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変人と悪魔  作者: 仁崎 真昼
赤:変人と悪魔
9/20

09 対話

 パチリ。

 分厚い木の板に何か硬質なものを叩きつける音が響く。その鋭い音の合間には、硬いものか擦れ合う音がしている。

 二人は今、向かい合って座りながら、碁を打っていた。

「……兄ちゃん」

「ん?」

「どう? 強くなったでしょ」

 蒼は鈍く光る黒い石を、四つの足がついた木製の盤に打ちながら、誇らしげに問う。

 唐突な質問に意味がよくわからなかったのか、目をぱちぱちさせる恭平。数秒ほど経ってやっと脳に情報が届いたようで、自分なりに質問を吟味し答えを出す。

「うん、中々じゃないかな。序盤の構えとしては、きれいにできてると思うよ」

「でしょう? 努力したんだから」

 兄に褒められて蒼はとても嬉しそうだ。じゃら、と黒石を掴むと、迷いなどないように盤に打ってゆく。

 弟の自信満々と言った様子を見て、かなり手応えを感じているんだろうなぁ、と苦笑する恭平。手は全く抜いていないのだが、まだ差はあまりついていない。

「努力ねぇ……何をしてたの? 相手なんて滅多にいるわけないし……」

「裏の一軒家にすんでるおじいさんに、暇な時特訓してもらってた。アマ六段だって」

「へぇ強いね。……蒼はよくわからない方向に行動力を発揮するなぁ。普段は人見知りするくせに」

 しみじみとぼやく恭平は、さして考えた風でもなく石を置く。

「だって勝ちたかったんだもん。既に三桁は余裕でやってるのに、全敗とかありえない。絶対負かす」

「しょうがないでしょ、兄なんだから」

「理由になってなーい! 同時に始めたはずなのに!」

 蒼が我慢ならないといった様子で叫ぶ。

 そう、二人が碁を始めたのは全く同時なのだ。

 恭平がまだ中学生の頃。二人が退屈で死にそうになっていたら、たまたま押し入れで碁盤と指南書(のようなもの)が発掘された。二人はこれ幸いと飛び付き遊び始める。しかし、これが蒼の連敗記録の始まりだった。

 初戦、恭平の勝ち。二戦目、恭平の勝ち。三戦目、恭平の勝ち。二人が初心者で戦術もなにも無い内から、恭平は勝ち続けた。

 意味不明なほどの勘のよさを発揮する恭平に、蒼は負けまくり、今に至るというわけだ。

「まぁでも、強くはなってるって。ちょっとは我慢も――」

 パチリ。

「出来ないか……はぁ」

 自分の陣地に単独で突っ込んできた蒼の石を見て、恭平は思わずため息を吐く。自分が少しでも負けていると思うと特攻する、蒼の悪い癖だった。

 蒼は兄が呆れているのを見せつけられ、しどろもどろと言い訳をする。

「いや、だって敵の陣地が多すぎると落ち着かないし……それに、ホラ! だらだらするのは性に合わないっていうか!」

「だからってもう少し考えないと。突っ込むだけが戦法じゃないでしょう?」

「けど、こっちの方が…………楽しいじゃん」

 蒼の目がきらりと妖しく光り始める。

 それは例えゲームであっても、負けたら死ぬというスリルを楽しんでいる、狂気を含んだ輝き。

「殺し合い、開始! ってね」

 壮絶な局地戦が始まった。

 パチッ、パチッ。パチッ、パチッ。

 石がほぼノータイムで盤上に置かれ、黒と白の複雑な模様をつくってゆく。よく考えた方が好い手が打てる。二人はそれがわかっていても、打つスピードを全く下げようとしない。理由は当然、この方が楽しいからだ。

 その様子は互いの尻尾を喰らいあっている、太極図のようにも見えた。

 目まぐるしく状況が変わる盤上とは裏腹に、二人は相変わらずのんびりと会話をしている。

「まつり姉ちゃんってさ、何者だと思う?」

「んー、よくわからないんだけど……」

「けど?」

「なんかね、悪魔を信じるか? って質問された」

「悪魔?」

 予想外な単語が出てきた蒼は、思わず手を止めてしまう。そのまま顎に手を当てると、質問の意図について思考を巡らせ始めた。

「それって、すっごく意味深な問いかけだよね。……家出の理由はそれかな? ――あっ!」

 蒼は独り言を発してから、自分の失言に気づく。

「まつりちゃん、家出してたんだ」

 蒼はまつりに、恭平に家出のことは黙っておいてくれと頼まれていたのだ。それもかなり厳重に。それをあっさりと口にしてしまったことに、ひどく罪悪感を覚えた。

 しかし続く兄の言葉で、蒼は拍子抜けすることになる。

「やっぱりね。そんなことだろうとは思ってたけど」

「へっ? 気づいてたの?」

 蒼は石を打ちながら、若干混乱した様子で兄に問いかける。

 恭平は蒼の手に対応しながら、平然と言ってのけた。

「いや、だってまつりちゃん、三日も同じ服を着てたんだよ? いくらその服を気に入ってたって、年頃の女の子がそれはないでしょ。それにすごくお腹が空いてるみたいだったし、なんかあまり休めていないみたいだったし……その他もろもろを含めて考えると、家出(それ)しかないかなって」

「あー……なるほど」

 よく見てるな、と思いながら石を打つ蒼。兄の推測は実に的確だと感心した。

 蒼の最後一手で先程の戦いは一段落した。突っ込んだ蒼の石はなんとか逃げ延びて、恭平の陣地をうまく減らすことができたようだ。

 白と黒の陣取り合戦は、以降比較的穏やかに進行してゆく。

「蒼は……どう思う?」

「家出について?」

「いや、悪魔を信じているかっていう、まつりちゃんの質問の方」

 恭平の質問に蒼は考え込む。そして、小学生らしくないしっかりとした回答をする。

「……そうだね。質問の方向性から見ると、まつり姉ちゃんが悪魔に関係した何かを持っているって感じかな。取引でもしたとか、取り憑かれてるとか。……いや、茉莉姉ちゃん()悪魔って可能性もある」

 なかなか鋭いところに打ち込みながら蒼は言う。

「ふむ、なるほどねぇ。……でもね」

 それへの応手を考えながら、恭平は呟く。そこには釈然としない、という思いが滲み出ていた。

「……茉莉ちゃんは常に何かに怯えてた。気を張って、周囲を警戒して、怯えてた。どちらかというとあれは――」

 何かから逃げる準備をしていたように見えた、と恭平は呟く。

 暫し二人は無言で碁を打つ。部屋には石が擦れる音と、石と木がぶつかる音だけが鳴り響いた。

 ふと思い付いたように、恭平は蒼に質問をする。

「ねえ、蒼。悪魔っていうとどんなものを連想する?」

「えーっと、悪魔悪魔……羊の角、禿頭、尻尾、三ツ又の槍、蝙蝠みたいな翼、とか」

「よく考えてみればそれって凄い外見。民間伝承って怖いね。他には?」

「魂を食う、人に取り憑く、残虐非道、とかは?」

「なるほど。そこら辺はエクソシストとかの領分か。……あとは付け加えるなら取引、とか、召喚、くらい?」

「あとは契約と勝負何てのもあるじゃん」

「ファウストとメフィストフェレス、だなあ」

「そんな感じだと思うよ」

 自らも連想しながらまとめる恭平。ある程度挙げると、思考という行為に没頭していった。

 少しの間のあと、蒼はまた盤上で喧嘩を売りながら、今度は自分から質問をした。

「もし……もし、さ。まつり姉ちゃんが悪魔だったら、兄ちゃんはどうする?」

 恭平は喧嘩を受けて立ちながら、静かに答える。

「そうだね。……悪魔ってのはさ、元々は神様だったんだ。キリスト教に敗けた宗教の神様が、悪魔の扱いを受けてたりするんだ」

 石を打ちながら独り言のように恭平は続ける。

「だからね……」

「だから?」

「そんなことあとで考えるよ」

 きっぱりと言い放つ恭平を見て、呆れ顔の蒼。ため息を吐きながら石を打つ。

「後回し作戦ね……前向きなのか、後ろ向きなのか、よくわかんないや」

「まあまあ、どうでもいいじゃんそんなこと。それより、そこ、死んだよ」

「うっそ!? ……うわ、本当だ! いつの間に!」

「さっき」

 ぎゃー、と叫ぶ敬和はいつの間にか包囲されてる石たちを見て、絶望、といった表情をしている。

 というか、逆転は無理だった。

「…………負けました」

 なんとも言えないくらい悔しそうな顔をして、投了(こうさん)する蒼。正面には高笑いしている恭平がいるのだから悔しさも一入だろう。

「うぅ、まただよ……一体いつになったら僕は奴を倒せるんだっ……!」

「なんかどっかで聞いたことあるような、ないような……まあいいや」

 じゃらじゃらと音をたてて、素早く碁石をしまうと、立ち上がって延びをする恭平。何だかんだで、三十分は対局をしていたのだ。肩が凝るのは仕様がない。

 蒼はぶつぶつと呪文のようなものを唱えながら、一人反省をしている。

「ここか、ここで手を抜いたからキラレて、でアテ、アテのああああ!」

「んじゃ、ちょっと出掛けてくるよ」

「ぁぁぁあ、ってどこ行くの? 図書館?」

「いや、散歩」

 なぜ散歩? と少し疑問に思う蒼だが、どうせ兄のことだから大した意味はないのだろう、と思い直した。

「いってらっしゃい。迷子にはならないように」

「大丈夫。たぶん」

「たぶんなんだ……」

「じゃ、もしかしたら」

「確率上がってるよ!?」

「気にしない気にしない」

 兄の絶え間ないボケに対してツッコミを入れながら、蒼も立ち上がる。襖を開くと押入れに碁盤をしまい込んだ。

「晩御飯までには帰ってくるよ、マイハニー」

「ちょっと人格が崩れてるよ。大丈夫?」

「大丈夫大丈夫」

 ギリギリまで軽口を叩きながら、ばいびー、と言い残して恭平は出掛けていった。


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