魂鏡一六、告白一
︎︎翌日、三人の携帯に連絡があり、三人は夕食に誘われた。
︎︎相手は直居教授だった。
︎︎浮島パークホテル最上階、高級レストラン『月遺跡』。
︎︎月遺跡探索のために作られた『浮島区』を象徴するような天空レストラン。
︎︎名前の通り、月遺跡をイメージしていて、天井は星空に浮かぶ地球。内装は石作りの柱や月をイメージしたラグ、ちょっとした小物がスペースシャトルの形をしているが、壁紙やテーブルなどは、いかにも高級店という造りをしている。
︎︎外部から訪問した客人ならば、その浪漫溢れる店内で、月遺跡へと想いを馳せるだろう。
「やべ……ラフな格好で良いって言うから、本当に普段着で来たら、場違い感がぱない……」
︎︎ジーンズ、Tシャツ、おニューのパーカーという姿の燈里が入口で立ち尽くす。
︎︎義己と莉緒は学校の制服だ。
「いらっしゃいませ。今日は貸切となっておりますので、そのままで問題ございません。
どうぞ、こちらへ︎︎」
︎︎受付係が店の前で待っていて、そう声を掛けてくる。
「望月くん、恥ずかしいから声に出さないでよ……」
︎︎莉緒が小声で窘めながら、燈里を小突いた。
︎︎そのまま三人は案内されて、外が一望できる一番良い席に座る。
「なにか苦手な物はございますでしょうか?
本日はコースでと承っておりますが、苦手な物があれば、他の品とお取り替え致します︎︎」
「お、俺は別にない、です……」
︎︎カチコチに緊張した義己が答える。
「私も特にありません」
︎︎すまし顔の莉緒。
「貝類はちょっと……」
「かしこまりました。シェフに伝えておきます。
お飲み物はいかがされますか?︎︎」
︎︎メニューが渡される。
︎︎定番のソフトドリンクから、ノンアルコールカクテルまで、種類は様々だ。
︎︎三人は三者三様、好きな物を頼む。
︎︎そんなことをしていると、壮年の男性がやって来る。
︎︎洒落たスーツ姿で、ロマンスグレーの髪をオールバックにした、あまり研究者らしからぬ格好だ。
「すまない、お待たせしたね。
浅黄さんと望月くん、黒木くんだね。
直居宗隆と言います。
今日は急な呼び掛けに応じてくれて、ありがとう︎︎」
「お招きいただきありがとうございます。
直居教授とお呼びしてもよろしいでしょうか?︎︎」
︎︎莉緒が立ち上がって礼をする。
︎︎なかなか堂に入った所作だと、燈里は思った。
「いやいや、今日はお礼とちょっとした話をしに来ただけだから、もう少し砕けて、直居さんくらいにして貰えると有り難い。
実を言うと、あまり堅苦しいのは苦手なんだ……ほら、座って、座って!︎︎」
︎︎直居はわざと砕けた調子でそう言って笑いながら座る。
︎︎続けて立ち上がろうとした義己は気勢を削がれて、立ち上がる隙を無くしてしまった。
「すまないが、僕はアルコールを頼ませて貰うよ。
連日の諸々で、まともに飲める機会を失い続けているんだよ……︎︎」
︎︎困り眉で情けなく直居は言った。
︎︎全員に飲み物がやって来る。直居はビールにしたようだ。
「先ずは、昨日のセンタービルの件、責任者として礼を言わせていただきたい。
君たちのおかげで何人もの職員の命を助けて頂いた。本当にありがとう!︎︎︎︎」
︎︎直居は頭をしっかりと下げた。
「いえ、俺たちがもう少し早く決断していたら、もっとやれることがあったはずでした……せっかく力があるのに……」
「いや、黒木くん。あの状況で君たちは本当に大事な決断をしてくれた。遅い早いではない。本来ならば、大人である我々がなんとかしなくてはいけなかった事だ。
僕たちは大人として、この状況を予測して然るべきなのに、それを見落としてしまった。
恥じるならば、それは我々、大人の役目だ。
君たちは何ら恥じることなく、むしろ、誇っていい︎︎︎︎︎︎。いや、誇るべきだ!」
︎︎直居の言葉は有無を言わさぬ迫力があった。
︎︎それは直居の本心の言葉だったからのようにも思える。
「失礼、ちょっと熱が入ってしまったようだ」
︎︎言って、直居はビールを煽る。
「……ふぅ。さて、ちょっとした話をしよう。
今、この浮島区は、僕と区長、この二人の合議制で全てが決まっている。
本来ならば、僕の立場というのは、宇宙開発公団の雇われ店長みたいなものなんだがね。
『魂降りの災禍』︎︎︎︎︎︎の責任が僕にある以上、政治にも口を挟まないといけなくなってしまったんだ」
︎︎三人は話の要点が掴めず、顔にハテナを浮かべたまま聞いている。
「簡単に言えば、君たちに協力を頼みたいんだ。
たぶん、この浮島区に住んでいる人たちが薄らと感じている、この浮島区が見捨てられるんじゃないかと︎︎︎︎︎︎言う恐怖。
これが現実化しそうなんだ︎︎……」
「ええと、どういうことですか?」
︎︎燈里が理解が追いつかないと発言する。
「そうだね……僕はSNSでの発信が監視され、余計なことを言おうとすると、シャドウバンされる。
例えば、未知のウイルスとして検知されたものは、ムーンディスクが暴走した毒を吐く幻獣のモノで、その人は捕獲、隔離の上で、毒への対処を研究中だ、という情報は世の中には出回らない︎︎」
「え?」
︎︎莉緒が驚きに声を上げる。
「それから、政府に五枚のムーンディスクを譲渡して、浮島区外部でもムーンディスクの研究が始まるという情報もシャットアウトされた。
昨日、襲撃があって七十五名の捕虜がいるから、これを引き渡したいと政府に打診したら、それは何かの隠喩かと、とぼけられて︎︎、なかった事にされてしまった︎︎」
「なんだ、それ……」
︎︎義己は憤慨したのか、拳を強く握りしめた。
「ええと、協力というのは具体的にどういう?」
︎︎燈里が本題に入ってくれと急かす。
「まず、ムーンディスクの研究。
黒木くん、君は昨日、魔凱着奏したそうだね。どうだった?︎︎」
「どうって……」
「今のところ、分かっているのは直居覚醒、魔凱着奏の二段階なんだ。
直居覚醒は細かく言うとふたつの状態があって、ひとつは暴走。もうひとつは理性を残した覚醒。この辺りは三人とも体感しているんじゃないかな?︎︎
そして、大事なのは理性を残した覚醒を果たした人間が非常に少ないということなんだ。
割合で言えば、一から二割、それくらいしかいない。
どういう状態なら理性を残したまま覚醒できるのか、︎︎︎︎︎︎それともムーンディスクに適合した者だけが理性を残して覚醒するのか、また、暴走した者からムーンディスクを取り外すことは可能なのか、それが分かれば、我々はある程度、ムーンディスクを制御できると言える。
制御できるなら、政府との交渉カードとして使える。
つまり、封鎖を解く鍵になるんだ︎︎︎︎」
︎︎グビリ、ビールを流し込んで、直居はどうにかヒートアップする論調を抑える。
「失礼……最近は考えなければならない問題が山積みで、つい口調が荒くなってしまう。
ええと、そうだ。魔凱着奏についてだね。
これは、とある神職の方から聞いた話なんだが、霊魂の状態︎︎︎︎には直霊と曲霊のふたつがあるんだそうだ。
普段の状態を直霊、それが悪心に染まると曲霊という状態になる。
ああ、勘違いして欲しくないのは、悪心には戦う意思、争う心なんかも含まれるらしい。︎︎︎︎
競争心は人間が生きる原動力のひとつだと僕は考えている︎︎。それを悪心だと否定的に捉えるのはひとつの考え方に過ぎないと僕は思っている。
魔凱着奏は、おそらくムーンディスクに記録された超古代の神話生物、その戦う姿︎︎を具現化したものだと考えている。
まあ、これは副次的な研究に過ぎないけれど、何より重要なのはムーンディスクの制御。
これを成すことが第一だ。
それから、暴走するムーンディスク保持者を何とかすること。
黒木くんも体感したと思うが、魔凱着奏は現代の兵器群が役に立たない。
その原理解明も急務ではあるんだが、暴走者は悪心に染まりやすい。
つまり、現状、魔凱着奏した暴走者に対抗できる︎︎︎︎︎︎︎︎︎︎︎︎のは、魔凱着奏した理性ある覚醒者だけなんだ。
そこで君たちに協力をして欲しいという話になるんだ︎︎」
「その暴走者からムーンディスクを取り外すってのは、可能だと思いますか?」
︎︎義己は深刻な顔で直居に聞く。
「妹さんのことだね?
︎︎失礼ながら調べさせて貰ったよ。
……現状では、何とも言えない。だが、人の体に混ざるモノなら、それを取り除くことは可能だと考えている。
あまりこういう事を言うと、学会から信用されなくなるから、普段は言わないんだが……錬金術という科学の元となった学問では、熱する、冷ます、混ぜる、分離する、大元なんてそんなもんなんだ……︎︎︎︎だから、実現の可能性はある。いや、実現させなければいけない。
そう考えているよ︎︎」
「そう、ですか……」
「あの、制御についてなんですけど……」
︎︎何事か考え込む義己をよそに、燈里が軽く手を挙げる。
「望月くん、なんだろう?︎︎」
「友人で、猿渡ってヤツがいます。
そいつ、最初、暴走したんです。
それで制御方法を見つけたって……でも、︎︎︎︎暴走の先延ばしっていうか、憎む相手を遠くに置くことで、皆の前では暴走しないで済むってことを言っていて……ただ、たしかにその時は自由に身体を操れているみたいでした。
でも、その時は危ない気がして、止めたんです。
そうしたら、素直に止めてくれたから、問題はなかったんですけど……︎︎︎︎」
「うん、その判断は間違っていないだろうね。
おそらく、その猿渡くんは遠からず暴走していただろう︎︎。
特に憎しみは別の誰かに転嫁しやすい。
最初、復讐相手だけを憎んでいたのに、それを︎︎︎︎邪魔する相手まで憎くなるなんて、良く聞く話だろう。
でも、そうだね、一時的にしろ暴走せずに覚醒できるという事例な訳だ。参考にさせて貰うよ、ありがとう!︎︎」
「……制御する方法ならある」
︎︎義己が冷たく言った。




