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魂鏡〈たまかがみ〉〜古代変身ディスクを宿せし者たち〜  作者: 月乃 そうま


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魂鏡五、瓜生創

 

 ︎︎学校再開から数日、学校内だけでも既に何件もの怪物化事件が起きている。

 ︎︎しかし、同時に生徒会は『覚醒風紀委員会』を発足、一部の理性を保ったまま『直居覚醒』が使える生徒を勧誘するようになった。


 ︎︎これは学校外でも似たような動きをしていて、『宇宙開発公団・MD研究室』や『浮島区役所・特別事案対策課』といった自治組織が作られ、暴走した『直居覚醒』案件の対処に当たっていた。




「黒木、体育館で大迫先生が暴走した。

 『覚醒風紀委員』の出番だ、来てくれ!︎︎」


 ︎︎昼休みに燈里たちの教室を乱暴に開いて、生徒会長、楠木(クスノキ)幹生(ミキオ)が顔を出す。


 ︎︎弁当を食べていた手を止めて、義己が立ち上がる。

 ︎︎義己は先の猿渡の事件の後、『覚醒風紀委員』に勧誘されたのだ。


 ︎︎周囲では生徒会長の言葉を聞いた生徒の何人かが、コソコソと話し始める。


「大迫……マジか?」


「アイツ、いっつも気合いと根性って、精神論信者のくせに、本人が気合いと根性が足りてないとか笑えるわ……」


「言えてる!」


 ︎︎がたんっ!︎︎椅子を蹴倒す勢いで明里が立ち上がる。


「あんたらね、グチグチ陰口叩いてんじゃないわよ!

 義己ちゃんは私たちのために、ムーンディスク被害者の暴走︎︎を止めに行くんだよ。

 それがどれくらい危ないことなのか、想像くらいしなさいよ!︎︎」


「な、なんだよ。別に黒木の心配をしてないとは言ってないだろ」


「ははは、大丈夫だよ、橙山、ありがとう。

 先生たちだって人間だ。色々あるんだろうさ……まあ、お前らの鬱憤含めて、一発、頭を冷やさせて来るよ!︎︎」


「おお、黒木、ガツンとやって来てくれ!」


「頑張れよ、黒木!」


 ︎︎応、と答えて生徒会長に連れられ義己は教室を出て行く。


「黒木君、無理しないでね」


 ︎︎背中から声を掛けたのは、猿渡だった。

 ︎︎義己はそれに拳を上げて答えた。




 ︎昼休みの終わり、義己はまだ戻って来ない。

 ︎︎義己の『直居覚醒』は身体の一部が限定的に変化するものらしく、その全貌を見た者はいないが、どうやら相当にパワーのある『ムーンディスク』らしく、今までの事件は全て一発殴るだけで解決している。


 ︎︎昼休みの後は自習。教師が休職、不登校というケースはもはや珍しくない。

 ︎︎そういう時は、自習とするしかないのだ。


 ︎︎燈里はなんだか嫌な胸騒ぎを覚えて、教室を後にした。

 ︎︎自習になっている教室は多く、あちこちの教室が騒がしい。

 ︎︎それを注意する教師も足りていないのだ。


 ︎︎燈里は体育館の外から、こっそりと様子を窺うことにする。

 ︎︎体育館の正面入口は生徒会が固めていて、入るのは不可能だったのだ。


 ︎︎体育館にある足下の小さな小窓、そのひとつを開けて中を覗く。

 ︎︎そこには悪魔と対峙する義己がいた。

 ︎︎燈里は直感的に悪魔としか思えなかったが、ソレは悪魔崇拝の代名詞的存在、バフォメットと呼ばれる異形だ。

 ︎︎黒山羊の頭に乳房のついた女性の身体、黒い翼に下腹部には二匹の蛇が絡みつく杖のようなモノが生えている。

 ︎︎アレが大迫先生なのだろうか。


 ︎︎義己の方はといえば、上半身裸でやはり両腕だけが変化しているが、左腕は、だらりと下がって、血だらけになっている。


 ︎︎バフォメットは大迫先生の野太い声で、自分の豊満なバストを触りながら喘ぐように喋る。


「世界ハ終ワル、ソレナラバ快楽ニ塗レテ、自我ヲ解放セヨ……我ハ天界ノヒト柱、楽園ノ扉ヲ開ク者……オ前ノソドムヲゴモラセヨ……ウヒヒハハハ……ソノ身ヲ捧ゲヨ!」


「うっ……くそっ……先生、そんなんじゃなかっただろ!」


 ︎︎義己は何かを振り払うように頭を震わせて、なんとか大迫先生に声を届かせようとしている。


「我ノ内ナル願イニ魂ガ答エタノダ……終ワル世界ナラバ、何ヲ節制スル必要ガアロウカ……」


「勝手に終わりだなんて、決めつけるなよ!︎︎」


 ︎︎義己は残った右腕で振り絞るようにパンチを放つ。

 ︎︎しかし、バフォメットは黒い翼をはためかせ、空中で身体を捻ると義己の背後に降り立った。そのまま長く伸びた爪で義己の背中を引き裂く。


「ぐあっ!」


 ︎︎バフォメットは爪についた血を舐めると興奮したように身悶えする。


「若イ肉体……ヤレバデキル!

 オ前ノソドムヲゴモラ、シテヤロウカ?

 ウヒ、ウヒ、ウヒハー!︎︎︎︎」


 ︎︎バフォメットは教育上よろしくないハンドサインを決めて、腰をカクカクと動かしながら、嘲笑を重ねる。


「なんなんだよ!

 これ以上、幻滅させないでくれよ……。

 アンタの言葉を聞いてると、最初からそうだったように思えてきちまう……違うだろ……そうじゃないだろうがよーーー!!!︎︎︎︎」


 ︎︎肩から胸へ、胸から上下へ、義己の変化が拡がっていく。

 ︎︎赤茶けた短毛が全身を覆い、筋肉は二倍、三倍と膨張を続ける。

 ︎︎義己の頭にも変化が起こり、雄々しくそり立つ角が生える。

 ︎︎顔にも変化は訪れていて、いわゆる雄牛へと変化していく。

 ︎︎その姿は、ギリシア神話に出て来る牛頭魔人(ミノタウロス)だ。


「ヴゥモオオオォォォーーー!!!」


 ︎︎身長は三メートルを超えるほどで、全身に筋肉が隙間なく張り巡らされているような肉体へと変化した。


(ケダモノ)! 人ノ身ナド、所詮、獣ノ自我ヲ内包スル薄皮ニ過ギヌ!

 解放セヨ……解放セヨ!︎︎︎︎」


 ︎︎バフォメットは喜びに満ちた歓喜の声を上げ、天へと両腕を伸ばした。

 ︎︎義己は血走った眼で、それを見逃さず、バフォメットの掲げた腕の片方を掴むと、力任せに床に叩きつけた。

 ︎︎バキバキと床が割れ、体育館の基礎部分が剥き出しになる。


「ムヒ、ムヒ……」


 ︎︎大ダメージを負ったはずのバフォメットはそれでもか細く笑う。

 ︎︎義己は獣の咆哮を上げながら、反対の床、また反対の床と、床を穴だらけにしながらバフォメットを振り回した。


知器照臨(チキショウリン)儀式の火(ブラック・マス)】……」


 ︎︎バフォメットはボロボロになりながらも、空いた手を義己へ向けた。

 ︎︎ゴウッ、と音がして、炎が義己を包み込んだ。


「ブモオオー!」


 ︎︎義己が顔面を手で隠して転げ回る。


「義己っち!」


 ︎︎燈里は意を決して、中に入ろうとした。

 ︎︎その時である。


「何をしている?」


 ︎︎肩に手を置かれた燈里が振り向くと、そこには不登校になっていたはずの瓜生(ウリュウ)(ハジメ)が立っていた。

 ︎︎瓜生は燈里を、ぐいと横へ押しやると、燈里が覗いていた小窓を奪う。


「アレが黒木?

 ふっ……ようやくの覚醒ってところか……︎︎」


 ︎︎瓜生は軽く笑うと、体育館に備え付けの横の入口を大きく開いた。

 ︎︎ガラガラガラ……。体育館にそれまでとは異なる異音が交じる。


「黒木、その程度のやつに苦戦しているのか?」


 ︎︎瓜生が靴音高く、体育館へと入っていく。


「ウ、リュウ……来るな!」


「瓜生……生意気ナ小僧ガッ!

 オ前ニ楽園ノ扉ハ開カレヌ……︎︎我ガ下僕トシテ、従順ニ躾テヤロウ!」


「誰だお前?

 目障りだな……知器照臨【贄求めの指(ヒトミゴクウ)】」


 ︎︎瓜生が右腕を向けると、右手は蔦のように変化して、バフォメットへと伸びた。


「チッ……」


 ︎︎バフォメットは舌打ちひとつ、黒い翼を駆使して、空中へと逃れる。


「簡単に逃げられると思うな?」


 ︎︎瓜生の袖口から更なる蔦のムチが二本、三本と伸びる。

 ︎︎バフォメットは身体を捻って、それをかわそうとするが、一本躱すのが限界で、三本目に捕まってしまう。

 ︎︎身体に巻きついた蔦のムチは意志持つ如く、バフォメットを締め上げる。


「グアアアアアッ!」


 ︎︎ミシミシ、と音を立ててバフォメットの身体が軋む。


「このまま、引きちぎってやるよ……」


 ︎︎瓜生は愉悦の笑みを浮かべて、躱された蔦のムチをバフォメットへと絡みつかせていく。


「アアッ……教師ニタテツク餓鬼ガァ!

 魔凱着奏(マガイチャクソウ)!︎︎」


 ︎︎バフォメットの身体が光に包まれる。


「なんだ、ようやく、やる気になったのか?」


 ︎︎瓜生の蔦のムチが、ブチブチと切れる。

 ︎︎それはより攻撃的な、戦闘兵器と化したバフォメットだった。

 ︎︎バフォメットのフォルムはそのままに、鎧で全身を覆ったような姿に変化していく。


「ハハハっ!悪心に染まったその姿の方が︎︎余程、美しい!

 曲霊︎︎(まがひ)の奏でる悲鳴で俺を満たしてくれよ……」


 ︎︎瓜生は興奮したように笑う。そうして、改めて蔦のムチを振るう。

 ︎︎瓜生の蔦のムチは、まるで無限に伸びるようだった。

 ︎︎今度は、絡みつかせるのではなく、その先端で叩いてやろうという風に、ヒュンヒュンとムチが唸る。

 ︎︎一般的にムチというと革製で、その振られた先端は音速を超えるという。

 ︎︎瓜生のムチは『ムーンディスク』による肉体変異のようだが、その強度としなりは革製ムチ以上なのかもしれない。


 ︎︎パシンッ!︎︎と音が鳴る度にバフォメットの鎧に浅からぬ傷がつく。

 ︎︎そして、それが三本。意志を持つように、ひっきりなしに、延々と繰り出されるのだ。


「アアッ!我ハ偉大ナル指導者ナリ……︎︎」


 ︎︎カァーーーーーーン!!


 ︎︎魔凱は光と共に、独特な音を甲高く鳴らして爆散した。


「色欲に溺れたジジイが偉大とは、世も末だな……」


 ︎︎光の爆発の後に残されたのは、裸で全身に蚯蚓(ミミズ)脹れが残る大迫先生だった。

 ︎︎気を失っているようだが、ピクピクと体が震えているので、死んではいないのだろう。


 ︎︎瓜生は変異した右腕を戻すと、倒れたミノタウロスに近づき、何事かを耳打ちしたと思ったら、颯爽と体育館横の入口に戻ってくる。


「瓜生、義己っちを助けてくれて、ありがとう……」


 ︎︎燈里は瓜生が義己を助けるために動いたのを見て、感激したように感謝を述べようとしたが、瓜生は燈里を見ることなく手でそれを制した。


「たまには学校に来てみるかと思ったが、面白いものが見れた。

 俺は帰る……余計なことは言うな︎︎」


 ︎︎一瞬だけ、燈里へと冷たい視線を向けると、瓜生はそのまま帰っていった。

 ︎︎燈里は口をつぐむと、それ以上、何も言えないまま瓜生を見送った。


 ︎︎なるほど、瓜生をクラス内で見掛けなかったが、別に退学した訳ではなくサボりだったのかと一人、納得して、それから慌てて義己の元へ駆け寄るのだった。


 ︎︎それからの顛末はといえば、義己はしばらく間を置くだけで、傷はすっかり治っていた。

 ︎︎静かになった体育館を覗きに来た生徒会の人間が、全て終わったことを悟ったのか、着替えを持ってきて、大迫先生はどこかへ連れられて行った。


 ︎︎燈里は義己とクラスに戻る。


「なあ、瓜生はなんて?」


「……ええと、何だったかな?

 何とか立ち上がろうと精一杯で、忘れちまったわ……︎︎」


「そっか。それにしても、義己っち、凄かったなあ……」


「いや、化け物だよな、俺……」


「変身ヒーローでしょ」


「牛顔の?」


「あれはA5ランクと見たね!」


「いや、怖いだろ、普通……」


「何で? あ、変身する度に裸になるから?

 まあ、そこはちょっとね……怖いかもしれない︎︎︎︎」


「誰が変質者だ、誰が!」


「まあ、義己っちは義己っちだから……」


「マジかよ……燈里がダチでありがたいと思う日が来るなんて……」


「おい!なんてヒドイことを……︎︎」


「仁美がさ……病院から帰って来れねえんだ……」


「え?」


「あいつも『ムーンディスク』にやられたみたいでさ」


「……。」


「人魚になったんだ……水槽がないと生きられないらしくてさ……」


「……。」


「その内でいいんだ。その内、もう少し仁美の心が決まったら、お見舞い、来てくれよ……」


「分かった。いつでもいいからな」


「すまん……」


「謝ることじゃないだろ!

 決まったら連絡しろよ。お土産も買わなきゃだし!

 食べられない物とかあるんかな?︎︎︎︎」


「お、お前、ケーキとか水に溶けるもん買ってくんなよ!」


「お、おう、もしかしてずっと水中?」


「蓋がしてある……」


「義己っちみたいに人間に戻れたりは……」


「分かんねえ……とりあえず、皆には内緒にしといてくれ」


「分かった」


 ︎︎そうして二人は自分たちの教室に戻るのだった。




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