おっさんにセクハラ
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「……寂れてるな」
「……妙な情緒が」
はじまりの街エルリアは、俺たちの記憶の中にある姿と比べるとずいぶんともの寂しいことになってしまっていた。
一瞬何かあったのか、と思ってしまったが、すぐに自己完結で納得した。
エルリアは「はじまりの街」だ。
ログインした冒険者が一番最初に訪れる街として栄えていたのだ。
だが、この世界からプレイヤーは姿を消した。
残されたのは……、というか現在そこに迷い込んでしまっているのは、わかっている限りでは俺とイサトさんの二人だけだ。
そうなればこの「はじまりの街」が寂れるのも仕方のないことだろう。
設備としては特に変化がない分、余計にゴーストタウン的な雰囲気を醸し出してしまっている。もともとの栄えた状態をゲームの画面越しとはいえ知っているだけに、かなりものさびしい。
「えっと、この辺か?」
「たぶんその辺?」
「お二人は、エルリアの街は初めてじゃないんですか?」
「あー……、初めてではないというかなんというか」
このエルリアに来るのは初めてだ。
が、街としての仕組みはゲーム時代に何度も訪れていたこともあって把握できている。周囲の建物と記憶をてらしあわせれば、大体どこにどんな施設があるのかなどの位置関係は掴める。
……イサトさんはふらふらと危なっかしくきょろきょろしているが。
そういえばゲームの中でも方向音痴だったっけか、この人。
倉庫があるのは街のほぼ中央にある広場だ。
ゲーム時代はプレイヤーによる露店がひしめきあっていたものだ。
そんな広場も、今はがらんと寂れて人影はほとんど見当たらなかった。
「この街は、いつもこんな感じなのか?」
「珍しい特産物がとれるわけでもありませんから……。市の日ならもう少し賑やかですけど、普段はこんな感じです」
アーミットの回答を聞いて、少しだけ安心した。完全なゴーストタウンになってしまったわけではないらしい。
「それにしても、ここで何をするつもりなんですか?」
「倉庫の確認」
端的に答えて、イサトさんが広場の前方に設置された石碑へと進み出る。
黒曜石をストンとそのまま直方体に切り出したような、シンプルな石碑だ。高さは90㎝ほど。その表面には、何やら紋様が刻まれている。
「倉庫?」
ピンとこないのか、アーミットは首をかしげている。その頭上に出ている「?」が目に見えるようだ。
「ちなみにアーミット、あの石が何か知ってるか?」
「広場のモニュメントじゃないんですか?」
「あー……、やっぱりそういう回答になるか」
倉庫という概念も、この世界ではすたれてしまっているらしい。
この世界、モンスターはいるのに魔法の概念が忘れさられてしまっているというのがなんとも惜しい。普通ならそこで魔法に代わる新たな概念、いわゆる科学が発展していてもおかしくないのだが、そう上手く魔法から科学への方向転換もいっていないようだ。
まあ、それも仕方ない。
科学が発展したから魔法が廃れたのではなく、魔法を中心に栄えていた世界でその魔法が原因もわからないまま消えてしまったわけなのだから。
それを考えると、乱世に突入していないだけまだマシなのかもしれない。
現代で言うとある日いきなり電気エネルギーが消失して文明が崩壊するようなものだ。
映画やマンガ、ドラマなどにもそういった世界を描いたものは多くあったが、ここのように緩やかな衰退を受け入れている例は少なかった。
どちらかというと某世紀末救世主的な、悪党がヒャッハーしちゃう系が多かったような気がする。
いくらゲーム内のステータスを引き継いでいるらしい、とはいえ、生身で世紀末覇者と戦うようなことにならなくて心底良かった。
「イサトさん、どうだ?」
「うん、普通にアクセスできるっぽい。ただちょっと生身での操作に慣れてないからちょっと手間取ってる」
「どんな感じ?」
「んー……、スマホ的というか、ノーパソのタッチパッド的な感覚というか……、
その辺は君が自分で体験してみた方が早いかも」
「同時に操作できそう?」
「んー……、出来ないことはないんだろうが、お互い相手が邪魔になるだけな気がするので、私が終わるまでもうちょっと待っててくれ」
「あいよ」
ゲーム時代は大人数が同時にアクセスしても平気な倉庫だったが、リアルともなればそうもいかないのだろう。石碑に向かって何やら難しい顔をしてごにゃごにゃ操作をしているイサトさんの後ろに並んでいると、ATMに並んでいるような気持ちになる。
「取り出すのは食材系と……砂系素材と箪笥か」
「そうだな」
空中を睨むようにして操作しているイサトさんの声に、俺は自分の倉庫の中身を思いだそうとしながら返事をする。
俺とイサトさんの考えた悪だくみなんていうのはどこまでもシンプルだ。
「箪笥」と呼ばれるアイテムに、みっちりと村人らがしばらくの生活には困らない程度の食糧を詰めてカラットに置いてく。
ずばり、それだけだ。
ははははは、シンプルイズベスト。
据え置き型の大型インベントリ、だと考えて貰えれば「箪笥」の便利さをわかって貰えるだろうか。ただ、俺たちが所持している基本のインベントリとはちょっと仕様が異なっており、一長一短だ。
通常のインベントリは、限界の重量を超えなければいくらでも種類に関しては所持できるのに対して、箪笥は重量に制限がかからない代わりに、アイテムを収納できる種類が限られる。
ちなみに箪笥は、インベントリに収納しようと思うとその中にしまわれているものの重さまでカウントされてしまうので、インベントリに箪笥を詰めまくって無限インベントリ、なんていうズルは出来ないようになっている。箪笥の存在を知ってすぐに試して、重量オーバーでその場から動けなくなったのは俺だけではないと信じている。
……絶対イサトさんもやったよな。
「なあなあ、秋良」
「ん?」
「君、食材どれくらいある?」
「んー……、俺ポーション派だったから食材はあんまり持ってないんだよな。ドロップ品は、ある程度数がたまるとまとめて売っぱらってたし」
「なるほど。それじゃあ引き出し三つの小型箪笥でいいかな」
「そうだな。それにしても、イサトさんよく箪笥なんか持ってたな」
先ほども説明した通り、箪笥とは据え置き型の収納アイテムだ。倉庫と違ってあちこちからアクセス可能、というようなこともない。そういう意味において、箪笥は便利に使おうと思うと使い道を限りなく限定されるアイテムだ。
そんなものをよく、というつもりで呟いた言葉に、イサトさんはいともあっさりと頭を左右に振った。
「持ってないよ」
「……ぅん?」
思わず、動きが止まった。
まてまて。
何かものすごく嫌な予感がするぞ
「もうなんていうか秋良青年にはドン引きされる気しかしていないが――…」
ふいっとイサトさんは視線を遠いところにさまよわせつつ、モニュメントでの操作を終えて俺たちへと向き直る。ぽいぽい、と無造作に放り出されるのは、レアドロップの木材や、カンナ、釘、といった日曜大工品めいた素材だ。
まさか。まさかまさか。
イサトさんは俺が見ている前で、それらの材料に向けて手をかざすと――……、家具作成スキルを発動させた。
をい。
「こらあんたなんで家具職人スキルなんて持ってんだゴルァ!!!!」
「つい! 出来心で!!!」
ぺっかり、と完成した箪笥を目の前に俺は思わずイサトさんへと吠えた。
またこの人はメインジョブ育てる苦行から逃げて新しい職人スキルゲットしにいってやがったな……!!!!!!
「火力あげたいからしばらくはメインジョブの精霊魔法使いのレベル上げに専念するって言ってたのはどこの誰だ……!!!」
「私だけど!! だって!!! レベル上げるために狩りに行くとアイテム補充のために街にちょこちょこ戻るの面倒くさいじゃないか! だから箪笥があった方がレベル上げが捗るかなって!!!」
「箪笥を設置するための『家』はどうする気だったんだあんた!」
「そ、それはその……、事後承諾で秋良とリモネに許可を貰おうかなー…とかそのえっと」
ごにょごにょ、と後半イサトさんがトーンダウンした。
そう。
箪笥を便利に活用するためには「家」が必要なのだ。
基本的にその日暮らしをしている俺ら冒険者にとって、家という概念はそれほど重要視はされない。冒険していない時間、すなわち遊んでいない時間はログアウトしているからだ。どこでログアウトしようが、基本的に差はない。
では何故家が重要視されるのか。
答えは、家の立地条件にある。
「家」は、『妖精王オベロンの頼み』というクエストをクリアした際に、妖精王より与えられた領地に存在する。どこでもあり、どこにもない妖精王の領域の端っこを切り取って与えられたその領地。
それはすなわち――……、どこからでもアクセス可能な「便利な我が家」の実現だ。
そうなれば、その家に箪笥を設置すれば、わざわざ倉庫のある大きな街に戻らずとも、アイテムを補充することが出来るようになる。
イサトさんが言っている利点というのはずばりそれだ。
狩り場が街から離れている場合、ドロップ品がたまって荷物が重くなったり、回復アイテムが切れる度に街に戻るのは非常に面倒くさくなる。だからイサトさんが便利な狩りのために家を欲しがる気持ちは非常にわかるのだが……。
俺の記憶が確かなら、おっさん(イサトさん)はまだ妖精王オベロンのクエストを受けてなかったような気がする。というか正確に言うとオベロンクエを受ける許可をリモネから貰えてなかった、ような。
それで何故箪笥が作れるんだこの人は。
ゲームとしてのRFCでは、箪笥を手に入れるためには三つの方法がある。一つは、自分で材料を集めた上で、家具職人としてのスキルを手に入れ、自分で箪笥を作る方法。もう一つは、材料を自力で集めた上で、ぼったくりともいえるような金額で家具職人スキルを所持しているNPCに依頼する、というものだ。
基本的には、NPCに依頼するのが一般的だ。高額でぼったくられようと、たまにうっかり失敗されてせっかく集めたレアドロップ含む材料をオシャカにされようと……、自力で箪笥が作れるところまで家具職人スキルをあげる手間を考えたらその方が楽だ。
一番よくあるのが三つ目の方法、酔狂で生産系のスキルを選んで取得しているプレイヤーに頼んで作ってもらう、というパターンだ。俺も、俺の家においてある箪笥はリモネに頼んで作ってもらった。正確にはリモネのサブキャラに、だが。
「もう、おっさん(イサトさん)は一回リモネにぶっ殺されると良いと思う」
「……ううう」
イサトさんが俺らに内緒でこっそり家具職人のスキルを手に入れていたこと――しかも箪笥が作れるほどなので結構な高レべルだ――を知ったらリモネは草を生やしまくりながらおっさんを貶しまくるだろう。
『もうwwwwwwwお前wwwwwwwww死ねばwwwwwwwwwwwいwっうぃwwwwwwのwwwwwwにwwwwwwwwww』
大草原が目裏に浮かんだ。
同じ光景が簡単に想像できたのか、ふっとイサトさんの視線が遠くなっている。
ちなみにリモネがイサトさんに家取得クエを受けることを許さなかったのは、これ以上イサトさんを迷走させてたまるか、という親心故である。切ない。
……だって家取得すると家具を設置したりできる上に、庭で野菜や薬草などの栽培も出来るようになるんだもんよ……。
そんな場所をイサトさんに与えたら、間違いなく数カ月、下手したら半年から一年は家にこもりかねない。イサトさんのことなので、間違いなく農家スキルと家具職人スキルをある程度マスターするまで出てこなくなる。
「あのなあ……」
「……はい」
俺が疲れたトーンで口を開けば、イサトさんは殊勝にうつむいて小さくなりつつ俺のお小言を聞く体勢になった。
「イサトさんだって、自分のスキルや能力が偏ってるって自覚はあるだろ?」
「……はい」
「イサトさん、防御力紙なんだからさ。普通に戦ったら死にまくりじゃん?」
「……はい」
「だから、防御力あげるためにも、精霊魔法使いとしてのレベルをあげよう、って決めたよな?」
「……はい」
いつの間にかイサトさんは箪笥の隣でちんまりと正座している。
アーミットは目が点だ。
それもそうだろう。
モニュメントの前で立ち尽くしてたと思っていたイサトさんが、いきなりどこからかたくさんの木工道具を取りだしたかと思ったら、謎の技術であっという間に箪笥を作り上げ――…、それを目にした俺がひたすら説教モードに突入しているのだから。
「……はー……」
深々とため息が漏れる。
ゲームの中でなら、「あのおっさんがまたやりおった」で済むのかもしれないが……、ここは異世界である。
イサトさんの防御力が、俺が思っているより随分低いのかもしれない、というのはなかなかにショックだった。
「これからはちゃんと防御力あげる?」
「……善処します」
「じゃあはい、立って。次俺もいろいろ出しとくから」
「はあい」
イサトさんは立ち上がると、逃げるようにちょろっと俺の背後へと回った。
逃げるように、というか事実逃げたな。
本当に俺より年上だろうか、と思う瞬間である。
イサトさんに続いて、俺もモニュメントの表に手で触れ、倉庫へとアクセスしてみた。……なるほど。タッチパッド、とイサトさんが言った意味がわかった気がする。
モニュメントに触れた瞬間、俺の目の前には淡いホログラムのようにして、ゲームの中で見ていたような倉庫の画面が浮かび上がったのだ。
そして、そのカーソルを動かすのは、モニュメントに触れたままの手だ。モニュメントに触れた手の動きに連動して、カーソルが動くのである。これは確かにタッチパッドを彷彿とする。
「イサトさん、箪笥の空きはいくつ?」
「三つあるうちの二つはパフェと握り、最後の一つに芋を入れようと思ってる」
「芋何個持ってるんだ?」
「348個あった」
「ああ、それなら俺の方が良いもん持ってる」
「何持ってんだ?」
「米872個」
「よしそっちにしとこう」
「おう」
イサトさんが今回作ったのは、インベントリが三つしかない小型箪笥だ。
三種類のものしか収められないが、逆に言うとその三種類のものに関しては質量を問わずほぼ無限に突っ込むことが出来る。
「あー……イサトさん、その芋戻したら重量に空き出来る?」
さすがに一度に米872袋はキツかった。
倉庫から取り出した瞬間、ずしりとその重量を感じて足が縫い止められたかのように動かなくなる。
「限界超えた分はそこに積んでおいてくれ。私が持てるか試す」
「任せた」
本当なら、一歩下がって倉庫前をイサトさんに譲りたいところだが、今はそれもかなわない。
イサトさんは、するりとモニュメントと俺の間に、狭いところに入りたがる小動物のような所作で潜りこむと、手際良く操作を始めた。
さらさらと両肩に流れた銀髪の合間から、褐色の滑らかなうなじが無防備に俺の目の前にさらされる。
舐めたい。
いや、しないけど。
実行はしないが、目の前に綺麗なうなじが見えたら、本能的にそう思ってしまうのは男として仕方のないことではないだろうか。
こつ、と細いうなじの中央に浮いた頸椎の陰影を指でたどりたい。
というか……。
ちょっと腹が立ってきた。
改めて思うが、イサトさんは俺のことを異性にカウントしなさすぎである。
なんだこの距離感。
「イサトさん」
「なんだい秋良青年」
「セクハラしていいですか」
「は?」
イサトさんが振り返るより先に、がぷ、とそのうなじに咬みついてやった。
「びゃ!!!?」
未だかつて聞いたことのない声が響いた。
まったりのんびりと悪さをする二人。
まだ「はじまりの街」すら出発出来てない件。
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