魂鏡四一、東アジト
結局のところ、おじさんは無気力になってしまったので、情報は引き出せず、六人はそのまま進むしかなかった。
複雑な道のりを経て、ようやくシェルターブロックまで来る。
シェルターと言うだけあって、扉は重厚で、内側から鍵を閉めれば、簡単には開かない作りになっている。
しかも、ご丁寧に二重扉になっているらしい。
「ここがアジトか……」
義己が拳を手のひらに打ちつけて、やる気を見せる。
「中から、外の様子を観察できるモニターや各種センサーがある。
僕たちが来たことは、もう伝わっていると思った方がいいね」
榎田が注意を促す。
「他のメンバーは来てませんね。でゅふふ」
「足止めされているのかもね。
さっきのサソリ男みたいなのが、何人かいる可能性は十分に考えられる」
「つまり、俺らみたいに覚醒者が束になって来るのは想定外ってことでしょ?」
義己のやる気は、少しも削がれていない。
「だといいけど……」
燈里は楽観する気にはなれないようだ。
「相手が何人いるかは、分からない。
気を付けて行こう」
榎田が言って、下根に目配せしようとした時には、内側からシェルターの扉が開かれるのだった。
一人の青年が歩いてシェルターから出てくる。
世の中をつまらなそうに見ている彼は、覚醒者が並ぶこの場でも、やはりつまらなそうに、昼寝でもしていたのか、あくびをひとつ、それから、ぐっ、と腕を伸ばして眠気を振り払おうとする。
「……さて、誰から相手をすればいい?」
瓜生創はそう言って、指で小さく招いた。
「瓜生創……」
「瓜生……」
燈里と義己がそれぞれに青年の名前を呼んだ。
瓜生は顔を上げると覚醒者たちを見回す。
「黒木と剣道部の浅黄、それから白いのが望月……そっちは……剣道部の一番強いやつか。
太った竜? 田丸が言っていた秘蔵の毒使いか?
黒木には期待していたが、ハズレだったしな……。
面白いやつがいればいいんだが……」
「君が『マナガルム』創設者の瓜生創くんか?」
榎田が確かめるように聞く。
「ああ、マナガルムは俺が作った。
強いやつがこの世を支配する。単純な理論ほど、人は集まる。これからが楽しみだろ?」
「楽しみ? バカを言っちゃいけないよ。
世間ではテロ組織扱い、浮島区内でも我々に所有権がある『ムーンディスク』を勝手に集めたりして爪弾き、『マナガルム』は表に出て来た時点で詰んでるじゃないか」
榎田は毅然として言った。
しかし、瓜生は口の端に笑みを残して反論する。
「詰んでなんかいないさ。結局のところ、どこの国も俺たち超越種が欲しくなる。『マナガルム』はただのお披露目の手段に過ぎない。
まだ、皆が計りかねているというだけの話だ。
そして、俺たちの手足が伸びれば、超越種は新人類と呼ばれるようになる」
「なるほど……だとしてもだ。
だとしても、君のやり方は決定的に間違えてるよ。
もっと平和的なやり方はある。
戦争の歴史の延長線で新人類を名乗ったところで、人の範疇から出ることはできないよ」
「そうでもない。新人類を名乗るならば、人の歴史に則って進むのが、正しいやり方だろうさ」
「あくまでも争いの中で、道を模索すると?」
「争うことで文明は進歩する」
瓜生は飄々と答えた。
榎田は大きく頭を振った。
「決裂か……分かっていても悲しいね……」
「有意義な時間ではあったよ。
差異を確認できた。そして、あなたたちが僕らを止めるためには、やはり争う以外に手段がないということも……」
榎田の悔しそうな沈んだ顔と対称的に、瓜生は晴れやかな顔を見せる。
「なあ、なんで一人で出て来たんだ?」
唐突に義己が聞いた。
「ああ、今の力の差を見せてやろうと思ってな。
そうすれば、そこの宇宙開発公団のやつと俺、どちらが言うことが現実味があるか、思い知るだろ?」
「それで一人で出て来たのかよ。
『魔凱着奏』!
そういうことなら、腕試しさせて貰おうか!」
「ああ、手加減はしてやるから、気にせず全員で来てもいいよ。
知器照臨【贄求めの指】」
義己が黒い鎧に覆われると同時に、瓜生の腕が蔓のムチに変化する。
「お前とやるのは、初めてだよな!」
義己がミノタウロスの巨体を義己の中に内包した状態の魔凱着奏。
スピードもパワーも増した状態でタックルを仕掛ける。
パンッ! と空気を切り裂く音がして、鎧の上から蔓のムチが襲う。
「ぬおっ……」
瓜生の一撃で、義己の身体が泳ぐ。
さらに、もう一撃、もう一撃とムチで叩かれると、義己は堪えきれずに倒れてしまう。
「黒木くん!」
思わず飛び出そうとする莉緒を制して、叶和が言う。
「まだ痺れてるニャ。
ここは叶和様にお任せニャ!」
たしかに莉緒はまともに闘える状態にない。
叶和に制されては、莉緒も止まるしかなかった。
「全員でもいいって言ったニャ!
勇器来臨、【殺戮者の顔】!」
叶和は両腕にハテナマーク型の剣、ケペシュを生み出して走り出した。
「まだ、そこか……」
瓜生が不満そうに言って、左腕が変化した蔓のムチを三本に増やした。
三本のムチはそれぞれに意志があるかのように自在に動く。
一本で義己を嬲りながら、双剣には二鞭でという風に左右からムチを繰り出す。
「ニャ、ニャ!」
叶和が器用にムチの先端をケペシュで打ち返すが、防戦一方なのは明らかだった。
「でゅふふ。本体が動いてませんな!
智器照臨、【死・水】」
邪竜ニーズヘッグとして魔凱着奏している下根が口元のマスクを開けて、毒の水を弾丸のように吐き出す。
「動く必要を感じないからな」
瓜生の右腕も三本のムチに変じた。
その内の一本が神速で毒水の弾丸を打ち落とした。
「なるほどほぉー、これは本気で掛からねば!
勇器来臨、【枝・勝利】」
襲い来るムチを、ギリギリで避けて、下根は竜の牙を取り付けた槍を生み出す。
二本のムチを槍で受け流して、毒水の弾丸で攻撃に転じるつもりらしい。
だが、だとしても手が足りない。
「くっ……一本くらいなら!」
莉緒が下根のとなりで青龍偃月刀を振るう。
受けの一手で、下根が受けるムチが一本減った。
しかし、元々、下根が二本のムチを受け流しながら、毒水の弾丸で攻撃することに無理があるのだ。
「義己っち!」
燈里が叫ぶ。
義己は何となく察してしまった。
「くっ……痛ぅ……くそっ……友の期待が重すぎるっ!」
言って義己は壊れかけの鎧とダメージの中、藻掻く。
嬲られるままにどうにもできなかった蔓のムチに挑む。
一撃、側頭部に入ったムチが鎧を崩し、中の義己の右目を露出させる。
義己の目は燃えていた。
トーリは自分に期待している。
トーリの中で、自分はヒーローなのだ。
こんなムチなんぞに、負けてる場合じゃねえ!
一撃、義己は左腕を開いて、腹をわざと打たせた。
瓜生のムチは強力で、その一撃で身体が持っていかれそうになる。
しかし、一瞬で義己は左腕を戻すと、ムチを掴んだ。
堪えろ、堪えろ、堪えろ! と自分を鼓舞する。
両手でムチを掴む。身体を開いて、足に力を入れる。
止めた。
もし、今、別のムチに叩かれたら、義己はどうにもできないだろう。
一本のムチの動きを止める。
そのことだけに注力した結果だ。
そして、ここからは義己が友に期待する番だ。
「トーリっ!」
「応っ!」
既に燈里の手には『霊搗の大杵』が握られている。
燈里が跳んだ。
他のムチが飛び交う中、一瞬の隙を突いての跳び出しだった。
狙うは義己が押さえたムチの一本。
「喰らえっ!」
義己が押さえたムチが半ばから餅化する。。
餅はムチの動きに耐えられず半ばから千切れた。
その時、初めて瓜生の顔が歪んだ。
「お前か、望月……」
暗く歪んだまま瓜生が笑った。
「お前かぁ、望月ぃぃぃっ!」
瓜生の身体から黒いオーラが溢れた。
燈里は思わずそのオーラに怯む。
『死魂』という単語が頭に響く。
瓜生の目が真っ赤に染まる。
腹が破れて、中から大蛇が飛び出した。
その大蛇の目もまた鬼灯のように真っ赤だ。
飛び出した大蛇は、段々と大きく太く、その体積を増やしていく。
そうして、燈里に噛みついた。
既に大蛇の頭は燈里よりも大きい。
その大蛇の毒の牙が、しっかりと燈里を捕らえていた。
燈里を咥えたまま、大蛇が大きく身体を振った。
義己も叶和も莉緒も下根も、シェルターブロックまでも、ぐちゃぐちゃだった。
榎田は逃げるしかなかった。
逃げる途中で、何かの崩落に巻き込まれて意識がそこで途絶えたのだった。




