破滅フラグは全部踏ませていただきます。だって、その先にしか私の自由がありませんから
約8千5百字。とある悪役令嬢による断罪回避RTA
その日、公爵令嬢セレスティア・ロズウェルに衝撃が走った。
(…………え?)
前世で遊んだ乙女ゲームの画面が、突然頭に浮かんだのだ。様々なキャラクターたちの顔、何度も見たイベントCG。忘れていたはずの記憶が次々と蘇り、脳内を駆け巡っていく。
そして自分自身もゲームの登場人物であると気づいたとき、セレスティアは絶句した。
「ウソじゃん……」
なぜならよりにもよって、“あの”セレスティアである。
原作ゲームには、王太子、騎士、神官という三人の攻略対象がいる。ヒロインのエレノアがそれぞれのルートで攻略対象との仲を深めていく一方、セレスティアは彼女に嫌がらせを繰り返し、最後には悪事を暴かれて断罪される。
そして三つのルートに共通する結末が、修道院送り。教会の管理下で修道女として、一生囚人のような毎日を過ごすことになるのだ。
(きっついなぁ……)
ちなみに前世でプレイしていた頃、セレスティアは相当に嫌な女だった。高慢で、嫉妬深く、ヒロインを目の敵にしてはあの手この手で嫌がらせをする。まさに典型的な悪役令嬢である。断罪場面では、これまでの悪事が次々と暴かれていく様子を、むしろ痛快に眺めていた記憶さえある。
ただ――。
ところがいざ本人になってみると、少々その見え方に変化が生じた。
セレスティアには前世の記憶とともに、今世を生きてきた記憶もちゃんと残っている。それを改めて辿ってみると、なんというか……。
(……この子、ずいぶん大変な人生を送ってきたのね)
セレスティアはロズウェル公爵家の令嬢として生まれ、幼い頃から王太子ルーファスの許嫁だった。それも父オズワルドと国王の思惑によって決められた婚約であり、本人が望んだものではない。
以来、彼女はひたすら未来の王妃となるために育てられてきた。礼儀作法、社交、歴史、外国語。さらには財政や外交、交易、有力貴族同士の力関係に至るまで、幼い頃から膨大な知識を叩き込まれた。王太子妃となる以上、どのような場でも完璧に振る舞えなければならないと、ほんの小さな失敗さえ厳しく叱責された。
付き合う友人も、日々の予定も、将来の役割も、ほとんどが周囲によって決められていた。
『いいか、セレスティアよ。お前は未来の王妃だ。常にふさわしい振る舞いをしろ。決して私に恥をかかせるんじゃないぞ』
その言葉を、いったい何度父から聞かされたことだろう。
彼女が何かを望んでも、それが王太子妃としてふさわしくなければ認められない。自分の意思で何かを選べたことなど、思い返してもほとんどなかった。
あまりにも過酷な毎日。前世の記憶が戻った今、少し振り返っただけでも目眩がするほどである。
そんな毎日を送っていれば、自分の立場を守ることに執着し、他人にも厳しくなってしまうのは理解できた。何より、セレスティア自身がそのように育てられてきたのだから。
そして、そう考えてみると、原作の断罪場面にも別の印象が湧いてくる。
まずは一つ目の王太子ルート。
ルーファスとエレノア。王都の学院で出会った二人の男女は、一目見た瞬間から互いを意識し、急速に惹かれ合っていった。
その一方で長年の許嫁であったはずのセレスティアは、なんとか離れていくルーファスの心を取り戻そうと必死になった。彼の気を引こうと贈り物をしたり、積極的にデートに誘ったり。けれどその甲斐なく、ルーファスはエレノアとの仲が深まるにつれてセレスティアから距離を置くようになり、彼女はますます追い詰められていく。
『殿下、今度のお休み、よろしければ私とご一緒に領地にある果樹園へ参りませんか? ちょうど季節の果物が実りを迎えた頃でして』
『ああ……すまない、セレスティア。その日はエレノアと約束があるんだ』
『ま、またですか? そう言ってこの間も――』
『悪い。もう行かなければ』
こんなやりとりが続いた結果、やがてセレスティアは「こうなったら……」と徐々にエレノアへの嫌がらせにシフトしていく。そしてついにはやってはならない大きな過ちを犯し、最終的には卒業舞踏会の場でルーファスからその行いを咎められ、華々しく婚約破棄を宣告される。そして修道院送り。
前世では、シンプルにヒロインの恋路を邪魔する悪役令嬢が成敗された場面として見ていた。けれどいざ自分事として考えれば、公爵令嬢として長年の許嫁を奪われることが、いったいどれだけの恥辱になるかは想像に難くない。だとすると、必死になって婚約を守ろうとした気持ちも今なら少し分かる気がする。
しかも、その許嫁であるルーファスは新たな想い人と親しくなる一方で、明確な意思も示さずにセレスティアから目を背けることしかしなかった。
(せめてエレノアに心が動いた時点で、セレスティアとの関係を清算してくれていたなら……)
もちろんそれがなかったからといって他人に嫌がらせなどしてよいわけではないが……つい、そう思ってしまった。
続いて二つ目の騎士ルート。
セレスティアは父オズワルドによる王太子妃教育の一環として、王立騎士団付属の救護院で運営補佐を務めていた。そこではエレノアも奉仕活動を行っており、患者たちに分け隔てなく接する姿勢をゲームのメインキャラの一人である若く優秀な男性騎士から評価され、二人は親しくなっていく。
ところが、この救護院には問題があった。運営に関わるオズワルドが、裏金を伴う汚職に手を染めていたのである。
やがて男性騎士とエレノアが不正に気づき始めると、オズワルドはセレスティアに命じた。
『あの邪魔な娘を救護院から追い出せ』
セレスティアにとって、家長である父は絶対である。ゆえにセレスティアは命令に忠実に従い、エレノアを排除しようとした。
しかし、最終的には男性騎士と協力したエレノアによって汚職が暴かれ、公爵家は失墜。セレスティア自身も片棒を担いだとして職務を解任され、やはり修道院送りとなった。
そしてここで重要なのが、オズワルドは最後の断罪場面に至るまで己にかかる疑いを事実無根と訴え、セレスティアに対しては“汚職の事実を終始伏せていた”のである。
つまり、だ。
立場的にセレスティアとしては、父の言葉を信じるしかない。ゆえに彼女視点からすると、断罪のギリギリまで自身のやっていることを悪だとはわからないまま、むしろエレノアこそが嘘の主張で家督を脅かす悪として動いていたのだ。
『あのお父様が裏で不正を……? いいえ、そんなわけないわ。エレノアめ……よくもそんな流言で我が公爵家を脅かそうなどと!』
結果、本人も知らなかった親の不正の責任をいっしょに負わされ、ほとんど巻き込まれるような形で人生を破滅させられてしまった。
(さすがにむごいわね……)
そして最後は神官ルート。
生まれつき聖属性の魔力を持っていたセレスティアは、未来の王妃だけでなく聖女候補としても多くの期待を受けていた。ところが神官ルートの序盤において、ヒロインのエレノアにも強い聖属性の魔力があると判明。そこで攻略対象である聡明な青年神官は彼女を聖女候補として指導するようになり、エレノアは瞬く間に聖女への道を駆け上がっていく。
当然、これを面白く思わない者たちもいた。他にも神殿に数多いた聖女候補たちである。
彼女たちはどうすればエレノアを蹴落とせるかと考え、来るべき祝福の儀式においてエレノアの妨害を思い付く。ただしそれを実行するには自分たちの力が足りないと判断し、公爵令嬢としての権力を持つセレスティアを頼り、けしかけた。
『セレスティア様、どうか我々にお力添えを……皆で協力して、あんなろくに修行もしてない女など排除してしまいましょう!』
その結果、エレノアに立場を奪われたくないという点で利害の一致するセレスティアは計画を実行し、最終的には神聖な儀式を妨げた罪で聖女候補から外されてしまう。でもって、ラストはやはり共通の断罪エンドである修道院送り。もちろんそれ自体は仕方のない結末だろう。
……だが、腑に落ちない点も一つあった。
それは、儀式の妨害自体は間違いなく他の聖女候補たちの総意でもあったこと。エレノアを妬んでいたのは彼女たちも同じ。それなのに、最終的に処分を受けたのは首謀者として祭り上げられたセレスティアのみだったのである。
『な、なぜです! どうして私だけがこんな目に……どうして!』
イベントでの退場場面、セレスティアは最後までこのように叫んでいた。あくまでゲーム上でのことなのでその際の彼女の心情は不明だが、もしかしたらあれはエレノアや青年神官ではなく、他の聖女候補たちに向けていた言葉だったのかもしれない。
(……はたして他の彼女たちは、いったいどういう気持ちでセレスティアを見送っていたのかしら)
「…………」
三つのルートを改めて振り返り、セレスティアは複雑な気分になった。
原作の彼女が悪事を働いたことは事実だ。けれど、その背景には王太子からの冷遇、父の命令、他の聖女候補たちによる働きかけがあった。
だいたいそもそもの話、幼い頃から周囲の期待によって人生を決められ、その価値観や性格まで形作られてきた女性である。
そこにあのような状況が重なれば――。
(……そりゃあ、悪役令嬢になっても仕方ないわよね)
無論、これは彼女の生い立ちを知った今だからこその結論であり、それとこれとは別の部分も多々あるだろう。
でも、だからこそ目の前にあるこの人生くらい別の未来を歩ませてあげたい。できることなら、このセレスティア・ロズウェルという名の少女に自由を与えてあげたい。
(……ま、それに“私”だってこのまま断罪なんて絶対に嫌だしね)
さて、これで方針は決まった。あとはここから、どうやって原作の運命を回避するかだけど――。
「う~ん……」
とはいえ実際問題、それが非常に難しい。
王太子の許嫁、救護院の運営補佐、聖女候補。どれも重たすぎる肩書である。公爵令嬢としてのセレスティアは、これらの立場でガチガチに固められており、逃れようにも周囲が行動を制限してくる。下手にもがけばもがくほど、余計に状況がこじれる可能性が高い。
かといって何も動かなければ、いずれ原作通りに三つのルートのどれかへ進み、最後は修道院送り。王太子妃としての人生を押しつけられた挙げ句、今度は修道女として一生を過ごすことになる。
(……うう、どうすればいいの……)
完全なる八方塞がりである。
セレスティアはしばらく頭を悩ませた。しかし、そのときだった。
(……ん? ちょっと待って)
立場や周囲の人間が行動を制限する――だったらいっそのこと、それら全部を先回りして捨ててしまえばいいのでは?
そうすることで、各ルートに至るきっかけそのものを潰す。そうすれば、きっと原作通りのイベントは起きないはず。自分も悪役令嬢として断罪されずに済む。
「ふふ、我ながら完璧だわ。よーし、そうと決まれば――!」
かくしてセレスティアは行動を開始した。
――そしてそこからのセレスティアは、まさに電光石火だった。
まずは王太子ルート。
原作ではルーファスの心を取り戻そうと必死になった末、卒業舞踏会で婚約破棄を宣告されていた。ならば今回はそうなる前に、こちらからその関係を断ち切ってしまえばいい。
さっそく王宮にいるルーファスのもとへ赴いたセレスティアは、挨拶もそこそこに切り出した。
「殿下、私との婚約を破棄してくださいませ」
「……え?」
ルーファスが目を丸くする。
「私、前から殿下のはっきりしない性格があまり好きではありませんでしたの。もし仮に許嫁以外の想い人が現れたなら、潔くきっぱりと振ってあげるのも優しさだと思いますわ」
「え、は……?」
「ではごきげんよう」
セレスティアはにこやかに一礼すると、ルーファスを残してその場を去った。
こうして王太子との婚約は解消され、彼女は長年背負ってきた許嫁という立場を手放した。
「よし、これで一つ目完了!」
続いて騎士ルート。
原作では父の命令で救護院の仕事を続けた結果、汚職事件へ巻き込まれていた。ならば今回は、今のうちにその現場から離れてしまえばいい。
セレスティアは公爵邸へ戻ると、その足でオズワルドの執務室へ向かった。
「お父様。このセレスティア、本日付で救護院のお仕事を辞めさせていただきます」
「……は?」
オズワルドの手が止まった。これまで父の命令に従い続けてきた娘が突然、与えられた役目を放棄すると言い出したのである。しかも、相談という様子でもない。
「な、いきなり何を言い出すのだ、セレスティア。あの仕事はお前の王太子妃教育の一環として――」
「ええ、存じております。ですが、もう決めましたの」
セレスティアは穏やかに答えた。そして、原作の救護院で起きた事件を思い出し、ついでとばかりに付け加える。
「それと僭越ながらお父様、汚職はすべきではありません。今からでも遅くないので、もし後ろめたいことがあるならきちんと然るべき場所へ出頭することをお勧めしますわ」
「な!? そ、それはどういう……」
「ではごきげんよう」
父が最後まで言い終える前に、セレスティアは執務室をあとにした。
これでもう救護院の運営補佐の役目はなくなった。同時に男性騎士やエレノアと関わり、父の不正へ巻き込まれるきっかけも消えた。
「はい、二つ目も完了!」
最後は神官ルート。
原作では聖女候補として神殿へ関わり続けた結果、エレノアの儀式妨害へと発展していた。
「だったら――」
セレスティアは神殿へ向かい、そして神父を見つけるなり宣言した。
「神父様。実は私、邪神教徒ですの」
「な、なんですと!?」
神父が仰天する。無理もない。未来の聖女候補として期待されていた公爵令嬢が、よりにもよって禁忌とされる邪神教徒を自称したのである。
神殿側は大慌てとなり、当然ながらセレスティアの受け入れを拒絶した。しかし、当の本人は一向に気にする様子もない。それどころか、
「あ、そうそう」
セレスティアはふと思い出したように、周囲にいた聖女候補たちを振り返った。
「それから皆さんにもご忠告ですが、人間である以上、もちろん嫉妬ややっかみという感情は致し方ないことです。ですが、ご不満があるならご自身で解決すべきですわ。決して他人を矢面に立たせるのではなく」
「せ、セレスティア様……?」
「ではごきげんよう」
にっこりと微笑んで、そのまま神殿をあとにする。
「うっし、これで三つ目も完了!」
王太子との婚約、救護院の仕事、聖女候補としての神殿との関係。
さて、これで原作の三つのルートへ進むきっかけは全部消滅した。
あれほど重たかった肩書を次々と手放し、セレスティアはついに修道院送りという運命から逃れることに成功したのである。
これでようやく、誰かに決められた人生から抜け出せる――と思いきや、まだ終わりではない。
なぜならこの国には、『未婚の高位貴族の女性が独身のままでいることを認めず、その結婚相手は国によって決める』という厄介な仕組みがあるからだ。
つまり、王太子ルーファスとの婚約を失ったセレスティアにも、貴族の義務として新たな縁談が用意される。修道院送りを逃れたところで、今度は政略結婚の弾として誰か見知らぬ男の妻になる人生が待っている。
これでは結局、自由とはほど遠い。
――が、そこはご安心あれ。
もちろん、そのことはセレスティアも承知していた。よって対策も用意している。というか、すでに実行されていると言ってもいい。
それというのも、ここまでの彼女の行動を振り返ってみよう。
許嫁である王太子との婚約破棄を自ら要求。それだけでなく公爵家当主である父親の命令を拒絶し、救護院の仕事を突然辞職。挙げ句の果てには、神殿で禁忌の邪神教徒を自称。
これまで王太子妃候補として国の一大プロジェクトのように育てられてきた公爵令嬢が、短期間にこれだけ立て続けに耳を疑うような問題行動を起こしたのだ。
「セレスティア様、いったいどうしてしまわれたのかしら……?」
「もしや、何かのご病気とか……」
「あるいは悪霊に憑りつかれてしまったのかも……」
いつしか王国内はそんな噂でもちきりとなった。しかもそれは瞬く間に海を越え山を越え、他国にまで広まっていった。
そんな状況の中で、王国はセレスティアの新たな政略結婚相手を探し始めたわけで――。
「申し訳ありません。セレスティア嬢を引き取ることはできません」
当然の回答だった。
傍から見ればどう考えても気が触れたとしか思えない行動ばかりの女性を政略結婚で押しつけられるなど、相手からすればメガトン級の爆弾を投げ渡されるようなものだ。百害あって一利なしである。
国内にしろ国外にしろ、数多の貴族が揃って縁談を拒否した。
王国は困り果てた。自分たちが定めた貴族のルールに則れば、高位貴族の未婚女性である以上、なんとかして結婚相手を用意しなければならない。ところが、王国がどれだけ相手を探しても、セレスティアを妻に迎えたいという貴族は一人も現れない。
かつて王国のトップの妻になるべく育てられた公爵令嬢は、今や誰も引き取りたがらない超要注意人物となっていたのである。
で――。
王宮へ呼び出されたセレスティアに対し、国王は厳しい顔で告げる。
「セレスティア・ロズウェルよ。そなたから貴族としての身分を剥奪する!」
身分の剥奪。ひと言で言えば、平民への降格である。王国にとっては、もはや貴族として扱いきれないセレスティアへの最終的な処分だった。
が、本来ならそんな絶望必至の宣言に対し、当の受けた本人はというと――。
「はい、ありがとうございます!」
まさかの満面の笑みで返され、その場にいた全員が顔を見合わせる。
ともあれ、これにてようやく全ての障害が取り払われた。平民となった以上、高位貴族の女性を対象とする婚姻制度は適用されない。
どこで、誰と、どのように生きるのか。これからは、そのすべてを自分自身で決められるのだ。
こうして、ついにセレスティアは原作ゲームのどのBAD ENDにも存在しなかった完全な自由を手に入れたのだった。
「――さて」
こうして晴れて自由になった彼女ですが、これで終わりでしょうか? いえいえ、まさか。そんなはずはありません。
「そういえば私、まだ何一つ悪いことをしておりませんわね」
思い返せば、ゲームでのセレスティアは紛れもなく悪役令嬢だった。けれどそこには、幼い頃から王太子妃になるために育てられ、婚約も教育も将来の役割も周囲に決められてきた過去がある。原作では、そんな境遇に追い詰められた末での断罪だった。
そして彼女の人生がそういうものになった背景には、王家や公爵家をはじめとする祖国の人間たちの影響も非常に大きかった。
で、あれば――。
「せっかく皆様が仕立て上げてくれた悪役令嬢への道ですもの。最後くらい、少しはご期待に応えませんと申し訳が立ちませんわ」
そうにっこりと微笑むと、セレスティアは直ちに動き出した。
王家や有力貴族が裏で握っている利権、表沙汰になれば困る不正、外交の場では決して明かせない弱みetc.
将来の王妃として育てるために与えられた様々な知識と、ゲームで知った悪事の数々。その中には、王国が外部に知られれば困る情報も山ほどあった。
それらを手土産にセレスティアが向かったのは、王国の隣にある帝国だった。
帝国側にとって、元王太子妃候補が持ち込んだ情報は極めて価値が高い。彼女は祖国の内情を提供し、王家がどのような条件を突きつけられれば困るのか、どの有力貴族へ働きかければ交渉を有利に進められるのかまで助言した。
そして数か月後、王国の外交・交易事情は一変していた。
「どういうことなんだ、これは!」
「くそっ、なぜ帝国にこちらの事情がここまで詳細に知られているんだ!?」
王宮の広間に響く怒声。
帝国との通商条約では不利な条件を飲まされ、王家が握っていた魔石交易の利権まで奪われた。
王家の収入は大きく落ち込み、国王をはじめとする宮廷の面々は頭を抱えた。
しかも相手はこちらの事情をあまりにも正確に把握しているときたものだ。いったいなぜ。考えてもわからない。
が、そこで――。
「ま、まさか……!」
そう呟いたのは王太子であるルーファスだった。その言葉に国王が顔を上げ、オズワルドも息を呑む。
奇しくもそのとき、全員の脳裏に過ぎったのは同じ人物だった。
――あ、あり得る、“彼女”ならば。
彼らは戦慄した。なぜなら彼女にはそれだけの知識や計画力、加えて実行するだけの政治力もあると知っているから。それでいてやろうと思えば、今以上の状況を作り出せるであろうことも。
そしてなにより皮肉だったのは、そんな風に彼女を育て上げたのは他ならぬ自分たちであるわけで……。
一方、遠く離れた帝国のとある屋敷の中庭。
セレスティアは紅茶の入ったカップを片手に、祖国の現状を伝える報告書を受け取っていた。そして彼女はそれらに目を通すと、紅茶をひと口飲み、静かにほほ笑んだ。
「ふふ。やっぱり、悪いことはするものではないですね」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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