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変人と悪魔  作者: 仁崎 真昼
赤:変人と悪魔
3/20

03 夕食

「ただいまー」

 やや古くなってきた扉を軋ませながら恭平は家に入った。

 帰ってきた恭平を迎えてくれた玄関には窓が無いので薄暗く、飾り気が無いので酷く殺風景に見えた。唯一ある置物も鼠サイズの招き猫なので、雰囲気を変えるまでには至らない。物がほとんど無い玄関を見て、夜逃げの後みたいだ、という感想を抱いた恭平は、今度花でも摘んでこようと心に決める。

 恭平は開いたままになっている扉を閉めると、丁寧に並べられている靴の横にサンダルを脱ぎ捨てた。

「おっかっえっりー!」

 恭平が声のしたほうを向くと、小さな人影が廊下に飛び出して来た。恭平の弟の蒼だ。

 この兄弟は年が離れているからか、非常に仲が良い。その仲の良さは近所で噂になるほどで、兄弟のいる友人たちには、ことあるごとにからかわれるほどだ。まぁ、本人たちはまったく気にしていないが。

「はっはっは、愛い奴じゃのおぶっ!」

 駆け寄ってくる蒼に、わが胸に飛び込むが良い! とばかりに恭平は両腕を広げたのだが、蒼が飛び込んできたのは腹。鳩尾に頭が突き刺さり恭平は悶絶してしまった。

「っ、ちょっ、待って、げふっ、タンマっ」

「ふははは、このまま死ぬが良い。ワン、ツー」

 突如始まったプロレス・イン・廊下。悪役のような台詞と共に蒼は頭をグリグリと押し付け、死にそうな恭平に追い討ちをかけた。ここで勝負を決めるつもりのようだ。

「ギブッ! 息が!」

 突然始まったプロレスに混乱しながらも、息ができません、と恭平は必死に目で訴えた。この優しい弟ならこれで正気に戻ってくれるだろうと。

 しかし、蒼は兄の訴えを(若干目を逸らしながら)無視してカウントを取り続けた。

「フォー、ファイブ」

「あれ? 聞こえ、ないの?」

「シックス」

「もう、ギブ、です」

「……セブン」

「何故!?」

「エイト」

「もうやめてっ!」

 息も絶え絶えに廊下に崩れる恭平。そこには兄の威厳など欠片もなかった。

「ナイン、テン! カンカンカン! 蒼選手の勝利ー! いやー、劇的な展開でしたね、解説の恭平さん」

 立ち上がってガッツポーズをする蒼。その勝ち誇った顔を見上げながら、恭平は疑問に思ったことをポツリと呟いた。

「……何故こうなった……」

「ノリ?」

「うん、これ結構危険だからもうやめようね」

 その場のノリだけでここまでする弟に、恭平は戦慄しながらも穏やかに注意する。しかし、ノリは大切だと教え込んだのは恭平だったりするので、ある意味自業自得とも言える。

「そうかな? なら、もうしないよー」

「よーし、いい子だ。というか、学校で友達にこんなこととかしてない、よな?」

「当然! 兄ちゃん限定だよ」

 もし、日常的にしていたのならば、友達なんていなくなってしまうのではないかという親(?)心である。返ってきた答えは、喜んでいいのか微妙だが。

 恭平は複雑な気持ちで立ち上がると、にこにこと微笑んでいる蒼と一緒に台所へ向かった。

 恭平が歩いていると背後から蒼がしがみついてきたが、男の子と言ってもまだ小学生。ズルズルと引き摺りながら歩いてもほとんど負担無い。無理やり引き剥がすつもりもしなかったので、尻尾があるってこんな感じかな、なんてことを考えながら蒼を運んだ。

 そう長いわけでもない廊下を歩く恭平に、不意に蒼は悪戯でもするように質問した。

「ねぇ何か良いことあったでしょ。電話した後に」

 弟の言葉に驚いた恭平は、理由を聞く。全く自覚がなかったからである。

「何でそう思うんだい?」

「だって……何か楽しそうなオーラが出てる。ピンクのオーラだね」

 弟が珍しく抽象的なことを言うのを聞き、恭平は思わず噴き出した。

「お前っ……オーラって……そんなこと言ってると病気にならないか心配になるよ」

「は? そんな簡単には病気にならないよー」

「なるんだよ。かなりイタイやつに」

「どこが痛むの?」

「周りの人の心が」

 そんな変な病気あるわけないじゃん! と叫ぶ蒼。そんな馬鹿な会話をしている最中も恭平に引き摺られている。

 恭平は引き戸を開けると台所に入る。この家の台所は居間と引き戸一枚で隔てられているが、面倒臭がりの恭平は開けっ放しにしていた。そのお陰で少し広く感じる。

 台所に着くと、蒼は恭平からパッと離れテーブルを片付け始める。そこには文房具やプリントが散らばっていた。どうやら蒼はそのテーブルで、恭平が帰って来るまで宿題をしていたようだ。

(誰かに言われずともやるなんて偉いねえ……。っと、感心ばかりしてないで飯を作らないと)

 やっと三十数キロの重りから解放解放された恭平は、食材を取り出すため冷蔵庫を覗き込む。

 大変珍しいことにこの家の冷蔵庫には、冷凍食品が全く無い。というか食材自体が少なく、常に入っているのは調味料と牛乳ぐらいだ。現在は二人で住んでいるので、野菜など痛みやすいものは面倒なのだろう。

「なぁ敬和、飯は(自称)親子丼でいい?」

「うん。(自称)親子丼は大好きだよ」

「どこが?」

「お肉がおいしいとことか、卵がおいしいとことか、ネーミングが最悪なとことか」

「最後になんか変なのが混ざったな。確かにこれから食うもんに対して『親子』は無いと思うけど。……兄ちゃんが作るから美味しい、とかは言ってくれないの?」

「恥ずかしいって、そんなの」

 からかう兄に恥ずかしいと言ってはいるものの、恭平が言わなければ口にしていたであろうことは、用意に推測できた。なんと麗しき兄弟愛……ということにしておこう。

 ごそごそと料理をし始めた恭平に対して、蒼は学校についての近況報告をし始める。二人が仲がよいことに加え蒼はおしゃべりが好きなので、話が止まることは無い。蒼にとって退屈なはずの待ち時間は、あっという間に過ぎていく。

 ふと恭平が思い出したように呟いた。

「そういえば、父さんはいつ帰ってくるんだっけ?」

「うーん……たしか来週の中頃だったと思う。今回は長いね」

「僕が家にいるからだろうなぁ……蒼の世話を気にする必要が無くなるもんな」

「ま、お土産を期待しようよ。はとさぶれとか東京バナナとか」

「そうだね」

 出張で家を留守にすることの多い父親は、家の中での扱いはあまり良いものではない。恭平にとっては、ああ、そんな奴もいたね、ぐらいの認識だ。

 二十分ほどで(自称)親子丼は出来上がる。

 鶏肉と玉ねぎを塩コショウで炒め、卵とネギと醤油とみりんに大雑把に火を通し、朝炊いておいたご飯にぶっかけただけのそれは、親子丼と呼んで良いのかわからない。しかし、出来立てなので湯気がたっていて美味しそうだ。

 (自称)親子丼を四人用のテーブルに並べると、部屋の片付けをしていた蒼を呼ぶ。そして、箸を用意すると向かい合って座った。

「さ、食おう。出来立てが一番うまいから。出来立て以外だと正直微妙だから」

「そうかなぁ? いつでもおいしいけど。いただきます」

 二人は合掌をし、(自称)親子丼を食べ始める。テキトーに作られた割りには美味しいそれを蒼はばくばくと食べている。時刻はまだ七時を回っていないが、育ち盛りの少年にはそんなこと関係ないのだろう。

 三割程食べた頃、蒼が口を開いた。

「で、兄ちゃん。何があったの?」

「ん……? あぁ電話の後のこと? 何でそんなことが気になるんだ?」

 不思議に思う恭平。それに対する蒼は目を好奇心で輝かせている。

「だって兄ちゃんが何かあった()も楽しそうにしていることなんて、とーっても珍しいんだもん!」

 恭平の特技はどんなことがあっても、大抵のことは楽しめるということ。しかし、目一杯楽しんだ後は、頭に仕舞い込みすっぱりと切り離してすごすという特殊な性格なのだ。

 だからこそ、蒼は珍しいと言った。

「あったといったらあったけど、そんな面白いもんじゃないよ?」

「やっぱり何かあったんだ……話してよそれ。別に変なことじゃないんでしょ?」

 すでに完全に話を聞き出す気の蒼の姿に恭平は苦笑する。

「わかった、話すよ。一応もう一度言うけど、そんな面白いもんじゃないよ」

「おっけーだよ」

 恭平はコホンと咳をひとつすると、先程あったことを話し始めた。

 本屋が無くなっていてショックを受けていた時に、こけていた少女を助けた。そしたら何故か逃げられた。そんな事を簡潔に、所々飛ばしながら説明する恭平。

「――ということがあったわけなんだ」

 恭平は話をそう締め括ると、牛乳をぐいと飲み干した。弟の尋問らしきものが終わり、一息つく。行儀は悪いが話しながらも箸を止めなかったので、(自称)親子丼のどんぶりはすでに空になっていた。

 蒼も(自称)親子丼を食べ終わっていたが、こちらは腑に落ちない、という顔をしている。

 恭平はほとんど嘘をつかない。 それが何故なのかはわからないし、本当の事を言わないということはたまにある。しかし家族や極少ない友人には、全くと言って良いほど隠し事をしないのだ。考えていることは直ぐに顔に出るし、弟の蒼にはよく面白かった出来事などを話している。

 それ故、蒼は兄が何を好むか大体把握している――はずだった。

(兄ちゃんが好きなのは、昼寝する事と不思議な物事と可愛いものくらいかな。昼寝はしてないだろうし、兄ちゃんが可愛いと思うものに人間(・・)は入らないし……兄ちゃん、何に気を惹かれているんだろ?)

 起きたことについて考察する蒼はひとつの結論に至った。

「兄ちゃん。話してないことがあるでしょ」

「ちょっ、人の心を覗くのはいけないんだよ!」

 叫んだ後、しまったと思ったがまさに後の祭り。弟の睨むような視線にさらされ、恭平はだらだらと冷や汗をかく。

「ご、ごちそうさま」

「食べたら流し台に運ばなきゃ」

 逃げようとする兄の服をしっかりと掴み、逃亡を阻止する蒼。

「……説明し難いから飛ばしただけなんだよ」

「いいから吐いて。全部」

 微笑む蒼の目が笑っていない。恭平はそれを見て、弟が逃がしてくれそうにないことを悟り、観念した。

「こけてた女の子に逃げられたっていったじゃん」

「……うん」

「その女の子がね。こける前に――――浮いてた(・・・・)ように見えたんだ」

 言い難そうに話す恭平に蒼は目を見開き、驚く。

 蒼は兄である恭平を信用――いや、盲信している。恭平が見たと言ったならば、それは蒼にとって事実なのだ。仮にそれが、人が宙に浮くという非現実的なことであったとしても。

 そして、驚くと同時に納得した。不思議(それ)なら興味を示してもおかしくはない、と。

「へぇ……! ワイヤーとかじゃなくて?」

「うん、そういうものは何も無かった」

「むう、なんと言う不思議現象。わくわくするなあ。……それは念動力かなっ? 反重力装置かな? はっ! 宇宙人の侵略活動かも!?」

 一人テンションを上げる蒼。彼は、意外に読書家――といっても小説限定だが――の恭平の影響で、そういった知識が豊富だ。

 思い付くものを片っ端から挙げていた蒼は、いつもなら真っ先に暴走する兄が食い付いて来ないことに気付いた。

「……どうしたの?」

 心ここに在らずといった様子で虚空を見つめる恭平は、蒼の戸惑いを含んだ声を聞き我に帰る。まるで今目が覚めたかのようにパチパチと瞬きをすると、いつも通りの笑顔で会話を再開した。

「……宇宙人かもな」

「やっぱり!? 僕もそうかなと思ったんだ!」

「だとすればきっと侵略行為の一環だよな」

「いやいや地球の査察とかかも」

「けどそれならーー」

「だってーー」

 二人は洗い物を流し台に運び仲良く洗いながら、少女の正体についての議論を始めた。

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