魂鏡三、警報
︎︎燈里と義己は花火が良く見える土手まで歩いた。
︎︎打ち上げ花火はそろそろ佳境にさしかかろうとしている。
「おお……」
︎︎義己がかき氷を頬に当てながら、感嘆の声を漏らした。
「た〜ま屋〜って言うのが花火鑑賞の醍醐味って父さんが言ってたけど、確実に間違えてんだよね、あの人……」
「そうなのか?」
「江戸時代に玉屋ってのと鍵屋ってのがあって、その屋号が元になってるんだって。
でも、今の花火って玉屋と鍵屋が打ち上げてる訳じゃないだろ。
今だと、なんとか商店とか、そういうのが多いらしいから、花火を賞賛するなら、その商店名ってことになるじゃん。
だから、本来なら、なんとか商店〜って言うのが正しいと思うんだよね︎︎」
「なるほど!なんとか商店〜!︎︎」
︎︎燈里の話を真に受けた義己が大きな声で叫ぶ。
「いやいや、花火屋本舗とかだったらどうすんの?」
「花火屋本舗〜!」
「ぶふっ!義己っち、それはない。ないわ〜︎︎
」
「いや、意外とスッキリするぞ」
︎︎ドン、パチパチパチ……。
「なんとか商店〜!」
︎︎義己が叫ぶ。
︎︎ドン、パチパチパチ……。
「は、花火屋本舗〜!」
︎︎燈里も叫んだ。
︎︎そして、二人で笑った。
「そういや、燈里の親父さん、まだ帰って来ねえの?」
「うん、考古学と宇宙考古学は繋がってるって、また発掘調査に行ってる」
「あと二日で『いさなき』も帰って来るし、祭りの時くらい帰って来てもいいのにな」
「まあ、絶対地球に残された『ムーンディスク』があるはずだってのが自論の人だから、月にある『ムーンディスク』には興味が薄いのかもね。地球にあるなら『アースディスク』だろって思うけど」
「『アースディスク』ね。あったら月に居た宇宙人が地球に来てた証拠になるんだろ?
ロマンがあるよな︎︎」
「まあ、おかげでこの最新都市『浮島区』で生活できるんだけどさ」
︎︎メガフロート『浮島区』は世界初の、その都市だけで生活の全てが賄える循環型都市機構という試みである。
︎︎また、最新であるが故に、自動運転車やドローン配達、各種ロボット生産機能など革新的な技術が随所に織り込まれた未来型都市でもある。
︎︎ただし、これも完璧という訳ではなく、食料自給率は七割であったり、マンパワーの不足など問題は残されている。
︎︎打ち上げ花火が最後の一千発、連続発射の演目に移るというアナウンスが響き、皆が空を見上げる。
︎︎期待を持たせるためか、一瞬の静寂があった後、最初の一発が上がり、それに続いて、次、次、次と花火が上がる。
︎︎うわあ、とあちらこちらから歓声が上がる。
︎︎その時だった。
︎︎お祭り会場である宇宙港の管制センターから、緊急を知らせる警報が鳴り響いた。
──────全員、逃げろーーー!︎︎『いさなき』だ……『いさなき』が降りて来る!︎︎──────
──────現在、『いさなき』との通信は途絶している!︎︎何があったか分からない!︎︎『いさなき』はすでに着陸コースに入っている!︎︎いいから、逃げろーーーっ!︎︎──────
︎︎管制センター職員だろう男のアナウンスが絶叫混じりに響く。
︎︎コンピューター制御の打ち上げ花火は止まらない。
︎︎空は一千発の花火の光が強すぎて、『いさなき』を目視することができない。
︎︎だが、全員が見た。
︎︎それは花火の光を覆ってしまうほどの強烈な光だった。
︎︎いや、空中で『いさなき』に残されたエネルギーが全開放された爆散の光だ。
︎︎未だ続く打ち上げ花火の光の粒が、こちらに向けて降って来るような光景はある種、幻想的ですらあった。
︎︎間近に見る、反射する色とりどりの光のシャワー。
︎︎だが、それは一瞬で悲鳴に代わる。
︎︎『ムーンディスク』。直径十センチ、厚さ一センチほどの赤金色の謎の物質で構成された高硬度な情報媒体。銅鏡に似ているが、銅鏡ではありえないモノ。
︎︎それが『いさなき』の爆発した高高度から降って来る。
︎︎『ムーンディスク』は薄布一枚で体内吸収を防ぐことができる。
︎︎しかし、それが逆に災いした。
︎︎薄布一枚を破くまでは人体に吸収されることなくただの金属板として人体を傷つける。
︎︎これにより、多くの負傷者が出た。
︎︎宇宙港、お祭り会場に集まった多くの人は混乱から逃げ出そうとして、あちらこちらで将棋倒しが発生した。
︎︎これにより、死者、負傷者が出た。
︎︎また、このお祭り会場には宇宙港関係者が多かった。それにより、ある者は事実確認に動き、ある者は仕事に戻ろうとした。だから動線が混乱して、現場は一気にカオスへと引き込まれた。
︎︎人が密集した場所に降り注ぐ、狂気の刃。
︎︎それが、皆が待ち望んだ『ムーンディスク』だったのは、運命の皮肉だったのかもしれない。
「うわっ!」
︎︎義己は咄嗟に手を翳し、頭を守った。
︎︎降って来た『ムーンディスク』は右腕へと吸い込まれていく。
︎︎半袖のTシャツだったのが幸いして、『ムーンディスク』が義己を切り裂くことはなかったが、その運動エネルギーは義己へと伝達される。
︎︎義己は何か見えない力に押されたように吹き飛んだ。
「義己っち!」
︎︎燈里が伸ばした手は虚しく宙を掴む。
︎︎義己が土手から転げ落ちていく。
︎︎幸いにして燈里は兎の尻尾を掴んだ一人だ。
︎︎慌てて義己を追いかけて行く。
︎︎土手は川沿いにあるのではなく、宇宙港の噴射熱を堰き止めるためにある。
︎︎なだらかになってはいるが、それなりの高さがある。
︎︎義己は土手のコンクリートで散々に身体を嬲られた。
「義己っち!義己っち!︎︎」
「く、そ……身体が痛え……」
︎︎義己の返事があることに、ひとまずの安心を得た燈里だったが、はた、と気づいて義己の右腕を隈なく見聞する。
︎︎光を反射する破片か何かが当たったように見えていたはずだが、擦り傷、切り傷は多々あれど、破片が当たったような大きな傷は見当たらない。
︎︎これでようやく燈里は胸を撫で下ろした。
「燈里、仁美が心配だ……」
︎︎立ち上がろうとする義己。
「分かった。仁美ちゃんは俺が探す。
義己っちは少し休んでから、救護班の方に行け。
それと、頭を打ってたらヤバい……もし、少しでも気持ち悪いとか、変だと思ったら︎︎︎︎、下手に動かずに、救急車呼べよ!」
「くそ……分かってるよ……」
︎︎言いながら義己はそっぽを向く。
︎︎これは言うこと聞かないやつだ、と思いながらも、燈里としてできるのは念押しくらいだ。
「仁美ちゃんは俺に任せて、せめて救護班のとこくらい行けよ、約束だかんな!」
︎︎燈里は仁美を探しに駆け出した。
︎︎翌朝、街は酷いことになっていた。
︎︎昨日の『いさなき』爆散とそれによる『ムーンディスク』の拡散により、『浮島区』と神奈川、千葉、東京を結んでいた橋が崩落、しかも、『浮島区』は降り注いだ『ムーンディスク』によりめちゃくちゃになった。
︎︎さらに『ムーンディスク』はメガフロートの動力部に傷をつけたらしく、下手をしたら爆発の可能性もあるらしい。
︎︎燈里は昨日、なんとか仁美を見つけ出したが、『ムーンディスク』の直撃を受けたらしく酷い怪我をしていて、どうにか背負って義己と共に病院に連れて行った。もちろん道路もズタボロで救急車が行き来できる状態ではなかった。
︎︎燈里に前後して、病院には仁美と同じような怪我人が大挙して押し寄せ、付き添いもできる状態ではなくなり、どうにか家に帰ったのが数時間前という状況だった。
︎︎燈里の家は無事だった。母親の顔を見たら、ドッと疲れが出て、それでも母親に状況を説明、少しでもいいから休みなさいと言われ、寝て起きた。いや、ほぼ寝られなかった。
︎︎それから三日、SNSでは『魂降りの災禍』と呼ばれる今回の事故の話で持ちきりだった。
︎︎『浮島区』の外から来るニュースは、遠巻きに見守るしかできないという状況で、この街のことはほとんど見えていないということだった。
︎︎今、『浮島区』のことを知るには、浮島区役所と直居教授、宇宙開発公団のSNSとホームページくらいしかない。
︎︎怪物が出たとか、毒ガスが発生したとか、メガフロートの地下施設のさらに地下に別の施設があるとか、信憑性のない情報が錯綜しまくっているのだ。
︎︎さらに四日、メガフロート動力部の応急処置が終了したと浮島区役所から広報があり、今回の事故で位置がズレたため、橋の復旧はもう少しかかるとのことだった。
︎︎翌日、あちこちで復旧作業が始まる。
︎︎あっという間に二週間が経った。
︎︎その間、自衛隊のヘリが支援物資を上空から落とすというのが常態化していて、元の生活に戻るのはまだ掛かりそうだった。
︎︎そして、直居教授のSNSで緊急の発表があった。
︎︎議題は『人間の怪物化』についてだった。
︎︎直居教授は平然とトンデモ話、都市伝説として語られる超古代文明説を語り、『ムーンディスク』はその超古代文明の中で『魂鏡』と呼ばれる人類進化の鍵なのだと発表した。
︎︎それは今まで、まことしやかに語られていた『人間の怪物化』の噂を肯定するものであり、同時に世界の神話生物、幻獣、魔獣、妖怪、妖魔の復活を意味し、それを直居教授は『直居覚醒』と名付けたと発表した。
︎︎これは『ムーンディスク』を体内に吸収した人間に起こる現象で、強い感情の発露に伴って、進化の先、怪物化が起きると予想された。
︎︎また、『ムーンディスク』の体内吸収には人体破損の可能性があることも示唆された。
︎︎その翌日、橋の復旧工事が始まると同時に、世界中の科学者、研究者から、直居教授の発表に対する異論反論が起こった。
︎︎賢明な者たちは『ムーンディスク』に素手で触ることはなかったからである。
︎︎また同時に日本政府は『浮島区』の不透明な現状を鑑み、未知のウイルスの可能性があるとみて『浮島区』の無期限封鎖を決定した。
︎︎『魂降りの災禍』から一か月。遅まきながら、とりあえずの日常が帰ってきつつあった。
︎︎学校の再開である。




