことにぶちキレて、比較的冷静なまま相手を殺そうとした。


 じゃあ、付き合いの長いイサトさんが目の前で殺されたら?


「っ……」


 厭な想像に、眉間に深い皺を寄せる。

 そして…

 

「わかってるよ。だから、先に君に相談しているんだ」


 そんな俺を安心させるように、隣を歩くイサトさんがぽん、と軽く俺の腕を叩いた。イサトさんの癖なのだろうか。俺を宥めたり、励まそうとするとき、イサトさんは軽やかに俺の腕に触れる。

 手を握るほど近くはなく、それでいて言葉だけほどの距離もなく。

 ちょうど良い距離感を感じる触れ合いに、俺はゆっくりと深呼吸をして落ち着きを取り戻す。


「最初から私がこの世界の住人なら…、経験からどのスキルをどれだけ使ったら自分のMPが尽きるのか、っていうのが感覚としてわかってるんだろうけどな」

「ゲーム時代の感覚はアテにならない感じ?」


 ゲーム時代であっても、MP回復薬を飲むタイミング等である程度MPの消費率は把握できていたような気がするが。

 

「大技に関しては覚えてるんだ。さっき飛空艇を墜とすのに使ったスキルなんかは一発でMPが尽きる大技だ。その他にもわりと大型なスキルに関しては大体五発連発したらMPヤバい、って認識はある。でも…」


 イサトさんは、そこで一度言葉を切ると、いつの間にか右に手にしていたスタッフを何気ない仕草で一閃した。そこから放たれた空気の刃が、道沿いに転がっていた大岩をすっぱりと切断する。


「普段の戦闘で使う攻撃魔法なんてこの程度の小技だろ?そうなると、小技をどれだけ連発したら自分のMPが尽きるのか、なんてのは私も把握してないんだ」

「……なるほどなぁ」


 しみじみと納得した。

 浴槽から水を汲みだすのに、大きなバケツを使えば五回で空になるとわかっていても、スプーンで組み出したら何回になるのかはわからない、といった感覚だろうか。それにMPやHPは緩やかではあるが時間経過とともに回復する。そうなるとますます回数は曖昧になってしまうだろう。

 

「ってことは……、やっぱり戦闘中はなるべく俺がフォローするようにするしかないか」

「戦闘が想定以上に長引いたり、苦戦するほどの強敵、あのヌメっとした人が出てきたときには、そのあたりのことを念頭に置いててくれると助かるよ。

できれば…、そういう事態が起きる前に、MPの感覚に慣れておきたいけども」

「おお、イサトさんにしては珍しく戦闘に乗り気な」

「私だって死にたくはないし…、君を危険に晒したいわけでもないからな」

「……っ」


 さらりと言われたイサトさんの言葉に、少しだけどきりとしてしまった。


 俺を、危険にさらしたくない。

 

 あの面倒くさがりで、自分の戦闘レベルをあげることよりも趣味的な技能レベルをあげることを優先しがちなイサトさんが、俺のためにまともに戦闘訓練をしようなんて。ちょっと、嬉しいかもしれない。

 思わず緩んでしまいそうになる口元を、手で押さえて隠す。

 イサトさんはそんな俺の様子には気づいていないのか、難しい顔で言葉を続けていく。


「それに……、実は課題がもう幾つかあるんだ」

「ん?MPの他にも?」

「うん。なんていうか、かなり初歩的なことなんだけど」

「なに?」

「実はスキル名覚えてない」

「ぶふッ」


 想像以上に初歩的なことだった。


「秋良青年だって覚えてなくないか。普段略称だし操作するときはショートカットキー押すだけだし」

「……そう言われるとそんな気もする」


 確かに俺も、自分の所持していたスキルを全部正式名称で言えるかと言ったら非常に怪しい。普段使うことが多かった「風刃三連斬」だとか、「焔魔光刃」だとかはなんとなく字面は覚えているが。


 ちなみに「風刃三連斬」は「h3」、「焔魔光刃」は「援交」なんていう通称でゲーム内では呼ばれていた。

「アキは洞窟のボスを最終的に援交で倒した」なんて言われた時の人聞きの悪さ、プライスレス。


「魔法系はほら、スキル名がやたら仰々しくて長いの多かったし……」


 言い訳のようにごにょごにょ呟きながら、イサトさんは肩を竦めて息を吐く。


「でも、スキル名を覚えてないと何か困ることってあるっけか?今のところ普通にスキル使えてたよな?」


 俺もイサトさんも、この世界にやってきてから当たり前のようにスキル名を唱えたりすることなくスキルを行使してきている。

 今更スキルの正式名称がわからないからといって困ることはないように思うのだが……。

 

「普通に使う分にはそんなに困らないんだけど……、切り替えがスムーズじゃないな」

「切り替え?」

「たぶん、こっちの世界におけるスキルだったり魔法っていうのは『どのスキルを発動させるか』っていうイメージが重要になってるんだと思う」

「ふむふむ」

「スキルカードを使うことで、スキルの使い方を頭の中に叩きこみ、その発動イメージをトリガーにMPと引き換えにスキルが実際に発動する――…と言ったら伝わる?」

「大体わかる気はする」


 当たり前のようにそうしていたが、言われてみれば確かにスキルを使うときにはそのプロセスを経ていたように思う。


「スキルに名前がついてるのは、その発動イメージを浮かびやすくするため、なんじゃないかな。条件反射的に、スキル名を口にすることで、そのスキルのイメージが湧きやすくなる、っていうか」

「ふんふん、なるほど」

「普通にスキルを使う分にはそんなに不便を感じてなかったんだけど…、さっきの戦闘の時にいくつかのスキルを使い分けようとしたら、スキルの切り替えがうまくいかなかったんだ」

「………」


 俺はふと思いついたことがあって、つっと道をそれた。

 イサトさんは俺がしようとしていることがわかるのか、特に追うことはせず街道に立ったまま俺の動向を見守っている。


 手頃な岩は……、っと。あった。


 俺は背丈の三倍ほどはある岩の前にたつと、腰に下げた剣に手をかけて二種類のスキルを連続して放つ…!


「……だっ!」


 素早く三度振り抜いた先から放たれた風の刃が交差、重なりあうような軌跡で岩をすっぱりと切断。返す刀で発動したスキルにより、手にした剣が紅蓮の焔を纏って斬りつけた岩塊を溶断する。


「って……あれ?」


 特に違和感や、不具合を感じることなく二種類のスキルの連続発動に成功してしまった。ぽりぽり、と頭をかきつつイサトさんを振り返る。


「……何故だ」


 解せぬ、と不満そうにイサトさんが唇を尖らせる。


「私もスキル試したいから、秋良青年ちょっと的にならないか」

「おいこら待てこら」


 物騒なことをぼやくイサトさんにツッコミをいれつつ、俺は街道に戻ると、再びイサトさんと並んで歩き始める。

 イサトさんはむっつりと眉間に皺を寄せつつ考え込み…、ぽん、と手を打った。


「わかった」

「何が」

「秋良青年のスキルの場合、動作がスキルのイメージを手伝ってるんだ」

「動作が?」

「最初のスキルの発動には、三連撃を放つっていう動作が伴ってるだろう?」

「そういやそうだな」


 無意識のうちに、ゲーム内のキャラのアクションを真似ていた。


「――あ」


 俺も、ぽん、と手を打った。

 イサトさんの言いたいことがわかったような気がする。


「そっか、イサトさんの魔法スキルの場合、発動するスキルの種類は違っても動作としては『スタッフを振る』って行動は同じなのか」

「そういうこと。杖を振るとエアリアルカッターが出る、というイメージを一度発動させると、『杖を振る=エアリアルカッター』でイメージが固定されて『杖を振る=ヘルフレイム』に切り替えるのが上手くいかないんだ」

「なるほどな。杖の振り方をスキルごとに変える…にしてもその認識から作らないといけないわけか」

「そういうこと。あー…面倒くさくなってきた」


 歩きながら、かくりとイサトさんがうなだれる。

 スキルを発動させるのに、スキルの正式名称を叫ぶ必要はない。

 だが、それに代わる起動イメージを呼び起こす「スイッチ」はどやはりあった方が良いのだ。そしてその「スイッチ」と「結果」であるスキルが結び付くには、これまたやっぱり地道な実戦を重ねるしかないのだろう。


「しばらく戦闘のメインにイサトさんを据えて…、俺は援護に徹する、とかにした方が良いかもしれないな」

「うう…」


 イサトさんにはひたすらスキルの使い分けや、MPの消耗感覚に慣れてもらう必要がある。

 呻きつつも抵抗はしないあたり、イサトさんも実戦の必要性はわかっているらしいかった。


 そして――…、セントリアの城壁が見え始めた頃。

 ふと俺はあることに思い当って口を開いた。


「そういや、イサトさん、さっき課題は他に幾つかある、って言ってなかったっけか」

「言ったな」

「他にも何かあるのか?」

「ええと、さっき私は必要に迫られて飛空艇を撃墜しちゃったわけなんだけれども――…、それが犯罪だと認識された場合、街の入口でとっつかまる可能性が少々」

「あ」


 失念していた。

 俺たちの冒険者カードを発行してくれた酒場の主人の言葉が本当ならば、このカードは「犯行の記憶」に反応してアラートを鳴らすことになっている。

 街の入口で身分証としてカードを石版にかざした瞬間鳴り響く警告音――なんていうのはなかなかに洒落にならない。

 まあ、俺とイサトさんであれば、街の騎士ぐらいなら楽々蹴散らせるような気もしないではないが。

 気もしないではないが…それはあくまで最終手段にしておきたい。

 お尋ねものになるのは、他に選択肢がなくなってからで十分である。


「カードは常に私たちの記憶に同期するようになっている、、と言っていたわけだし、今現在アラートが鳴ってないあたり、ギリセーフで犯罪者にならずにすんだと思いたいところ」

「そうだな」


 今のところ、突き合わせて覗きこんだ二人分の冒険者カードには警告らしきものは一切浮かんでいない。あるのは、嘘のように跳ねあがった経験値とレベルぐらいである。


「もし入口でアラートが鳴ったら――…、とりあえず全力」

「全力」


 その次に来る言葉が「殲滅」でないことだけを祈る。


「そんなもんか」

「あと、最後に一番大事な相談が残っているかもしれない」

「一番大事な?」


 今話していたこと以上に大事な話題、なんてあっただろうか。

 「MPの消費について」や「スキルの切り替え」以上の大事。

 一体何をイサトさんが言おうとしているのかが予想もつかず、黙ってその続きを待つ。

 イサトさんは神妙な顔ですっと息を吸い…

 




「ぱんつ栽培したい」




 全力で何言ってんだこのひと。

仕事が多忙を極めた結果、久しぶりの投稿に。

隙を見てはちまちま投稿したいです。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

Pt,お気に入り、感想、励みになっています。


あと生存確認用ツイッター始めました。

@maru_yamada

あまりマメではありませんが良ければどうぞ。

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