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変人と悪魔  作者: 仁崎 真昼
赤:変人と悪魔
10/20

10 いたずら

 朝と昼のちょうど中間といった時刻に、ふらふらと歩く人影が一つ。

 今にも倒れてしまいそうなそれは、特に息を荒くしているという訳ではない。しかし異常なほどに顔色は悪く、額には大量の汗が流れていた。

(ああ、くそっ、失敗した……つい、やってしまった。ただでさえ弱っている魂が、またすり減っている……)

 人影――まつりは心の中で苦しそうに吐き捨てる。しかし、その悪態にもやはり力がない。

 酷く酔っているかのように揺れる視界は、世界を正確に映してはいない。調整の失敗した拡声器が出すような高音が、耳鳴りとなり頭から離れない。

 まつりは反省と共に自分の限界を悟った。

「今の状態では、規模の大きいチカラは無理があるか……っぅ」

 絞り出すように独白するまつり。頭の芯に響くような鈍痛に、平衡感覚が狂い倒れそうになる。

 絶え間なく襲い来る倦怠感は吐き気を引き起こし、思わず手で口を覆ってしまうほどだった。まつりは立ち止まったままそれに耐えてみるが、一向にそれは弱まらない。それどころかそれはだんだん強くなり、まつりの精神を蝕んでいった。

 危機感を感じるまつりの目に、公園のベンチが飛び込んできた。

「さすがにこんな目立つ場所は……」

 休んでいけと本能が告げる。早く逃げろと理性が告げる。

 まつりは休むことを躊躇うが、また吐き気の波が襲いかかってくる。ついに耐えられなくなってしまったまつりは、不味いと思いながらも赤色のベンチに座ってしまった。

 そのまま背もたれに寄りかかり、上を向くまつり。荒れているまつりの心とは反対に、空は憎たらしいほど晴れていた。

 遠くに響く子供たちの笑い声を聞きながら、まつりは静かに瞼を閉じた。

 まつりは腹をたてている。現在の状況にも、それを引き起こした自分の選択にも、その上で逃げ続けるしかない弱さにも。

 自分を付け狙う敵。怖くなって、隠れて、諦めることを願った、逃げることしかできない自分。

 今のまつりには世界が憎くて仕方がなかった。

(……落ち着け。落ち着いて休めるんだ、心も、体も、魂も。その上でこれからの方針を練るんだ)

 まつりは瞼を開くと空を見上げ、雲の数を数える事によって、ささくれ立った気を鎮めようとした。しかし、一、二、と数えてはみるが、雲は繋がっているかどうかの判断が難しい。安らぐどころか逆に苛立ってきたまつりは再びまぶたを閉じた。

「……このまま、何も考えずに休みたい」

 思わず、といったように唇から言葉が流れ出る。それは紛れもなく、まつりの本心から出た言葉だった。

 まつりはその言葉に意識をとられ、その通りした時のことを妄想してしまう。そしていつの間にか、周囲への警戒を怠ってしまっていた。

 突然、まつりの耳元で叫び声が響く。

「よっしゃ! すきありっ!」

「っ!」

 不意にコートのポケットを探られ、まつりは身を固くする。そして、一瞬固まってしまったことによりできた隙をつかれ、コートから何かを引きずり出された。

(何で……? 誰が……? 何を盗られた?)

 疑問で思考が止まりながらも目を開けて相手を確認すると、そこにいたのは一人の小学生くらいの男の子だった。

 年は十歳前後で、体格は平均的。まつりとは三メートルほど距離をとっていてすぐには捕まえられなさそうだ。印象的なのはその人懐っこそうな目で、何故か楽しそうににやにや笑っている。

 理由が全くわからずまつりが絶句していると、その小学生は右手を掲げた。

「これ、お姉さんの大切なもの?」

 その問いかけを聞き、まつりはそちらに目を遣る。そして握られているものを見て絶句した。

 握られているのは、子供が握っても包み込めるような小さな巾着袋。黒一色で作られており、飾り気は全くない。袋の口を閉じるための紐は、目茶苦茶に結ばれていて、簡単には開けられそうになかった。

 まつりの声が小学生を威圧するために低くなる。

「……それを返せ」

「おっ! その反応はひょっとして当たり?」

「大切なものだ。だから返せ」

 辛抱強く言葉で脅しをかけるまつり。しかし相手は楽しそうな表情を変えようとしない。

「じゃあ、鬼ごっこしようよ。お姉さんが捕まえれたら返してあげる。ただし、簡単には捕まらないよ」

「何を意味のわからないことを――」

 まつりは苛立ちを露にするが、小学生の後ろにある茂みから、同じくらいの少年が二人飛び出してきた。怒鳴ろうとしていたまつりは、それにより言葉を切ってしまう。

 それは完全に失敗だった。

「ひいちゃん、パース!」

「なっ……待てっ!」

 後から来た奴等も仲間のようで、小学生はまつりの巾着を投げ渡す。それをひいちゃんと呼ばれた小学生がキャッチすると、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 巾着を投げた小学生もまつりから距離をとると、楽しそうに叫んだ。

「さあ、遊ぼう。よーいスタート!」

 まつりは慌てて追いかけようとしたが、再度吐き気に襲われ足が止までてしまう。その間に盗人の集団は、走って逃げていった。

 暫しまつりは動けずに佇む。呆気にとられて、どうしたら良いかわからなかった。

 何で? とそれしかなかった頭は、時間と共に冷静になり、状況を理解してゆく。そして、それと共に腸が煮えくり返ってきた。

「つまり、これはただの悪戯」

 嘲笑するかのようにまつりの口角がつり上がる。

 人の大事なものを勝手に奪い、相手の慌てる様を眺めて笑う。そういう悪質な悪戯なのだと、解釈したのだ。

「……本当に……腹がたつ……」

 まつりの体から静かに怒気が漏れ始める。それは、朝の出来事によった引き出され、先程まで自分に向けていたものだった。

 やり場の無かった怒りが明確な標的を見つける。例えそれがただの八つ当たりだとわかっていても、まつりはそれを我慢し抑えることができなかった。

「そうか、死にたいのか……」

 まだ間に合う、とまつりの冷静な部分が判断する。まだ探しだし、捕まえ、――ことができると。

 あと一歩で惨劇が始まる――という時に、まつりは肩を叩かれた。

「もしもし。そこのお嬢さん」

 まつりは睨み付けてやろうとして、苛立ちを込めて振り返る。邪魔する奴には手加減はしないつもりだった。

 しかし、それはうまくいかなかった。振り返る際にほっぺたに、ぷに、と人差し指が突き刺さったからだ。

「ぷっ……引っ掛かるとは……」

 まつりの肩に手を置き、人差し指を伸ばしたまま笑いをこらえていたのは、恭平だった。恭平の前では毅然としているまつりの、間抜けな顔が見られたのが以外だったのだろう。

 恭平はまつりと目が合うと、にっこりと笑って挨拶をした。

「一日ぶりだね、まつりちゃん。また会うなんて、素晴らしい偶然だ」



 青年が少女の肩に後ろから手を置き、少女は見上げ気味に青年を見つめている。端から見ていると少々危ない構図だ。

 固まっているまつりに恭平は嘘臭い笑顔を向ける。

「これは運命ってヤツじゃないのかな? そんなものはこれっぽっちも信じてないけどね」

 まつりはその顔を見て気が抜けてしまった。まさに気勢を削がれるという言葉そのままだった。

 長い長い間のあと、盛大にため息を吐く。

「………………はぁ」

「ちょい待ち。人の顔を見るなりため息を吐くとは、なかなかに失礼なんじゃないかな」

「悪かったな。その嘘臭い笑顔を見ると、自然に体が反応してしまうようだ」

 恭平は口で言うほど気を悪くした様子はない。それがわかっていたのでまつりも謝るつもりはさらさらなかった。

「出会って数日なのに、そんなにも僕のことを思ってくれているなんて……はっ! ひょっとして僕のことが……」

「ああ、心底鬱陶しいと思っている」

 目を輝かす恭平をまつりは斬って捨てる。しかし、恭平はめげない。

「大丈夫、わかっているから。これは皆の前だと冷たくて、二人きりになるととたんにっていう、例の……あれ? 真逆じゃん」

「……お前は本当にアホだな」

 やれやれ、と肩をすくめて見せるまつり。何が言いたいのか全くわからない上に、話の途中で失速してしまう恭平に、勘弁してくれと言いたくなった。

 思い出したように恭平は話を変える。

「それよりさ、何かあったみたいだけどどうしたの?」

「っ! 不味い、早く捕まえないと……!」

 現在の状況を思いだし、焦りを露にするまつり。しかしその様子は先程とは違い、ただ純粋な必死さだけが窺えた。

 それを見て恭平は何かに気づいたようで、走り出そうとするまつりを制止する。

「待って! ……えっと、もしかするとだよ? もしかすると、何か急に小学生に襲われて、持ち物を盗られて、捕まえてみろ的なことを言われたりした?」

 起こったことを見てきたように言い当てられて、まつりは訝しげな表情をする。

「……何故わかった?」

 返答を聞き、やっぱりなー、と恭平は頷くと、この事について説明を始めた。その際若干苦笑い気味なのがまつりは気にかかった。

「いやー、あれはね……この辺りの子供たちの間で流行ってる遊びで、一種の度胸試しのようなものなんだ。まつりちゃん、ベンチに座ってたでしょ? あれに座った人が標的(ターゲット)で、その人のものを盗る。逃げ切れたら勇者、みんなのヒーロー。捕まったら間抜け、って馬鹿にされるルールなんだ」

 迷惑だよねー、と締め括る恭平が、やたらとこの事について詳しいことにまつりは疑問を覚えるが、ひとまず置いておくことにする。それよりも先に、まつりには確認しておきたいことがあった。

「それは、盗られたら返ってこないのか?」

「うーん。それが返ってこないみたいなんだよね。全く近頃の子供は……」

 恭平の答えに、まつりは目の前が暗くなりかける。

「そうか……」

 既に小学生たちが逃げ出してから時間が経っている。今から追いかけることは無理だし、探すといってもどこへ逃げたかなど見当もつかない。取り返すのは不可能に思えた。

 まつりはどうすべきかわからず、ただ突っ立っていた。

 まつりはしかめっ面になる。しかし、何故か恭平にはまつりのその顔が、今すぐにでも泣き出しそうな見え、事態が思ったよりも深刻なことを悟る。

「ごめん。僕が声をかけたから見失っちゃったんだね」

「いや……別にいい。あのまま追いかけて捕まえていたら……」

 まつりはその先の言葉は口にできなかった。間違っても普通の人が口にする単語ではなかったからだ。

「大切なものなの?」

 何とか折り合いをつけようと地面を睨み付けるまつりに、恭平は真面目な顔で質問をする。

「え?」

「失くしてしまったら泣きそうになるくらい、大切なものなんだ?」

 恭平の唐突な質問に、まつりは虚を突かれる。しかし、意味を理解すると、震えそうな声で答えた。

「……友達に貰ったものなんだ。もういないけど、大したものじゃないんだけど、それでも――」

 まつりは今度こそ泣きそうな顔になり、恭平を見上げた。

「わかった。取り返そう」

 まつりとしっかりと目を合わせた恭平は、何でもないことのように宣言する。それはまるで、眠たいから寝ようとでも言うように、気負いなどない自然さだ。

 呆気にとられているまつりを見て微笑むと、ベンチの背の上に器用に立った。

 今さら何かをしても、無駄なことはわかりきっていた。けれどまつりは諦めきれず、その堂々とした姿にほんの少しの期待を抱いてしまった。

 恭平は人の目など全く気にせず、叫ぶように呼び掛ける。

「おーい、少年たち! さっき盗ったものを返してくれ! このお姉さんがとっても困っているんだ!」

 突然の出来事に、公園の側を歩いていた人々は驚き、恭平に注目する。まつりも恭平に目を遣るが、恭平は毎度のごとく気にした様子がない。

 誰もいない公園に向けて、恭平は叫ぶ。

「大切なものなんだ! 失くしてしまったらダメなんだ! このままだと警察に届け出ることになる! 親にも学校にも叱られるぞ!」

 恭平にとってそれはただの脅し文句だった。まつりにもそれはわかっている。しかし、警察という言葉に、まつりは自分のことではないというのに、一瞬体が強張ってしまった。

 恭平が尚も声を張り上げようとすると、公園の隅にある茂みが揺れ、先程の小学生が二人顔を覗かせた。恐らく、追いかけてこないことをつまらなく思い、また公園の様子を見に来たのだろう。恭平の脅しはバッチリ聞いたらしく、顔に怯えを浮かべている。

「あの子達?」

「……隠れていることに気づいていたのか?」

「いんや、別に気づいてはなかったよ。だけど逃げるときに相手の場所が確認できないと、何となく不安になるでしょ? だから、ね」

 何でもないことのように、質問に答える恭平に、まつりはほんの少し感心してしまう。呆けた顔をして恭平の顔をまじまじと見ていると、まだ恭平の最初の質問に答えていないことに気付いた。

「ああ、あいつらだ。三人組だったから、あと一人いるはずだけどな。まあ、実行犯はあいつだし、恐らく盗られたものは右の奴が持っているから、捕まえさえできれば……」

 子供達が潜んでいたことに驚きながらも、冷静に観察をするまつり。しかし、相手はこちらを警戒しているので、簡単には捕まえられそうにない。

「なあ、何か案はないのか? さすがにこの距離じゃ捕まえるのは無理だ」

「あるよ、楽勝さ。だから黙って見ててね」

「本当か?」

 自信有りという様子でいってのける恭平に、まつりは間抜けな声を出す。まつりにはどうやっても、恭平の思考回路は理解出来なさそうだった。

 恭平はごそごそと自分のズボンのポケットを探ると、怪しげな効果音を口で言いながら、一枚のカードを取り出す。赤茶色の背景に何やら人間のようなロボットが描かれているそのカードは、やたらとキラキラと輝いていて目が疲れそうだ。

 恭平がそれをよく見えるように高く掲げると、小学生達からどよめきが上がった。

「おい、あれってランク五の『オートマタ』じゃ!?」

「絶対そうだよ! 既に廃番の幻のカードだよ!」

「何であんなひょろのっぽが……」

 目を輝かせ、小学生二人は語り合う。その熱の籠りようは、まつりが少しばかり引くほどのものだ。というか、少し怖い。

 二人の反応に満足した様子の恭平は、ウムウム、と頷きながら、交渉を始めた。

「おーい、少年達。このカードが欲しくないか?」

「な、何だいきなり! 怪しすぎるぞお前!」

 いきなりポスターでよくある誘拐犯のようなことを言い出した恭平に、小学生達は身構える。しかし、怪しいとわかっていても、目の前にある誘惑に負けてしまいそうだった。

 自制心を保つために、小学生達は精一杯声を張り上げる。

「そんなことを言って、俺達を騙すつもりだろ!」

 上手く食いついてきた小学生を見て、恭平は心の中でほくそ笑む。そして、交渉を始める。

「僕はもうカードゲームをやめる気なんだ。だから誰かに譲ろうと思っていたんだけど、要らない? 交換になるけどね」

「……交換なのか? そんなにレアなカードは持ってないぞ」

「カードはもう要らないんだってば。……交換するのは、このお姉ちゃんから盗ったものと。それだけでいいよ」

 魅惑的な誘いに、小学生達は釣られそうになる。が、盗ったもの、と聞いて新たな警戒心が芽生えた。

 小学生達が黙り込むのを見た恭平は、これ見よがしにため息を吐いて見せる。

「要らないのか……じゃあ弟にでもあげようかな」

「ま、待て! そんなこと言っておれたちを捕まえる気じゃないのか?」

 恭平が変える素振りを見せると、慌てて少年たちは引き留める。

「しないよーそんなこと。僕は平和主義なんだ」

「本当か? 嘘じゃないよな?」

「しないって。紙に誓うよ」

「そうか……」

 小学生達は、恭平がにやにや笑うことにも気づかず、茂みの陰で相談を始めた。

「トモ。ねぇ、どうする?」

 ひいちゃんと呼ばれてた小学生が、もう一人の小学生に呼び掛ける。

「……俺は……あれが欲しい」

「でもっ……! どう見ても怪しいよ!」

「あれは、ずっと探してたカードなんだっ! 二枚あれがあれば、最強のコンボができる。あれがもう一枚あれば、俺のデッキは完成するんだ!」

「トモ……だけど!」

 トモと呼ばれた少年は熱く語っるが、もう一人の小学生は、まだ躊躇う。彼は危険を漠然とだが、嗅ぎとっていたのだ。

 恭平はのんびりと相手の決断を待つ。隠れた二人は結局この条件を飲むだろうと、恭平は確信を持っていたのだ。無論、根拠はないが。

 だが予想に反して二人組はなかなか出てこない。

(うーん、揉めているのかな? じゃあ奥の手を……)

 恭平はまだ待つつもりであったが、茉莉の不安そうな視線に耐えきれず、だめ押しとばかりに叫んだ。

「さっさと決めてくれないなら帰っちゃうよー? その後学校に連絡コースかな」

「待てよ!」

 恭平の言葉が衝撃的だったようで、慌てて小学生の一人が飛び出してくる。すっかり警戒など忘れてしまっているようで、逃げることなど頭にないようだ。

 もう一人の小学生は少しの間迷っていたようだが、結局はこちらに来た。

「これは交換する気がある、ということかな?」

「ああ! 仕方ねぇから返してやるよ!」

 トモと呼ばれた小学生はそう言うと、乱暴にまつりのお守りを投げてくる。恭平はそれを慌てもせずにキャッチすると、まつりに手渡した。

「ほら、返しただろ! そのカードくれよ!」

「わかった、わかった。そうがなりたてなくても渡すよ」

 偉そうに要求をしてくる小学生に、恭平は少々腹が立ったがそれをおくびにも出さない。なので、当然小学生達は気づいていない。

 恭平は小学生達の方へ自然に近づくと、期待に胸を膨らませている彼らにカードを手渡した。

「うおおおぉぉ!」

 カードを手に入れて、片方の小学生は歓喜の声をあげる。もう一人の小学生も、恭平がにこにこしているのを見て警戒を解き、カードの方に目を移した。

 二人が熱心にカードを眺めているのを見た恭平は――

 二人の小学生に、拳骨を落とした。

「ふぐっ!」

「ひげっ!」

 脳天に降り下ろされたグーは、無警戒な二人にクリーンヒットし、鈍い音をたてる。その威力は見てる方にまで伝わりそうなほどで、手加減など一切加えていないことが容易に予想できた。

 小学生達は暫しの間、苦悶の声をあげながら地面をのたうち回る。抗議をしようにも言葉を発する余裕さえなく、逃げる余裕なんてあるわけがない。

 しかし、カードだけは離さないのは、根性故か執念故か。

「う、嘘つき……」

「捕まえないとは言ったけど、殴らないなんて言ってない」

 かろうじて発した言葉もさらりと流され、小学生達の目に思わず涙がにじむ。例え子供でも、悪さをしたらしっかり叱る。それが恭平のポリシーだ。

 その惨状を眺めたまつりは、思わず呟く。

「……やりすぎじゃないか?」

「全然。いや、むしろ当然」

 苦笑い気味のまつりは、ふと単純な疑問に思い当たり、そこを恭平に問いただしてみる。

「なあ、何でカードなんて持っていたんだ? しかも、なかなかに価値のあるやつのようだったし」

「ああ、あれ? なんか落ちてたんだよね。そこの林の中にある樹の虚の中に」

「な……何だ、と?」

 恭平の返事に対して大きな反応を示したのは、頭を抱えて呻いている小学生達だった。その顔には、まさか、といった恐怖が張り付いている。

 それを知ってか知らずか、恭平は楽しそうに事実を告げる。

「なんか四、五十枚くらい束になって落ちててさ、ビックリしちゃったよ」

「それは、落ちてるとは言わずに、隠してると言うのではないか?」

 あきれた口調の茉莉とは裏腹に、小学生達の顔からは血の色が抜けてゆく。

「そんな……じゃあこれは……」

 とどめを指す。

「なんか近くに秘密基地っぽいものもあったなあ。今時珍しく、やんちゃな子供達だね。誰がやったのやら……」

 子供達をちらりと見ながら、恭平は意地悪そうに笑う。

 まつりの口からはやはり、苦笑いしか出なかった。


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