魂鏡二四、親器
「浅黄! しっかりしろ、浅黄!」
莉緒は前のめりに倒れている。
龍人への変身は解けて、青龍偃月刀もどこかへと消えていた。
つなぎの作業服。その左脇腹が大きく裂けて、赤い血溜まりが雨に流されていく。
橙里が莉緒を仰向けに抱き上げるが、その身体は氷のように冷たく感じる。
橙里の手にする愛器『霊搗の大杵』は、本来、相手の離れ行く魂を戻し、肉体を修復するというモノだ。
橙里の目には莉緒のオーラが見えない。
橙里が考えるに、オーラは魂を表しているといえばいいだろうか。
アメリカの特殊部隊にMD研究室の面々が蹂躙された時は、肉体から離れ行くオーラを戻してやれば、肉体も修復され救える命があった。
しかし、莉緒からはオーラが見えないのだ。
疲弊した男が立っている。
髭は伸ばしっぱなし、髪も蓬髪と言っていいだろう。
粗野で悪鬼もかくやという乱れた着衣に無数の傷。
しかし、瞳は輝きを失わず、どこか楽しげでもある。
荒ぶることを恐れず、むしろ神気を増して放つような男。
腹が減った。何か馳走してくれと言い放った男は、家の中にどっかりと座り込む。
目の前に座り込まれた女は最初こそ驚いたものの、その豪放磊落な神気を飲み込んで微笑み、立ち上がると外の竈門へと向かう。
女の目には、男の中に残された魂がひとつしかないのが見えていた。
本来、一霊四魂として、一霊の中に四魂がお互いを補い合うようにあるべきなのに、男の中には荒御魂がほか全ての魂を駆逐して、それただひとつしかないのが見てとれた。
男に何があったかは分からないが、女の中で献立は決まった。
体内を巡る女の魂、それを少しずつ分け与えて、男の中で消えた他の三魂を復活させる。
「ウケモチタル、シンキ、ワガミヨリイズキテ、ホウジュナラン……」
「親器君臨、『月玉の豊受』……」
橙里が頭の中に浮かぶ言葉をカタチにする。
それから、左手に向けて、ふっ、と息を吹きかければ、そこにはいつのまにか白いモチモチとした玉があった。
いわゆる、月見団子だ。
橙里はソレを、莉緒の口を開かせると、そこへ放り込む。
瞬間、莉緒の肉体が弾けたように温かさを取り戻していく。
頬に赤みが差して、心臓の鼓動に合わせるように傷は塞がり、薄らと目を開ける。
「望……月……?」
「浅黄!
良かった……もうダメかと思ったよ、本当に良かった!
生きてて良かった……ヤバい、涙出そうだよ……」
橙里は感極まったように、抱きしめた莉緒の胸元に顔を埋める。
「ちょ、ちょ……何してんのよ、この変態!」
莉緒は状況が分からないままに、それでも瞬間的な反応だけで、拳を橙里の頭頂に打ち込む。
「痛ったぁ! 浅黄、お前それはないんじゃないの!?」
思わず橙里は莉緒を取り落としそうになるが、莉緒は既に身体が動くのをいいことに、橙里から離れて胸元を隠すように動いた。
「あんたこそ、なにドサクサに紛れて、私の胸に顔埋めてんのよ……」
「あっ……いや、これはそのう……」
「あっ!?」
莉緒のコメカミに怒りマークが見えるような、気がする。
橙里としては、つい助けられた喜びのあまりに、そうなってしまっただけではあるが、結果としてセクハラ紛いの動きになってしまったのは事実だ。
「いや、だから……その、ごちそうさまでした」
「弟ガチ泣き拳!」
橙里は仕方なく素直にお礼をしたら、莉緒から殴られるのだった。
ご馳走したのはどっちだったのか、という話は言うだけ野暮というものだろう。




