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おっさん、破壊神になる

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 「家」が使えなくたって、俺らには移動手段ぐらいいくらでもある(強がり)


 そう自分に言い聞かせている俺と違って、イサトさんはなんだかそんなにダメージを受けているようではなかった。慣れたように、雑貨屋で購入したマップを広げてここからならどの順番で巡るのが一番効率が良いかを考えている。

 何故そんなに心が強くあれるのかを考えて、もともとイサトさんは「家」をまだ持っていなかったので、その便利さの恩恵を知らないからなのだと気づいた。

 騎乗できるタイプのモンスターにまたがり、RFCの世界を縦横無尽に駆け巡って素材を集めまくっていたイサトさんに死角はない。


「そういえば…なんでエスタイーストから先に行こうって言いだしたんだ?

距離的には、サウスガリアンからまわった方が楽じゃないのか?」


 ここ、エルリアはトゥーラウェストに属している。

 「西→東→南→北」よりも、右回りに「西→北→東→西」で行くか、逆に左回りで「西→南→東→西」で移動した方が効率的なような気がしてならない。

 それに対してイサトさんは、確かにそうなんだけどな、と前置きしてからその辺の事情を教えてくれた。


「私、結構倉庫がぱんぱんなんだよ」

「あー……」


 ある程度ゲーム暦が長くなってくると、どうしても持ち物は増える。二束三文の簡単に手に入るアイテムであればどんどん売り払うなりなんなりすることも出来るのだが、中にはなかなか出ないちょっとレア、ぐらいのアイテムもある。そういうアイテムは、出ない時の苦しみがわかっているため、なかなか売り払うことが出来ないのだ。そして、そういう「ちょっとレア」なアイテムというのは意外と種類が多いのである。

 いつか使う時に困らないように、とストックはしておきたいのだが、そうやってストックしていくうちにどんどん倉庫は圧迫されていく。重量に関係なく一つのマスに何個でも詰め込めるというのが倉庫の特徴なのだが、マスの数は課金でもしない限り増やすことは出来ない。

 俺の方も大体イサトさんと似たりよったりで、「家」の倉庫があってもわりと倉庫や箪笥はギリギリだ。


「だから、あんまり不良在庫を残したくてなくてな。上位ポーションを作るのに必要なのは薔薇姫の落とす花の蜜と、ゴーレムが落とすガラスの欠片と、神秘の泉の水なんだけども……、そのうち一番ドロップ率が低いのが薔薇姫の花の蜜なんだ。

神秘の泉はただ水を汲むだけなので、確実に手に入るしな」

「それでイサトさんは、いつも最初に花の蜜を集めて、花の蜜の数だけガラスの欠片を用意して、ポーションを生成しに北に向かうわけか」

「そういうことだ」


 移動の労力よりも、出来るだけ倉庫の空きを作ることを優先した結果、そういう順路になるらしい。


「『家』があれば話はまた別なんだけどな……」


 ちらり、と羨ましそうにイサトさんが俺を見る。


「イサトさんが精霊魔法使いとしてが俺とパーティー組めるようになったらな」

「何十年後の話だ」

「何十年引っ張る気だ」


 そんなにメインジョブのレベルあげたくないのかこの人は。

 ふす、とイサトさんは不満そうに鼻を鳴らしているが、俺としては何十年もかけてメインジョブ放置で何をしたいのかイサトさんを問い詰めたい。生産マスターにでもなる気なのか。というかそれでもウン十年あればそろそろメインジョブ育ててくれたっていいんじゃないのか。


「そういえば……箪笥の素材も基本は東だっけか?」

「そうだな。植物系の素材は大体東で手に入った気がする」


 イサトさんに箪笥さえ作ってもらえば、俺の「家」におけるアイテム量を増やすことができる。それならば、イサトさんが言うように先に中央のセントラリアを経由して東に向かっても良いかもしれない。


「んじゃ、先に東から向かうか。途中、中央のセントラリアで『家』の登録をしておけば、東から南に行くときにはセントラリアまでショートカットしてから南に向かうことも出来るし」

「そうだな。まずは東で箪笥の素材を集めて……それからあのアンデッドの城行って薔薇姫ドロップ集めようか」


 そうと決まれば早速東に向かおう。

 俺は、広げていたマップを畳んで懐へとしまいかけ……何か妙にうずうずしているイサトさんと目があった。


「……なに」


 聞くのも怖いが、聞かないともっとアレなので一応聞いておく。


「東って植物系ドロップ多いじゃないか」

「多いな」

「花の種とか薬草の種ドロップしたら君んちに畑作ってもいいk」

「全力で却下」


 なに人んちを魔改造しようとしてやがる。
















 大まかにエルリアからセントラリアを経由してエスタイーストに行く、とは決めたものの、その途中にはトゥーラウェストがある。そこで小休憩を挟み、トゥーラウェストの冒険者ギルドの扉をそっと「家」に登録した。

 こうして登録しておけば、「家」の扉がそのまま登録先の扉になる、というど◎でもドア的な使い方が出来るのだ。ただ、ど◎でもドアと違って必ず行先は事前に自力で登録しなければならないし、登録できる数も七つと限られている。

 ゲーム時代の俺は、主要都市五つと、その時の狩場から一番近い非戦闘エリアを登録していたものだが……現在そのログが消えてしまっているため、いちいち現地にいって登録しなおさなければいけないのが非常に面倒だ。


 トゥーラウェストは、エルリアよりも規模の大きい街だ。

 何せRFCの舞台となるアスラール大陸にある五つの都市国家のうちの一つである。

 主要都市ならば……、と期待を込めてのぞいたトゥーラウェストの武器屋や雑貨屋では、エルリアとほとんど変わらない品揃えしか並んではいなかった。一応、エルリアより良い道具や装備が取り扱われてはいるのだが……いわゆるゲーム内でいう店売り装備だ。大した性能ではない。しかもそれが、ゼロを付け間違えたんじゃないのか、という値段なのである。


「…………」

「…………」


 ないわー。

 俺とイサトさんは二人で緩く首を左右に振って、それらの店を後にした。

 店員が若干予算もないのに高い品に手を出そうとした身の程知らずを見るような目で見ていたような気がするが、それすらも逆に哀れに思えてしまった。


 俺らが知らない間に、この世界では何が起こってしまったのだろう。


 いや、俺らが知らない間に、というのは語弊がある。ここは俺らが「ゲームとして」知っている世界によく似た異世界なのだから。

 だが、見知った世界によく似ているからこそ、その差異が目立つ。


 この世界はこんなにも色あせていたものだろうか。

 この世界はこんなにもつまらないものだっただろうか。


 なんだか、溜息が零れてしまった。


 


 


 


 


 


 


 


 移動は、今回もイサトさんのグリフォンを使った。

 俺も一応騎乗用のモンスターはもっているので、陸路を行くことも考えたのだが……アーミットの言っていたように、モンスターの使役がレアであるのならば、多くの人が使う街道でモンスターに乗って移動というのは悪目立ちしてしまう可能性が高い。それならばグリフォンに乗って空を行き、都市が近くなったところで人目につかないところに降りる、というのが一番楽で穏便な方法なのではないかという話に落ち着いたのだ。

 空の上なら、地上から例え見つかったとしても背に乗っている俺らの姿まで見えるかどうかは怪しいし、万が一人が乗っているように見えたとしても俺らの顔までは判別することは出来ないだろう。


 トゥーラウェストで一泊した次の日、俺らはのんびりと再びグリフォンの背に乗り、セントラリアを目指す。

 最初はグリフォンの速度や高さに硬直していたイサトさんだが、少しずつ慣れてきたのか、腕の中に抱えた身体からも緊張が程よく解けている。

 こてんと、俺の胸を背もたれ替わりに、すっかり寛いでいるようだ。

 どれくらい飛んでいただろうか。

 ふと、眼下に広がる景色が少しずつ種類を変えてきたのに俺は気づいた。


「イサトさん、そろそろセントラリアが近いかも」

「ん?」

「ほら、下」

「どれどれ」


 下を見るのはまだ少し怖いのか、イサトさんは手綱を取る俺の腕を握りつつ、そろっと身を横に乗り出して下を見下ろす。

 先ほどまではひたすら砂しかなかった世界に、ぽつぽつと植物の彩が加わり始めている。視線を持ち上げると、次第にその緑は色合いを濃くしていき、最終的には草原地帯が遠くに広がっているのが見えた。


「こういうの見ると……ファンタジーっていうか、随分と遠くに来たなって感じるよなあ」

「本当に。日本じゃ見れない光景だ」


 二人、双眸を細めて眼下の景色を眺める。

 日本にいた頃はリアルの情報など何も知らず、ネトゲでしか接点を持っていなかった俺とイサトさんが、今こうして異世界で二人より添い合って空の上から景色を眺めているなんて、本当に不思議だ。


 と。


 まるで、そんな緩みきった俺らに警告するようにグリフォンが鋭い鳴き声をあげた。見れば、ぶわりと首元の毛が逆立っている。警告するように、ではない。明らかにグリフォンは何かに警戒している。


「……なんだ?」

「周囲には何も見えないけども」


 左右前後には、ただただ抜けるように青い空が広がっているだけだ。

 そして眼下には、牧草地帯へと姿を変えつつある大地が続いている。

 左右前後、そして下に異常がないならば……答えはきっと。


「秋良青年、ちょっと手綱を貸してくれ」

「ん」


 貸してくれ、と言いつつ、イサトさんは俺の手の上から重ねるようにして手綱を握った。そして、ぐいと軽く引いてグリフォンの高度をあげる。

 ぐんぐんと地上が遠くなり、うっすらと周囲が白くぼやける。

 まだ呼吸が苦しいというほどではないが、結構な高度だ。

 それとも、こんな場所でも息苦しさを感じないのはゲーム内のステータスが反映されているおかげなんだろうか。

 大きく羽ばたいたグリフォンが低くたなびく雲を突き抜け――…上空へと躍り出る。

 そこで見たものに、俺とイサトさんは揃って絶句した。


「おいおい、嘘だろ」


 嘘であってくれ、という願いをこめて呟いた俺の声が圧倒的な現実を目の前に虚しく響く。

 そこに浮かんでいたのは、巨大な飛空艇だった。

 ごぉんごぉんと低く空気を震わせているのは、エンジンなのかそれかもっと魔法的な何かなのかはわからないがとりあえずその飛空艇の動力源だろう。

 が、俺たちが絶句したのはそのせいではなかった。

 飛空艇なら、ゲームの中でも見たことがある。

 高額ではあったが、各主要都市を結んでいて、俺らプレイヤーも利用することが出来た。といっても、乗り込んだところでワープポータルが発動して、次の画面ではもう目的地についている、というショートカット的なものでしかないのだが。

 だから、飛空艇だけならばこんなにも驚かなかった。

 飛空艇だけならば。


 


 

 ――飛空艇は、大量のモンスターに襲われていた。


 


 

 地の船体が見えないほど、びっちりと飛空艇の表面に張り付いた無数のモンスター。うごうごと蠢き、まるで飛空艇自体が巨大な一匹のモンスターであるかのような異様な光景だ。

 時折、火花のようなものが散るのは、張り付いたモンスターが飛空艇の装甲をこじ開けようとしているからなのか。

 こういうシーンを、子供の頃アニメ映画のワンシーンで見たことがあったような気がする。すれ違いざまに、大量のモンスターに覆われた機体の窓から、こちらにすがるような目を向ける少女と、主人公は目があってしまうのだ。


 そう。

 まさに――…こんな感じに。


 本来なら景色を眺めるために、遊覧飛行を愉しむために作られたはずの大きな窓の向こう、恐怖に青ざめた家族が立ち尽くしているのが見えた。

 見えて、しまった。


「イサトさん、つけてくれ」

「……了解」


 そんな短いやりとりで、俺らは行動を起こした。

 イサトさんが鋭く手綱を鳴らしてグリフォンを操る。

 身を翻し、グリフォンがさらなる高みへと翔けあがった。

 それを、俺たちがこの飛空艇を見捨てたと判断したのか、窓の向こうに見える家族の顔にますます絶望の色が濃くなったのがちらりと見えた。


「もう少し、まってろ」


 届かないとわかっていてもそう呟いて。

 俺は手綱から手を離すと、グリフォンの上に身を起こした。

 インベントリを操り、装備をイサトさんの買ってくれた木刀から本来の大剣へと切り替える。


「甲板…っていうかとりあえず上のところに君が降りられそうなスペースを作る。が、おそらく降りると同時に囲まれるから心の準備はしておけよ」

「了解」


 イサトさんの口調が硬く、荒い。

 何時の間にか取りだされた禍々しいスタッフが、雷撃を孕んでバチバチと唸る。

 グリフォンが飛空艇へと急襲をかけるのと、イサトさんの広範囲雷撃呪文が炸裂するのはほぼ同時だった。

 雷撃は飛空艇の表面に群がるモンスターの中心に突き立ち、その周囲にいたモンスターを巻き込んで炸裂する。弾かれるように、モンスターの群れが表面から引き剥され、地上へと落ちていった。その空いたスペースへと、グリフォンが最も接近したタイミングで俺は――……、跳ぶ。

 内臓が浮くような独特な浮遊感を経て、ずだん、と飛空艇の上へと着地。空いたスペースを埋めるように押しかけたモンスターに対して、俺が剣を抜くよりも早くグリフォンの鋭い前脚の爪がそれらを豪快に蹴散らした。右の前脚でモンスターを薙ぎ払い、左の前脚が飛空艇を蹴ってグリフォンが一旦飛空艇から距離を置く。その数瞬が、俺が体勢を立て直すまでに必要な時間の全てだった。


「秋良、死ぬなよ!」

「そっちこそ!」


 遠のきながら叫ばれたイサトさんの言葉に叫び返したものの、聞こえたかどうかは怪しい。俺は大剣を構え、こちらに押し寄せるモンスターを睨み据えた。

 甲板で蠢くモンスターのほとんどを、俺はゲーム内で見知っている。

 どれもレベルは俺よりもはるかに格下で、恐れるような相手ではない。


 ――……ゲームならば。


 でもこれはもうゲームではない。

 実戦だ。

 カラットの村を救うために倒しまくったモンスターよりは図体もでかく――…、いかにも凶悪なモンスターといった風情に満ち溢れている。

 見渡した中、何種類ものモンスターが混じって押し合いへし合いしている甲板上特に目立つ二種が目に入った。この二種が一番数が多い。

 一種は本来ならば妖精樹と呼ばれるエリアに棲息するドラゴンフライ。通称トンボ。ほとんど昆虫のような外見をしているが、名前にドラゴンとつくだけあって実際はドラゴンの一種だ。全長が2メートル前後と大きめなあたり、なるほど、確かにドラゴンの系譜に連なるモンスターだけある、と実感してしまった。ゲームの中では妖精樹フィールドのいたるところに出てくる雑魚扱いで、もうちょっと小さ目に見えたものだが。百足のような体躯に、トンボのような細長い羽が三対。ぎちぎち、と聞こえるのはこいつの歯が鳴る音だ。

 もう一種は、エルリア砂漠エリアの地下にあるピラミッドダンジョンに棲息するスカラベ。大きさはサッカーボールほど。不思議な光沢のある外殻はどれも同じように見えるが、青みがかっているのがオスで、赤みがかっているのがメスだ。オスは物理攻撃に強く、魔法攻撃に弱い。そして逆にメスは物理には弱いが魔法攻撃に強い。 

 あと、その他に目がつくものといったら小型のワイバーンぐらいだろうか。こいつもヅァールイ山脈の麓に棲息していたはずなのだが。大きさはドラゴンフライとほぼ変わらないが、見た目はより竜らしい。皮膜で出来た翼を持つトカゲというか、鱗の生えたプテラノドンというか。


「……いろいろおかしいだろう、がッ」


 ぼやきつつ、飛びかかってきたスカラベを一刀両断。

 フルスイングで殴り飛ばして、俺に向かって威嚇音を放っているドラゴンフライにぶつけてやろうと思ったのだが、切れ味が良すぎた。真っ二つになったスカラベは、ぼとぼとと甲板に落ちて動かなくなる。


 この飛空艇は、航路からしておそらくトゥーラウェストを出発してセントラリアを目指していたはずだ。

 だから、スカラベがいるのはまだわかる。

 本来はスカラベもエルリア近郊の地下ダンジョンに棲息するモンスターで、普通ならそのエリアから出てくるはずがないのだが……、まあそれはまだ大目に見よう。他の連中に比べたらまだスカラベの方が納得できる。

 だが、ドラゴンフライやワイバーンはおかしい。

 妖精樹があるのはセントラリアを中心に考えたときの南東のあたりだし、ヅァールイ山脈があるのは北の、ノースガリアのあたりだ。

 スカラベだけなら、地下で異常繁殖したモンスターが地上に迷い出て異常行動に走ってるのかとも思うが、ドラゴンフライやワイバーンまでいるのではそうと考えるのも難しい。この辺り一帯の……ここ、RFCの舞台となっているアスラール大陸中のモンスターの行動パターンが、俺の知るものとはかけ離れている、ということなのだろうか。


 俺の知る限り、この三種は全てリンク系の非アクティブモンスターだ。こちらが攻撃を仕掛けない限りは、襲ってくることはない。ただし、一匹に攻撃を仕掛けると、その周辺にいる同種が全てこちらを敵と認識して襲ってくることになる。


 そんなモンスターらが、何故群れで飛空艇を襲っている?

 この飛空艇が軍属だとかなら、まだ納得もできる。

 演習か何かで迂闊にモンスターを倒し、それにリンクしたモンスターが深追いでもしてしまっているのかと思うことが出来る。

 いや、それでも何故大陸各地のリンクモンスターがこの飛空艇に群がっているのか、という理由を説明するのは難しいか。トゥーラウェストを出発した飛空艇に、何故ヅァールイ山脈のワイバーンに追われる人間が乗りこめるのか。何故、妖精樹のドラゴンフライに追われる人間が乗りこめるのか。この数に追われていたならば、飛空艇が飛び立つより先に発見されて大騒ぎになっているはずだ。


 そんなことを考えつつも、俺は次々と大剣を振るってモンスターを斬り捨てていく。が、斬り捨てても斬り捨てても、無限に沸き続けているのではないだろうかという勢いで、次々とモンスターは俺へと押し寄せくる。

 一匹一匹の強さは大したことないものの、集団で囲まれると厄介だ。

 何せ、俺は空が飛べないのである。

 体当たりでも喰らって吹っ飛ばされれば、HP的には問題なくとも、重力的な問題でアウトだ。この高さから落ちたら、さすがの俺でも死ぬような気がする。あんまり試したくはない。

 足場に気を遣いつつも、俺は次々と目の前に押し寄せてくるモンスターどもを斬り捨てていき…―…、やがて、モンスターの向こうに何か異様な物体が存在していることに気付いた。


「…っ、なんだよ、あれ」


 思わず声に出して呟く。

 それは、一応形としては人間に近いフォルムをしていた。

 頭部と、それに繋がる二足歩行型の四肢。

 だが、それは明らかに人ではなかった。

 なんせそいつの表面はねっとりとした黒色で覆われているのだ。

 特殊な性癖の方々が好む全身ラバースーツを着た人間を想像してもらうと、今俺の目の前にいるモノに近くなるかもしれない。顏までもぴっちり覆った全身ラバースーツだ。その表面から艶を消してヌメッと泥っぽくしたらば、大体あっていると思う。そしてそのだらりと下げられた四肢はそれぞれが甲板に沈み込んでいる。どう考えても妖怪か何かだ。生半可に人間に近い形状をしているせいで余計に気持ちが悪い。リアルはもちろん、RFCのゲーム内でも見たことないタイプのモンスター…?だ。

 

 それなのに。

 そのはずなのに。

 

 何故か俺には、そいつに既視感があった。

 初めて見るはずの存在なのに、受ける印象に覚えがある。

 見た目以上に感じる、得体のしれない薄気味悪さ。気持ち悪さ。不快感。


「…ッ、カラットのアレか!」


 アレだ。

 俺が燃え盛るカラットの村で目撃した気持ちの悪い男。

 盗賊団の中に紛れ込んでいたはずなのに、誰にも覚えられていなかった男。

 俺の防御力を通してダメージを与えるだけの攻撃力を持ち合わせ、燃え盛る焔の中に消えて――…、それきり消息を絶っていたあの男だ。

 

 何か、関連があるのか?

 

 印象は非常によく似ているとはいえ、カラットの村で遭遇した男は一応ちゃんとした人間だった。ちゃんとした人間の形をしているのに、ちぐはぐな違和感が気持ち悪かった。それに比べるとこちらは見た目からして気持ち悪いので、素直に気持ち悪い。

 

 ……「気持ち悪い」がゲシュタルト崩壊してしまいそうだ。

 

 その気持ち悪いヌメっとした人型は、俺が見据える先でゆらり、と揺らめいて。

 

 じゅぶるッ

 

 「!?」

 

 いきなりそいつの四肢から伸びた黒い触手がこちらに向かって伸びてきた。

 気持ち悪い!

 気持ち悪い!

 チョー気持ち悪い!

 俺は慌てて手にしていた大剣を一閃、それらの触手が俺の身体に触れる前に切り落とす。

 特に抵抗もなく簡単に切り落とせたものの、逆にその一撃は相手にとっても痛手にはなっていないようだった。黒い人型は気にした様子もなく、ゆらゆらと揺れている。


 もしかしなくとも、カラットの村で喰らった攻撃もこれだったのだろうか。

 何か鞭のようなもので攻撃されたと思っていたが……身体の一部が変形して飛んできたのだと思うと、ますます気色悪くなった。


 その一方で、人を殺す、という一線を越えてなかったことに少し安堵もする。

 人の形をしていようが、変形したあたりで人外とみなしても良い気がしてならない。っていうかアレは人外だ。そう決めた。


 そんな他愛もない自己暗示で、ささやかな罪悪感すらさらっとなかったことにしてしまえる俺は、やっぱりちょっとロクでもない。思わず口の端が自嘲めいて吊り上る。 


 それはまあさておき。


 とりあえず。

 今の攻撃により、アレが敵であることだけはわかった。

 正体は不明ながら、こちらに対する敵意はアリ。

 それならば、ただ斃すのみだ。

 ぶっころ。

 

 俺は大剣を構えると鋭く踏み込み、黒の人型へと接近を試みる。

 黒い触手がのたうち、俺を捕まえようとするものの、片っ端から斬り捨て……後一歩で人型が間合いに入る、というところで横合いからスカラベの体当たりを喰らった。


「ち…ッ!」


 ダメージとしてはそれほど大きくはない。が、体勢が崩れる。そこを逃さず殺到する黒い触手。アレに捕まったらどうなるのかは不明ながら、それを自らの身体で試したいとは全く思わない。空中で体を捻り、背面跳びめいた体勢で無理くりに大剣を振るって迫りくる触手を斬り落とす。次の瞬間背中から甲板に落ちて、痛みに息が詰まった。が、そのまま転がっているわけにはいかない。触手はもちろん、この甲板上にはドラゴンフライやワイバーン、スカラベといったモンスターどもも大量にひしめいているのだ。即座に跳ね起きて大剣を構える。


「………」


 黒い人型は、俺を仕留め損ったことに対しても特に残念そうには見えない。ただ、ゆらゆらと揺れている。甲板に沈み込むように伸ばされた四肢が、本来硬い物質であるはずの甲板が水面であるかのようにゆらゆらと見え隠れしながらのたうっている。あの触手に物質を潜り抜ける能力があるとした場合、いきなり足元から突き出てきた触手から不意打ちを食らう可能性を考えておいた方が良い。


 百舌鳥の早贄、もしくはヴラド・ツェペシュ(串刺し公)の犠牲者風になるのは避けたい。


 ますます信用ならなくなった足場に顔をしかめつつ、俺は敵である人型を睨み据える。

 先ほどのスカラベは、まるであの人型を助けるようなタイミングで俺に攻撃を仕掛けてきた。もしかすると、あの人型がこの事態の下手人なのだろうか。あの人型が、モンスターを集めてこの飛空艇を襲わせている?

 だとしたなら、あの人型を斃さない限り、この飛空艇はどうにもならない。

 

「くっそ、」


 呻いて、俺はしっかりと大剣を握りなおした。

 ゲーム時代のステータスを引き継いでいるのなら、無茶なフィールドに突撃しない限りは楽勝だと思っていた少し前までの俺の頭をどつきたい。

 実戦は思っていたよりも過酷である。

 不安定な足場、得体のしれない敵、そして何より、自分が死ぬかもしれないという恐怖。

 せめて、実感が欲しかった。

 己の振るう一撃一撃が、あの黒い人型にダメージを与えているのだという実感が。

 こちらに向かって伸ばされる黒い触手をいくら切り落としても、すぐにまた新しく再生してしまうのだ。例え微量ながらも、それでダメージが与えられているのならば、持久戦だって辞さないが、それが無為な行為に過ぎないならば、何か違う手を考えなければいけない。


 ヌメっと知らん顏しやがって腹立つ。


 苦痛に呻く声も、勝ち誇る笑みも、何もないヌメっとした顏に殺意が沸く。

 その殺意をモチベーションに大剣を振るうものの、キリがない。

 焦れた俺は、先ほどの繰り返しになることも覚悟しつつ、接近戦に挑む。

 俺を絡め取ろうと伸ばされる触手をかいくぐり、避けきれなかった分は切落とし、人型へと肉薄する。案の定モンスターが邪魔するように俺の動線に乱入してくるものの、その辺りは計算済みだ。不意打ちはもう喰らわない。素早く大剣を振るい、目の前に立ちふさがったドラゴンフライを斬り捨て、その横をバックロールターンで擦り抜ける。元バスケ部舐めんな。


 そして、ようやく目の前にたどり着いた人型に大剣を振り下ろした。

 

 ずぷりと水をたっぷりと含んだズタ袋でも斬り捨てたかのような感触が俺の手に伝わる。最後まで振り下ろした俺の大剣は、確実にその人型を袈裟斬りに両断したはずだった。

 だが…。

 ず、と人型は少し斜めに断面でズレただけで、すぐにヌメヌメと糸を引くようにして元の形に留まった。黒い人型が撓む。それが俺への反撃の予備動作であることはあまりにも明らかで――…

 

 避けきれるか。

 

 俺は少しでも距離をとろうと背後へと飛び退り、そこを追撃するように触手が突き出される。

 それはもう俺を絡め取ろうとするというような曲線を描くものではなく、そのまま触手で俺を貫こうという意思が感じられるような鋭い直線での攻撃だった。

 大剣で弾こうとするものの、身体の中心、急所を狙ったものを防ぐだけで精いっぱいだ。

 触手が手足を掠めて熱感にも似た痛みが生まれる。

 

 このやろう。

 

 カラットの村と同様に、いともあっさりと人型の攻撃は俺のガードを潜り抜けた。

 俺の攻撃は効いているかどうかも不明だというのに、相手の攻撃は己に届く、なんて。

 なんたる理不尽。腹立たしい。



 ざすッ、と多少体勢を崩しながらも人型から距離を取ることに成功した俺が顏を上げたところに、次の触手が迫りくる。スローモーションのよう、ゆっくり触手の先端が俺の身体に喰らいつこうとする様を眺めながら、俺は己が得るであろうダメージと、即座に可能な反撃を脳内でシミュレートする。

 そして。

 

「させるか…ッ!!」


 高らかにイサトさんの声が響き渡った。


「イサトさん…!?」

 

 悪手だとわかっていても、触手から目をそらして顔をあげてしまう。

 そこでは、ワイバーンの襲撃をかいくぐって接近したイサトさんが、白いマントを鮮やかに靡かせながら黒い人型の上に飛び降りるところだった。その手には、逆光でよく見えないものの先ほどと変わらずスタッフが握られているように見える。


「ば……ッ!」


 馬鹿野郎、と叫びかけた声すら喉奥で潰れた。

 何考えてんだあの人(おっさん)

 あの人型の攻撃は、俺にすら通るのだ。

 俺などよりもはるかに紙装甲のイサトさんがあの攻撃を喰らったならば、いったいどれほどのダメージを喰らうことになってしまうのか。自分が触手に刺し貫かれようとしていた時よりも、よほど血の気が引いた。

 どれほど引き留めたくとも、すでに遅い。


 イサトさんが落ちる。

 スタッフを携え、重力を味方につけて、一直線に落ちる。


 頭上から響いた風切り音に、はっとしたように黒い人型が顔をあげて頭上をふり仰ぐ。

 その胸を、イサトさんは全体重と、落下の勢い、その全てを乗せて、スタッフで貫いた。

 

 でも、まずい。

 

 あの人型に物理攻撃は効かないのだ。

 さっき俺が斬りつけた時の二の舞だ。


「逃げろイサトさん…!!」


 そう叫んで、イサトさんを援護すべく駆け寄ろうとして気づいた。

 俺を刺し貫こうと伸ばされていた触手の追撃が、未だ俺に届いていないことに。


「え…?」


 人型が、悶えていた。

 まるで悲鳴でもあげるように虚空をふり仰いだまま、四肢をのたうたせる。

 

 ……攻撃が、効いてる?

 

 びくん、びくんとわななくように震える人型。俺に向かって突きだされていたはずの触手が、力を失ってぐにゃりと甲板に落ちている。

 なんで。

 どうして。

 イサトさんは何をした?

 俺は再びイサトさんへと視線を向けて――…、思わず噴きそうになった。

 イサトさんが手にしていたのは、確かにスタッフだった。

 だが、それはあの禍々しいものではなく。

 鮮やかな、それでいてドリーミィにマイルドなピンク色に、可愛らしいハートをモチーフにした装飾。きらきらと輝く大粒の宝石で彩られたそれは、どこからどう見ても可憐な魔法少女ステッキだった。


「何やってんだあんた!!!!」


 何故この状況でネタに走ったのか。

 全力で突っ込みたい。

 というか、何故俺の大剣では駄目で、イサトさんの魔法少女ステッキでダメージが通るのか。

 いや、今は考えている暇はない。早く、イサトさんを援護しなければ。


「イサトさん、退け!」


 ダメージは与えたが、まだ仕留めたわけではない。

 甲板をのたうっていた触手が、ぞわりと鎌首をもたげる。

 獲物に狙いを定めた蛇のよう、ゆらゆらと揺れたそれが、一息にイサトさんの足元へと押し寄せる。


「ち…ッ」


 イサトさんの得物である魔法少女ステッキは人型の胸に突き立ったままだ。

 魔法攻撃を補助するスタッフ抜きで魔法が使えるのかどうかを、俺は知らない。

 下手をすると、イサトさんは今反撃、防御、そのどちらもが出来ないことになってしまう。


「この…ッ!」


 イサトさんは何とか人型の胸に突き立った魔法少女ステッキを引き抜こうと試みていたものの、それより先に這い寄った触手によってその足を絡め取られてしまった。ぐらり、と体勢を崩しながらも、イサトさんは意地のようにステッキから手を離そうとはしない。片足を捕まえた触手が、勢いよくイサトさんの身体を持ち上げ、その勢いでずるりとようやくステッキが人型の胸から抜けた。しなやかな細身が、ぶらりと逆さまに宙に浮く。


「あ…ッ!」

「イサトさん…!」


 小さな悲鳴に、ふつりと体温が上がる。

 何とかしなければ。

 早く、イサトさんを助けなければ。

 あの人は紙装甲なのだ。


 触手の攻撃に晒されれば、俺とは比にならないほどのダメージを受けかねない。それに、スカラベはまだしも、ワイバーンやドラゴンフライの物理攻撃なら下手をしたらイサトさんには通る。


 イサトさんがずっと上空からの援護に徹していたのは、それがわかっていたからだ。不確定な人型の攻撃を警戒していただけでなく、イサトさんは俺にとっては雑魚も同然のそれらの物理攻撃を恐れて近づこうとしていなかったのだ。


 自分が、接近戦の物理攻撃にはとことん弱いとわかっていたから、イサトさんは自分の身が危険に晒される可能性を鑑みた結果、上空からの援護に徹していた。


 だが、今イサトさんは触手に掴まってしまった。


 このまま甲板に叩きつけられ、動きがとれないでいるうちにワイバーンやドラゴンフライにたかられれば――…、最悪、死ぬ。

 

 死ぬ。

 

 この、世界で。

 まだ何もわからないまま、イサトさんは死んでしまう。

 誰よりも本人がその事実をわかっていたはずなのに、イサトさんは黒い人型に頭上からの接近戦を仕掛けた。それは、俺のせいだ。俺を助けようとして、イサトさんはそんな無茶をやらかしたのだ。だから、今ここで俺が何かしなければ、イサトさんは俺のせいで死んでしまう。

 

 俺は、俺のせいでたった一人の道連れを失ってしまう。

 

 駄目だ。助けなければ。でもどうやって。人型までは距離がある。俺が距離を詰めている隙に、イサトさんをあらぬ方向にぶん投げられでもしたら、間に合わない。だからといってこのまま見ているわけにもいかない。俺に、何が出来る?

 こんな滅茶苦茶なわけのわからないゲームの世界で、俺に何が。


 ああ、そうだ。

 

 こんな滅茶苦茶なわけのわからないゲームの世界だからこそ。

 出来ることが。


「―――」


 息を吸う。

 人型への距離は詰めない。

 脳内に思い描くのは、いつもゲームの中で見ていたキャラ()の動き。

 それをトレースするように勢いよく、俺は剣を振り抜く…!!


「…っし!」


 気合い一閃、虚空を切るだけで終わるはずだった俺の剣から放たれた見えない風の刃が、イサトさんを捕まえていた触手をすっぱりと断ち斬った。そう。スキルだ。俺自身が剣道経験者で、今までノーマルの物理攻撃だけで倒せる敵しかいなかったせいですっかり失念していたが、俺にも大剣スキルが本来ならあるのだ。


 が、まだ安心は出来ない。支えを失って落ちるイサトさんの落下予測地点まで、ダッシュ。途中風に煽られてひやりとしたものの、なんとか滑り込みのスライディングでその華奢な身体を受け止めることに成功した。それなりの衝撃に呻くものの、喪う痛みに比べれななんのその、である。

 

「……ッ、イサトさん無事か!?」

「君のマントとナース服のおかげでどうにか……!」


 装備のおかげで、少しなりとも防御力が上がっていたようだ。良かった。

 安堵にぐにゃりと膝から力が抜けそうになるが、まだだ。

 無事の再会を喜ぶ余裕もなく、俺たちはすぐさま体勢を立て直して黒い人型へと対峙する。

 その背後に、音もなくグリフォンが降りたち、俺らへと迫りくるモンスターを打ち払い始めた。イサトさんが援護を命じたのだろう。


「助かったよ、イサトさん」

「いや、助かったのは私の方だよ。ありがとう。そしてそれより、これを」


 真剣な顏で、そっとイサトさんが俺へと武器を託す。

 あの黒い人型にダメージを与えることに成功した、武器を。


「…………イサトさん」

「はい」

「しれっと何気なく当たり前にように渡されましたが」

「はい」

「これは一体」

「マジ狩る★しゃらんら★ステッキです」

「待って。ねえ待って」


 いかに有効な武器だからといって、身長180超えのわりとガチムチ系男子である俺に魔法少女ステッキはどうかと思う。というか思い出したがそれ、公式が魔法少女ブームに乗っかって出したネタ装備じゃなかったっけか。何故そんなネタ装備があの黒い人型にダメージを与えられるのか、謎は深まるばかりだ。というか、緊張感。緊張感返せ。


「なんでそんなもん持ってるの」

「ナース服の仕返しに、そのうち君に押し付けようと思って」


 ドヤ顔だよこの(おっさん)


「あのヌメっとした人、どう見ても邪悪だからな。聖属性の武器が効きそうだと思ったんだ」

「これ、聖属性なんです?」

「女神の加護のこめられたマジ狩る★しゃらんら★ステッキで変身することによって――…、乙女は女神の使徒として生まれ変わる、とかなんとか」


 変身?

 ものすごく聞き捨てならない単語を聞いてしまったような気がする。


「さあ、秋良青年。女神の使徒として、ヌメっとした人に鉄槌を」


 めっちゃいい笑顔しやがって。

 

「でもほら、俺騎士ですし」


 ステッキなんて渡されてもちょっと使えませんし。


「大丈夫。ほら、スタッフ系の武器は全部物理攻撃の際にはメイス扱いだから」

「……ぐぬ」


 逃げ道を綺麗に塞がれて、良い笑顔でしゃらんら★ステッキを押し付けられる。

 メイス扱いの長物なので、確かに使えないことはないんだろうが……。

 マジ狩る★しゃらんら★ステッキを構えた俺は、未だかつてない悲壮感を背負っているような気がする。つらい。まじつらい。


「私は上空から援護するから」

「…………」


 たぶん今の俺は死んだ魚のような目をしている気がする。

 イサトさんは楽しそうにそう言うと、再びグリフォンに跨って上空へと駆け上がっていく。その際にちらりと、あの禍々しいスタッフを取りだしているのが見えた気がした。

 せめて、あっちが良かった。

 諦め悪く、未練がましい視線を向けてみるが、もうどうにもならない。

 もはやさっさとやるべきことを片付けるのみである。


「くっそ、八つ当たりだ、思い知れ…っ」


 インベントリに大剣を片付けて、代わりにしゃらんら★を構える。

 そして、一息に黒の人型の懐へと飛び込んだ。

 援護の言葉に嘘はなかったのか、俺の周囲では上空から降り注いだ焔の矢にモンスターが次々と撃ち抜かれて燃え上がっている。それは触手であっても同様で、俺に触れようとするはしから、上空から降り注ぐ攻撃魔法に撃墜されていく。

 そして近づいた眼前、俺は思い切りふりかぶって――…、可憐なドリーミィピンクなしゃらんら★で薄気味悪い黒い人型をフルスイングで殴打する。

 

 殴打である。

 

 魔法少女ステッキで、殴打。

 人間であればこめかみに該当するであろう位置に向かって、容赦なくしゃらんら★を叩きつける。ぼしゅんッ、と鈍い音をたてて頭部が弾ける。血の代わりに、黒い靄めいたものが微かにしぶいた。苦鳴を上げつつ黒の人型が蠢くが、それを気にすることもなく、そのままの勢いで今度は頭頂からまっすぐにしゃらんら★を叩きつける。想像してほしい。人相のよろしくないガチムチ体型の長躯が、魔法少女ステッキで黒いヌメっとした人型をたこ殴り。何の地獄絵図だ。

 いっそ折れてくれねえかな、なんて思いつつ、容赦なく原型をとどめなくなるまで黒い人型をぶん殴る。時折反撃されたような気がしないでもないが、もう気にならなかった。致命傷さえ避けられればオールオッケーである。ただひたすら早く終わらせたい。

 

 やがて、ぐずぐずに崩れた人型は、スライムのような塊に成り果てた。

 もはや触手攻撃も止んでいる。

 俺はトドメを刺すべく、その中心にしゃらんら★を突き立てる。

 声にならない悲鳴のような、呪詛のような音を放ちながら、黒い塊がぶるぶると震えた。

 

 そのまま滅ぶが良い。滅んでしまえ。


 そんな俺の願いとは裏腹に、ぐずぐずと蠢いていた黒い塊は、溶けるように甲板へと染み込んでいく。


 ちょっとまて。

 まさか、逃げた?

 半眼になる。


「手間かけさせてんじゃねえよさっさと死んでくれよまじで」


 陰々滅々と呻きつつ、肩の上でガラ悪くしゃらんら★を軽く弾ませた。

 こうなったらあの黒いドロドロ野郎が完全に動きを止めるまでぼこり倒す。ミンチにしてくれる。


 足場である飛空艇がゴゥンと急に揺れたのは、そんな俺が殺意を新たにしているタイミングだった。


「うおっと…!?」


 大きく斜めにぐらつき、俺は慌ててその場に膝をついた。ざざっとそのままの体勢で体ごと横に滑り、さすがに血の気が退く。手にしていた魔法少女ステッキをインベントリにしまい、代わりに取り出した大剣を甲板に突き立て、体を支えようとするが……。


「だから切れ味自重……っ!!」


 俺のとっておきの武器は、飛空艇の甲板をあっさりと切り裂いてしまった。これでは体を支えるどころではない。そこに、高速で回転するスカラベが体当たりなんてのをしてきたもので、俺の身体はふわりと宙に浮いた。


「秋良ッ!!」


 がし、と急降下してきたグリフォンの爪に身体を鷲掴みにされた。

 気分は鷹に狩られた哀れなネズミか兎、といったところだ。

 だが、おかげで自由落下は避けられた。


「イサトさん、助かった!状況は!?」

「君が撲殺しかけた黒いヌメっとした人が、諦め悪く人質を取ったっぽいな」

「人質?」


 言われるままに眼下を見下ろして、俺は息を飲む。

 イサトさんの掃討戦の成果か、モンスターのだいぶ減った飛空艇の表面に、まるで血脈のようにぼんやりと黒い触手が浮いていた。


 確かにこれでは、手の出しようがない。

 ヌメッとした物体にダメージを与えれば、それは同時に船体ダメージとなって本来助けたかったはずの乗客らを危険に晒すことになる。


「……イサトさん、何か良い考えは?」

「――…ないことも、ない」


 微妙な返事が返ってきた。

 黒く脈動する触手に包まれた飛空艇に並んで飛びながら、イサトさんは言葉を続ける。


「ただ……下手したら、お尋ね者になるやも」

「それで乗客が助けられるなら、仕方ない」

「ものすごい借金背負うことになるかも」

「いいよ」

「……わりと最後は君任せな作戦だぞ」

「任せろよ」


 やれというならやってやろうじゃないか。

 俺はイサトさんを信じる。

 イサトさんの判断を、信じる。


「――…ありがとう」


 そして、イサトさんが口を開く。



 


 


 


 


 


 


 


 


★☆★


 

 ぎちぎち、ぎちぎち。

 鋭い鎌を左右に合わせたような牙を鳴らして、ドラゴンフライがこじ開けた穴から頭を突っ込み、飛空艇へと体をねじ入れようと無数の足を蠢かせる。

 その視線の先には、へたり込んだ少女の姿があった。

 魔の森に住む恐ろしいドラゴンの話は、これまで彼女にとっては御伽話に過ぎなかった。モンスターの入ってこれない街で暮らしている限りは、出会うことのない怪物。そう、思っていたのだ。

 この空の旅にしたって、本来ならば危険などどこにもないはずだった。

 街と違って絶対にモンスターと遭遇しない、という保証はどこにもないが、これまで飛空艇がモンスターの襲撃にあったことなどない。

 街道沿いには、好んで人を襲う上に、飛空艇の装甲を破ることが出来るほど強力なモンスターなど存在しないはずだったのだ。

 それなのに、今彼女の乗った飛空艇は無数のモンスターに襲われ、今にも墜落しそうにがたがたと揺れている。


 まるで悪い夢のようだ。


 装甲を喰い破った醜悪なドラゴンフライが、柔らかな肉を求めてぎちぎちと牙を打ち鳴らす。ぞろぞろと穴の縁を蠢く脚がひっかく度に、少しずつ穴は大きくなっていっているようだった。

 このままでは――……、船の中にモンスターが入ってくる。


「ひ……っ」


 そう理解したとたん、彼女の喉の奥で悲鳴が潰れた。

 ぼろり、と壁がまた少し剥がれて、ドラゴンフライの頭が彼女への距離を削る。

 逃げなくては、と思う一方で、この狭い飛空艇の中で、いったいどこに逃げたら助かるのかという絶望が胸をひたひたと黒く染め上げていた。

 どうあがこうと、助からない。


 それならば、もういっそ。


 諦めかけたそのとたん……、ごがんッ、と大きな音がした。

 壁が崩れる。

 ついにドラゴンフライが外壁を打ちこわし、飛空艇の中に入ってきたのかと、彼女はそう思った。強く吹きすさぶ風が彼女の金髪を乱し、一瞬視界を奪う。

 このまま何もわからないまま食い殺されて死ぬのかと思ったら、嗚咽がこみあげた。


 怖い。こんなところで死にたくない。ドラゴンフライに喰われて死ぬなんて、そんな最期は厭だ。誰か。誰か。


「誰、か……っ、たすけ……っ、たすけて……っ!」


 しゃくりあげながら、悲鳴をあげる。


「もう大丈夫だよ」


 そう聞こえたのは、そんな時だった。


「……え?」


 乱れた髪を手で抑え、ゆっくりと顔をあげる。

 先ほどまでドラゴンフライが頭を突っ込み、もがいていたはずの壁は、綺麗に吹き飛んでいた。壁の向こうには抜けるような、こんな時ですら見惚れてしまいそうなほどに綺麗な青空が広がっていた。そして、そこに立つ一人の男。

 いかにも騎士といった態の格好をしているものの、そのどこにも所属している騎士団らしき紋章は描かれていない。無造作に手にぶらさげているのは、彼女がこれまでに見たどんな剣よりも美しい、幅広の大剣だった。

 黒髪黒目、少々人相が悪めに見えるほかは、特に特徴があるようには見えない相手。だが、彼が彼女を救ってくれたのは明白だった。先ほどまでぎちぎちと嫌な音をたてていたドラゴンフライはもういない。

 この通路には、彼女の他には誰もいなかった。

 そして壁に空いた大穴。

 彼は――……いかなる魔法を使ってか、そこからやってきたに違いなかった。


「あなたは……」

「ちょっとまってくれる?」

「あ、はい」


 彼は壁に空いた大穴から顔を出すと、外に向かって叫んだ。


「イサトさん!無事中には入れたけど穴開けちゃったからこっからモンスター入るかも!足止めできる!?」


 ばさり、と羽音が響く。

 またドラゴンフライか、と思った彼女の視界に飛び込んできたのは、まるで神話から抜け出してきたかのように美しい獣だった。猛禽の上半身に、獅子の下肢を持つ獣。

 その背には、見たこともない衣装に身を包んだ女性が跨っている。


「あんまり長くはもたないが、罠系の魔法を仕込んでおく!しばらくは時間稼ぎ出来るはずだ!」

「了解、それじゃあ避難が済んだら合図を出すよ!」

「派手に頼む!」

「あいよ!」


 呆然とする彼女の前で、そんな会話を交わして、男が再び彼女へと振り返った。


「君らを助けたいんだけど、他の人はどこにいる?」



★☆★


 


 


 


 


 


 


 


 

 乗り込んだ飛空艇内、ちょうどドラゴンに襲われそうになっていた金髪の少女を助けて、その子に案内を頼んでみた。

 この非常時だ、怯えて駄目かもしれないと思っていたものの、彼女は気丈にも頷くと、俺を案内して小走りに走りだした。

 身なりはかなり良い。

 普段着ドレス、と言えばいいのか。

 ある程度動きやすいように簡略化されているとはいえ、ワンピースと言ってしまうにはクラシックで凝ったつくりのその服は、いかにも上流階級のお嬢様、といった風だ。


「皆、あちこちにいるの?」

「いいえ、皆怯えてラウンジに集まっています」

「君は?」

「……その、何もせずにじっと飛空艇が落ちるのを待っていられなくて」

「なるほど」


 なかなか勝気な少女だ。

 彼女に案内されて足を踏み入れたラウンジには、最初に見かけた家族や、飛空艇を操縦していたであろう船員たちも皆集まっていた。絶望しきった昏い表情で、ただただ呆然と窓の外を眺めている。


「みなさん、話を聞いてください!」


 彼女が大声で呼びかけると、のろのろとした動作で皆がこちらを振り返った。


「この方が、私たちを助けてくださるそうです!」


 おおふ。

 彼女の言葉に、俺に集中した視線はほとんどが逆ギレっぽい殺意の籠った眼差しだった。適当なこと言ってんじゃねえぞ、と脅すような、というか。

 その気持ちはわからなくもないが、そんな殺気だった目で見られると怖い。


「あんた、どうやって俺たちを助ける気なんだ。この状況で……どうしろってんだよ」


 若い船員が、集団を代表するように口を開く。

 他の皆は押し黙ってこそいるものの、同じ気持ちなのだろう。ここまで絶望してしまうと、簡単に希望に飛びつくわけにはいかないのだ。期待して、裏切られてしまえば簡単に心が死ぬ。それほどに彼らは追い詰められている。


「時間がないので詳細はおいといて……、ここにいるのが全員ですか?」

「ああ。モンスターの襲撃があって、すぐに船内の人間はここに集めた」


 この人が船長だろうか。

 貫禄ある初老の男性の言葉に、俺はラウンジにいる人間を見渡す。


「本当にこれで全員?」

「くどい。それでどうしようっていうんだ」


 それだけ確認したら十分だ。

 俺は、全員を見渡して――…口を開いた。




「今から、あなたたちには全員異界に渡ってもらいます」






















 そう。

 それがイサトさんの考えた作戦の第一段階だった。

 俺が飛空艇に乗り込み、中にいる人間を「家」へと避難させる。

 「家」の外には畑に出来るほどの土地が広がっているし、飛空艇に乗り合わせている百名ちょっとぐらいなら一時的に収容することも可能だ。


「い、異界……?」

「ああ」


 俺は、集団の中からあがった戸惑うような言葉にうなずいて、懐から「家」の鍵を取り出す。

 しゃん、と軽やかな音とともに一振りすれば、清涼な風が吹き抜け、すぐに扉が召喚された。


「この扉は、安全な場所に繋がってる。あなたたちには、そこに避難してほしいんです」


 俺が扉を開くと、その先には部屋の中央に箪笥しかない、殺風景な部屋が広がっている。


「今はこっちに繋がっているから室内のみなんだが、一度こちらからドアを閉じれば、その部屋の扉は外に繋がっている。狭苦しいのはちょっとの間だけだから、そこは我慢してくれ」

「「「…………」」」


 誰も、何も言わない。

 きっと、皆疑っている。

 俺を信じて本当に助かるのか、これが何かの罠なのではないかと疑っている。

 まずい。時間がない。

 セントラリアの上空に突入する前には、終わらせたいのだ。

 最悪、力づくで全員無理矢理扉の中に突っ込むしか、と俺が焦り始めた時、すっと一歩扉に向かって一歩を踏み出したのは、先ほど俺が助けた金髪の少女だった。


「この先は、安全なのですね?」

「ああ、約束する。こっちが片付いたら、すぐに出してもやれる」

「では――……、私は行きます」


 彼女は、ラウンジに集まっている人々を見渡し、そう宣言した。


「この方は先ほど、私を助けてくださいました。それに――……、何か恐ろしいことを企んでいるのだとしても、ここに残ってもそのまま死ぬだけです」


 彼女の言葉に、皆の間にざわめきが広がる。

 そのざわめきに背を押されたように、おずおずと前に出たのは、最初に窓越しに目があった一家だった。


「私たちも、あなたを信じます。あなたは、助けにきてくれた。そうでしょう?」

「ああ、もちろん」


 家族の肩を抱いた父親の問いに、俺はしっかりと頷く。


「なら、私たちはあなたを信じます」


 最初に扉をくぐったのは、その一家だった。

 続いて、金髪の彼女。

 それが切っ掛けとなり、ラウンジにいた人々は顔を見合わせると次々と扉をくぐっていった。


「なるべく奥につめてください!苦しいかもしれませんが一時の辛抱です!」


 金髪の彼女の指示で、皆が身を寄せあい、なんとかラウンジにいた全員の「家」への避難が完了した。


「俺が扉をしめたら、すぐに開けても大丈夫。その時には、安全な外に繋がってるから。ああ、でも、異界には違いないからあんまり遠くにはいかないように。探すのが大変だから」


 そんな注意事項を述べて、扉を閉める。

 ばたんと閉じた扉はすぐに虚空へと溶け込んで見えなくなった。

 これで、この船に乗っているのは俺だけになった。

 次は、イサトさんに合図をする番だ。

 俺は、ふ、と浅く息を吐き、大剣を構える。



『ゲームの時は、飛空艇って攻撃できなかったし、ダメージ判定出なかったじゃないか』



 イサトさんとの会話を思い出す。

 ゲームの中では、街の中にあるオブジェクトはいくら攻撃しても破壊することはできなかった。それは飛空艇も同様で、いくら強力なスキルを浴びせたところで、壊れるようなことはなかった。

 だが、それもゲームの中での話。



『さっき、君の剣が甲板を切り裂いたってことは――……、この船、私たちにも壊せるってことだ』



 脳裏に思い描くのは、ゲーム時代に散々使ってきたスキル。


「……ッ喰らえ!」


 俺が剣を振り下ろすと同時に、見えない風の刃が放たれる。 

 っどォんッ、と腹に響く音がスキル発動と同時に響き、目の前の壁、天井部分がそこに群がっていたモンスターごと見事に吹っ飛んだ。

 びょうびょうと吹きすさぶ風が煩い。

 これだけ派手に合図を送ったのだから、イサトさんも気づいてくれるだろう。

 ああほら、すぐにグリフォンの羽ばたきが聞こえてきた。


「確かに派手に頼むとは言ったが、ここまで派手だとは思わなかった」


 呆れたように言いながら、すっかり寒々しくなったラウンジにイサトさんがグリフォンの背に跨ったまま降り立つ。


「イサトさんの仕事を少し手伝おうと思って」

「なるほど、親切だ」


 くつ、と喉を鳴らして笑い、イサトさんが俺へと手を差し伸べる。

 腕力的にイサトさんが俺をグリフォンの上に引き上げるというのは無理な気がしてならないのだが、せっかくなのでその手をとり……、体重はほとんどかけないようにしつつ、とんと床を蹴ってグリフォンの背へと跨った。


「大取りは君に任せるが――…、その前に私も一仕事するとしよう」


 そう言って、イサトさんは獰猛な肉食の獣のような、それでいてどこか艶やかな笑みを浮かべた。


 


 


 


 


 


 


 


 

  俺たちの作戦は、シンプルだった。

 「家」を使って乗客を逃し、人質を解放した後にイサトさんが攻撃魔法で飛空艇を吹っ飛ばす。


 通常の魔法攻撃では触手にダメージを与えられないことは織り込み済みだ。

 その攻撃の目的は、触手の殻めいた飛空艇を破壊し尽くすことにある。


 そして、逃げ場をなくして剥き出しになった黒い触手を今度こそ俺が始末する。


 公共の交通手段を撃墜してしまうことに関しては流石に躊躇いもあったが、黒煙とモンスターを機体にまとわりつかせつつ、セントラリアへとまっすぐ高度を下げ行く飛空艇の姿に、そんな躊躇いも吹き飛んだ。


 このままでは例え乗客が助かったとしても、今度はセントラリアの住民が犠牲になる。

 

 大惨事は避けられない。

 やるしかないのだ。

 そう、覚悟を決めるところまでは良かった。

 そこまでは。

 乗客を救助して地上に降りるまでは、俺とイサトさんの思惑は完全に一致していた。

 我ながら感動してしまうほどに以心伝心の、鮮やかで華麗な作戦展開だった。


 が――…問題は一度地上に降りて、「家」に避難させていた人々を外に出してやった後に起こった。

イサトさんはさも当然のように、


「じゃあちょっと行ってくる」


 と、単身グリフォンで舞い上がろうとしたのだ。


「まてまてまてまてまて」

「ぐぇっ」


 慌てて襟首を引っ掴む。

 なんだかカエルの潰れたような声がしたが、気にしないことにする。

 それよりも大事なことがある。


「何あんた一人で行こうとしてんだ」

「え」


 グリフォンの背からずり落ちかけつつ俺を振り返ったイサトさんが、不思議そうに瞬いた。


 このやろう、思ってもなかったことを言われたみたいな顏しやがって。


「俺も、つれてけ」


 この状況で、イサトさんを単身で接敵させる気など俺にはない。

 だというのに、イサトさんは困ったような、困惑したような表情で眉尻を下げた。

 まるで聞き分けなく駄々をこねるガキを相手にする年長者のような顏だ。


「秋良青年が乗ってると重くて回避がしにくいんだ」


 ぐぬ。

 だが俺だって折れる気はない。


「回避しなくてもいいぐらい援護してやる」

「えー…」


 ぶー、と謎のブーイングを喰らった。


「詠唱してる間に攻撃を仕掛けられたらどうするんだよ」


 高位の、破壊力の大きい攻撃魔法ほど、発動までの待機時間は長くなる。

 今イサトさんが使おうとしているような、高破壊力広範囲攻撃魔法ならなおさらだ。


 実際に呪文を唱えているわけではないが、ゲーム内において詠唱タイムと呼ばれていたその時間の中では、魔法使いはそれ以外のことが出来なくなる。


 途中で攻撃されたり、もしくは魔法使いが回避行動などに出ると、発動されようとしていた魔法は自動でキャンセル扱いになってしまう。それ故に、高位の魔法ほど使いどころが難しく、前衛とのコンビネーションが大事になるのだ。

 だというのに、イサトさんは一人で行くと言う。


「紙装甲が無茶すんな!」

「当たらなければよかろうなのだ」

「それフラグだからな!」


 フラグをたてて見事当たって落ちるところまでがおっさんの様式美だ。

 全く安心できない。むしろ安心できる要素がない。


「――…今回はイケる気がする」


 根拠!

 そのドヤ顔の根拠を言ってみろ!


 引っ捕まえた襟首を、全力でガクガクと揺さぶりかけたところでー―…、イサトさんは仕方ないなあ、というように眉尻を下げた笑みと共に口を開いた。


「君はほら、最終兵器だから」

「――…、」


 それだけで、意図がわかってしまったことが腹立たしい。

 イサトさんは、万が一に備えるつもりなのだ。


 もしもイサトさんの作戦が失敗した時に、俺が一緒にグリフォンに乗っていた場合、俺はイサトさんと共倒れる。イサトさんに何かあって召喚が続かなくなった場合、俺は足場を失い、落ちて死ぬ。イサトさんは、それを避けたいのだ。


 ああくそ。

 なんで俺は飛べないんだ。


 俺に単独での飛行手段があったのなら、イサトさんについていけただろうに。


 ぐ、と置いて行かれる悔しさに口元を引き結んだ俺に、イサトさんがくつりと喉を鳴らして楽しそうに笑った。


「だから、地上からの援護を頼むよ。

――私が、落ちないように」

「………………任せとけ」


 もう、それしか言えなかった。
















 それはなんだか、ちょっと夢みたいな光景だった。

 グリフォンに跨ったイサトさんが、黒い触手に覆われた飛空艇へと迫る。

 モンスターどもはすでにその中に誰もいないとも知らず、相変わらず群がっては装甲を破り、破れた穴から飛空艇の中に潜り込んでは破壊の限りを尽くしている。

 飛空艇はだいぶ高度を下げたとはいえ、まだまだ高さは保っている。

 この調子で進めば、墜落地点はセントラリアのど真ん中、というところだ。



――…この調子で進めれば、だ。



 俺が見つめる先で、イサトさん例の禍々しいスタッフを一閃するのが見えた。

 その動きに合わせて、飛空艇を圏内に収めて紫がかった光が複雑な魔方陣を虚空へと描き出す。イサトさんがそこへ魔力を流し込むにつれ、魔法陣を形作る紫電はますます色濃く光を弾き、ところどころで魔法陣が生き物のように蠢き始める。まるで歯車の一つであったかのように、一つ、また一つと魔法陣の動きが伝播していき、最終的には飛空艇を包み込むように展開された魔法陣全体が轟々と渦巻くような光に包まれた。

 異変に気付いたのか、何匹かのワイバーンが術者であるイサトさんに向かっていくが、その攻撃をグリフォンが素早く回避する。


 ……確かにあの動きは、俺が乗っていては難しかったかもしれない。


  さらに悪あがきめいてイサトさんへと伸ばされる黒い触手に向かっては、地上から容赦なくスキルを発動させて風の刃でぶった切ってやった。ごう、と渦巻く風にブレそうになる太刀筋を腕力で抑えて、イサトさんに近づくものを撃墜する。対触手なので、しゃらんら★を使ってやりたいところだが、メイス扱いであるしゃらんら★では俺の大剣スキルが発動しないのだ。


 早く、墜ちて来い。

 今度こそトドメを刺してやる。


 じりじりと殺意を燻らせながら、俺は地上からの援護を続け……。


 そして、イサトさんの術が完成する。

 イサトさんの持つスキルの中で、最強の攻撃力を誇る魔法攻撃。

 ただ、発動まで時間がかかるのと、一発でイサトさんのMPを空にするほどの燃費の悪さで、実戦ではほとんど死蔵されていた。


 カッと紫電が煌めき、魔法陣の外周が光の壁となり、対象である飛空艇とそこに群がるモンスターを纏めて閉じ込めた。飛空艇の先が、光の壁にぶつかってめきりとへしゃげる。どれほどの圧がかかっているのか。それを、光の壁はびくともせずに押し返す。


 そこに、耳を劈く雷鳴と共に雲を割って幾筋もの稲光が降り注ぎ――…、荒れ狂う紫電の奔流が魔法陣の中に取り込んだもの全てを灼き尽くし、蹂躙する。周囲に、物が焼ける焦げた匂いがたちこめた。その匂いが、見ている光景が嘘ではないということを証明しているかのようだった。それほどに、幻想じみた光景だったのだ。グリフォンに跨り、圧倒的な攻撃魔法で人の生み出した叡智の結晶たる飛空艇を破壊するイサトさんは、驚くほど神々しく見えた。


 ――…着てるのはナース服だけども。


 イサトさんの攻撃により、次々と誘爆を起こして爆発炎上する飛空艇を、先ほどまでそれに乗っていた人々が信じられないといった顏で呆然と見上げている。

 勢いを失った飛空艇は、ばらばらと細かく崩れながら地上へと降り注ぐ。


 そんな中に、どろりとアメーバのように蠢く黒い影が見えた。

 取り付く寄る辺を失い、ひらひらどろどろと風に翻弄されながら落ちてくる。


 お前も一人じゃ飛べないのか。


 く、と獰猛な笑みに口角が吊り上る。

 手にする武器を、大剣からしゃらんら★へと持ち替えた。

 格好はつかないが、まあ、この物体Xを仕留められれば文句はない。

 俺は、しゃらんら★を下段に構えてタイミングを見計らう。

 そして…、風を孕んで膜のように広がる黒のスライムが、俺に向かって突っ込んできた瞬間。


「……ッ!」


 俺は右足から踏み込みながら、左下から右上に向けてしゃらんら★を振り抜いていた。


 ぼひゅっと水面を叩いたような感触が手に伝わり、しゃらんら★のクリーミィピンクが漆黒の粘体を突き抜ける。だがまだ終わらない。振り上げた腕を勢いのまま円の軌道で元の位置に戻して再び逆袈裟に斬りあげる。そして二度目の斬撃の終わりで刃先を返して右上から左下への袈裟斬り。


 スキルほど派手でもなければ、鎌鼬が発生するわけでもない、シンプルだが生身でも実戦可能な三連斬。剣道の道場で、居合もやっているという先輩から面白半分に習った「空蝉」という技だ。


 刃がついていれば、俺の生半可な太刀筋ではうまいこと決まらなかったかもしれないが……しゃらんら★には元より刃はない。ただ、素早く連続で薙ぐための型として使ったがために、かえって上手くいったようだった。


 斜めにずぱんずぱんと打ち抜かれ、きりきりと舞った黒スライムは、今度こそ断末魔めいた音を発しながら、ぶわりと霞むように塵と化していく。細かく、細かく砕けて、最後には黒い霞のような粒子となって風に散らされた。後には何も残らない。


 ……終わった、か?


 しゃらんら★を地面について、俺は息をつく。


「手強い敵だった――…」


 いろんな意味で。

 主に俺の絵面的な意味で。

 ふっと溜息をつきつつ、俺は額の汗をぬぐう。

 飛空艇を一隻丸ごとぶっ壊す、という非常に乱暴な、下手したら犯罪者で、下手したら莫大な借金を背負わされるかもしれない悪手ではあったかもしれないが、どうにか誰も死なずに解決できた……、と思う。


 と、そこへばさりと羽音を響かせてグリフォンが俺の目の前に降り立った。

 ちょんと座ったグリフォンの背から、ずずずず、とイサトさんが滑り落ちる。


「イサトさん!?」


 まさか援護が及ばず怪我でもさせたか、と慌てて俺はポーションをぶっかけようとインベントリへと手を滑らせかけるものの……ぺたりと地面にへたり込んだイサトさんが、ゆる、と俺を見上げて口を開いた。


「――…腰が抜けた」

「今この瞬間俺の腰も砕けかけたわコノヤロウ」 


 ぐたり、と全体重をしゃらんら★に預ける勢いで脱力する。

 この世界で俺が死ぬことがあるとしたら、たぶん心配死だと思う。死因はイサトさんだ。間違いない。


「秋良青年、セントラリアから人が来る前に逃げよう。ここで捕まったら厄介なことになる」

「逃げよう、たってイサトさん立てるのか? 腰、抜けてんだろ?」

「…………」


 良いえがおだった。

 良いえがおで、イサトさんは俺に向かって手を差し出した。

 なんだかちょっと既視感(デジャヴ)

 ああ、そうだ。

 最初、この世界に飛ばされてきた時にも、イサトさんはこうやって手を差し出して俺に起こしてくれとせがんだのだ。


「……甘えんな、イサトさん」


 あの時と同じ言葉を返しつつ、俺はひょいとイサトさんを引き起こして――…


「秋良青年おんぶ」

「いや本当甘えんな?」


 全く。困ったイサトさんである。

 が、それでも置いて行くなんて選択肢はないので渋々背負う。

 のしり、と背中にかかる重みが、驚くほどに軽やかだ。

 柔らかな黒革に包まれた脚を両手でそれぞれホールド。直接肌に触れているわけでもないのに、妙にドギマギとした。


 その背後で、ひらりとグリフォンがあらぬ方向へと飛び立っていく。


「目くらまし?」

「そう。適当なところまで飛んで帰還するように命じてある」

「なるほど」


 あえて地上から見える程度に低空を飛ぶグリフォンの姿に、少し離れたところから歓声のようなものがあがるのが聞こえた。この隙に、俺はイサトさんをかついで逃げれば良いというわけか。


「行け、秋良!」

「イサトさん、俺のこと新手の騎乗モンスターか何かだと思ってるだろ」

「わはははは」


 半眼で呻きつつ、言われた通りにさっさと走り出す。

 別段本気で気を悪くしたわけではないが、良いようにあしらわれっぱなしなのも悔しい。


 俺は、イサトさんが逃げられないようにがっちりと腕のホールドを強化した。

 たったった、と走りながらさりげなさを装って口火をきる。


「イサトさん」

「ん?」

「胸、当たってる」

「な……ッ!!」


びくッとあからさまにイサトさんが身を引こうとして、後ろにひっくり返りかけた。


 見事に予想通りである。


 なので、慌てず騒がず、右腕の肘のあたりでイサトさんの腿裏を支えつつ、俺の首元からするっとすっぽ抜けかけたイサトさんの手首を捕えてぐいと引き戻す。


「えっ、ちょっ、まっ、……えっ」

「ほらほらちゃんと乗ってないと落ちるぞ、イサトさん」

「落とせ、ここはむしろ落とせ!」

「いやいや騎獣たるもの主を落とすわけには」

「ごめん私が悪かった!!!!」


 そんな賑やかな会話に口元を緩ませ。

 柔らかな体温を背中に感じながら、俺はセントラリアに向かって走るのだった。


 イサトさんは反省してください。


十万字まであと一万ちょいか、と思いつつ書いていたら本当にその長さになってしまった十四話。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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