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【Soul Angel†】First  作者: Riala39
第一章 日常
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第一章①

 ファンタジー。

 想像、空想、幻想。世の中にはそのファンタジーを題材とした物語は数多く製作され、それから小説としても出版されている。

 古くから神話や伝説として沢山の人に愛され続けてきたものもあれば、今日、ネットにより配信され多くの者に読まれているものまである。

 その特徴としてはやはり、魔法や超自然的な力を用い、架空の世界を旅すると言うところだろう。

 そんなファンタジーな世界を舞台とした小説──例えばJ・R・R・トールキン著作の『指輪物語』など──が、彼女はとても好きだった。

 そうした彼女のファンタジー好きは、別に今となって始まった訳ではない。その理由は小さな頃から、小説だけではなく、映像化された作品も多々目にしてきたところにあった。

 その中でも特に、現実の世界から幻想の世界へと足を踏み入れてしまう『ブレイブ・ストーリー』は彼女の大のお気に入りだった。

 それが予備校のマーク模試に出された時は、つい興奮してシャーペンを床に落としてしまったほどに、だ。

 そして「いつかきっと自分も」と、そんなことを夢見てはや十六年。

 結局、そんな世界などどこにもあるはずもなく、今もこうして何の変哲もない日常をただ闇雲に過ごしている。

 そんな退屈な毎日に彼女──黒崎可憐は、頬杖を突いて溜め息を一つ。

 ああ、今日も空が青いな、と。

 教室の席に座り、馬鹿みたいにそんなことを思った矢先、


「起立」


 そう張りのある声とともに、クラスの全員が席を立ち上がった。

 言うまでもなく、焦るようにして彼女もそれに続く。


「きをつけ、礼」


 と軽く頭を垂れた一部のクラスメイト達。

 けれどもその他の大半は、一礼をするどころか当たり前の如く即座に席へと着ける中腰の体勢をとっている。可憐もまた、そのうちの一人だ。


「おはようございます」


 そんな清々しい男子生徒の声とは裏腹に、彼女の心の中にはどんよりとした曇り空が広がっていた。

 それは数分前にようやく終わった校長の長い演説に問題があった。

 空想や妄想が大好きな彼女も、今や高校二年。残り一年経てば、大学受験という人生で最も過酷な『戦争』に向けて猛勉強をしなければならなくなる。ここで中弛みしてはいけないのだ、と。

 実に退屈だった。

 そんな話を延々と二時間近く聞かされ、そろそろ耳が腐り落ちるのではないかと、途中彼女は本気でそう思いもした。


「着席」


 そうして今、席に座る直前、毎度のことのように彼女は心で呟く。


(毎回毎回、ここは軍隊か何かなの?)


 校長の演説という、実に平凡でありきたりな長い話の後に続くのが、担任の教師によるロングホームルーム。

 泣きっ面に蜂とはこの事を言うのだろう。

 長編ファンタジー小説を苦も無く読める彼女だが、この流れだけは勘弁だった。目の前にいる先生には悪いが、彼女にとってその一連は、今すぐ手を上げて「すいません、仮病なので保健室行ってもいいですか」とか、そう言いたいくらい苦痛だった。それこそ今すぐ帰り、パソコンでアニメ鑑賞でもしたいくらいには嫌気がさしていた。

 だが、そんな彼女をこの場に引き留めているものがそこにはある。それが『友達』とも呼べる存在だ。

 可憐は人と話すのが好きだった。内向的で、且つ度々人見知りをする彼女ではあったが、それでも一度仲良くなった人とはとことん深い付き合いをする、それが彼女の悪い面でもあり良い面でもあった。

 とは言っても、周りに流されることで苦手としている理系のクラスを選択してしまった彼女にとって、学校という存在が面倒臭さ極まりない場所になっていることに変わりはない。

 もちろんそれについては今更ながら後悔はしているけれど、それでもやはり気の許せる友人がいるに越したことはなく、今のところ文系のクラスに変更することは考えてはいなかった。と言うよりも、将来美容師を目指している彼女にとって、理系だろうが文系だろうが本当のところどうでもいいことで、毎日を少しでも楽しく暮らしていけるのであればそれで良かった。

 だから敢えてそれを教師に相談しようとは思わなかったし、落ちこぼれない程度には勉強しておこうと心に決めていた。

 そして。

 全員が席に着き、騒がしかった教室内が落ち着きを見せ始めた頃、ようやく担任の女性教師はその口を開いた。


「皆さんの耳にも届いてるとは思うけど、実は今日、新しく転入生が来ることになりました」


 まだどこか初々しさの残る、可愛らしい声だった。最後に見せた笑顔もまた、少女のようなものをしていた。

 小柄な体躯とおかっぱ頭な焦げ茶色の髪が、身に纏われたグレーのレディーススーツとはなんとも言えずアンバランスだった。

 そうして見るからに若輩者のように思える彼女ではあったけれど、そのリーダーシップ性においては学園長から太鼓判を押されている程。

 なんでも学生時代には生徒会の一員として働いていた時期もあるらしく、また、英語について言えば全国的にも上位の成績を修めていたと言う。

 そういうこともあり去年、要するに可憐たちが入学すると同時に教員としてこの学園に席を置いた彼女──鈴森佳世は、そのまますぐに可憐たちのクラスを受け持つこととなったのだ。

 それから一年、文理の変更がない以上高校の三年間は同じクラスで通すという学園の方針上、彼女が可憐の担任から外れることもなく今に至る。

 だから最近では、可憐もそんな鈴森佳世に対して以前より強く親近感を抱くようになっていた。それから「まだ若い先生だし色々な気苦労があるんだろうな」と、他人事ながら可憐は彼女の事を心配していた。

 しかし"今はそれどころでない"といった様子で、可憐の期待が込められた眼差しは扉の方へと向けられていた。

 それから扉へと向かった鈴森先生により、ガラリと扉が開かれる。


「この時期に転入生?」


「帰国子女じゃない? 特別枠とかあるみたいだし」


「それってかなり頭良いんじゃねぇの?」


「朝見たけど男の子よ、絶対!」


 突如クラス全体が騒然とした雰囲気に支配された。

 しかし。

 その後に続いた鈴森先生の「どうぞ」の一言で、一度静まり返るクラスの喧騒。

 問題はこの後だ。

 まさか「ただの人間には興味ありません!」と教壇の上で言い放つ不思議少女が出てくるわけもないだろうし、「こまけぇことはいいんです!」と少女に扮した未確認生命体が喚くこともないだろう。

 でも仮にそんな人が出てきたら。

 可憐はそこに期待してしまう。


「どんな子かね、可憐?」


 と彼女の隣りに座る栗色の髪をツーサイドアップに縛った女子生徒が、机に腕を組みながら小声で可憐に話しかけてきた。

 日向井綾奈。それがその女子生徒の名前。可憐とは小学校時代からの友人で、ちょくちょく小説の世界に入り浸る可憐の性格とは本当に真逆、極端に明朗で社交的な性格の持ち主。

 それが綾奈という少女だった。


「さぁ……私に聞かれても分かんないよ。綾こそ知らないの?」


 もちろん今のが質問でないことは分かっていた。ただの連想ゲームと同じ様なものだ。

「こんな人が来るんじゃないの」と、ただ一言そういえば良いだけのこと。でも、だからこそ可憐はそれを面倒だと感じていた。

 自分が口にしようとしている答えと、彼女が求めている答え。それが余りにも食い違っているから。それこそヘタなことを言って、後々話のネタにされるのだけは勘弁だった。

 むしろそれ以前に、その綾奈が可憐に転入生の話を伝えた張本人であり、彼女が知らない情報を可憐が知っているはずがなかった。

 そして今、綾奈のいかにも気まずそうな顔。確定的だった。

 可憐はそんな彼女の態度に少し呆れてしまう。


「ま、まぁ……」


 と、視線を逸らしお茶を濁す栗毛の少女。

 その直後の事だ。彼女達が扉から目を離した隙に転入生の『彼』が入ってきたのは。

 そう、『彼』。それは、突然に静寂を打ち破った女子達の黄色い声を聞けば嫌でも分かる。

 そしてこの反応と言えば、


(うわぁ……)


 案の定、と言うわけだ。

 そうして教室へと入ってきたのは中性的な顔立ちの、いかにも校則に従いましたと言わんばかりの黒髪をした男子生徒。

 そんな『彼』の、街のどこにでもいそうな、けれどもその一方で非の打ち所がまるでない中性的な容姿。良く言えば「かっこいい」「差し障りの無い」で片付けられるけれど、悪く言えば「平均的」「特徴が無い」とも言える、本当に普通の男子生徒だった。

 歓喜の声をあげる女子とは対照的に半ばしらけている女子もいるところを見ると、彼の容姿はどうやら人を選ぶようではある。

 そう言うことで、転入生の『彼』の存在は可憐の予想から大きく外れていた訳だが、彼女もまたそんな『彼』の容姿に見とれていたのは事実。

「かっこいい人だな」と。恋愛には疎い方である彼女でさえもそう感じられたのだ。他の女子、特に発情期真っ盛りな──さきほど歓喜の声をあげたような──女子生徒であれば、更に何かを感じていることだろう。

 しかし。

 突飛な出来事はそれで終わることはなかった。

 急に男子の叫び……いや、硬い岩盤より噴き出す間欠泉の如き雄叫びによって、彼女達のそんな甘く切ない一時は一瞬にして儚く散らされることとなった。


「あ、あの……」


 凛とした透き通るような声。

 途端、可憐の心が弾む。

 転入生はもう一人いたのだ。

 可憐の期待が一気に高まる。

 今度こそ、と。

 そして扉の方へと目を向けた。


「入っても、いいのでしょうか?」


 流暢な日本語で話す『彼女』は、意外にも帰国子女か留学生を思わせる容姿の少女だった。

 ふわふわしたウェーブの金髪と、おとぎ話のお姫様のようにくりくりとした大きな碧の眼。

 もちろん可憐は、思いがけないこの展開に思わず小さくガッツポーズ。だが、その一方で可憐はそんな『彼女』が心なしか気に喰わなかった。

 身長に関しては平均よりもやや低い程度だが、その愛らしくも幼さの残った容姿が男子にはウケたのだろう。

 本当に同じ人間かと、そう訊きたいくらいに『彼女』は完璧過ぎる。

 いわゆる「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」といった諺がピタリと当て嵌まりそうな少女、と言うわけだ。

 ただ、可憐にとってそこは非常にどうでもいい事だった。彼女が対抗意識を燃やしているのはそんなところではない。もっと別の、自分のでは制服の上からあるかないかも分からない"そこ"だ。


(私のより、大きいかも……)


 そう。

 そんな彼女の視線は、『彼女』の幼い容姿とはいかにも不釣り合いな、ふくよかなバストへと向けられていた。

 それから流麗な曲線を描くだけの小さな自分の胸と見比べる。

 そしてガクリと肩を落とした。


「えぇと、先生。もうそろそろ自己紹介をしてもいいでしょうか?」


 ウェーブがかかったブロンドの髪を揺らし、いかにも「箱入り娘なお嬢様」といった言葉が合う『彼女』は、鈴の音の様に澄んだ声で鈴森先生へと訊いた。


「はい、もちろん」と鈴森先生。


 そんな彼女たちのやり取りを期に、生徒達の視線が静かに黒板へと集中したのは言うまでもない。もちろんそれは、クラスメイトによるオーケーサインでもある。


「ひぃ、なぁ、みっ」


 と小さく自分の名前を口にしながらチョークでそれを黒板に書いていく『彼女』。黒板の真ん中よりほんの少しだけ上から縦に。


「初めまして、雛見美佳です」


 と何故か日本人の名前を書き終えた彼女は、軽やかに振り返るとニコリと微笑み言った。


「よろしくおねがいしますっ」


 そうして軽く会釈をした美佳であるが、その会釈一つとってもいかにもお嬢様という感じを彼女は漂わせていた。

 もしかすると本当に「良いとこ育ちのお嬢様」なのかも知れないけれど。


「はいっ」


 すると美佳は、そのまま手に持っていたチョークを隣に佇む男子生徒へと受け渡した。それから「ありがとう」とチョークを受け取った『彼』は、スラスラと「雛見美佳」の文字の隣に自分の名前を書いていく。

 ワープロで打った文字のように、何とも言えないほどに綺麗で丁寧な字だった。

 と言うよりも、やはり特徴の無い字だ。


「草薙悠一です。宜しくお願いします」


 そうしてようやく彼の自己紹介も終わると、先程までの騒がしさはないまでも、後ろの方に座る女子達が何やら小声で話を始めた。


「えっと、本来は去年の九月にとのことで半年ほど時期がずれましたが、今日からこのクラスに入ることになりました。大丈夫だとは思いますけど、皆さん仲良くしてくださいね」


 そういうことだったのか、と可憐は密かに納得する。

 思えば去年の夏休み明け、日直に就いた際に見た日誌のクラス名簿では、その段階で二つほどの空白が設けられていた。

 今でこそその理由が彼らの為に空けられていた間だと理解しているが、当時の彼女は、それをただのミスプリントと思い完全に無視していた。そして思い出す。毎年八月と三月に行われる特別枠入試の存在を。

 だから。この転入生イベントが実は意外な展開ではなくて、正規の方法で正規に決定された正規の展開だったから、可憐はちょっぴり虚しい気持ちに襲われてしまった。


「じゃあ、草薙君はあちらに用意してある席に」


 と、担任の女性教師は窓際の最後尾に用意されていた空席を指差した。


「それと、雛見さんはあちらに」


 次いで、可憐の斜め前の空席を指差した女教師。

 そして可憐はやっぱりねと、やっぱり納得した。

 マンガや小説等にありがちな「誰々君の隣が空いているから」と言うベタな展開など実在しないのだと。

 両端から中央に向けて男女それぞれの名簿順に並べられた座席と、彼等の名前と席がピタリと当て嵌まっているのだから。


「えぇと、教科書が一式揃うまでは隣の人に見せてもらってくださいね」


「あ、はい」


 そう言って軽く頷いた美佳は、可憐の右斜め前の空席──すなわち綾奈の席の丁度目の前──へと、一方で悠一は窓際の席へとそれぞれに着いた。

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