魂鏡二六、魔凱
「お、三人とも、まだ居てくれたか」
少し嬉しそうな顔の榎田が、橙里たちを認めて安心したように微笑む。
「どうかしたんですか、榎田さん?」
義己が聞く。
「うん、黒木君の魔凱着奏、アレを調べさせてもらった仮説が直居教授と組み立て終わったんでね……今後、アレと直接相対する可能性が高い君たちにも、早めに伝えておきたかったんだ」
「もう分かったんすか?」
義己が驚くのに、榎田はひとつ頷いた。
「まあ、元から仮説の仮説という感じのものはあったんだ。
それが今回調べさせてもらって、より強固な仮説になったと言うか……明確に研究成果とするためには、もっと症例を増やさないといけないけれど、知らないよりは知っていた方が良いかと思ったんでね。
ということで、少しだけいいかな?」
榎田がそそくさと休憩室の椅子に座るのに合わせて、三人も近くの椅子に座る。
「では、しばしご清聴。
結論から入ると、黒木君の魔凱と呼ばれるモノは、全くの未知の物質でできていて、その性質は軽く、硬く、柔軟性があり、ある種、音を物質化したようなモノなんだ……」
「音?」
「そう、曲、いや、物質化した歌と言えばいいかな。
固有振動数って聞いたことあるかな?」
「高音でガラスが割れるとかですか?」
莉緒は聞いたことがあるようだった。
「そう。物体にはある特定の振動を与えると、共鳴というのが起こる。
その共鳴周波数を一定以上の音量でぶつけてやると、薄いガラスなんかは割れてしまうという現象が起きるんだ。
そして、魔凱にはその固有振動数が特定のリズムで変化するという特性が備わっている。
まるで歌でも歌っているかのようにね……」
「鎧が歌う歌ですか……」
橙里は頭の中で鎧に口をつけて、それが歌っている姿を想像してみるが、アニメなんかにありそう以上の感想は出て来なかった。
「加えて言うなら、『ムーンディスク』で変身した者が生み出す『勇器』なんかも同系統の物質らしい」
「ああ、そだ。その『勇器』とかってのは何なんですか?」
義己はこの際だと質問する。
「……そうだね。それに関しては、君たちの方が詳しいんじゃないかとは思うけど……研究室での定義としては、『ムーンディスク』の中に眠る伝説的生物とその持ち主の記憶から作られる能力の具現化……直居教授が言うには、魂の在り方、ということらしいけど……ごめん、まだ僕たちも明確な定義は持ってないんだ」
「魂の在り方……うん、そっちの方がしっくり来る気はしますね」
義己が頷く。
「少し難しい話になるんだけど、神道の中にある考え方で、一霊四魂というものがあって……生き物の霊的組成は一つの霊殼、これを直霊と言うそうなんだけど、その中に四つの魂、荒魂、和魂、幸魂、奇魂というのがあって、その四つの魂が協調して心や活動を形成しているらしい。
君たちの生み出す能力の具現化はおそらくその四つの魂に起因しているんじゃないかと僕らは考えているんだ」
「そういうことなら、私の場合、智器と勇器が発動したから、あとふたつの能力があるかもってことになるのかしら?」
莉緒が考えながら呟くように言う。
それに異を唱えたのは橙里だ。
「俺は親器ってのがふたつ出たけど……」
「うーん……症例がまだ少ないから断定は避けたいところだけれどね。
能力の派生系という可能性もあるし、人によって偏りがある可能性も……まあ、貴重な情報として頭に入れておくよ」
「俺の迷路の奥の状況がなんとなく分かる能力は、何とか器とは違うのか?」
「そこも謎なんだよね。もしかしたら、四つの魂とは別の能力というか、特性みたいなものかもしれないし……『ムーンディスク』保持者たちが語る、頭の中で響く声として認識されていないだけという可能性もあるし……。
まあ、とにかくその感じで思ったことや、感じたことを教えてくれれば、謎を解く鍵になるかもしれないしから、今後も頼むよ。
なにしろ、『ムーンディスク』の研究は始まったばかりだしね」
言いながら榎田はメモを取る。
ひと通りメモを書き上げてから、榎田は思い出したように言った。
「ああ、悪いね。時間、取らせちゃって。
言いたかったことは、魔凱を着けた相手には、同じ特性の勇器なり何なりを使わないと、ダメージが与えられないかもしれないって話なんだ。
まあ、その点については三人とも順応性が高いみたいで、あまり心配はしていないけれどね」
榎田は信頼を表すように片目を瞑って見せたが、橙里はつい俯いてしまう。
橙里の感覚では、莉緒は一度、死んでいる。
オーラが一切見えなくなった莉緒に言い知れぬ恐怖を感じたのは確かだ。
宇宙センターの襲撃時、助けられなかった職員たちと莉緒の違いはなんだったのかと言えば、おそらくは時間だったのではないかと感じるのだ。
ただそれは、あくまでも橙里の感覚の話で、早ければ助けられるという確信のある話ではない。
榎田が信頼してくれているのは分かるが、河童星人との闘いの話は、まだ詳しく伝わっていないのだろう。
高見班の実務員たちも正確に把握しているかは怪しい。
「任せてください!」
莉緒が鼻息荒く答えるのに、水を差すのもどうかと、橙里は確信の持てない話を持ち出すのは抑えたのだった。




