魂鏡一七、告白二
︎︎高級レストランの少し暗めの部屋の中、窓ガラスに映る満月から、青い光が差し込んでいる。
「制御する方法……よければ聞かせてくれないかい?」
︎︎直居は静かに言った。
︎︎青い光に照らされた義己は、幽鬼のようにその瞳に暗い情念を灯している。
︎︎場を沈黙が支配する。
︎︎義己にとっては、それを口にすることが非常に辛いことなのだろう。
︎︎ややあって、ようやく義己がその重い口を開いた。
「俺に制御方法を教えてくれたヤツがいる」
「……。」
︎︎直居は答えを急がなかった。
︎︎重苦しい沈黙の末の告白は、何か重大な決意を必要とするのだろうと思ったからだ。
「直居覚醒は強い心の動きによって成り、魔凱着奏は悪心によって成る……」
︎︎義己の言葉に直居は小さく頷く。
「ある時、俺は風紀委員会として暴走したムーンディスク保持者を鎮圧しようとして、ボコボコに負けた。
その頃、俺はこの力を制御できなくて、全身を直居覚醒することもできなかった。
悔しいのもあったけど、このまま俺が負けたら友人たちはどうなるんだろうって思ったら、力が湧いてきて、俺は初めて全身覚醒したんだ……でも、負けた。
どうにもならなくなった時、アイツが現れて、俺の代わりにムーンディスク保持者を鎮圧したんだ。
それで、強くなりたかったら来いって誘われて、俺はソイツのところに行った︎︎︎︎︎︎︎︎︎︎」
︎︎燈里の記憶が、その時のことを鮮明に思い出していた。
︎︎瓜生創。
︎︎不良たちをまとめあげ、気に食わないヤツではあるが、たしかにあの時、義己を助けた人物だ。
「そこは建設途中のビルの中で、サンドバッグが吊るされてた。
今の俺の全力で、そいつを殴ってみろって言われて……俺は……そのサンドバッグを……嫌な予感はしてた……でも、仲間を守るために強くなりたかった……だから、全力で……︎︎」
︎︎義己は、ポロポロと涙を零した。
「……サンドバッグに……血が滲んで……ソイツの仲間が笑いながら……中身を……」
「義己っち、無理に話さなくていいよ……」
︎︎いたたまれなくなった燈里が口を挟むが、義己は、ブンブンと首を振った。
「違う……それが制御方法なんだ……そいつが忌避することを、わざとやらせて、トラウマを植え付ける。
そのトラウマは強い心の動きを起こさせ、悪心を励起させる……後は、言葉があればいい。
アイツは言霊︎︎︎︎で魂鏡にアクセスするって……」
︎︎燈里は、はたと気づく。
︎︎昨日、義己が言った「魔法の言葉」、アレは義己が瓜生の言葉を実践した結果だった。
︎︎もし、義己が話した通り、トラウマをトリガーにするのが正解だとするなら……と考えたところで、いや、と思い直す。
︎︎強い心の動きは何もトラウマに限定する必要はないはずなのだ。
︎︎問題の元凶は瓜生創が、強い心の動きをトラウマに限定して信じ込ませた部分にある、と思い至る。
︎︎それは直居も同様に考えたのだろう。
「うん、黒木くんを洗脳したソイツはどこでそんな知識を得たのかな?
強い心の動き、衝動と言い換えてもいいが、それをトラウマに頼るというのは間違っていないが、正解ではない、という所だろうか。
僕が見るに、それはムーンディスク保持者としての暴走を抑える効果があったとしても、人間的暴走を招く恐れが強い。
人は誰しもが繊細なガラスのようなハートを持っている。
叩いたら良い音色を奏でるからと言って、叩けば壊れてしまう。
ムーンディスクは、超古代人はわざわざそんな悪性腫瘍を後の世に遺すほど愚かではないと、僕は信じているよ︎︎︎︎︎︎︎︎︎︎」
︎︎直居の言葉は学者らしい理路整然としたモノだったが、最後はこれも学者らしく浪漫に溢れるモノだった。
︎︎そして、その眼差しは慈愛に満ちていた。
「俺……捕まりますか……」
︎︎項垂れた義己は、普段とは見る影もないほどに弱々しい。
「僕は学者だよ。そんな権限はない。
でも、もし黒木くんが警察に行って全てを明らかにしたいというなら、僕はムーンディスクの専門家という見地から弁護はできると思う。
でも、浮島区には裁判所も刑務所もないんだ。
自分の罪だと思うなら、自分で償うしかないだろうね︎︎」
「自分で罪を償う……」
「司法で裁けるなら簡単だ。
極論、なんなら、その罪がなんなのかすら考えなくてもいい。
だが、自分の罪を自分で償うのは大変だよ。
なにしろ裁くのも自分で、赦すのも自分だ……だから、僕たち大人は、そういう時、背負うのさ。
自分の罪を罪と認めて、時折、振り返る。
二度としないと誓いながら、自分の中に祈る。
まあ、それだって程々にしなきゃ、楽しく美しく生きられなくなる。
楽しく美しく生きるのは、人間の義務だからね︎︎︎︎︎︎︎︎︎︎︎︎︎︎」
︎︎義己は少しだけ前を向こうと思った。
︎︎自分を赦すのではなく、背負う。
︎︎そういう生き方ができる大人になりたいと思うのだった。
︎︎話がひと段落した頃を見計らって食事が運ばれて来る。
︎︎義己は、あまり食べる気になれないようだったが、無理にでも胃に詰め込んで、美味い、美味いと言った。
︎︎野菜は日曜日に土木系バイトで作った畑から採れていると聞いて、全員が美味い、美味いと言った。
︎︎直居はこんな時でないと飲めないからと、一人で残り、三人は、ぽつり、ぽつりと言葉を交わしながら帰る。
「あ、携帯忘れてきた……」
︎︎別れ際になって、燈里が呟く。
「俺も一緒に行こうか?」
︎︎義己が気を利かせて言う。
「いや、腹ごなしに走っていくから、気にしなくていいよ!」
「そうか……。じゃあ、また明日!」
「おう、また明日!」
︎︎そう言って、燈里は走って来た道を戻っていくのだった。
︎︎燈里がレストランに入ると、直居はまだそこに居た。
︎︎琥珀色の液体が入った酒を、月を眺めながら、飲んでいる。
「はぁ、はぁ、はぁ……直居教授……」
「うん? 望月くん、忘れ物かな?︎︎」
「お話があるんです……」
「うん。あの場では言えなかった話かな」
︎︎ずばり、核心を言い当てられて、燈里は一瞬、呼吸を忘れる。
「……はい。俺は、ムーンディスクに当たっていないんです」
︎︎直居は目を細めつつ、続きを待った。
「俺は……もう十年以上、コイツと付き合ってきました」
「たしか、君は望月教授の息子さんだったね。
つまり、望月教授は『アースディスク』︎︎の発見に成功していたと?」
︎︎直居は当然、燈里のことも調べているのだろう。その過程で父が考古学と宇宙考古学を繋げるべく研究をしていることも知っていたらしい。
「……いえ、父は知りません。」
「知らない?」
「はい。今までずっと隠して生きてきました。
だって、おかしいでしょ。
ある日、自分の家族が化け物に変身なんてしたら……︎︎︎︎」
「……。」
「興奮すると、毛が伸びて来るんです。
だから、これまで必死に冷静でいようと努めて来たんです︎︎。
ある朝、起きたら自分の顔が毛むくじゃらで……その時も何とか必死に自分に言い聞かせたんです。
冷静に、このまま顔が元に戻らなかったら、どこか山にでも行って、人知れず生活するしかないとか、山で生活するなら母がパートに出ている今の内に道具を揃えようとか︎︎︎︎……そうやって今後の身の振り方を考えていたら、元に戻りました。
心を静かに、何事にも動じないように、そうやって生活していく内に、自分の衝動の抑え方を学びました……︎︎」
「大変だったんだね……」
「まあ、それなりに。でも、『あの日』から、化け物に変身するのが自分だけじゃないと知って、そして、この変異が自分のせいじゃないと知って、救われました。
小さい頃、父の発掘現場で遊ぶのが好きでした。
もう、あまり覚えていませんが、たぶんアースディスクに触れてしまったのではないかと思っています︎︎︎︎」
「そして、それは体内吸収され、誰にも気づかれることなく、君の中で眠っていた……」
「たぶん、ですが……」
「君が恐れているのは、アースディスクとムーンディスクが違うものかもしれないという可能性……そして君がもたらす情報が、ムーンディスク研究に間違った答えを見せてしまうかもしれないという可能性だね︎︎」
「はい」
「望月教授は、良いお子さんを持たれた……。
蛙の子は蛙という訳だ。
……そうだね。この浮島区に特別に移設された野明神社というのがあるだろう?
そこの神職の方が興味深い話をして下さった。
その方は聖書に出てくる洪水伝説、そこで生き残ったノアの子孫だと言うんだ。
ノアは天の方舟を作り、家族と共に、そこに生きていた動物︎︎︎︎︎︎︎︎︎︎を魂鏡に封じて、月まで行って洪水が収まるのを待った。
それから、神の命令で天鳥船︎︎に乗って地球に戻ってきて、今の動物たちと共に地球で暮らした。
そんな縁起が残っているそうなんだ︎︎」
「聖書ですか……」
「うん、そこも気になるところではあるけれど、その方の話だと方舟に載せたのが魂鏡だと言われているんだ。
魂の鏡。鏡みたいな形をした伝説の幻獣や魔獣を人の身に再現させるムーンディスク。
おそらく、同じモノを指し示していると思わないかい?︎︎︎︎」
「……。」
︎︎たしかに、ムーンディスクは直径十センチ程度の円盤で片面に意匠が凝らされ、もう片面は、ツルリとした鏡面になっている。
︎︎魂というのは、そのモノの本質や中核を表すものと考えれば、太古の幻獣の本質を人の身に再現させる情報媒体としてのムーンディスクは、イコール魂鏡と判断しても間違いないように思える。
「聖書では、ノアは陸地を確かめるため、鳥を方舟から飛ばすんだ。
鳥が帰って来たら、まだ世界を水が覆っている。
鳥が帰って来なければ、それは方舟以外に羽を休める場所があるという合図︎︎︎︎だとね。
僕が考えるに、この鳥たちこそがアースディスクの正体じゃないかと思うんだが、どうだろう?
たしか望月教授のアプローチだと、かぐや姫伝説考の中で、天皇陛下に送られた不死の妙薬こそがアースディスクであると結ばれていた気はするけれど……」
「直井教授も父も、アースディスクは月からもたらされた元はムーンディスクであると考えている……で、合ってますか?」
「うん。しかし、いち早く地球に来たアースディスクは、途中で何らかの変化、もしくは地球への適合を起こしている可能性は考慮に入れるべきだ、とは思う」
︎︎それは、燈里が信頼して自分の中のアースディスクを調べさせるに足る答えだった。
「これで素直に協力できます。
お時間を取らせてすみませんでした!︎︎」
「いいや、そう決めて貰えたなら、こんなに有り難いことはないよ。
もちろん、望月くんの秘密は守った上で、研究を進めさせてもらうつもりだから、安心してくれて良いからね︎︎」
︎︎燈里が十年以上前からアースディスクを体内吸収していて、それを隠したまま友人たちと接していたとなると、余計な軋轢を生む可能性もある。
︎︎皆で一斉に化け物になった、というのと、元から化け物だったのを隠して生きて来た、というのでは、やはり違う。
︎︎燈里はそれを踏まえたうえで、誹謗中傷されても自分は冷静でいられるという自負から、この事は秘密でなくても良いという計算をしていたが、直居は子供たちにそんな負担を負わせるつもりはなかった。
︎︎違いがあるかもしれないという情報は、直居たち研究する側が知っていれば事足りることだ。
︎︎それに、燈里が一人でわざわざ戻ってきたという事は、本来なら秘密にして欲しいこと、という意味だ。
︎︎それが分かった上で、直居はそう答えたのだった。




