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おっさんとの関係

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 「な、ななな、ななななな!?」

 

 俺にうなじを咬まれたイサトさんは、謎の鳴き声を発しつつとりあえず俺と距離を置こうと試みる。良い判断だ。だが遅すぎる。

 逃げ出そうとしたところに、のしりと体重をかけてプレス。

 荷物の持ちすぎで身動きはとれないものの、重心の移動ぐらいは出来る。倉庫にアクセスするためのモニュメントと俺の間でのっしりとプレスしてやる。

 

「ちょ……っ、落ち着け秋良青年ッ!」

「落ち着いておりますが何か」

「青少年の目の前、青少年の目の前!」


 じたばたと逃げ出そうとしながら、イサトさんが叫ぶ。俺の歯型がうっすらとついたうなじが羞恥にか朱色に染まっているのが見える。絶景だ。


 っていうかイサトさん、たぶんパニくって何言っているのかわかっていないのだと思うが、それだと青少年の目がなければ良い、と言っているように聞こえるわけなんだが大丈夫か。本気にするぞ。

 

 そんなことを思いつつ、ちらり、とアーミットへと目をやれば、アーミットは顏を真っ赤にしつつその大きな双眸を瞠っていた。視線のやり場に困る、というように視線を時折おろおろと彷徨わせつつも、顏自体はこちらに向けたままなあたり、デバガメなのか動揺しているのか。


「ッ……!」


 イサトさんは今も必死に俺の腕の中から逃げ出そうともがいている。モニュメントに手をついて踏ん張り、なんとか隙間を作りだそうと頑張っている。が、RFC内のステータス的にも、俺とイサトさんの実際の腕力的にも、イサトさんが逃げられるわけがない。捕まった時点で終わりだと思ってもらわないと。


「おわかりいただけただろうか」

「何が!」

「俺がケダモノになるとイサトさん的には結構なピンチになるぞ、ということが」

「……っ!」


 うーッ、と手負いの獣めいた唸り声が聞こえた。が、それが続いたのもおそらく数秒程度だ。踏ん張っていたイサトさんの身体から力が抜ける。


「降参?」

「……はい」

「で?」

「……わかった!わかった!私が悪かったごめんなさい!」

「……よし」


 素直にごめんなさいされたので、そろそろ許してやることにする。俺は重心をゆっくりと背後に戻して、イサトさんをプレスから解放してやった。調度良いタイミングだ。これ以上やっていたら俺の自制心の方が先に限界を迎えていた。

 イサトさんはわたわたと俺とモニュメントの間から抜け出すと、うなじを手で抑えつつ俺を睨みつける。涙目なのが可愛い。

 褐色の肌の目元から、銀髪の間からツンと尖って見える耳までが綺麗に朱色にそまっている。そんな状態で睨まれても、わりとご褒美だ。

 とりあえず、何発かぐらいなら殴られる心の準備は出来ている。

 だらりと腕を下ろして、無抵抗の態でイサトさんを見やれば、イサトさんは悔しそうに唸りながらも、ふいっと俺から視線をそらした。


「さっさと米をその辺において、そこからどきやがれ馬鹿秋良ッ!」


 なんだ、殴らないのか。

 さすがだ。

 そんなことを思いつつ、俺はこみ上げる笑いを殺しきれず、くつくつと喉を鳴らしながら動けるようになるまで米をその場に落していく。

 白い米粒のままで広場に散らばったらどうしよう、と少し心配していたのだが、取り出した米はアイテム欄で見るときと同じくよくわからない銘柄のパッケージに入った状態だった。おそらく一袋1.5kg程度だろうか。米単体で使用しても回復量は大したことにはならないが、料理スキルを使って他の材料と合わせて料理すると、回復量の高いアイテムを作り出すことが出来るのだ。一番人気はカレーだった。俺は料理スキルはもっていないので、ある程度素材がたまったところでイサトさんかリモネに作ってもらうようにしていた。

 ゲーム時代は特に何も感じてはいなかったが……、よくよく考えると米一袋とジャガイモと人参とスパイスを各一つずつ集めて料理して出来るのがカレー一皿、というのはなかなかに謎である。主に米が消えている。どこいった。

 

 俺が米を吐き出し終わり、場所を開けると、ようやくイサトさんがやってきて再びモニュメントへと向かう。つつつ、と華奢な指先がモニュメントを撫でるように滑る様を眺める。


「……アキラ様」


 くい、っとアーミットが俺の服の裾を引っ張った。


「何?どうした?」


 アーミットは不思議そうに、少しだけ躊躇いつつも口を開く。


「どうして、イサト様はアキラ様に謝ったんですか?」


 言外に、悪いのはアキラ様の方じゃないんですか、なんて問いを聞いたような気がして、俺はぽりと頭をかく。


「うーん。なんつーか難しいんだけどさ」

「はい」


 イサトさんから少し離れたところで米の番をしつつ、アーミットと話す。


「イサトさんは俺のことを異性として意識してないし、たぶんイサトさん自身、自分のことも女だと思ってないんだよな。いや、思ってない、っていうのとは違うかな。意識してない、っていうか」


 たぶん、だからこそ俺はゲーム時代においてもおっさんがネナベだと気づくことができなかったんだろう。おっさんはいつも自然体でそこにいた。おっさんというキャラで、皆と交流していた。皆深く考えず、おっさんはおっさんだと、そう思っていたように思う。画面ごしの交流だからこそ、そういう付き合い方が出来ていたのだ。


「でもな、いくらイサトさんが意識してなくても、イサトさんは女だし、俺は男なんだよ。だから、イサトさんの『私は気にしないからお前も気にするな』っていうのはある意味イサトさんの考え方の押し付けなんだよ」


 ゲーム時代にしろ、今にしろイサトさんはイサトさんだ。話していて楽しいし、気だって合う。一緒にいて楽だ。それでも、イサトさんは生身の女性で、俺は生身の男だ。変に意識し合う必要はないかもしれないが……そこで俺だけが我慢するのは理不尽だろう。

 

「俺は、イサトさんに対してヘンな気を起こさないようにする。イサトさんも、俺がヘンな気を起こさないようにする。お互いにそういった気遣いがないと、今の関係を保つのって難しいんじゃないかなって俺は思うわけだ」

「……なんか、難しいです」

「だよなあ」


 俺だって難しい。

 おっさんは、俺にとっては良い悪友だった。なんだかんだこれからも長く付き合っていける相手だと思っていた。いつかお互いにRFCに飽きてネトゲを離れる時がきても、気が向けば話をしたりするような仲になれると思っていた。


 そのおっさんの中身が、女性だった。しかも、魅力的な。

 

 目の前にいるのは同じ人であるはずなのに、俺の知ってるおっさんがいなくなってしまったような気がした。でも、おっさんはおっさんだった。イサトさんは見た目は変わっても、やっぱり俺の知ってるおっさんだった。こんなことを言うとこっ恥ずかしいが、俺の友人のおっさんのままだった。

 だから俺は、友達を失いたくはないのだ。

 俺自身のエロイ衝動に負けて、一時の勢いでイサトさんとの関係を拗れさせたくない。


「イサトさんも、それがわかってるから俺を殴らなかったし、俺に謝ったんだと思うよ」


 イサトさんだって、わかっていないはずがないのだ。

 先ほどから俺はイサトさんが自分が女であることを自覚していない、と言っていたが、たぶん本当は一番イサトさん自身がその事実をわかっている。わかった上でイサトさんはその事実から目を背けて、自覚しないようにして、過ごしている。

 俺はイサトさんのリアルを知らない。どんな事情があって、イサトさんがそういう風になったのかは知らないが、きっとその方がイサトさんにとっては楽だったんだろう。


「イサト様のことを、よく知ってるんですね」

「うーん、付き合いがそれなりに長いから、人となりはな。でも、知らないことばっかりだよ」


 なんせ、リアルで出会ったのはつい昨日のことだ。

 そんなことをアーミットと話していると、倉庫での操作を終わらせたらしいイサトさんが俺らの元へとやってくる。まだ少し顏は赤いものの、いつも通りに振る舞う気でいてくれるらしい。


「インベントリに空きを作ってきたので――……後はこれでどれくらい入るか、だな」


 難しげに言いつつ、ひょいひょいとその辺に積まれている米袋をインベントリの中へとしまっていく。そして、七割近くを収納したあたりで力尽きた。


「これ以上は無理だな。なにこれ重い」


 動けなくなったらしいイサトさんが、ぼやきながら米を一袋地面へと戻す。

 勿体ないが、持てなかった分は倉庫に戻すしかないだろう。


「なあ、秋良」

「なに、どうした?」

「帰り道急がないなら、私がケンタウロスを出しても良いんだが……」


 ケンタウロスは、商人御用達の騎乗型モンスターだ。ケンタウロスを連れていると、その間だけはアイテムの所持量が大幅に引き上げられる。ただし移動速度はグリフォンほど速くはない。


「ふと疑問に思ったんだが……、君の『家』は使えないのか?」


 イサトさんの声に、俺はポンと手を打った。

 確かにその手がある。


「箪笥の空きがないから、無理……だと思ってたけどイサトさんが作ったヤツがあるから問題ないのか」


 普段していたのと同じように、『家』を一時的な倉庫代わりに使えば良いのだ。

 俺が普段使いしていた箪笥は、俺の入れたアイテムでぱんっぱんになっているので、『家』を活用するというアイディアが出てこなかったが、箪笥なら今すでに新品の空っぽのものが目の前にある。


「『家』が使えるかどうか試してみる価値はあると思うんだけれども」

「そうだな」


 駄目元で試してみるか、と俺はアイテムボックスを操作して、その中から鍵を取り出した。掌に収まる程度の、それでも家の鍵としては大きめのアンティーク風の鍵。これが、妖精王から授けられた俺の『家』の鍵である。

 俺はその鍵を小さく振ってみる。

 鈴がついているわけでもないのに、シャン、と澄んだ音が響いて――……、一陣の清涼な風がその場に吹き抜けた。砂漠の街に不似合いな、木陰で感じるような、適度な湿気を含んだふくよかな森の匂い。そんな風に包まれるようにして、やがて俺の目の前に一枚の扉が浮かび上がった。


「扉……?」


 アーミットが困惑したように眉根を寄せている。

 イサトさんはひたすら羨ましそうである。

 浮かび上がった扉の鍵穴に、鍵を差し込んで回す。

 カチャリと小気味良い音が響いたのを確認して、俺は扉を開いた。

 扉の向こうに広がるのは、木造の小さな家の内部だ。

 艶々とした木の床に、質素ではあるものの飽きのこない壁紙。どこかノスタルジックを感じる木枠の窓と、部屋の中央にでん、と置かれた箪笥(大)。


「な、な、な、な……」


 イサトさんが絶句している。

 うん。その反応は想像通りだ。


「秋良青年は箪笥の角に小指ぶつけて悶絶したらいいのに」


 地味な呪詛をくらった。

 まあ、それもそうだろう。俺は『家』を本当に倉庫代わりにしか使っていなかったのだ。壁も床も窓も、初期設定のままで、何一つ弄っていないし、家具も何も置いていない。あるのは本当にアイテムを収めるための箪笥だけだ。

 RFCのプレイヤーの中には、様々な家具を買い求め、室内を飾り、拡張している者も多い。そういった渾身のセンスが炸裂した『家』に仲間を招き、そこでチャットをして楽しむのだ。公式でも、家のスクリーンショットを募集してのコンテスト企画なんかもあったような気がする。

 『家』を手に入れてあれこれしたい、と野望を燃やすイサトさんにとっては、俺の『家』は宝の持ち腐れに見えて仕方がないことだろう。

 俺はイサトさんの呪詛をスルーしつつ、広場に置いたままの箪笥を持ち上げると室内へと運び込んだ。そして、まずは俺が持っているだけの米を全部しまう。そして、今度は広間に積んだままだった残りの米を拾って回収だ。同じように、箪笥の中にしまう。


「よし」


 これで帰りも問題なくイサトさんのグリフォンに乗って帰ることが出来る。

 本来ならば、『家』は移動の際のショートカットポイントにもなる便利な空間なのだが……事前に登録した場所にしか移動できないという制限がある。


「後は……、村に戻ってひたすら砂トカゲと魚を狩るかー」

「ああ、そういえば……エルリアで冒険者としての登録をしたり、装備を揃える、っていう話もあったけどそれはどうする?」

「それは後にしてもいいんじゃないか? どうせまた来るだろ?」

「そうだね」


 その辺の手続きにどれくらい時間がかかるのかわからないが、今日はアーミットもつれている。俺らの用事は、村の問題を解決してからゆっくり取りかかったとしても問題ないだろう。


「装備は倉庫になかったのか?」


 女性用の装備もいくつか持っている、と確か言っていたような気がするが。

 俺の声に、イサトさんはふっと視線を遠くに彷徨わせた。

 

「……ミニスカ赤ずきんとナース服しかなかった」

「着替えよう?」


 蹴られた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

Pt、感想、お気に入り、励みになっています。

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