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魂鏡〈たまかがみ〉〜古代変身ディスクを宿せし者たち〜  作者: 月乃 そうま


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魂鏡七、夜道

 

 ︎︎ブラウスの上から燈里のジャージを着せられた葵は、学校を出て、近くの公園まで二人で走って、ようやくひと息吐いた。

 ︎︎辺りはもう暗くなっている。


「はぁはぁ……さすがにもう追って来ないかな?

 ちょっと自販機で飲み物でも買ってくるよ。

 怖かったら、そこらの茂みに隠れてて……︎︎︎︎」


 ︎︎言って、燈里は自販機に向かおうとする。

 ︎︎葵は、慌てて燈里のシャツの袖をどうにか捕まえる。


「まだ、怖い?」


 ︎︎引き留められた燈里が、心配そうに葵を覗き込む。


「いえ、あの……望月先輩、ありがとうございました……」


「いやいや、たまたまだけど、図書室に行って良かったよ」


 ︎︎コクリ、葵は頷くことしかできない。

 ︎︎色んな感情が()い交ぜになって、上手く言葉にできなかったのだ。

 ︎︎そんな事情を察したのか、燈里は優しく葵の頭をポンポンと撫でると、それ以上は言わず、自販機に向かってしまった。


 ︎︎葵は、今更ながらに先程のことを思い返す。


 ︎︎部活禁止のせいで暇になってしまって、何となく図書室に行ったこと。


 ︎︎読みたい本を探していたら、いきなり後ろから襲われたこと。


 ︎︎これはホントにパニックだったと、背筋を冷たいものが走る。


 ︎︎生徒会は学校の秩序を保っていて、その生徒会の肝入りで再開したはずの図書室に、怖い人が居るとは思っていなかったのだ。


 ︎︎無理矢理ブラウスを破られて、男の手が伸びてきて……今、考えても恐怖でしかなかった。

 ︎︎今まで剣道部の先輩たちに鍛えられてきたのに、いざとなったら萎縮して、まともに声も上げられない自分が情けないとも思っていた。


 ︎︎そこに現れたのが望月先輩だったことにも驚いた。

 ︎︎葵の記憶の中では、いつもカワイイ、カワイイとからかってくる先輩で、黒木先輩と違って暴力とは無縁そうな、それでいてどこか冷めた感じの先輩だと考えていたのだ。

 ︎︎その先輩が、あんなヒーローみたいな登場をするのは、ズルい。

 ︎︎しかも、自分は結構、あられもない姿を晒していたというのに、ここまでそれに触れて来ないのもズルい。

 ︎︎普段なら、わざとらしく鼻の下を伸ばしたり、変に格好つけたりしそうなものなのに、柄にもなくただ優しく心配するだけなのもズルい。


 ︎︎それにしても驚いた。

 ︎︎まさか、望月先輩も『ムーンディスク』保持者だとは思わなかった。

 ︎︎あの日、『ムーンディスク』に直撃された人間は、多かれ少なかれ必ず怪我を負っている。

 ︎︎明里先輩の話では、運良く『ムーンディスク』に当たらなかったらしいと聞いていたが、そういうパターンもあるのだろうか、と疑問に思う。


 ︎︎ただ、望月先輩の手は温かかったな、と葵は握られた自分の手を見つめる。

 ︎︎それから、ジャージが目に入って、何となくジャージの胸元を引っ張って匂いを嗅いだ。

 ︎︎そうしたら、急に気恥ずかしくなって、顔が熱くなってくる。


 ︎︎燈里は、自販機で飲み物を買いながら、区役所に電話した。

 ︎︎新設された『浮島区役所・特別事案対策課』に後を任せるためだ。


 ︎︎これで高桑亮吾が意識を取り戻して追って来たとしても少しは安心できる。

 ︎︎もしかしたら、高桑亮吾は指名手配されるかもしれないが、捕まった方が亮吾のためにもなるだろうと思ったのだ。


 ︎︎それが自分の意志であれ、『ムーンディスク』の暴走であれ、やったことは犯罪だし、不穏なことも言っていた。

 ︎︎普通の警察では対応できないのだから、そういう部署に連絡した方が話が早い。

 ︎︎緊急で学校に見回りに来て、近くのパトロールも実施すると約束してくれた。

 ︎︎そして、状況が分かり次第、連絡をするから、子供は早く帰りなさいとこちらの身を心配するようなことを言って、電話は切れた。


 ︎︎燈里はようやくひと段落着いたと、ホッと胸を撫で下ろした。


 ︎︎それから、燈里は葵のところに戻る。

 ︎︎葵は首をすぼめて寒そうにベンチに座っていた。


「あ、飲み物、あったかい方が良かった?」


 ︎︎燈里が聞くと、葵は慌てたようにジャージから首を出して、「つ、冷たい方がいいです……」と答えた。

 ︎︎さすがに匂いを嗅いでいました、とは言えない。


 ︎︎葵は受け取った清涼飲料水で、火照った頬を冷ましながら、改めて礼を言う。


「あ、あの……今日は本当にありがとうございました……」


 ︎︎燈里は冷たい麦茶を、ゴクリとひと口飲んで。


「ああ、気にしなくていい……それと、今、区役所に連絡したから、アイツのことは、後は区役所がやってくれるはずだから、安心していいと思う」


 ︎︎そう言って、燈里は少し遠い目をする。


 ︎︎葵はその少し、いつもの先輩に戻ってしまった燈里を惜しみつつも、ある種の安心感を得る。


「あの……知ってる人なんですよね……」


「ああ、クラス内の不良の一人で、瓜生ってやつの腰ぎんちゃくやってる高桑ってやつだ。

 前々から粗暴なやつではあったんだけど、あんなあからさまなやつじゃなかったはずなんだけどな……︎︎。

 普段なら、アイツを止めるのは義己っちの仕事なんだけど、今日は義己っちも先に帰っちゃったしね……︎︎今日は瓜生に義己っちを助けてもらったから、複雑だ……」


「ええと、区役所で指名手配みたいなことして、良かったんでしょうか?」


 ︎︎燈里と黒木、瓜生と高桑の関係性をあまり知らない葵としては、クラスメイトをバッサリ切り捨てる形になった燈里が心配になった。


「当たり前だ。俺の二次元妹を傷つけるようなやつには、それなりの制裁を食らわせてやらなきゃな!」


 ︎︎いつもの軽口。しかし、葵の中では、今日は少し受け取り方が違う。


「それ、いつも言ってますけど、私、三次元で、妹じゃないですから!」


 ︎︎普段なら、照れてかしこまって、あの……とか、その……くらいしか言えないが、今日はそれを許してはいけない気になったのだ。


「お、おう。ごめん……好きなアニメの主人公の妹がめちゃくちゃ兄想いのいい子でさ、葵ちゃん見てると、ついそれが重なるというか……その、ごめん……」


「……つまり、そのアニメが『好き』なんですね。まあ、『好き』ならいいです。『好き』なら……」


「え、ああ、うん……」


 ︎︎燈里はなんだか勢いに押されてしまったが、コレは許されたと思っていいのかどうか、またまた複雑な問題だと思った。


「それで望月先輩も『ムーンディスク』保持者だったんですね……」


「え?ああ、たぶん……︎︎」


「でも、怪我はなかったみたいって、嬉しそうに明里先輩が言ってましたけど……」


 ︎︎燈里と明里は家がとなり同士なのもあって、基本、隠しごとができない。

 ︎︎母親同士の井戸端会議情報網は、侮れないのだ。


「まあ、『ムーンディスク』に打たれると怪我をするってのも確定じゃないみたいだし、正直言うと、あの瞬間のことってあんまり覚えてないんだよね……」


 ︎︎さすがに十年以上前から化け物でした、とは言えない。

 ︎︎この『浮島区』限定の話ではあるが、怪物化が当たり前にある世界だからこそ、燈里は自分を解放できたとも言える。そうでなければ、先程のように立ち振る舞うのは、どれだけピンチでも難しかったかもしれない。

 ︎︎最悪、孤高の戦士は闇に消えた、みたいなことになっていた可能性もある。

 ︎︎物語としては美しいが、燈里はたった一人の寂しさに耐えて生きるのは無理だと思っている。

 ︎︎兎は寂しいと死んじゃうなんて話もあるしな、と益体もない考えも浮かんでくる。

 ︎︎ちなみに、実際は寂しいと死ぬというのは都市伝説のようなもので、それなら兎を飼う人はいなくなるだろう。


「そうなんですね……。あ、でも、凄かったですよね、なんか、ぴょんぴょんばーん、みたいな感じで……びっくりしました……」


「は、はは……あんまりヒーローって感じじゃないよね……」


 ︎︎義己のように、ミノタウロスだか、牛頭天王なら草食動物でも格好いいが、ウサギのヒーローだと、ちょっとギャグアニメみたいな感じになってしまう、と燈里は落ち込んだ。


「そ、そんなことないです!

 望月先輩はヒーローでした!絶対!︎︎︎︎」


 ︎︎顔を真っ赤にして力説する葵に、燈里は少しだけ肩の力を抜いた。


「ありがとう、そう言って貰えると、救われるよ」


 ︎︎そう言って、やっぱり理想の二次元妹に似ているなあ、と葵の頭を、ポンポンしてから、あ、また、「妹じゃないです」とか怒られてしまうと、手を引っ込めた。


「……かっこよかったですよ、お兄ちゃん!」


 ︎︎葵は照れながらも、少しだけ燈里につきあって、お兄ちゃんと呼んでみた。


 ︎︎燈里は震える。感無量、という感じだった。

 ︎︎頭の中で葵の「お兄ちゃん!」がリフレインして、見えてはいないが、背中が白い毛に包まれるほどだ。

 ︎︎そんな背中の変異を感じて、燈里はなんとか感情を抑える。


「じゃ、じゃあ、帰ろっか……」


 ︎︎なんとか平静を取り戻して、燈里は立ち上がる。

 ︎︎少しイタズラ心が湧いてしまった葵は、両手を顎の下に置き、上目遣いで告げる。


「お兄ちゃん、送ってくれますか?」


 ︎︎燈里は、またまた変異しそうになるのを、なんとか抑え込むのだった。



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