魂鏡二一、龍人
︎︎ぱらり、燈里の突っ込んだフロントガラスの断片が、風に吹かれて落ちた。
︎︎その瞬間、釣り男の変異した河童が、龍人である莉緒へと真っ直ぐに向かって来る。
︎︎迎える莉緒は大きく拳を引いた。
︎︎単純な力比べであったなら、龍人である莉緒に分があっただろう。
︎︎しかし、ことはそう単純ではない。
︎︎パンチ対ぶちかまし、それでも龍人のパワーなら、という思いが莉緒にはあった。
︎︎河童は、ぶちかましに行くと見せかけて、龍人の大振りなパンチを全力のつっぱりで弾くことに専念していた。
︎︎一瞬の立ち会い。
︎︎拳を払われた莉緒の前面が開く、河童は身体を丸めるようにして遠心力を抑えると、莉緒が拳を戻すよりも早く張り手を放った。
︎︎莉緒は龍人のパワーによって、張り手に抗うが、体勢が悪い。
︎︎また、下手に抗ったのが逆効果で、河童の連続張り手のいい的になった。
「ふおおおおおっ!
智器照臨、︎︎【水爆張り手】!」
︎︎それは手のひらに生み出した圧縮した水を爆発させる不可思議な力だ。
︎︎一撃ごとに水とは思えない爆裂音が周囲に響く。
︎︎莉緒の龍人としての身体は、圧縮した水の爆裂をものともしない鱗に覆われていたが、どうやらダメージは内部に浸透するらしい。
︎︎莉緒は血反吐を吐いた。
︎︎よろよろと莉緒が後退していく。
「はっ……はは、MD研究室なんて大したことねえな!」
︎︎河童が緊張が溶けたように笑う。
「う゛……私にも……ある……智器照臨、【水神の咆哮】」
︎︎莉緒の周囲を水の膜が覆い、突き出した手のひらから水流の一撃が放たれる。
「ぐおっ……」
︎︎河童が水流の一撃を浴びて、吹き飛ぶ。
︎︎しかし、すぐに立ち上がる。
「へ、へへ……同じ水を操る化け物同士だが、俺の相撲力の方が上のようだな……」
「くっ……舐め、るな……」
︎︎莉緒の中で何かが弾けた。
︎︎それはどうしようもない噴気のようなもので、夜の海面に起こる竜巻のように全てを吸い上げ、ぶちまける天災の様な怒りだ。
︎︎その竜巻はやがて雲を巻き込み、空と海を繋ぎ、雷気となって轟く。
︎︎莉緒の口がおのずから開き、言葉を紡ぐ。
「……勇器来臨。【青龍偃月刀】」
︎︎偃月刀に長柄を取り付けた武器、ただそれだけだが、遠心力を味方につける意味は大きい。
︎︎莉緒は本能的にソレの扱いを理解した。
「なっ……ズルじゃねえか!」
︎︎河童は自身の勇器を棚に上げて、目を剥いた。
「仲間をぶっ飛ばされて優しくいられるほど、できた人格してないのよ、私は!」
︎︎ブォン!
︎︎空気を切り裂く音と共に莉緒の青龍偃月刀が大上段から振り下ろされる。
︎︎間一髪。
︎︎河童が本能的にその身体を半身にしなければ、完全に両断されていただろう。
︎︎しかし、その回避とて完全ではない。
︎︎ピッ、と河童がさらに後ろに退こうとした瞬間、左半身に真っ直ぐな切れ目ができて、血が噴き出した。
︎︎本能を持ってしても、薄皮一枚、避けきれなかったのだ。
「あびゃっ! こ、殺す気か!」
「優しくないって言ったわよ……」
「ふざけやがって……MD研究室が暴走する『ムーンディスク』保持者を飼ってるのかよ!」
「暴走? いいえ、私は正気よ。あなただって正気でしょ。
せっかく理性が残っているのに、私の友達に手を出したのが、運の尽きだったわね」
ブオン! と青龍偃月刀を回して、構えを取る莉緒の動きは大したものだ。
「クソっ! 死んでタマルカ!
妻ト娘ノ元ニ帰ルマデハ……」
元・力士だった彼は膝の故障と共に角界を去らねばならなかった。
しかし、愛する妻と娘のために仕事をしなければならなかった彼は、第二の人生として報道記者を選んだ。
不幸な事故といえばそれまでだ。
報道記者として、今、話題の『ムーンディスク』をネタにしようと思い、『いさなき』帰還の二日前、祭りに浮かれる浮島区を取材しようとして、『魂降りの災禍』に巻き込まれた。
帰ることができないままに、浮島区は封鎖され、そこから今までの生活は酷いものだった。
車中泊、商店は開かず、開いても品揃えは悪くなるばかり、配給でどうにか食いつなぎ、風呂もトイレもまともに使えない。
携帯の充電も満足いくレベルではなく、仕事は滞り、娘に早く帰ってきてと言われても、先行きは見えない。
帰りたかった。
愛する妻と娘の待つ家へ……。
海を泳いででも帰りたかったのだ。
『マナガルム』という組織に拾われ、簡単な仕事をすれば、海を泳いで渡れるような『ムーンディスク』をくれてやるという餌に釣られて、『ムーンディスク』の回収という仕事を請け負った。
しかし、期せずして回収した『ムーンディスク』こそが彼の欲しかったモノだったのだ。
死にたくない。帰りたい。
ここで終わる訳にはいかなかった。
「ヴヴ……魔凱着奏!」
フォーーーン! 音と光が彼を包む。
それが収まった後には、黒地に緑の線が走る、つるりとした鎧に身を包む、まるで宇宙から飛来したかのような戦士が立っていた。




