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変人と悪魔  作者: 仁崎 真昼
赤:変人と悪魔
2/20

02 出会い

 二月も終わりのある日のこと。

 日が傾き薄暗くなってきた町並みの中、のんびりと歩く青年がいた。

 その青年――大戸恭平(おおどきょうへい)は、二月の気温に対してやや軽装な格好で、暢気に鼻歌を歌っている。シンプルなティーシャツに擦りきれたジーンズ、足は素足にサンダルという姿で、思わず夏かと勘違いしてしまいそうだ。

 そんな格好でも少しも寒がる様子は無いのは本人曰く、人は恒温動物だから、らしい。また、服装が明らかに浮いているが、他の人の目を気にする様子もないことも含むて考えると、世間一般で言うやや変わった人なのかもしれない。

 恭平は今、馴染みの本屋に向かっている最中だった。

 恭平は長い休みの最中であり、現在熱中している趣味は特にない。普段遊んでいる友人は多忙らしい上に、恋人はいない――というか、そういうことに興味がない。おまけに恭平は、テレビをあまり見ない。

 端的に言うと、暇だったのである。

 暇な時は何をするか。そう考えた結果、かなり古い漫画がたくさん並んでいる本屋で、懐かしの漫画達の立ち読みでもしようと考えたのだ。

 そうして、特に迷うこともなく、目的の本屋に辿り着いたのはよいのだが。

「場所間違えたか……?」

 恭平は目の前のものが信じられなかった。

 そこにあったのはよく知っている建物では無く、雑草だらけの空地だったのだ。もちろん、古びた看板も、曇ったすりガラスも、やたら背の低い棚もなかった。恭平が町を離れているうちに、経営難で閉店していたのだ。

「……あ、ガラスが落ちてる。キレイだなー。けど、海で拾ったやつの方がキレイになってるよな」

 恭平は、お気に入りだった本屋が潰れていることを認めようとしない。ショックの余り現実逃避をしているようだ。地面に散らばっているガラスを、弄っている――というか叩き割っている。

 しかし、現実を見ないようにしても本屋は無く、状況は変わらない。

 恭平は、帰るか他の場所を探すか葛藤した。

(折角外出したのだからどうにか見つけたいんだよなぁ。けど、何となく探しても見つからないような気がする。収穫無しってゆーのは面白くないよな……どうしよう)

 恭平は気付いていない。潰れた本屋は探しても見つかる筈がないことは明白なことに。さらに言うと、この町には他の本屋も無いのでどうしようもない事に。そう、恭平はさっさと帰るべきだったのだ。

 未練でいっぱいな恭平は、まだ現実逃避の影響が残っているのか、探すか帰るかを決めるのを、天に任せることにした。

「どーちーらーにーしーよーかーな。てーんーのーかーみーさーまーのーいーうーとーおーり!」

 右を指す手を眺め、はたと気付く恭平。

「右がどっちか決めてなかった……」

 独り言でボケてしまった自分を恥ずかしく思い、恭平は思わず辺りを見回してしまう。自分の弟がここにいたならば、盛大に突っ込みを入れていたのだろうな、と思いながらも道に誰もいないことに胸を撫で下ろした。

 自分のアホさ加減に正気に戻った恭平が、もう帰ろうか、と思いだした時、唐突に携帯電話が鳴りだした。有名なクラッシックの曲で、どこかへ突撃でもしそうな勇ましいメロディーだった。

 ポケットから取りだし、電話に出る恭平。物は派手な色というルールを決めている恭平のそれは、オレンジの折り畳み式の携帯電話だ。薄く軽いそれを恭平は気に入っていて、結構古い機種なのだが、いまだに大事に使い続けている。

「もしもーし」

 恭平は相手をろくに確認もせず、間延びした声で応答する。

「兄ちゃん! どこにいるの? 腹へったから飯作ってよー」

 まだ幼い男の子の元気な声が、スピーカーから響いてくる。恭平には八つ歳の違う弟がいて、その弟―−あおからの電話だった。蒼はまだ携帯を持っていないので、自宅からかけたのだろう。

「……蒼か。今本屋を探してるところ。どこにあったかどわすれしちゃって」

 自分でも薄々と察していながら、往生際悪く探してると言い張る恭平。そんな兄に蒼は、無邪気に現実を教える。

「へ? 本屋ってことは隣町まで行ってるの?」

「何言ってるの? 商店街にもあったよね、禿げたおっさんが経営してたとこ。あれが見つからなくてね、困っているんだよ」

「何言ってんの? あそこは潰れたって知ってるでしょ?」

「……? いやそんなわけが……」

「本当だって。去年の十月に工事してて、工事の音がうるさいって話をしたじゃん」

「……場所はどこにあったっけ?」

「商店街のところ。向かい側に駄菓子屋があって、よくそこでアイス買ってた。……覚えてないの?」

 後ろを振り替えれば馴染みの駄菓子屋があった。そして、店を見た途端それを思い出した。

 信頼する弟が明言するのに加え、自分の記憶もあるのだ。恭平も――例え現実逃避の真っ最中でも――信じるしかない。

どこぞの大怪盗だってこの現実(追っ手)から逃げ切ることはできないだろう。

「ありがとう……思い出したよ。……飯はすぐ帰って作るから。じゃあね……」

 明らかに元気のない声で、弟に礼を言う恭平。精神へのダメージが大きいようだ。

「ん。ありがとー」

 弟の元気な声を聞きながらピッと携帯を切ると、恭平はため息を一つついた。こういうひなびた町の、小さな本屋が潰れる事は、どうしようも無い事だ。それがわかっている恭平は、無くなってしまった本屋に思いを馳せつつ、辺りを見回した。

(諸行無常の響きあり、だねぇ)

 何故か浮かぶ古典の一節を恭平は実感する。まあ諦めるしかない、と締め括り、家に帰ることにした。

 しかし、本屋から目を離し足を踏み出そうとした、その時。

 恭平の視界の端に何かが映った。

「ん……?」

 足を止めそちらに目を向ける恭平。その目には、隠しきれない好奇の視線が混じっていた。

 陽が傾いている上に、薄暗い路地の中だったのではっきりとは見えなかった。しかしそれでも、何か奇妙なものがあったと、恭平の本能が訴えるのだ。それに興味を持った恭平は、何の躊躇いもなく、スタスタとそちらに近付いていった。

 恭平がまず思ったのは、何かが揺れているな、ということ。

そして、それなりに大きなサイズだな、ということ。そこまではまだよかった。

 しかし、さらに情報を得ようと目を凝らした時、そこで起こっていることに絶句した。

(人が……浮いている?)

 一人の少女が、まるで吊り上げられているかのように、地面から一メートル程浮いていたのだ。

 白い足はユラユラと揺れ、少しの力も入っていない。分厚いクリーム色のコートを着てる事も相まって、風に揺られるてるてる坊主のようだ。

 有り得ないと思いながらも目を凝らすと、少女の体の一部を何か黒いものが覆っていることに気がついた。特に銅の辺りを、締め付けるように。そしてさらによく見ると、少女が顔を醜く歪めている事に気付いた。

それが、苦痛を意味している事にも。

 それに気付いた時、思わず恭平は声をあげていた。

「うわっ! どうしたの!」

 狭い路地に恭平の声が響き渡った。

 すると、声に反応したかのように、少女の体がぶるりと震える。そして、一拍置いた後、糸が切れたようにドサリと少女は地面に落ちた。

「あ……! 大丈夫?」

 足から落ちたので少女に大きな怪我はなさそうだった。しかし捻挫くらいはしてる可能性もあったし、何より今の現象が気になった。それ故に恭平は声を掛けながら近付いた。

 少女が苦しそうに呻く。

「う……」

「無理しなくて良いよ。頭は打ってない? 足を捻ったりとかも」

 身を起こそうとする少女を優しく押し止める恭平。その目からは好奇の輝きは消えていて、純粋に少女の事を心配している。

 少女の頭を支えた恭平は、改めて少女を観察した。

 日本人にしては白い肌に、肩まで真っ直ぐに伸びた黒い髪。顔立ちは全体的に整っているが、顔色が悪く目の下には濃い隈があった。胴体は分厚いコートで覆われているので、はっきりしたことはわからないが、その体の軽さからかなり華奢なことが感じ取れた。

 どこか幼い雰囲気があるので、中学生くらいの年齢だろうと恭平はあたりをつける。

(ロープやワイヤーで吊るされた跡は無い。引っ掛かりそうな場所も無し。一体何が……?)

 恭平が観察している間に少女は意識がはっきりしてきた。そして、現在の状況――自分の傍に人間がいて、その人間に支えられているという状況――を理解した途端、恭平の手を払い、バッと飛び起きた。

 当然、そんな反応は想定外で、恭平はうぉ、と声をあげる。少女はまだ苦しそうなのにも関わらず、サッと恭平と距離をとった。

 素早くしなやかに、という表現が合う動作。その動きを見て暢気にも猫のようだ、などとという感想を抱く恭平は、また軽く現実逃避をしているのかもしれない。幼い少女に全力で拒絶されたという現実に対して。

 呆然としている恭平を、少女は警戒心剥き出しで睨み付ける。その様子は肉食獣を彷彿させるが、瞳は動揺を映していて、何かに怯えているようだった。

 暫し見つめ合う二人。空気は固く、気安く話しかける気にはなれなかった。恭平にそんなつもりは無かったはずなのに、膠着状態に陥ってしまった。

 恭平がどうしたもんかと悩んでいると、少女が震える唇を開き、静かに質問をした。

「見たか……?」

 その声は小さく震えていたいて、恭平の耳に辛うじて届くような音量だった。本来なら可愛らしい声であったであろうそれは、かすれて老婆の声のようだった。

 そのとても小さな音に乗った、たった三文字の質問。それは主語も目的語もついておらず、何のことか恭平にはさっぱりわからない。しかし、やっと会話が始まったことに安心した恭平は、よく意味のわからない質問は置いといて、取りあえず会話を続けようとした。

「ちょっと警戒し過ぎじゃない? 僕は心配して見に来ただけなんだからさ。決して興味本意とかじゃ……あるな。まあ、そんな細かいことはあんまり気にしないでいきましょう。だからそんなに警戒しないで……あっ、それとも僕の顔はそんなに凶悪に見える? だとしたら少しショックだなー。これでも精一杯笑顔を作ってるからね」

 いきなり饒舌にしゃべり始める恭平に、戸惑いの眼差しを向ける少女。

 それも当然のことだろう。 目の前に突然見知らぬ青年が現れ、自分があからさまに威嚇しているにも関わらず、ベラベラと独り言のように話しかけてくるのだ。実際にあったら少し正気を疑うレベルの怪しさだ。

 恭平は怪しまれていることに気付きながらも、全く気にせず喋り続ける。立て板に水とはこのことだろう、と感心できそうなほどだ。

「……そう言えば! まだ名前を訊いてなかったね。僕の名前は大戸恭平っていって――って、待って! どこに行くの!?」

 べらべらとしゃべる恭平をじっと睨んでいた少女は、素早く身を翻す。そして、まだ話し続けようとする恭平を放置し、脱兎のごとく駆け出した。

 その姿はか細い少女のものとは思えない速さで、あっという間に夕闇に溶けていった。

 制止のために片手をあげたまま、茫然とする恭平。

「あれ? 何か失敗したかなぁ。頑張って緊張を解そうとしたのに……」

 会話と称して一人しゃべりまくることで、緊張がほぐれると思ってる恭平は、少し常識が足りない。知っていても、考えようとしないだけなのかもしれないが。

「何だったんだろ……変な子だなぁ」

 自分の事は棚にあげ、ぼやく恭平。しきりに首を捻るが、何か思い付くわけもなく、一旦放置することにする。

 わからないことはその内わかるよね、と前向きなのか楽観的なのか、よくわからない結論をだし、恭平は家に帰ることにした。

「狭い町だ。また会うこともあるよね……たぶん」

 少女の去っていった方向を見つめながら呟く恭平。軽い口調とは裏腹に、見詰める目は何故か真剣味を帯びている。

 フイと目を上に向けると、既に空は群青に染まっていた。

「ありゃ。早く帰らなきゃ」

 恭平は足早に家へと向かった。

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