前編
始まりは偶然だった。
「な、何が……?」
ある日、一人の少年が二つの世界をつなげる孔を空けた。その孔に一匹の生物がはまり、こちらの世界に来てしまった。ただそれだけだ。
少年は特に特別な力を持っていたわけではないとか、その生き物がこちらの世界に来てしまったのは大した理由はないということは、この話にはあまり関係はない。重要なのは、その生き物が俗に言う悪魔によく似た外見をしていたことと、その孔を空けるための少年の行動が悪魔召喚のための儀式だということ。少年は自分が物語の主人公のように悪魔を召喚したと思い込んでいることと、そんなことは悪魔は知ったこっちゃないということだった。
「っ……せ、成功したぞ! やった、ついにやったぞ、やってやたんだ! ――おい、お前、名前はなんというんだ!?」
「……■■■……ah――あーあー……」
「お、おい、無視するなよ! おれが呼び出したんだ! おれがお前の主人なんだぞ!」
少年は喜び勇みながら十字架を掲げ、床に描いた奇妙なサークルの上に立つ悪魔に命令をする。しかし、おとぎ話のように人に従うわけではない悪魔は、わめく少年を一瞥した後、無視する。
「おい! 無視するなって! 何で言うことを聞かないんだよ!」
「うるさいぞ、だまっていろ」
予想と違う状況に、慌てふためく少年。それを瞬きをする暇も無く叩き伏せる悪魔。
去る悪魔の後には、怒り狂う少年が残された。
悠々と空に逃亡する悪魔は次の瞬間には少年に会ったことなど忘れ、これからどうするかを考え始める。
選択肢は二つ。すぐに自分の世界に帰るか、ここで腹を満たして行くか。
こちらの世界には、悪魔にとって極上の餌が、至るところに転がっている。そう、人間の魂という名の餌が、それこそ掃いて捨てる程にだ。しかし、それを捕食するためには一つ問題がある。人間にとってはまことに都合がよく、また、悪魔にとってはまことに都合の悪いことに、悪魔は大昔の先祖の『誓い』によって人間を直接殺すことができないのだ。
人間の魂は死ねばすぐに散ってしまう。生きたまま魂を(実際は言葉ほどきれいなものじゃないが)抜き取るということは、人間を直接殺すことになる。つまり、直接殺すことができないということは、散りかけている不味い魂を喰うか、持ち主と何らかの取引をして譲渡してもらうしかない。
苦労して魂を手に入れようとするか、面倒くさいから帰ることにするか。悪魔はきっちり三十分は悩んだが、結局は少しだけこちらの世界を見て回ることにした。
悪魔の記憶にあるこちらの世界の様子と、今見ているこちらの世界にそう大きな差は無い。それは悪魔がつい最近人間を喰い、その記憶を取り込んだからだった。黒い翼をあまり動かすことなく空を飛ぶ悪魔は、その幸運に思わずほくそ笑む。
悪魔は五分ほどのんびりと飛び、やがて大きな白い家に辿り着く。
すぐに『鼻』を使い、何人もの人がその中に住んでいることを『嗅ぎ』取る。そして、その中でも飛びきり良い『匂い』を放つ人間に狙いをつけた。
魂を得るための作戦を練りながら舌舐めずりをする悪魔。その顔には喜びと期待が浮かんでいる。
悪魔は小さな鳥の姿をとると、目標の部屋に窓から忍び込む。そして、パニックを起こされないようにと、なるべく弱い人間の姿をとった。
部屋にいた少女からは、何もない空間から人間が現れたように見えたことだろう。
少女が小さく呟く。
「あなたは……誰?」
そうして、悪魔と少女は出会ったのだった。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
「こんなもの要らないわよ」
突然目の前に出された数々の品物に目を白黒させながら、少女はぶっきらぼうに言い放つ。その声には驚きと呆れ半々ほどの割合で入り混じっている。
一方悪魔はというと、その端正な顔の眉間に皺を寄せながら、不服そうな顔をしていた。
「何故だ? 人間の少女というのは、こういうものを贈られると嬉しいのではないのか?」
そう言う悪魔の目の前には、食べ物や化粧品、小型な電化製品や可愛らしい置物、果ては見るからに高価そうなアクセサリーなどが、所狭しと並んでいる。総額がいくらになるかなど、少女は考えるだけでも寒気がしそうだった。
不機嫌そうな顔――いわゆる仏頂面をしている悪魔は、目でこれまでの努力を物語っている。
少女はやはり呆れた声で、悪魔に告げる。
「いきなりこんなもの贈られても、大抵の人は戸惑うだけだって。前振りもなくて、下心見え見えで、下手な鉄砲を地で行くこの感じ……正直、贈り物としては落第点よ。それにこれ、どうやって手に入れたの?」
数回の会話で少女は悪魔の大まかな性格を理解していた。聡明ではあるが短絡的。素直で思ったことがすぐに口に出る。一応の常識は持ってはいるが、まさに持っているだけであって、それがどれだけ大事なのか理解していない。ついでに言うならば、少年少女の心など、一欠けらも分かっていない。こんな様子では人間を口車に乗せることなど不可能ではないか、と少女が心配してしまいそうなほどである。
少女の尤もな疑問に対し、予想通りというべきか、悪魔は清々しいほど堂々と答える。
「盗んだ」
「やっぱり……」
思わず頭を抑えてしまう少女。続く言葉は単純明快だった。
「返してきなさい。元のところに。全部」
これだけたくさんの被害があって、特に騒ぎがあった様子は無い。それはつまり、大部分の店舗に気付かれずに盗んできたということであって、それができるということは逆もまた然りなのではないか、という思惑があってのことだ。
少女の命令に悪魔は不満そうな顔をするが、少女は有無を言わせない。
「えー……面倒臭いんだが」
「駄目、返してきなさい」
「時間もかかるし……」
「駄目、返してきなさい」
「ここに置いとくのが駄目なら、そこら辺に捨てるから」
「絶対に駄目! 色々と問題が起こるから!」
そんなことをされたらどんな事件が起こるかわからない。拾った人や付近の住民には確実に迷惑がかかる上、犯人の正体、動機、犯行の方法全て不明の神隠し(物品限定)! などといって新聞に載ってもおかしくはなさそうだ。平穏を望む少女は思わず悲鳴をあげた。
仕方ない、とばかりに大きなビニール袋にそれらを詰める悪魔。その無造作な動作に、傷を付けたりはしないでよ、と少女は冷や汗をかいた。
強硬な態度を取る少女に、悪魔はぼそりと文句を言う。
「大体、お前がもっとはっきりした望みを言えば良かったんだよ。何なんだよ、『私を幸せにして』って。曖昧な上にわかりにくいんだよ」
「何よ、それであなたは納得したでしょ。今さら蒸し返すなんて男らしくないわよ」
「男じゃないんだが」
そう言ってひらり、と悪魔が回って見せる。その姿だけを見れば確かに可憐な少女だった。不思議そうな顔をする悪魔に少女は溜め息を吐いた。
品物をしまい終わった悪魔が、少女に質問する。
「なあ、どうしたらお前は幸せになる?」
「それをストレートに訊いて、わたしが教えると思う?」
ふっふっふ、とまるで子供向けアニメの悪役のように、不適に笑ってみせる少女。答える気など毛ほども無いとばかりに、偉そうに腕を組んでいる。その姿を悪魔は無表情で眺めると、先ほどの問いを繰り返した。
「で? どうしてほしい?」
悪魔は少女が具体的なことを教えてくれない理由が分からない。何故ならばその具体的なこととは、少女の叶えて欲しい望みなはずだからだ。その望みが少女の魂と引き換えだということは最初から分かっていた筈だし、今更取引に怖じ気づいたようにも見えない。
理由を話さない理由は無い。しかし、少女はまともに答えない。
「さあね、見付けてごらん」
「……面倒な」
舌打ちを打つ悪魔と、それを見て楽しそうに笑う少女。端から見れば、それは仲の良い少女達にしか見えなかった。
作戦を練り直そうと帰ろうとする悪魔に、少女は思い出したように話しかける。
「相手を幸せにしたいならね……友達になって一緒に遊べば良いのよ」
「そうなのか?」
「そうよ」
突然、話しかけてきた少女に、不可解だとばかりに悪魔は首を傾げる。しかし、それが自分の目的を達成することに役に立つならば、と切り替えは早かった。
「それでは、友達とやらになろう。今すぐ」
やはり悪魔は疑う様子を見せない。迷う時間もコンマ数秒だ。
悪魔の素直な言葉に少女は顔を綻ばせるが、すぐに意地悪そうな表情を作ると、ゆっくりと悪魔に告げた。その表情は何かを企んでいるときのもので、何かに例えるならば悪魔のような表情だ。
「嬉しい申し出だけどそれは無理なの。だって友達になるには、一緒にいて楽しい、一緒にいて幸せだ、って思えなきゃいけないのだもの」
「そうか、なら……って、あれ?」
「ふふふ、気付いた?」
幸せにしたいなら友達になるべきで、友達になりたいなら幸せにするべきで。言葉遊びのようなそれは、見事なほど堂々巡りだった。
数秒の間の後、悪魔は不思議そうに少女に尋ねた。
「つまりどうしろと?」
「さあ? 自分で考えたら?」
そう言って少女は意地悪そうに笑うのだった。
思わず顔を顰めそうになってしまうのを必死に抑える悪魔を尻目に、少女をはごそごそとベッド脇の棚を漁る。因みに、今はまだ午前の六時なので、少女はベッドの上に座り込んでいる。どこぞの泥棒かのように二階の窓からに貼りつく悪魔を中に引き入れた直後の先ほどのやり取りなので、服装も寝巻き姿、いわゆるパジャマである。
何が始まるのかと身構えた悪魔の顔の前に、突き出される少女の手。その手に握られていたのは――
「……トランプ? と、ケータイ電話か」
「あら? 知っているの?」
少女は意外そうな声を上げ、手の中にあるトランプと携帯電話にちらりと目をやる。すると一番下に来ていたジョーカーのカードと目が合った。
「何だ、知っていたらおかしいのか?」
「いや、ぜんぜんそんなこと無い、というか日本人なら知らない人のほうが少ないんだけど……まあ細かいことはいいわ! 知っているなら話が早いもの」
少女は何故知っているのか疑問を投げかけようとしたが、考えてみれば悪魔が流暢に日本語をしゃべっていることもおかしいのだし、何より悪魔自体がなぞの生命体だ。そんなものを理解しようとするのは自分には無理なので、そういうことを仕事にしている偉い人に任せることにした。まあ、そんな機会があるとは到底思ってはいなかったが。
少女は薄緑色の携帯電話を悪魔に放り投げる。
「こっちはあげる。番号は私のものしか入ってないし、乱暴に扱わない限り壊れはしないから色々試してみて。ま、いざって時の連絡手段ね。で、こっちが本題――」
少女はトランプを縛っていた輪ゴムを華麗に外すと、トランプの山を真っ二つに分け、両手に一つずつ構える。そして、親指と中指、人差し指でトランプを支え机の上に押し付けると、トランプが左右交互に積み重なるように親指を滑らせる。トランプの一辺だけが重なって一つの山になったものを、両端から膨らませるように手のひらを使って押さえる。いわゆるショットガンシャッフルだ。いちいち芸が細かい。
おおっ、と無表情なまま小さく歓声を上げる悪魔に向かって、少女は上手く混ざったトランプを突きつけてこう言った。
「どうせ何も思いついていないんでしょう? なら、わたしとトランプをしましょう。大富豪とかそういうのは二人じゃつまらないから、まずはスピードね」
それから悪魔はできるだけ少女と一緒にいることにした。それが最善かどうかはわからないが、他に方法が見つからなかった。
基本的に悪魔は少女と最初に会ったときの姿をしている。一度イメージを固めてしまうと、他の姿をとるのは面倒だからだ。しかし、空き家で寝るときでさえその姿なのは、その姿を少なからず気に入っていることを示している。
朝起きると、悪魔は少女の住んでいる家に歩いて向かう。早すぎると門番らしき人に文句を言われることもあるが、悪魔は全く気にしない。悪魔は歩くという行為を、気に入っていた。
悪魔は少女の元を訪れ、乱暴に少女の部屋のドアを開け放ち、挨拶もせずにずかずかと部屋に入り込む。はじめは時間を考えろだの部屋に入る前にノックをしろだのいちいち注意をしていた少女も、すぐにその状況に慣れる。そういうものだ。
悪魔が少女の部屋に行き、することは様々。
あるときはオセロ。
ルールを知らない悪魔に少女が(得意げに)教えながら始めたが、あっという間に悪魔の方が強くなり、少女が勝てるのは十回に一回程度だった。先ほども言ったが、悪魔は馬鹿ではない。
「な、何で……? オセロマスターと呼ばれた私がこうもあっさり負けるなんて……!」
「こんな単純なゲーム、数回やればコツはわかる。お前、大したことないんだな」
おやつに飴を舐めながら一日中続いたオセロは、四対二十五で悪魔の圧勝に終わった。最後の方は少女は涙目になっていた。
拗ねてしまった少女を見て、悪魔は少しだけ不安になった。
あるときは携帯ゲーム。
少女が弟から借りてきたと言って用意した二台のゲーム機で、通信対戦を行った。
そのゲーム(格闘ゲーム)には相当自信があったようで、少女の気合いのは入り用は尋常じゃない。まるでこれが世界の命運を決めるかのように、自分を叱咤激励していた。
「頑張るのよ、私! 何のためにこれまでやり込んできたと思ってるの。大丈夫、平常心を持って普段通りにできれば負けないわ。そう、落ち着いて深呼吸……」
「いや、怖いんだが」
やはり飴を舐めながら行ったそれは、拍子抜けするほどあっさりと少女が勝った。そのときのあまりの喜びように悪魔はクールな視線を向けていたが、少女は全く堪えなかった。
ただし、悪魔も負けっぱなしは悔しかったので、少女を上手く言いくるめて歌を歌わせた。
何故かその歌が強く印象に残ったが、悪魔にはその理由はわからなかった。
あるときは双六。
少女とその家族のお手製だというそれは、意外なほど丁寧に作られていた。
「三……一、二、三。えーっと、三回回ってワンと言え。……何だこれ」
「ふふん、ここではボードに書かれていることが絶対にして唯一無二のルールよ。諦めてやりなさい。えっと、四。一、二……げっ! 腹筋五百回!?」
「諦めてやるんだな」
しかし、内容はまさに鬼畜そのもので、二人ともゴールすることなく挫折した。フリダシに戻るが十マスごとに三つもあっては、体力やら精神力が持たないのも仕方がないだろう。
おやつを食べている余裕はなかった。
あるときは読書。
おしゃべりをするわけでもなく、一緒に読むわけでもなく、ただ並んで座って小説を読んだ。口には飴を、右手には本を。左手で頬杖をついて、足は組む。
その無言が、何故か心地よかった。
「ねぇ、何だかさ」
「……んん……これ以上……食べられな……」
「……なんてベタな」
少女の呟きもただの独り言として、部屋を支配する静寂の中に溶けていった。
しりとりをしたりアニメを見たり、けん玉に挑戦したりおしゃべりをしたり。悪魔と少女は、室内でのありとあらゆる遊戯を行った。それは傍から見ればどうしようもないほど和やかなもので、その根底に魂のやり取りなど全く感じさせないほど穏やかなもの。しかし、そこには嘘や偽りは一つも無かった。
そして、ある日二人はドミノ倒しをしているときに、悪魔はふと気付いた。まるで自分達は少女の言う友達のようだということに。
悪魔は何の感慨も無く、ならばもうすぐか、と心の中で呟く。自分たちの目的が達成されることを、悪魔はもう確信している。何故なら、悪魔自身も隣にいる少女と同じくらい――楽しい、と感じていたのだから。
心の奥でほんの少しだけそれを残念に思う気持ちはあったが、『誓い』は果たさなければならない。
その時、悪魔の集中力は途切れていたのだろう。悪魔は考え事をすることによって手元が疎かになり、その結果ドミノを倒してしまった。
「危ないっ!」
「うわっ」
しかし、素早く少女の手が倒れるドミノを押さえる。少女のファインプレーによって、被害は最小限に抑えられた。外すのがまどろっこしいと理由でストッパーさえ設置されていなかったので、一歩間違えれば大惨事になっていた。
ほっとした表情で少女は言う。
「気をつけて。後少しで完成なんだから」
「……わかった」
悪魔は素直に反省を見せる。その様子が意外だったのか、少女は軽く眉をあげるが、あまり気にすることもなく作業に戻った。
悪魔と少女は黙々と手を動かす。
部屋の中には時計の秒針が動く音が響く。
――そして、ドミノは完成した。
六時間以上かけて作り上げたそれは、一人部屋にしてはやたら広いその部屋を、足の踏み場もないほど張り巡らされている。極彩色のブロックが部屋の床を埋めつくしている光景は、奇妙を通り越して幻想的とも言えるほど。ここまで大規模なドミノ倒しは、悪魔は勿論、少女も初めてだった。
「で、できたね。……とりあえず、写真に残さないと」
そう言って少女は携帯電話を取り出すと、その場から動かず(というよりは動けず)にあちらこちらを激写する。パシャッ、と嘘くさいシャッター音が鳴り響くたびに部屋が一瞬だけ輝き、その部屋の様子がその小さな箱に記録されていく。
十枚ほどその部屋の様子を取ると、少女は悪魔が自分のほうを見つめているのに気付いた。そして、そこでようやく少女は我に帰り、携帯電話をポケットにしまい込んだ。
ついに、ドミノ倒しの華、ドミノを倒すときがやって来た。
「いい、行くよ? やっちゃうよ! やっちゃうからね!」
「わかったわかった。誰も文句言わないからやれ」
興奮のあまり頬を紅潮させている少女は、何度も何度もしつこいくらい確認する。軽く手を振って見せる悪魔も無表情だが、悪魔も内心では胸を踊らせていた。
開始位置は少女のすぐ横の机の上。ゴールは部屋の出口。
震える少女の指が、最初のドミノを倒した。
「レッツゴー!」
キーボードを打つような軽快な音をたてて、ドミノは次々と倒れてゆく。倒されてゆくドミノはすぐにトップスピードまで加速し、その音は繋がっているかのように連続して流れ出す。
カタカタカタカタタタタタ――。
倒れてゆくドミノが最初に二人が苦労した部分、渦巻き模様に到着する。ぐるぐると円を描くように倒れ、それを追う二人の目もぐるぐる回る。
あまり広くない机のドミノはすぐに全てが倒れ、最後のドミノが机の端から床へと落ちる。しかし、それも計画の内。落ちた先のドミノが倒れ、また次々と倒してゆく。
そこの部分は何度か試してはいたが、一番失敗する確率が高い箇所だったので、二人の口から思わず息が漏れた。
カタン、カッカッカカカカカカ――。
次のギミックは、分岐し、枝分かれして行くドミノ分岐路。一本だったラインが分岐して二本に。それからさらに別れて四本に。そのまま次々と枝分かれして、目まぐるしく部屋を駆け巡る。
本を利用して作った立体交差点。文字を書こうと苦心し、なんだかよく分からない塊になった部分。うねうねと曲がるカーブに、少しずつ上った後一気に駆け下りる坂道に、いくつもが同時に合流知りうに苦心して調整した合流地点。
難関が上手く行く度に二人は小さな完成を上げる。
カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ――。
次第に起きているドミノより倒れているものの方が増えて行く。それと共に分岐していたラインはだんだんとその数を減らしてゆき、別れたラインはまた纏まってゆく。
そして、最後。
導火線のように一本だけ残ったラインが、一際大きな塊の中心へと走り――
「おおおおおおっ」
華が開くように一気に分岐し、拡散した。
チリン、とゴールに設置しておいた鈴が鳴る。それは楽しい遊戯の終了の合図。
固唾を飲んで見守っていた悪魔と少女は、小さく強いガッツポーズを作った。
「いっえーい! 大成功!」
「上手くいったな」
満面の笑みを作る少女は、鼻息荒く今の出来事について語り始めた。
「やったやったやった! 今まで一度はやってみたかったことが、ついに実現したよ! もうあのシューって感じが堪らない!」
誰でも一度はやってみたいと思うであろう壮大なドミノ倒しを、見事やってのけた自分達に少女は惜しみない拍手を送る。途中何度も失敗しかけはしたが、それでも諦めなかったことを心底喜んだ。
少女の胸の中では喜びが溢れている。しかし、悪魔の顔はどこか喜びきれていないように見える。
ふと、少女が顔色の優れない悪魔に問いかけた。
「……どうかしたの?」
「……いや、なんでもないさ。呆気無いと思っただけだ」
悪魔は無表情にそう呟く。少女もそれ以上問いかけることはせずに、また先ほどのドミノの賞賛を始めた。
悪魔は思う。
(ドミノを立てることは楽しかった。ドミノは倒すために立てたのに、本来の目的である倒した後に残るのは、何だか寂しい気分だけだ。……何故私は寂しいのだろう)
悪魔はその疑問の解答に、一生辿り着くことができない気がした。




