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変人と悪魔  作者: 仁崎 真昼
赤:変人と悪魔
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01 プロローグ

この作品はフィクションです。

何かご指摘がありましたらご自由にお願いします。

 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 天気は晴れ。暗い夜空にはきれいな円形の月が浮かんでいる。

 部屋の中と外を区切っていたカーテンが、唐突に吹いた風を受けて捲れ上がった。それによって月の光が部屋に差し込み、ほんの少し視界が明るくなる。また、捲れたカーテンに当たり机の上の花瓶が倒れたが、部屋の主である少女がそれを気にしている余裕は無かった。

 夜の冷たい空気に頬を撫でられ、部屋の主の少女はぶるりと体を震わせた。

「あなたは……誰?」

 極単純な質問。その質問をする部屋の主の少女の声に怯えの色はなく、ただ純粋に疑問が籠められていた。

 その質問に対して淡々と答えるのは、いつの間にかこの部屋に侵入していた少女だった。

窓に腰掛け片方の足を立てて窓枠に乗せた体勢で、部屋の主の少女を観察している。

「誰、と来たか。胆の据わった娘だ。私を分類するのは難しいが……まあ、強いて言うならば『悪魔』、といったところだろうな」

 通常ならば一笑に付すようなふざけた台詞。しかし、侵入者である少女の醸し出す雰囲気の中では、笑い飛ばすことなど到底出来なかった。

 部屋の主の少女はその返答を聞き、僅かに動揺したそぶりを見せるが、目を逸らそうとはしない。真っ黒な瞳で、侵入者である少女を静かに見つめる。

 部屋の主の少女がまた質問をする。

「悪魔……それは、私を殺して魂を食べたりでもするの?」

 その問いに対し、侵入者である少女は口の端をつり上げた。

「……ああ、私はお前の魂を喰いたい。何故ならば私は腹が減っているし、帰りたいと思っている。そして何よりもお前は、とても――とても良い『匂い』がする」

 そう言いながら侵入者である少女は、空気を手で扇いで見せた。

 部屋の主の少女は思わず苦笑した。相手は自分の魂を狙っているということを隠そうとするどころか、自分からばらしてしまっている。それはつまり知られても何も問題が無いと考えていることに他ならないのだから。

「正直だなぁ。そりゃ、こんな弱々しい女の子なんて、簡単に殺せるのかもしれないけどさ……」

 なんかこう、雰囲気がねー……、と部屋の主の少女はぼやく。夜中に見知らぬ人が自分の部屋に居るというのに、どこまでも暢気な反応しかしない。

 部屋の主の少女の呟きに、侵入者である少女の眉がぴくりと動く。が、特に表情を変えることもなく、露骨な脅しをかけ始めた。

「む。わかっているのなら話は早い。素直に魂を寄越すがいい。今夜は気分が良いから、優しくしてやってもいい。今ならば苦しまずに死ねるぞ?」

 侵入者である少女は、まるで陳腐な悪役のような台詞を吐く。脅しと言っても凄むわけでもないが、能面のように無表情なままの顔が威圧感を放っている。

 部屋の主の少女はその脅しを頷きながら聞いていたが、一番最後の言葉に顔をしかめた。

「苦しまずに、ね」

「ああ、あっという間だぞ? あまりの自然さに、自分が死んだと気付かないほどだ。……どうした? 気に入らないのか?」

 殺すだなんだと言っておきながら気分の良い奴はいないだろうが、部屋の主の少女の意識はそれとは全く違うところへ向いていた。まるで自分の命など端から勘定に入れてないかのように。

「……うん。気に入らない」

 不可解だとでも言いたげな、侵入者の少女の視線を受けながら、部屋の主の少女きっぱりと言い切る。

「私の苦しみは私のものだよ。人生最後の出来事である死を、それに必ず付随する苦しみ無しで体験するなんて、もったいないことこの上無い。他の人がどうかは知らないけれど、私はそれは受け入れない」

 侵入者の少女を見詰めながら、部屋の主の少女は自分の考えを語る。どこか歪んでいる、信念とも言えるような考えを。

 束の間の静寂。

 十三、四の少女から放たれた予想外の言葉に、侵入者の少女は目を白黒させた。そして、はぁ、とため息をつくと、諦めたように呟く。

「お前は変な奴だな。そんな考えをする奴は初めてだ」

「そうかな? それに無料(ただ)は嫌だしね。……と、いうわけで、私はご遠慮させて頂きますー」

 語尾にハートマークでも付きそうな口調で、茉莉はきっぱりと断った。もしも相手が本物(・・)だったら、それを断れば、苦しみながら死ぬことになるかもしれないのにも拘わらず。

 その態度に清々しささえ感じてしまった侵入者である少女は、意味が無いと思いながらもひとつ提案をする。

「無料は嫌か。ならば、何かひとつ、願いを叶えてやると言ったらどうする?」

「へ? 願い?」

 部屋の主の少女の間抜けな返答に、侵入者である少女は無表情に頷いてみせた。脅しを断ると共に本性を顕し惨たらしく殺される、という妄想をしていた部屋の主の少女は、意外な提案にやや困惑した。

 油断をさせる戦法か? とこっそり相手の様子を窺うが、侵入者である少女はじっと虚空を見つめ、微動だにしない。今すぐ殺されそうではないと知り、少し冷静さを取り戻した部屋の主の少女は、今の言葉を反芻する。

 部屋の主の少女は提案について考える。そして、何かを思いつくとフッと真剣な表情になり、気になったことを質問をした。

「願いを、って何でもあり?」

 部屋の主の少女が食いついてきたことに驚きながらも、侵入者の少女は慎重に考える。下手なことを言ったら、一生こき使われる可能性もあるのだ。これについては注意して注意しすぎるということは無いのだ。獲物の考えが掴めないなら尚更。

 数秒ほどの間の後、侵入者の少女はゆっくりと答える。

「……ああ、大抵のものなら叶えてやろう。ただし、不老不死だなんていう有り得ない(・・・・・)ものは無しだ。それと、何十年もかかるものだったり、願いを増やしてくれ、何ていうのもやめてくれ」

 その答えを聞くと、部屋の主の少女は侵入者の少女の瞳をじっと見詰める。その視線はまるで心を覗こうとでもしているようで、侵入者である少女は思わず目を逸らしてしまった。その行動がまるで少女に恐れをなしたかのように見えることにも気付かずに。

 部屋の主の少女は何かを決意するかのように頷いた。そして、一瞬――ほんの一瞬だけ悲しそうな顔をすると、にこっと笑って宣言をした。

「よし、決めた! お願いをするよ」

「ほう……願い事をするのか?」

 侵入者の少女はその宣言に、感嘆の声をあげる。その宣言には諦めの響きも、妥協の響きも、自暴自棄の響きも、そういった負の感情が一切無かったからだ。

 そこにあったのは欲望にまみれた願いでは無く、一欠けらの決意だった。

「うん。する」

 侵入者の少女の質問に簡潔に答えると、部屋の主の少女は片手を差し出し微笑む。その微笑みはとてつもなく美しく、侵入者の少女が思わず見蕩れてしまうほどだった。

「あなたのお名前は?」

 丁寧な質問。

「そんなもの、無い」

 ぶっきらぼうな返答。

「お前の名は?」

 社交辞令のような問い。

「私? 私の名前はまつりっていうの」

 誇らしげな名乗り上げ。

 部屋の主の少女はとても嬉しそうに微笑んだ。

「私の魂、売りましょう。……ただし、安くは無いけどね」



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


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