魂鏡二、夏の祭り
一話目に主人公が出てないお話を書く自分……。
こ、ここから出るから!
太鼓の音が響く。
︎︎赤みを帯びた提灯の光が、ここはいつもにない儀式の場であり、熱気を溜め込んだ人々の喧騒が渦巻き、集まり、祭りという世界を構築していく。
︎︎『浮島区』完成から五回目の夏祭りは、五周年記念と『いさなき』の無事の帰還、それから、『ムーンディスク』八千八百八十八枚発見という快挙を祝して行われている。
︎あと二日、二日後には『いさなき』が月の探検から大きな成果を担いで帰って来る。
︎︎帰って来たら、また記念式典とやらで大騒ぎになるだろうから、またお祭り騒ぎがあるのが確定しているのだが、その前祝いとばかりに夏祭りは熱狂していた。
︎︎祭り会場入り口では三人の男女が話している。二人の男は高校生くらいだろうか、私服姿でやかましい。
︎︎対する女の子は中学生くらいに見える。
︎︎浴衣姿に巾着を持って、人待ち顔で夜道を眺めている。
「お好み焼き、焼きそば、かき氷、ここら辺はマストだろ」
︎︎黒木義己。短く立てたツンツン頭で黒いツナギの上半身を腰に巻いて、Tシャツ姿である。バイト帰りだろうか。
︎︎ちなみにここ『浮島区』は宇宙港の街、ツナギを着ている人間はそこら中にいる。
「俺、あんず飴食いてー!
あ、それと︎︎あっちに肉串あったぞ」
︎︎こちらは望月燈里。中肉中背、笑うと糸目になるのが印象的ではあるが、良く言えば儚げ、悪く言うと弱そうな雰囲気を漂わせた普通な男の子に見える。
「お、マジかよ、燈里。祭り、たまらんなあっ!」
「もう、二人ともせっかくのお祭りなのに食べることしかないの?」
︎︎二人を姉のように叱るのは黒木仁美。
︎︎義己の妹で、あと五年もすれば大変な美人になるだろうと予感させる顔立ちをしている。
︎︎もっとも、今はまだ中性的な顔立ちという方が正しいかもしれない。
「何を言うんだ、仁美ちゃん。
もちろん、見果てぬ夢をただ追いかけるだけのひもクジも引くし、ライフルにやる気も力もまったく無い射的だってやりたい!︎︎︎︎」
︎︎グッと拳を握りしめ、遠く何処かへと視線を向ける燈里。
︎︎それを受けて義己も拳を握りしめると、阿吽の呼吸で続ける。
「あと、周囲にお祭り気分だと知らせてまわるサイリウムブレスレットとひと晩限りのオシャレアイテム、水風船ヨーヨーは装備したい!」
「燈里くんまで……。
もっとお祭りの風情……夜空に上がる花火とか、普段見られない女の子の浴衣姿︎︎に胸をときめかせるとか、ないの?」
︎︎仁美はそれとなく燈里の方へ自分の浴衣姿をアピールするが、急に恥ずかしくなったのか、うつむき加減で聞いた。
「仁美……お兄ちゃんたちはこういう生き方しか
できんのだ……」
︎︎兄たちは未だ遠くを見つめていた。
「そう、刹那的に腹を満たし、刹那的に夢を追いかけ、刹那的に普段できない格好を楽しむ……それが大人の楽しみってやつなのさ!」
「はぁ……お兄ちゃんも燈里くんも、まだまだ中学生なのね……。
あ、友達来たから、もう行くね!︎︎」
︎︎仁美はガックリと肩を落とし、それから見つけた友達に大きく手を振った。
「ぬおお、仁美ー!
俺たちゃもう高校生︎︎だあ!
バイトで貯めた経済力を見せてやるからなぁ!︎︎」
「え、お小遣いくれるの!?」
「えっ?あ、お、おう。
くれてやろうじゃないか!︎︎︎︎」
︎︎一瞬、取り乱したものの、なんとか威厳を取り戻した義己は、妹の手に数枚の札を握らせる。
「ありがとー、さすがお兄ちゃん、大人だわー」
︎︎こうして兄は威厳を金で買って、友人から優しく肩を、ポンと叩かれる。
「行こうぜ、義己っち……仁美ちゃんに勝てないのはいつものことだろ!」
「はは……慰めてくれるか、友よ……」
︎︎そう言いながら、二人は祭りの屋台の光に呑まれて行く。
「「たこ焼きください!」」
「あいよー」
︎︎シンクロした二人の声に、思わず二人は顔を見合わせる。
︎︎お互いに見知った顔。
︎︎それもそうだろう、燈里にとって橙山明里は隣の家の同級生。中学からの仲だ。
︎︎少し気恥ずかしかったのは、燈里と橙山明里、名前が似ているせいでダブルトウサトなどとからかわれた過去があるからだが、ある意味、それのおかげで二人は打ち解け、バカな同級生を冷笑で返り討ちにしたので、絆が深いと言えなくもない。
「燈里……」
「明里……」
「「私が〈俺が〉先だった!」」
︎︎ぎろり、二人の胡乱げな視線が絡み合う。
︎︎これもある意味、絆が深いのだろう。ケンカ友達としては……。
「あいよー、たこ焼きふた舟お待ちー」
︎︎屋台の親父は左右の手で同時にたこ焼きを出し、両手でそれぞれから金を受け取った。
︎︎仲良しのケンカに付き合うほど暇じゃないのだろう。
「明里も来てたのか」
「アンタはどうせ義己ちゃんとでしょ」
「そういうお前だって、部活のやつらだろ」
「はいはい、可愛い子いっぱいで羨ましいのね」
「はあ?別にうらや、羨ましくねーけど……︎︎」
「けど、羨ましい。まあまあ、みなまで言うな……葵ちゃんもいるしね」
「くそ、葵ちゃんは可愛い……」
「おやおや〜、燈里くんは葵ちゃんがお好きかぁ〜」
︎︎二人の会話に割って入ったのは浅黄莉緒、明里の剣道部仲間である。
︎︎明里はたぬき顔系の快活な笑顔が魅力の女の子とすれば、莉緒はキツネ顔系のクール美女という趣きがある。
︎︎ただし、二人とも性格は見た目通りとはいかないようだった。
「ええ、燈里くんは明里ちゃんじゃないの?」
︎︎莉緒の横に並ぶ、悪戯っぽい笑顔を向ける愛嬌のある女の子、こちらもまた明里の剣道部仲間である藍沢叶和である。
「いやいやいや、明里なんて瞬間湯沸かし器じゃん。俺、怖いの苦手なんだよ。
俺は優しい子がタイプなの︎︎」
「じゃあ、やっぱり葵かあ。
葵、モテモテだねえ︎︎」
︎︎勝手にそう決めつけた莉緒は後ろを向くと、身長差で隠れてしまっていた後輩の吹田葵を、がっしりホールドして頬ずりする。
「いや、あの、私は優しいタイプじゃないので……あの……」
︎︎困ったように照れて顔を赤くしている姿は、今にも逃げ出しそうにしていて、なんとも愛らしい。
︎︎葵は動物で言えばリス顔というのだろう。
︎︎くりくりした目に鼻筋は通っていて、薄く小ぶりな口元は、やはりリスっぽい。
︎︎少し奥手に見えるはにかんだ姿も、また小動物を思わせる。
「おお、葵ちゃん!
たこ焼き食べる? お兄ちゃんのあげようか?︎︎︎︎」
︎︎燈里は恋愛感情というよりは、まさしく愛でたい、妹にしたいという雰囲気で猫なで声を出す。
「うわ、気持ち悪っ!」
「キモっ!」
「久しぶりだと、エグいっすね」
︎︎三人がかりの暴言を食らいながらも、燈里は続ける。
「かき氷は? わたあめ買ってこようか?︎︎
とりあえず、一回、お兄ちゃんって言って?︎︎」
「おい、燈里、遅せぇよ。
おお、橙山と浅黄と藍沢、久しぶり!︎︎」
︎︎義己が燈里を迎えに来ていた。
「あ、義己ちゃん。このバカ持って行って!」
「ねえねえ、一回、一回でいいから、お兄ちゃんって……」
「ああ、また葵ちゃんに絡んでんの?
ほら、往来の邪魔になるからもう行くぞ!︎︎」
「ああ、引っ張らんとって〜。
本物の妹がいる義己っちには分からんのや︎︎」
「お前、仁美にはそういうのやらねえだろ」
「おう、義己っちと兄弟は御免こうむる」
「奇遇だな。俺もだよ。
なんでお前は毎回、葵ちゃんにばっか……︎︎」
「え〜、だって、葵ちゃんは俺の理想の二次元妹だから〜」
︎︎義己に連れられて燈里は雑踏の中に消えて行く。
「葵ちゃん、大丈夫だった?」
︎︎明里が心配そうに葵を覗き込む。
「あ、大丈夫です、大丈夫です」
「本当に嫌な時は言ってね。ああ見えて、話せば分かるやつだから」
「ふふ、望月先輩って、ちょっと強引ですけど、なんか可愛らしいですよね!」
「いや〜ん、葵ってば、おっとなー!」
︎︎そう言って叶和はケラケラ笑うのだった。
︎︎祭りも佳境にさしかかろうという時、燈里と義己はそれを見つけてしまった。
︎︎クラスメイトの藤井が、同じくクラスメイトの瓜生とその取り巻き高桑に蹴りを入れられている場面だった。
「いいから、そこのコンビニでタバコ買って来いよ!」
「でも……」
「お前、友達になりてぇって言ったよな!」
︎︎木陰で周囲からは死角になっていて、ぼそぼそとしか声は聞こえない。
︎︎しかし、聞き覚えのあるダミ声、見たことのある体格、どうにも気になって二人は耳をそばだてた。
︎︎藤井大成は体格も小さく、オドオドしている割りに自尊心が高い性格が災いして、瓜生創と高桑亮吾から良く嫌がらせを受けている。
︎︎義己は正義感が強く、その都度、注意して辞めさせようとしているが、瓜生が義己に苦手意識を持っているのか、注意すれば面倒そうに引くので、これまで大きな喧嘩になったことはない。
「おい、何してんだ?」
「ああん、関係ないやつはしゃしゃり出て来んな!」
「黒木……」
︎︎初めて瓜生が声を発した。
「高桑、今、タバコがどうのって聞こえたが?」
「またテメエかよ、黒木。
いいかげん、分からせてやろうか?︎︎」
︎︎高桑はかなり体格が良い男で、その男が指を鳴らしながら近づくと威圧感がある。
︎︎しかし、義己は臆することなく、持っていたかき氷を燈里に預けると、やる気で立ちはだかった。
「お前らやることがダセエんだよ。
分からないならゲンコツで教えてやろうか?︎︎」
「瓜生さん、今日は止めないで下さいよ。
毎度、毎度、こっちは頭に来てんだ!︎︎」
︎︎瓜生は何を考えているのか分からない目をして、それから投げやりともとれる口調で言った。
「好きにしろ……」
︎︎それだけ言って、興味をなくしたように、フラリとどこかへ去って行った。
「へへっ……もう歯止めもなくなっちまったぞ、黒木ーっ!」
︎︎高桑がフルスイングで拳をくり出す。
︎︎義己は頭を振ってそれを掻い潜ると、高桑に肉薄、胴体にフック気味のパンチを突き刺す。
「うぐっ、クソがぁ!」
︎︎痛みを堪えて高桑が掴みに行くのを冷静に確認して、義己は距離を取る。
︎︎義己は完全に高桑を翻弄していた。
︎︎燈里は藤井に近づくと声を掛ける。
「なあ、なんで蹴られてたん?」
「……いや、あいつらいつも絡んで来るから、友達が欲しいのかと思って、俺がダチになってやろうか?って聞いたんだ。
そしたら、ダチになりたきゃタバコ買って来いって言うから、それは無理だって断ったら、高桑はバカだから、暴力で言うこと聞かせようとしてきてよ……お前らが来なきゃ、俺が高桑をぶん殴るところだったんだよ︎︎︎︎……」
「ふーん……」
︎︎藤井の言葉はどう見ても強がりだったが、燈里はスルーした。
「でも、これでハッキリしたよ。
あいつらとはダチになれねぇな︎︎」
「まあ、そうだよな……」
︎︎燈里は次なる言葉を探したが、何と言ったらいいか迷ってしまう。
︎︎下手な慰めは藤井を傷つけるだろうし、かといって藤井を全肯定する気にもなれなかったからだ。
︎︎友達になれないの部分は共感できると思っていたが、その後が続かない。
︎︎何と言おうか、何か言わなくてはと迷っていると、まだ義己と高桑の決着がついていないにも関わらず、藤井がここから立ち去ろうとした。
「え……あ、おい、藤井……」
︎︎藤井はまるでその言葉が聞こえていないかのように、するすると人混みに紛れてしまう。
︎︎喧嘩は義己が優勢ではあるが、別に全ての攻撃をかわせるほどの実力差がある訳でもない。
︎︎そんな時、打ち上げ花火のドンという音が鳴った。
︎︎燈里は咄嗟に二人の喧嘩に割って入る。
「ヤバい、警察だ!」
︎︎義己は正義は自分にあると思っているから止まらない。燈里の静止を振り切ろうともがいた。
︎︎だが、高桑はそうではなかった。燈里の声だと気づいたかは分からなかったが、一目散に逃げ出した。
「高桑、逃げんじゃねえ!」
︎︎打ち上げ花火の光が、この暗がりを明るく華やかに染めた。
︎︎燈里は必死になって義己をどうにか静止した。
︎︎光が消えて、より濃い闇が辺りを包むと、もう高桑の姿は見えなくなっていた。
「くそっ、もう少しでぶちのめしてやれたのに……」
「どうどう……落ち着けって義己っち。
藤井が行っちまったのに、これ以上やっても意味ないって……︎︎」
「え!?︎︎」
︎︎また次の打ち上げ花火が、ドンと鳴った。
︎︎その光で義己は辺りを見回した。
「藤井……あ、警察……」
「あ、それは嘘……」
︎︎義己の身体から、力が抜ける。
「どういうことだよ……」
「まあ、恥ずかしかったんじゃないかな?」
︎︎呟く義己に燈里が説明した。おそらく、藤井はこのまま義己が勝って、礼を言わなくてはならないことを恥じたのだろうと推測したからだ。
︎︎だが義己にはそれが理解できない。
「別に礼が欲しくて助けた訳じゃないぜ」
「え〜と、そういうことじゃなくて……」
「それに藤井だったら、自分で何とかできた、くらいは言うだろ」
「いや、そうなんだけど……ああもう……そういうとこだぞ、義己っちの朴念仁……」
︎︎いじめられていたと認めたくないのだ、藤井は。しかし、その言葉を使ってしまえば、燈里も藤井がいじめにあっていたことを認めることになる。難しい問題なのだ。
︎︎だが、それを言ったところで、当の義己には通じないかもしれない。そういうところの融通が利かないのだ。
︎︎お前がいじめられていたことは黙っていてやるから、元気出せ!︎︎くらいのことは言ってしまうのが義己なのだ。
「どういうとこだよ?」
「はいはい。これ頬に当てて冷やしとけよ」
︎︎燈里は地面に置いたかき氷を拾って、義己の頬に当てた。
「ああ、たしかに火照ってるわ……」
「違う、殴られてんだよ!」
︎︎アドレナリンが出ているからか、それも分かっていない義己に、抗議するように燈里が言った。




