5. 第一関門
止まったエスカレータを駆けおりながら周りを見る。襲われている人、体の一部を押さえ踞る人、そして、明らかに絶命している人。助けるべきなのかもしれない。
でもそんな余裕はない。たとえ助けたところでこの世界には同じようなモンスターがたくさんいる。襲われる度に助けるなんて不可能だ。いつか同じように死んでしまう。その事実はきっと変わらないだろう。一回助けるなんてのは偽善でしかない。そしてその一回がもし失敗して自分が死んでしまうような事態になっては、元も子もない。
割り切るしかない。死んだら、すべての意味がなくなってしまう。
『だって—————んですよ?!助け———!』
金髪の少年が叫ぶ。こちらではなく襲われた人々を見ている。
『待て!!今行ったら!!!』
制止の声をかける。勇気かもしれない。でもそれは無謀としかとれない。それでも少年は駆け出す。そして、
赤い何かが見えた気がした。
「—————、胸くそ悪い。」
ボソッとちいのつぶやきが耳に入る。前半は聞き取れなかったが後半の言葉は確かに苛立ちがこもっていた。
……いま、何を考えていた?ぼーっとしてる暇なんてないのに。気を引き締めなくては。
「マコ、平気?」
さねが後ろを警戒しつつも俺に声をかけてくる。無意識に顔をしかめていたらしい。
「ん。思ってたより俺の精神って頑丈っぽい。」
へらっとわざと緊張感なく笑う。それを受けてさねはどこかほっとした様な顔をして笑った。
「そう。じゃあ、しっかり前見て走ろうか?」
「はいはい。」
普段と変わらないやり取り。確実に今までとは違うのに、それでも変わらずにあるものが嬉しかった。
「お二人さん、楽しそうなのは結構だけどよ、ちとまずい事になったかもしんね。」
軽い口調とは裏腹にどこか緊張した声でちいが話す。俺たち二人が真剣な空気をまとったのを確認すると言葉を続ける。
「一階は、もしかしたら全滅かもしれん。一階へ続くところすべてにあいつらがいる。何人かは逃げられたと考えたいが……それでも一階には人の気配はない。あんま楽観視はできないと思う。
それと、幸か不幸かあいつらは自分たちが出現したところから一定の距離までしか動けないっぽい。だから建物から出られればあいつらに襲われる事はない。……まぁ、それ以外の脅威についてはわからんが。」
「外に出た後の事はそのとき考えるとして、一階を突破するのは容易じゃないってことだよね?」
二人がこちらに託すように俺を見る。どうする?と声なく伝えてくる。現状を正確に把握しようと思考をフル回転させる。どうやってとか、いっぱいある疑問は全部どこかへ放り投げて現状についてだけ思考を働かせる。
待ち伏せされているってことは戦闘は回避不可。一定の距離がどれ位をさすのかわからないけれど、一団体、五匹程度をどうにか突破できれば出口に向かってダッシュで抜ける事が可能なはず。さっきの感じでは、さねの魔法は一体を倒す分には申し分ない威力がある。でも、“こんなもの”って表現したって事は威力はMAXであれ。複数体を相手取るのは不安が残るだろう。
そこまで考えて、眉根を寄せる。俺が考えている事が本当なら、俺は隣にいる二人にひどいことを言う事になる。それでも、生き残らなくては。
「………智加。」
「ん?結論出たのか?」
「細かい事とか全部ぶっ飛ばして一個聞く。正直に答えてくれ。」
目線はそらさない。真剣に、これから隣にいるためにまっすぐ見る。
「お前は戦えるか?」
ちいの目が一瞬だけ揺らぐ。さねが息を飲む気配がする。それでもまっすぐに見続ける俺を信じるようにちいの口が開く。
「ああ。オレも力がある。戦う事に躊躇もない。だから、戦える。」
その言葉にやっぱりと思う。今、必要なのはその情報だけ。他の事は、後で考える。
「わかった。……俺、ひどい事言うよ。」
覚悟は、今決めた。俺の考えを伝える。それだけ。
「何言ってんだよ。お前に託したのはこっち。何でも言えや。」
「大丈夫。マコが背負う事もわかってるから。だから、迷わず言いなよ。」
理解のある言葉。あぁやっぱ、二人ともいなくちゃだめだわ。
「りょーかい。さね、ちい。あそこの一番出口に近いエスカレータから降りて、下にいる奴らを突破して外に出よう。俺は今は戦えない。だから、俺の代わりに戦ってくれ。俺を守ってくれ。足引っ張ってるのはわかるけど、それでも三人一緒に生きたい。俺を、助けてくれ。」
つまりは、俺が完全に二人に依存して寄りかかって汚れ役を押し付ける。そういう事。俺のわがまま。それでも二人は笑ってくれる。
「はいはい。全く世話のかかる。ちゃんと後ろに引っ付いてろよ?」
「まぁ多分大丈夫だけど、流れだまとかにだけは注意してね?」
了承の返事とともにちいが一歩離れる。そして何かを構えるように気配を鋭くする。
「?なにすんだ?」
「オレはさねみてえに攻撃魔法はできないからな。こういうもんを使うのさ。——発現!」
最後の言葉とともに魔法陣が浮かぶ。それをみとめるとちいはニッと笑って手をそこに突っ込む。ゆっくりと手を引いて出すと、そこにはさっきまでなかったものが握られていた。
「………剣?」
「そ。ファンタジーのお約束ってやつだ。」
「じゃ、智加は騎士なの?」
「さね、おしい!ま、詳しくは後な。」
幅は広い訳でもないが両刃のいかにもな剣。長さは腕と同じくらい。よく見ると刀身に何か刻まれているようだ。
「さてと、こっちはこれで準備オッケーだがそっちは?」
ちいは不敵な笑みを浮かべてこちらに確認する。急いでいるようにも感じられるが、このままここにいる訳にもいかないし、できるだけ速やかに行動して、状況確認をするためだろう。
「僕はいつでも?マコは?」
「二人が守ってくれるらしいから、ね。そっちが大丈夫なら俺はダッシュするだけの簡単なお仕事だ。問題ねぇよ。」
三人で笑って顔を見合わせる。大丈夫。さねが威嚇を放ってばらけた連中を一体一体確実にちいが切り伏せてさねがぶっ飛ばす。空間が開けた瞬間にダッシュで建物の外に出る。それが、わかる。
互いに頷き合うとエスカレータを走り始める。こちらに気づいたオークどもが六体。こちらに向かってくる。エスカレータを降りきる直前、さねが両手を前に出し唱える。
「サンダー!!」
六体の中心に電撃が走る。真ん中の一体はそれで戦闘不能になったようだ。向かって右によけた個体に狙いを定めてちいが駆け出す。横なぎにふるわれた棍棒をしゃがんでよけるとそのまま立ち上がると同時に切り伏せる。そこにすかさずもう一体が棍棒を振り下ろしてくる。
「邪魔だっ!」
叫びつつ相手が棍棒を動かすより早く袈裟懸けに切る。そして奥にいるもう一体目掛けて駆け出し腹の辺りを串刺しにするとそのまま内側から肩めがけて切り裂いた。
向かって左側、手前の一体にさねは手を向け唱える。
「フレイム!!」
火の玉がオークを襲い焼けこげる。その背面からもう一体のオークが飛びかかってくる。
「遅いよ!ウィンド!!」
見えない刃に切り裂かれる。唱えた瞬間には切り裂かれていた。フレイムなんかよりも早いようだ。
これで目の前にいた敵は殲滅完了。二人が切り裂いたのを見た瞬間に駆け出す。五十メートルあるかどうかの距離。すぐ後ろに二人が着いてきたのを感じる。閉められた扉を押開け、外に踏み出す。建物内にはなかった風が頬をなでるのを感じる。ほっとするのはまだ早い。周囲を見渡し警戒する。
ぱっと見たところモンスターぽいものはいない。人も倒れている人はいないようでここはとりあえずは安全地帯のようだと緊張を解く。
脱出成功。ひとまずは第一関門クリア、そう感じるとともに俺らはしゃがみ込んで笑った。
戦闘描写って難しいですね……次回は少しだけ説明臭い事になるかもです。でもしかして予定は未定(←