魂鏡四四、変身
燈里の魔凱、それは黒地に白の線が入った物だ。
二の腕と太ももは白タイツで、やはり軽装鎧状態だが、全体的にシャープで、赤い大きな目が特徴的だろうか。
「おお、トーリの魔凱ってそんな感じなんだな。
スピードタイプって感じでカッコイイぜ!」
「オオ、ナヨ竹ヨ、カグヤヨ……コレデハ、罪ノ肩代ワリデハナイデスカ……ナゼ、人如キニ不死ノ妙薬ヲ与エヨ等ト……慈愛トハ慈雨ノ如ク、降リ注グモノ……ソレガ分カラヌ故ノ罰ダト言ウノニ、我ニ罪ヲ犯セトオオセカ……」
燈里は訳も分からず泣いた。
口からは勝手に言葉が紡がれていく。
それから、イメージが湧く。
燈里は幼い頃の自分を見ていた。
父の真似をして土いじりをするのが大好きだった。
父の傍で子供用のシャベルを片手に土を掘ろうとするが、地盤が固くて歯が立たない。
柔らかい土を探して、あっちを掘り、こっちを掘りしていくと、ようやく柔らかい土を見つけた。
その柔らかい土にシャベルを入れると、そこは斜面で、勢い余って、コロコロと燈里は転がっていった。
気付くと全身が痛い。
身体を動かそうとするが、そうすると全身に痛みげ走ってダメだった。
見れば、森の中だ。
父の発掘現場からどれくらい離れてしまったのだろう。
あまり、遠くに行くなと言われていたのに……。
グルルルル……、と大きな毛むくじゃらの鳴き声が聞こえた。
のしのし、と近づいて来るのが分かる。
心細くなって、めそめそと泣いた。
だが、毛むくじゃらはそれに忖度することなく、顔を近づけて燈里の匂いを嗅いだ。
それから、大きな口を開けて、牙が光った。
「よさんか、痴れ者が!」
白い毛玉が目の前を過ぎった。
ギャインッ! と声がして、大きな毛むくじゃらが逃げていったようだ。
「やれやれ……永くこちらの世界に留まったせいで、我にも罪が溜まったか……。
このような童子がこんな場所に打ち捨てられるとは……。
……ええい。イカン、イカンぞ!
罪に罪を重ねて、いかんとする!
むう……しかし……はっ! どうせ帰れるアテなどなかったか……ならば、これはこの世が悪い!
童子よ、我が親愛を受けよ。共に罪と罰の世を参ろうぞ」
トンッ、と胸から何かが入った。
同時に、燈里は眠気に襲われて、深く、深く眠りに落ちるのだった。
はた、と我に返る。
今まで忘れていた記憶。
あの日が分岐点だったことは、理解していたが、何がどう分岐点だったかは、想像するしかなかった。
だが、思い出した。
全てではないかもしれないが、一部は確実に自分の記憶として返ってきたのだ。
「トーリ! トーリ!」
「……あ、義己っち」
「大丈夫か、トーリ!?」
「ああ、大丈夫、大丈夫。ちょっと初めての変身で、興奮しちゃったかな?」
燈里は決めポーズを作って、おどけて見せる。
「いや、興奮したとかじゃなくて……」
義己が何と説明したものかと言いあぐねていると、横から直居教授が興奮気味に話し掛けてくる。
「望月くん! かぐやと発言していたが、それは竹取物語のかぐや姫ということでいいのかね?」
ピクリ、と燈里の魔凱、片耳がたじろぐように動く。
「カグヤ……アノクソガ……トト、言ッテナイ。言ッテナイ。
……うえ、なんか口が勝手に……気持ち悪ぅ……」
燈里がフェイスガードの上から自分の口を塞ぐ。
「お前、さっきその状態で不死の妙薬がナンタラとか、罪を犯して、みたいなこと口走ってたぞ?」
「うむ。たしか、竹取物語では五つの宝が偽物だと見破ったかぐや姫が、いざ月に帰るという段になって、時の天皇に手紙と共に不死の妙薬を送ったとあったと思うが……」
「ソノ手紙ヲ届ケタルハ、月ノ宮ニテ薬師ヲ勤メ
タル、我ナリヤ。
我、従三位薬王院丹生玉兎ナリ!」
燈里が胸を張る。今度は身体までも勝手に動いているようだった。
「手紙を届けた……。
従三位様。それでは、不死の妙薬というのも本当にあったことだと?」
「……今ハ玉兎デ良イ。現世に降りた咎ニヨリテ、従三位モ薬王院モ降ロサレタデアロウ故ナ……」
燈里は後ろ向きに座り込んで『の』の字を書き始める。
「不死ノ妙薬トハ、我ノコト。サリトテ、タダヒトツデ不死ハ成リ立タヌ……焼カレタハ律符回避丹ナリ。因果ノ律ヲ操リ、死ヲ避ケル丹ナリ。
ソレトテ、現世デハ数年ノコト。
常用セネバ、イズレ因果ハ訪レル。
ソレ故ノ我ダッタガ、焼イテ食ウカト言ワレ、現世ノ罰ハコレホドカト、逃ゲタモノナリ……」
「なんか、よく分からんけど、苦労したんだな……」
義己が素直に感想を言う。
「ウム。カグヤハ上役。復帰シタトナレバ、命ニハ従ワネバナラヌ」
「ウッ……身につまされる話っすね……」
外村が辛そうに顔を背けた。
直居教授がそんな外村をチラリと覗く。
外村は慌てたように、「いや、一般的な話としてですよ……」と言い訳のように呟いた。
「今はそれよりも、玉兎様。
お聞きしたいことが山ほどあるのです」
「我ニ答エラレル問イナラバ、答エテヤリタイ所ダガ、少々、無理ニ起コサレタ。
マドロミノヒト時ハ、長ク保タヌ……」
燈里の魔凱、その赤い瞳が点滅する。
「……では、手短に。
人の身に宿った『ムーンディスク』、いや『魂鏡』を取り出す方法はありますか?」
「……カグヤノ求メシ、『五ツ神宝』ヲ見ツケヨ。仏ノ御石ノ鉢、火鼠ノ裘、蓬莱ノ玉ノ枝、燕ノ子安貝、龍ノ頸ノ玉。
仏ノ御石ノ鉢ハ未来ヲ見通ス、ミーミルノ首。
火鼠ノ裘ハ霊ノ殻ヲ抜ク、天女ノ羽衣。
蓬莱ノ玉ノ枝ハ……、七支ノ灯火。
燕ノ子安貝ハ、姑獲鳥……ノ嘴……。
龍ノ頸……ノ玉ハ……龍……ニ聞ケ……」
燈里の赤い瞳の色が失われると、今度は黄色く光る。
「……帰って来れた?
ど、どうなってました、俺?
なんか、どんどん暗い沼の底みたいな所に引っ張られて、意識が遠くなって……温かいから怖くはないんですけど、なんかヤバい感じはしてて……一瞬、暗闇に光が刺したと思ったら、今なんですけど、いったい何が……?」
「……恐らく、あれを暴走と呼んでいいのか分からないが、暴走に近いことが起きていたように思う……。
もう少し詳しく聞きたかったけれど、望月くんにはあまり良くないことだったかもしれない。
すまないね」
「は、はあ?」
「えーとな。トーリがトーリじゃなくなって、変な人格が喋ってた。
ギョクト様? なんかそういうの……」
義己がどうにか説明しようと試みる。
「ギョクト様? それが俺の中の兎?」
「どうもそういうことらしいね。
玉兎と言えば、中国神話が源流の月で餅を搗く兎、だったはず……」
「ああ、だから……」
燈里は自分の掌を眺め、なんとなく納得してしまう。
叩いた物を餅にする力、その源流が何なのかを理解したような気がした。
「あの、コレって安全なんじゃ……?」
莉緒がスマートウォッチを指さした。
「そうだね。もしかしたら、望月くんが特殊なケースという事も考えられるけど、実験は中止にしよう」
直居教授は、燈里に小さく目配せしてから、全体にそう宣言する。
燈里の『ムーンディスク』は『ムーンディスク』と少し違う。言うなれば『アースディスク』だ。
今は燈里の意向により、そのことは秘密にしている。
しかし、唐突に叶和がスマートウォッチとバッヂを重ねる。
「『魔凱着奏』!」
「藍沢さん!」「叶和!?」
アラビアンな音楽が流れ、叶和が軽装鎧を装着した。
黒地に黄土色のラインが入った魔凱は、頭が猫を思わせる。
「ふおおー、問題ないニャ!
これが魔凱のチカラニャ?」
手をわきわきとさせて、叶和が飛んだり跳ねたりする。
「たぶん、望月のが特殊なケースニャ!
私らのは、普通に使えると思うニャ!
……勘だけどニャ」
「ちょ……叶和!」
莉緒は少し責めた口調で叶和を呼ぶ。
だが、叶和は何処吹く風と無視を決め込む。
「原理としては、暴走の可能性を抑え、力だけを得られるはずではあるのだけれどね。
望月くんのケースを見た後では、無理強いはできない。
浅黄さんに不安が残るなら、使わずにとっておいてくれて構わないよ」
「……すいません。私は正直、まだ使う気になれません」
「うん、伝説に語られるドラゴンとなれば、その力は強大だ。
躊躇するのも当然。
こちらでも、もう一度、安全性を確認してみるよ」
「……はい」
「他のメンバーも今日はなしにしておこう。
さらなる安全性の確認ができてからとしておこう」
そうして、今回の実験は幕を閉じるのだった。




