魂鏡一九、MD研究室のお仕事
︎︎放課後、燈里、義己、莉緒の三人は『宇宙開発公団・MD研究室』の扉を叩く。
︎︎週に何度か、三人は治安維持協力と研究協力という名目でセンタービルに通っている。
︎︎結局、三人とも協力することにしたのだ。
︎︎『宇宙開発公団・MD研究室』の覚醒者は四名。ここに燈里たちを加えても七名しかいない。
︎︎しかも、燈里たちは学校の都合で放課後の短い時間か、休みの日しか来られず、まだ高校生ということで出動は二人一組ということになっている。
︎︎必然的に、元から居た四名の稼働率はブラック企業も真っ青な状態になっている。
「黒木君は、今日は検査だね。こっちへ……」
「はい。んじゃ、二人とも頑張れよ!」
︎︎研究員の土屋に連れられて、義己は移動していく。
「義己っちも痛かったら、左手上げるんだよ!」
「歯医者じゃねーわ!」
︎︎去り際の義己に燈里が軽口を叩く。
︎︎莉緒は笑顔で手を振っていた。
「さて、二人は着替えて来てくれ」
︎︎目の下にクマを作った榎田の言葉に、燈里と莉緒は更衣室に向かう。
︎︎着替えて出て来た二人はMD研究室のロゴ入りのツナギを着ている。
「よし、じゃあ、今日は高見班と一緒に動いてくれ。
俺はちょっと仮眠してくる……︎︎」
︎︎榎田はそう言うと大欠伸をして、ヨロヨロと仮眠室に向かって行った。
「高見さん、よろしくお願いします!」
︎︎莉緒が頭を下げる。それに倣って、燈里も同じく頭を下げた。
︎︎高見佐知子。二十代前半に見えるが実際は三十歳と少しというのが本人談。
︎︎元々は事務方だったが、宇宙開発公団内でMD研究室が治安維持組織として結成される時に志願した。
「莉緒ちゃん、燈里くん、よろしくね︎︎」
︎︎高見班は実務員四名〈通常、一班六名とされているが、先日の特殊部隊襲撃事件により二名を失っている〉で構成されていて、状況に応じて覚醒者を帯同する形になっている。
︎︎事件がなければ待機、隊員たちはいつでも出動できるようにしているが、暇な時はお茶を飲む、ゲームをする、レポートをまとめる、居眠りをすると、気楽なものだった。
︎︎『宇宙開発公団・MD研究室』の仕事は基本的にふたつである。
︎︎ひとつは暴走者の鎮圧。もうひとつは時折見つかる『ムーンディスク』の回収である。
︎︎スペースシャトル『いさなき』に積み込まれた『ムーンディスク』は八千八百八十八枚と言われている。
︎︎その内、体内吸収されたものが約五千枚、橋を破壊して海に落ちたものが約百枚、今までに回収された破壊の痕に残されたものが約千枚、残りの二千五百枚近くは『浮島区』内のどこかに眠っている計算になる。
︎︎また、本来、直径十センチ、厚さ一センチの銅鏡型の物体であれば、どれだけ高硬度だろうと、どれだけ高高度から落ちようと、物理法則によって一定以上のエネルギーを持てないはずなのだ。
︎︎つまり、破壊を撒き散らしながら落ちて来たほとんどの『ムーンディスク』が異常だったのであって、現在見つかっていない二千五百枚近くの『ムーンディスク』は普通に落ちたものと推測されている。
︎︎それは、どこかの家の屋根に引っかかっていたり、ビルの隙間に落ちていたり、森林地帯の土の中に埋もれてしまっていたりする。
︎︎それらを一般人が見つけて通報してきた場合、その回収というのも『宇宙開発公団・MD研究室』の仕事になるのである。
︎︎電話が鳴る。
︎︎高見班の男が、寝ぼけ眼でそれを取る。
「はい、こちらMD研究室……暴走者ですか、それとも回収でしょうか?
……はい。……はい。住所をお願いします……︎︎」
︎︎燈里と莉緒は身構えている。
︎︎放課後の時間、夕方から夜にかけてという時間帯は、大抵の場合、暴走者の通報が主なものになる。
︎︎電話を切った男が高見に報告する。
「班長、回収なんですが……」
︎︎燈里と莉緒は肩の力を抜いた。基本、回収だと覚醒者は随行しない。
︎︎莉緒は携帯に目を落とし、燈里はこの研究室に集められている神話・伝承の書籍でも借りて読もうかと、漠然と本棚に視線を向ける。
「神浮ブリッジの座り込み、あの近辺の公園で見かけたって通報です」
︎︎『神浮ブリッジ』は神奈川と浮島を繋ぐ橋のことで、自衛隊の橋封鎖に異議を唱える人たちが座り込みの抗議デモをしている場所でもある。
︎︎もし知識のない人物が『ムーンディスク』を体内吸収してしまったら、また、もしその人物が暴走者になってしまったら……高見はそこまで考えて、こめかみを押さえた。
「全員、今すぐ出動!
覚醒者には随行を命じます!
現場は人が多い場所です。最悪も見越して動かねばなりません!︎︎︎︎」
︎︎莉緒と燈里は慌てて動き出すのだった。
︎︎MD研究室の装甲バンが『神浮公園』に急行する。
「二人はバイザー降ろしておけよ」
︎︎男性の実務員が燈里のヘルメットのバイザーを降ろす。
「バレるな、とは言わないが、自衛隊にも、座り込みしてる連中にも、目をつけられない方がいいだろ」
︎︎自衛隊は橋の入口を封鎖しているだけで、覚醒者に不慣れだ。また、外の人間である以上、偏見を持っていても不思議ではない。
︎︎また、座り込みをしている人たちは、自分ちちの安全性をアピールしたい。
︎︎ウイルスなんて何かの間違いで、怪物に変異する人間はあくまでも一部の人間であり、自分たちは橋を渡っても平気な人間たちだと主張している。
︎︎そんな中に覚醒者がやって来れば、冷たい目で見られるのが必然であり、下手をすれば暴動になってもおかしくない。
︎︎そんな説明を聞いて、莉緒もバイザーを降ろした。
「もう着くわよ」
︎︎高見が言って、実務員たちが息を呑む。
︎︎車が公園の入口近くに停まって、実務員たちが降りる。
︎︎高見以外はヘルメットにツナギ、グローブに編み上げブーツ、それぞれが手に工具箱や脚立などを持って、電気工事でもするかのような出で立ちだ。
︎︎入口付近には不安そうな通報者がいて、高見が代表して詳しい場所などの聞き取り調査をしている。
︎︎燈里は普段、神浮公園の辺りはほとんど来ないので土地勘がなかったが、思ったよりも神浮ブリッジと神浮公園は近い。道ひとつ挟んだ反対側には座り込んだ人々が、『封鎖反対』とか『政府は人道的判断をせよ』とか『嘘つき政府』と書かれたプラカードを持っていて、代表者らしき人がスピーカー越しに喋っている。
「我々は〜政府の判断に〜抗議する〜!」
「「「抗議する〜!」」」
︎︎橋の入口をトラックと鉄条網で封鎖する自衛隊員たちは、全身防護スーツを着用の上、肩からアサルトライフルを掛けていて物々しい。
「案内して下さるそうだから、皆、行くわよ。公園内の池のほとりで見掛けたそうだから」
︎︎高見と通報者のおばさんが前を行くのに、全員が着いていく。
︎︎相変わらず外から抗議の声は聞こえるが、公園を公園として利用している人たちもいるようだ。
︎︎特にトイレと水道は座り込み参加者が列をなしている。
︎︎声を無視すれば、夕陽が射し込む公園はノスタルジックだと言えなくもない。声を無視すればの話だ。夜になれば静かになるのだろうか。
︎︎燈里はそんなことを考えながら、皆に着いていく。
︎︎全身から水を滴らせた釣りをやっていたと思しき男が、クーラーボックスを抱えて横を通り過ぎる。
「はーくしょんっ! ずずっ……ついてねえ……︎︎」
︎︎魚に引っ張られて池に落ちたりしたのだろう。
「ふふ……ご愁傷さま……」
︎︎秋になって、まだ暖かいとはいえ、陽が当たらない場所では肌寒く感じる。
︎︎クーラーボックスを大事そうに抱えているから、釣果はあったのだろうが、最後の最後で池の主でも引き当てたのかな、と燈里はニヤついた。
︎︎そういえば、高一の頃に義己と海釣りをして、大物に負けて二人がかりで海に落とされたことがあったな、と懐かしい気持ちになっていたのである。
「この辺りから、景色を見てて……何か光るものがあるなと思ったら、池の中にムーンディスクらしきものが見えて……あら?ここだと思ったんだけど……︎︎」
︎︎通報者のおばさんが説明しながら、浅い水辺を指さすが、ムーンディスクは見当たらない。
︎︎池は当然、人工池だ。夏場は子供たちが水遊びできるように池のほとりはかなり浅めに護岸されている。
︎︎そもそもがここはメガフロートの表面で、自然の景観風に作られているが、本当の池ではない。
「少しこの辺りを探してみますか!」
︎︎実務員の一人が言って、捜索範囲を広げようと提案するが、燈里はあれ、と何かが引っかかった。
「高見班長!この池って魚いるんでしたっけ?︎︎」
「いませんよ。ここは池風に造られたプールですから、魚は初めからここには入れない決まりです」
︎︎すぐに答えたのは、通報者のおばさんだった。
「……だとしたら、さっきの釣具のおじさんって、変ですよね?
島の縁︎︎で魚釣りなんてことは……」
「島のぐるりを沿岸警備隊と自衛隊が囲っているのに?」
︎︎燈里の疑問に莉緒が、バカバカしいと答える。
︎︎海からの島外脱出は許さないと、二十四時間、見張られている。
︎︎当然、海釣りも禁止されている。
「だよね。高見班長、さっきずぶ濡れで歩いてたおじさん、見ました?」
︎︎高見は真っ青な顔になる。
「もしかして、最近、噂の『マナガルム』……」
「何です? 『マナガルム』︎︎?」
「ムーンディスクを民間で集めていると言われる組織です。
︎︎それで極秘裏に政府と取引をしようとしているとか、国外とコンタクトしようとしているなどの噂があります。
まだテロ組織とまでは言いませんが、きな臭い団体なのは確かです。
全員、先ほどの男性を探して下さい!︎︎︎︎︎︎
まだ遠くには行っていないはず……︎︎」
︎︎高見班が散って、男を探しにいく。
︎︎公園はそれなりに広い。しかし、正面入口側は座り込み参加者たちが大勢たむろしていて目立つ。
︎︎燈里たちが男を見かけたのは、正面入口を北とすれば、東の池から歩いてくるところだ。
︎︎北と東がないのならば、西か南だろう。
︎︎西はビル群、南は住宅街の方に出入口がある。
︎︎公園内を走って探す。
︎︎夕陽が落ちて、辺りが暗くなって来る。
︎︎座り込みの人たちも、人が減って、解散の時刻なのだろう。
︎︎公園内も人が減ってくる。
「あ、もしかして、覚醒したら何か分かるかも……高見班長、良いですか?」
︎︎莉緒が無線でそんなことを言っている。
「分かりました。莉緒ちゃん、お願いできる?」
「はい」
︎︎そう答えてから、ややあって、今度は莉緒と共に行動している実務員から無線が入る。
︎︎莉緒は覚醒すると龍人になって、頭の形が変わるため、ヘルメットを脱いだのだろう。
「浅黄さんが小さな水の気配がビル街の方に進んでいると言っています。
このまま追いかけてみます︎︎」
「分かりました。全員、そちらに向かって下さい。
今、江村班に応援を頼みました。
私は車を拾って、そちらに向かいます︎︎︎︎」
︎︎高見の指示が飛び、燈里たちも合流するべく、そちらに向かう。
「見つけました!
ビル街に入っていく所です。
声、掛けますか?︎︎︎︎」
「そのまま追える?
メンバーと合流次第、フォーメーションを組んで声掛けにします。
もし、本当に『マナガルム』︎︎︎︎だった場合、いきなり逃走する可能性もあります」
「了解です。浅黄さんは目立つんで、覚醒解除まで公園入口で身を隠しておいて貰っときます」
︎︎いくらMD研究室のツナギを着ているとは言え、街中で覚醒者が歩いていれば騒ぎになる。
︎︎莉緒は燈里のように、一瞬で心を鎮めるなんて芸当はできない。
︎︎時間を掛けてでも、ゆっくり心を鎮めるしかないのだった。




