魂鏡四五、藤井
その日は、『MD研究室』で重要な実験があるとかで、燈里も義己も、莉緒と叶和もお休みだった。
明里は今日の放課後、葵と過ごす部活について考えていた。
なんだかんだで、竹井先生は剣道場の主と化していて、基本的には日がな一日、座禅を組んでいる。
竹井先生は未だ外に出ることを恐れているようで、夜中に武道館備え付けのシャワールームなど使って身なりを整えているが、髪も髭も伸び放題。
着替えや下着はどうにか調達したが、足りない物がまだまだある。
都度、気付く度にどうにか調達しているが、それも剣道部メンバーのお小遣いだけでは、限界がある。
そういった事情もあって、竹井先生は仙人みたいな暮らしになりつつあるが、それでも頑なに『MD研究室』などに頼る気にはなれないらしい。
少しは気分転換になるかもと、練習を観て欲しいと頼んだこともあるが、やんわりと拒絶されている。
さて、どうしたものか……、そう考えながら、昼休みを過ごし、午後の自習の準備をする。
最近では、勉強が得意な生徒が持ち回りで授業の真似事をしたりもするので、少しずつだが日常を取り戻しつつあるのが、現状だ。
ガーゴイルの『ムーンディスク』保持者である猿渡も授業を受け持つ一人になっていて、授業をするには皆よりも先に学習を進めていなければならない為、暇があれば教科書とにらめっこをしている。
ガラリ、と扉が開く。
もうすぐ昼休みも終わりだ。
生徒たちが自分の教室に戻って来る。
だから、扉の開閉音を気にする者はいない。
「……なあ、黒木いないの?」
明里に話し掛けてきた男子生徒に、明里は目を向ける。
「……藤井、くん?」
藤井は高桑に目をつけられていて、しょっちゅう揉めては、義己が助けに入るということを繰り返してきた生徒だ。
明里の記憶では、『魂降りの災禍』以来、学校に来ていなかったと思う。
明里の声に、猿渡が顔を上げる。
「お前も学校辞めてなかったのか?」
「久しぶりに会った第一声がそれか?」
「ああ、久しぶり、だな……」
「久しぶり。それで黒木に用があって来たんだけど?」
「黒木くん? たしか、今日はMD研究室の用事とかで休みだよ。
何かあったの?」
「ああ、『マナガルム』を裏切った制裁を加えておこうと思って」
「え? 『マナガルム』って、テロ組織の?」
「テロ組織だって? バカ言うなよ。
『マナガルム』は超越種である『ムーンディスク』保持者たちが新人類であると認めさせるための、人権団体だよ」
「ちょ……藤井くん! 『マナガルム』って瓜生と高桑がいる所でしょ!?」
明里が思わず口を挟む。
「瓜生、さんな。ウチの代表だから、お前ら旧人類とは格が違うんだ。間違えるなよ!」
藤井は高圧的に、ハッキリと言った。
「え? 藤井くんって、いつも高桑に絡まれてたのに、それはもういいの?」
クラス内では周知の事実だ。
猿渡が指摘するのも無理はない。
「高桑ぁ? あんなバカはどうでもいい。
考えなしに動くだけで、ウチのお荷物だからな。
俺の方がよっぽど瓜生さんの役に立ってる。
それよりも、黒木いないのかよ。
じゃあ、望月は?」
藤井がそう聞くのと同時に明里が立ち上がる。
「いないわよ」
そう言いながら、ロッカーの鍵を開ける。
この学校独自の覚醒者に対する組織『覚醒風紀委員会』に入っている明里は、強力な電磁ネット砲が使える。
わざわざ、藤井本人がテロ組織である『マナガルム』の所属だと公言したのだ。
明里は何も躊躇わなかった。
「どこにいる?」
「ああ、望月くんも……」
「ちょっと、猿渡くん!」
猿渡が説明しようとするのを明里が非難の目を向けて止めた。
猿渡もそこでようやく気付いたようで、自分の口を覆って、余計なことを言わないようにする。
それを見た藤井は、猿渡の腕を掴んで凄む。
「おい、いいから話せよ!
でなきゃ、痛い目を見ることになるぞ……」
腕を引かれた猿渡は、途端にムッとした表情になる。
「今まで休んでたくせに、いきなり来て、黒木くんに制裁するとか、望月くんの居場所を聞いたり……なに考えてるのさ?
高桑に絡まれてる時に、いつも助けてくれてたのは黒木くんだろ!
なんでいきなり『マナガルム』なんかに入っちゃったのさ?」
「黒木が助けた?
黒木は勝手に首を突っ込んで来て、僕をケンカの種にしてただけだ。
助けられたことなんて、ないよ。
僕は自分でなんとかできたんだ!
それを正義漢ぶって後から、アイツらとは関わらない方がいい、とか説教して来やがって、何様だと思ってるんだ、黒木のヤツ!」
「なっ……そんな言い方ないだろ!
僕から見ても、お前、いじめられてたじゃないか!」
「……誰がいじめられてたって?
僕の反撃の機会を黒木が奪ってたんだ!
僕はいじめられてなんかいない!」
準備を整えた明里が、猿渡に叫ぶ。
「猿渡くん、ソイツから離れて!
ここで拘束する」
電磁ネットの砲身が藤井に向けられる。
それを見て、猿渡は掴まれた腕をふりほどこうとする。
だが、猿渡も藤井も、元来ケンカ慣れしているようなタイプではない。
揉み合いになってしまう。
明里は撃つに撃てず、二人が離れるのを待つしかない。
「直居覚醒!」
藤井が叫んだ。
途端に猿渡を掴む腕の力が強くなる。
「くそっ! 離せよ!
離さないなら……」
猿渡が憎しみを募らせる。
勉強の邪魔をシヤガッテ。今日は僕の授業担当ナノニ……。
猿渡の中に怒りが渦巻いて、身体が変異していく。
石のような肉体。悪魔の角。ガーゴイルとしての変異だ。
だが、藤井はそれどころではない。
直居覚醒は変身の合図だ。
白い巨体、腕も足も異常に太くなっていく。
顔は象だ。鼻が伸びて、耳が団扇のように拡がっていく。
猿渡の腕を掴んだまま、振り上げ、振り下ろす。
もし、猿渡がガーゴイルになっていなかったら床の染みになっていたかもしれない。
「プウォォォォォッ!
王たる俺に逆らいヤガッテ!」
「グォウ! フザケンナヨ、藤井!
変身できるのがお前ダケだと思うナヨ!」
白象巨人対ガーゴイルがここに始まるのだった。




