魂鏡二九、おやっさん
宇宙開発公団、MD研究室が押さえた会議室には、宇宙開発公団のトップでもある直居教授、MD研究主任の榎田、機械工作班の土屋、他にも高見班長を始め、各班の班長たちなど、主に『ムーンディスク』関連の重要人物たちが集まっていた。
榎田がプロジェクターに映し出される東浮橋入口付近での『マナガルム』による政府打倒宣言の映像を早送りにしていく。
やがて、画像は座り込みの人々が逃げ出した後の三人が立っている場面で壮年の男性を大きく映し出した。
「田丸さん……」「おやっさん……」
ロケット整備士である田丸連三郎は職人気質だが新しい物を取り入れることを躊躇わない革新を目指す名物整備士として、宇宙開発公団の中でも一定の地位を築いた人物である。
榎田が、切り抜いた壮年の男性の写真の横に田丸連三郎の契約時写真を並べる。
「え〜、見て分かるように、田丸のおやっさんが『マナガルム』に入ったことが確認できました。
今回の件で他の休職中の公団職員を確認する必要性が出ました。
それも、早急に、極力、本人に気付かれない様に、こちらで把握済みでない『ムーンディスク』保持者の可能性を考えると、全職員を対象にです」
「田丸さんの『ムーンディスク』保持はこちらのリストになかった。
おそらくはリスト化後、休職中に『ムーンディスク』保持者になったものと推定される」
直居教授がつけ足す。
手を挙げて口を開くのは高見だった。
「全職員を本人に気付かれないように調査となると、人手が足りないのは明らかですが?」
そこで榎田がプロジェクターに次の画面を映す。
「まずは全職員を対象に意識調査アンケートへの回答を求めます。
無記名投票という形にしますが、裏でアドレスから個人を割り出します。
そして、このアンケートで、無回答だった人物、極端なスコアを出した人物を中心に調査対象者を決めていく予定です。
時間も人手も掛かりますが、我々も一枚岩でいられないと分かった以上、全体の意思統一を図っていくべき事案だと考えます」
榎田がまとめたところに、おずおずと手を挙げたのは下総班長という、頬のこけた四十絡みの男性だ。
榎田が目線で発言を促す。
「そもそも論で恐縮ですが、政府側のウイルス論は打ち消せないものでしょうか?」
それには直居教授が答える。
「現状、難しいと言わざるを得ない。
これまでに何度も公式、非公式を問わずウイルス検査と封鎖解除の打診を行っているが……はっきり言って、政府は『ムーンディスク』に問題の焦点を当てたくないと言うのが本音だろう。
もし、『ムーンディスク』による怪物化を政府が認めてしまえば、この浮島区の存在そのものが間違いだったと認めるようなものだ。
何兆円もの巨額を投じて、月から怪物を呼んで来ましたとは、口が裂けても言えないというのが本音だろうな。
逆に言えば、怪物化が制御可能で、平和利用できるというところまで研究が進めば、封鎖が解かれる可能性はあると見ていた。
しかし、『マナガルム』というテロ組織は我々の目指すべき道とは決定的に違うところがある。
彼らは『ムーンディスク』に選ばれたという優生思想と力による支配を中心にしている。
目指すところは怪物化の制御と軍事利用だと言える。
辿るべき道は同じでも、決定的に分かり合えないだろう。
そして、この『マナガルム』の存在によって、『ムーンディスク』の制御は不可能という判断をされる可能性が高くなった。
残念ながら、我々の道はまた一歩、遠のいたと言わざるを得ない」
手を挙げることなく、いきなり口を挟んだのは、全身黒の作業ツナギを崩すことなく着て、黒いキャップ、黒いマスク、黒の隙間から見える肌が病的に白い左前班長だ。
「いちに、制御方法の確立。
いちに、平和利用の実施。
いちに、『マナガルム』の壊滅。
以上か?」
「左前君の言う通り、簡単にまとめればそうなる。
そこまでできて、ようやく政府と話し合いの席が設けられるだけだがね……」
直居教授の言葉に、全員が遠い目をするしかなかったのだった。




