第1話
放課後の高校。
その校舎裏にある、古い用具倉庫の近く。
ここは生徒たちの間で、密かに噂となっている、隠れた名スポットだった。
今は部活時間なのに、辺りに人の気配は無い。
せいぜい運動部の掛け声や、吹奏楽部の演奏が、遠くから聞こえてくる程度だった。
倉庫を除けば周囲には何もなく、閑散として殺風景なだけの場所。
本来であれば、殆どの生徒がきっと、ここに来ないまま高校生活を終えるに違いない。
でも、今は逆。
むしろそれが良いのだと、俺は改めて思う。
あまり見られたくないような物品の貸し借り。生意気な後輩への呼び出し。
更には、好意を抱いている相手への、愛の告白さえも。
人が殆どいない、周囲の騒音も最小限。
校内で秘密の話をするのに、これほど好都合な場所など、他には考え付かないくらいだ。
「……」
俺はゴクリと、つばを飲み込む。
このスポットで俺は今、一人の女子生徒と話をしている。
他の人には聞かれたくない、俺と二人だけで話がしたい。
彼女はそんな事を言って、唐突に俺を、この場所へ連れてきたのだった。
「いやぁ、さっきはビックリしたよ。帰ろうとしてたら、急に頼まれたから」
「本当にすみませんでした……高井君に悪いとは思ったんですが、どうしても緊急だったもので」
「緊急?」
「はい。今じゃなきゃ駄目なんです」
「今、じゃなきゃ……」
「はい。今、すぐです」
そう言いながら、じっと俺の方を見つめる女子生徒。
真剣な表情もまた魅力的だなぁと、俺は何となく考える。
目の前にいる彼女の名前は、佐倉葵。
所属するクラスは俺と同じ、一年二組だ。
つまり俺たちはクラスメイトなのだが、残念ながら現状では、特に親しい間柄というわけじゃない。
昨日までは、彼女と話す機会さえ、殆ど無かったくらいなのだ。
それなのに今。俺たちはこうして二人で向かい合い、話をしている。
才色兼備で人気者、おしとやかなクラスのマドンナ的存在である、佐倉さん。
そんな彼女と二人きりで、こんなにも長く一緒にいられるなんて……
俺は何とか、外見上では必死に、平静を装っていた。
だが、正直に言うと。
俺の心臓はスピードを上げながら高鳴っており、頭の中に至っては既に、期待と興奮で埋め尽くされていた、と言っても過言ではなかった。
高まるテンションを抑えながら、俺は佐倉さんに話しかける。
「じゃ、じゃあ佐倉さん。さっき言ってた、伝えたい話っていうの……そろそろ聞きたいんだけど」
「そうですね、分かりました。では――まず、これを」
すると佐倉さんは自然な動きで、自らの腰の方に手を回す。
直後。
「ん?」
唐突な違和感に、俺は思わず眉をひそめる。
佐倉さんは今、小さめのアタッシュケースを手に持っている。
銀と黒の、シンプルでメタリックな外観のケースだ。
いや、ちょっと待て。何かがおかしい気がする。
別に、目の前のケースが変なわけじゃない。ただ、今の光景に少し、引っかかる事があるような……
「佐倉さん」
「はい」
「そのアタッシュケース……今、どこから出したの? 佐倉さん、さっきまでは手ぶらだったよね? 背後とか足元にも、そんなデカいケース置いてなかったけど」
俺からの質問に、佐倉さんは一瞬、キョトンとした後。
「ああ、その事ですか。別に気にしなくて大丈夫ですよ。大した技じゃないので」
「技?」
「しかもこれ、実はそんなに難しくないんです」
「いや、難しいとかそういう話じゃなくて。要するに……今、何したの? 手品って考えて良いんだよね?」
「手品なんて出来ませんよ、私。これはただの技。いわゆる、基礎技術みたいなものですね」
「そんな基礎技術、聞いた事ないけど……」
俺は困惑しながらも、軽めにツッコミを入れる。
クラスのマドンナ、佐倉さん。彼女は俺に、何を話したいのか。そもそもこれは一体、どういう方向性の話なのか。
俺にはまるで見当もつかない。
だが佐倉さんは、そんな俺の様子を気にする事もなく。唐突に、手元のアタッシュケースを俺の方へ差し出してきた。
「とにかく。まずはこれを受け取って下さい」
「えぇ?」
「私から高井君への、大事な大事な贈り物です」
「贈り物って言われても……まだ俺、何も納得もしてないし」
「だからこそ、ですよ。百聞は一見に如かず、って言うじゃないですか。私が延々と説明するより、高井君にケースの中を見てもらった方が、話は早いと思うんです」
「そりゃ、まあ」
「お願い、出来ませんか?」
佐倉さんはそう言って、また俺をじっと見つめてくる。
「うっ……」
文武両道なだけじゃない。容姿端麗、アイドル顔負けの美少女でもあった佐倉さん。
そんな彼女が今、上目遣いで俺へ、不安げに眼差しを向けているのだ。
健全な男子高校生の一人である俺が――それに、勝てるはずも無かった。
「……まあ、中を見て、話聞くだけなら」
俺の言葉を聞き、佐倉さんの表情は一気に明るくなる。
「ありがとうございます、高井君!」
「いや、別にそんな」
「では改めて、こちらをどうぞ!」
嬉しそうな表情の佐倉さんから、俺は今度こそアタッシュケースを受け取る。
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