魂鏡四七、雷鳴
「橙山〜、お前はタシカ黒木とも仲良かったよな……。
お前が死んだら、黒木のヤツ、泣くかナァ?」
白象の大きな瞳が、明里を捉えていた。
そして、その瞳はやけに人間臭く細められる。
明里は、しまった、と今さらながらに悟ってしまって後悔する。
義己に向かって暗い憎悪を投げかける藤井は、義己がいないと知って、義己と最も仲の良い燈里へとその憎悪を向けようとしたのだ。
そして、その燈里もいない今となっては、義己と一番関係値が高いのは、誰あろう明里なのだ。
もちろん、他の男子生徒で義己と気安い関係を築いている者はいる。
だが、関係値で言えば、明里は燈里と張り合うのが常なので、どうにか燈里と明里、二人の仲を取り持とうとしたり、逆に巻き込まれないように逃げたり、笑って見守っていたりと、何くれとなく近くに居る。
これは、死んだかもしれない、と明里は視線を彷徨わせる。
もちろん、明里がここで死にでもしたら、義己は泣く。
風呂桶一杯分、下手したらもっと泣いてくれるかもしれない、と明里の中で想像が膨らむ。
喧嘩っ早いけど、人情家だもんね、義己ちゃんは……と、明里が泣きそうになる。
一方、燈里はどうだろうと考えると、何故か燈里は明里の墓前で笑っている。
馬鹿だなぁ、巻き込まれで死ぬとか、明里らしいと言えば明里らしいわ、とか言いながら人のことを、けちょんけちょんになじって、笑う燈里の姿が浮かんできて、それだけは許せん、と明里は想像の燈里に悪態をついた。
肝心な時にアンタが居ないから、私が巻き込まれたんでしょうが、このアンポンタン! とここで死んだら化けて出て、毎日、嫌味を言ってやると決める。
そこまで考えると、心なしか、少しだけ明里は気が楽になった。
一方的に嫌味を毎日、聞かせてやれるのはいいが、墓前で笑われるのは許せない。
なんとか、逃げなくちゃ、と明里は逃走を試みる。
その時、明里の背後から何人かが飛び出して来る。
楠木会長率いる『覚醒風紀委員会』の先輩方だ。
一人は『雪女』の『ムーンディスク』を宿した先輩で、もう一人は『チュパカブラ』の『ムーンディスク』を宿した先輩だ。
「そこまでにしておくんだな!
既に関係各所に連絡を入れた。
大人しく捕まるならばいいが、下手に動けば『覚醒風紀委員会』が相手だ!」
楠木会長が遠くから拡声器で藤井に勧告を行う。
楠木会長の周りには電磁ネット砲で武装した生徒会役員たちも並んでいる。
白象巨人である藤井は、鼻を高々と持ち上げ、笑った。
「お前ら、全員死にタイのか?
猿渡が煙ヲ噴いてイルノガ、見えてナイヨウダナ……」
「こちらには『MD研究室』から貸与された、強力な電磁ネット砲もある!
学園の風紀を乱す者には、然るべき処置を施す用意がある!」
「クッ……クククッ、雷帝のヴァーハナだぞ、僕は。
その僕に何万ボルトの雷を落とすツモリカ?
バカバカしい……クククッ……ククククッ……」
藤井にとっては楠木会長の言葉かかなりツボだったようた。
笑いを抑えようとするほどに、笑いが止まらなくなっているようで、その長い鼻で自分の身体を打ちながら、さらに笑ってしまっている。
「そうやって笑っていればいいさ。
俺の技を食らって、全身の血を吸い尽くされても、笑っていられるといいけどな。
智器照臨……【忍び寄る闇】」
チュパカブラの先輩が消える。
「俺の姿が見えないだろう?
どこから血を吸ってやろうか?
腕か? 足か? 首筋か?
痛みもなく、自分が干からびていく恐怖を与えてやる!」
何の前触れもなく、白象巨人の肩に小さな穴がふたつ空く。
その穴から血が吹き出したかと思うと、その血は、するすると虚空へと消えていく。
それまで笑っていた藤井だったが、右肩から先、腕に力が入らなくなっていくのを感じて、左手で肩を押さえた。
「おっと……残念だが、そこにはもういないぞ……」
チュパカブラ先輩の声が、どこからともなく響く。
そうして、今度は左の足首から血が吹き出す。
藤井は足先の痺れを感じて、そちらを見ると、足首から血が出ている。
慌てて、左手で蚊を叩き潰す要領で足首を打った。
「遅い、遅い……もうそこにはいないぞ……」
「見えないナラ、見えないモノが見えるようにナレバいい。
親器君臨……【千の目】」
白象巨人の全身に千の目が生まれる。
しかも、それは象の目ではなく人の目だ。
その目は、キョロキョロと動いて辺りを観察している。
目から放たれる光が、高速で移動するチュパカブラ先輩の姿を映し出す。
ひとつずつの目では追いつかないと思ったのか、千の目が一斉に光を放った。
光に触れるとチュパカブラ先輩は丸分かりだった。
白象巨人の鼻がこん棒のように振るわれる。
「あぐっ……」
チュパカブラ先輩は小さな悲鳴を上げて倒れた。
「それ、【独鈷杵】」
「イギィィィィッ……」
「クククッ……やっぱり僕は選ばれた者だ!
瓜生くんを支えられるのは、僕しかいない!」
「なんだか君、気持ち悪いよ……」
そう口を挟んだのは雪女先輩だ。
「次は私の番だね。
比喩じゃない、血も凍る恐怖を教えてあげるね……」
雪女先輩は、ふふふ……と笑う。
次第に空に暗雲が立ち込める。
冷たい風が吹いて来た。
「眠くなったら、寝てもいいのよ……」
一気に周囲の気温が下がる。
だが、藤井は全身に千の目を生やしたまま、その目が笑みに細められる。
「これ、お前の能力?
ありがとう。おあつらえ向きだよ」
藤井がそう言って、動き辛くなった右腕を持ち上げる。
「僕もちょうど雲を呼ぼうとしてたから、相性が良いのカモね。
せっかくだし、見える範囲のやつは全員、殺しチャオウカな?
【大……】」
大きく息を吸った藤井がそれを言おうとした。
暗雲はゴロゴロと雷鳴を孕んで、冷えた空気が周囲を静まらせている。
明里は嫌な空気に背筋が冷たくなった。




