魂鏡一五、特殊部隊
︎︎直居覚醒を果たした三人は、食堂を出て、地下へと向かう。
「この防火扉って壊していいのかな?」
「いいんじゃない?緊急なんとかって言えば︎︎」
︎︎ミノタウロスな義己の疑問にうさぎ男の燈里が答える。
「なに、その頭悪そうな会話……」
︎︎龍人である莉緒が頭を押さえるが、言ってる間に防火扉は義己のタックルで、へしゃげて隙間ができる。
︎︎三人はその先にある階段を降りていった。
︎︎一階部分はロビーでもあるので、作りは単純だ。
︎︎見回すとすぐにソレは見つかる。
︎︎戦闘があったであろう痕跡だ。
︎︎壁には弾痕がいくつも穿たれ、血が飛び散り、職員が二人、倒れている。
︎︎近くにはネットランチャーの残骸が落ちていて、職員の一人は既に息をしていない。
︎︎三人はある程度、覚悟して降りてきたつもりだったが、息をしていない職員に顔を顰める。
︎︎燈里は膝から崩れ落ちた。
︎︎頭の中が真っ白になって、その事実が後悔となって、動揺する。
︎︎アア、己ハコンナニモ弱クナッテシマッタ。
︎︎心が揺れる。
︎︎アノ方ノ罪ヲ何故、己ガ償ッテイルノカ。
︎︎乱れるはずのなかった心が。
︎︎アノ男ノ選択ハ正シカッタノカ。
︎︎ならば、今は。
︎︎───愛器光臨【霊搗の大杵】───
︎︎燈里の手元に光が集まると、両端に重しのついた独鈷杵のような物が現れる。
︎︎しかし、独鈷杵と違うのは、その両端は平らで、外に向かって広がっており、木製のように見える。
︎︎燈里が、まだ息のある職員に向けて、その大杵を振る。
︎︎燈里にはその職員のオーラのようなものが見えていた。
︎︎浮き上がり、肉体を離れようとするオーラを叩いて戻す。
︎︎それは何か神聖な儀式のようにも見えて、義己と莉緒は、見守るしかできない。
︎︎次第に職員の呼吸が安定して、苦しそうにしていたのが、薄らと目を開けた。
︎︎チリン、と肺に埋まっていた弾丸が落ちて音を立てる。
「相手ハ何処二?」
︎︎燈里が聞いた。
︎︎目を開いた職員は、兎と牛と龍が顔を覗き込んでいる光景に目を見開いたが、敵意がないのを悟ったのか、指先で方向を指し示す。
「あっちか!」
「急ごう……」
︎︎牛と龍が駆け出す。
︎︎兎はひと呼吸遅れて、その赤い瞳を、ぱちくりと瞬かせると、急に意識を取り戻したように立ち上がった。
「あ、待てよ、俺を置いていくな!」
︎︎先に進むと、あちこちで呻く職員が見つかる。何人かは残念ながら既に息を引き取っていて、危なそうな職員には燈里が大杵を振るった。
「回復魔法?」
︎︎その光景も何度目か。何度かトランス状態で大杵を振る燈里に、義己が言った。
「この身体になると、変な力が使えたりするよね。私の場合、もっと攻撃的だけど……」
︎︎莉緒も覚えがあるのか、ウンウンと頷いている。
「俺も何か使えたりすんのかな?」
「たまに頭に響くイメージ?
アレと関係ありそうだけどね︎︎」
「ああ、アレかぁ……あんまり良いイメージじゃないから、本当は嫌なんだけどな……」
「黒木くんの場合ってそうなの?」
「そういう浅黄は?」
「良いのと、悪いの、半々くらいかな……?」
︎︎一階の作りは単純だと思っていた三人だったが、少し奥に入ると、やはり迷路になっていた。
︎︎生き残った職員たちに聞いて、少しずつ先に進む。
︎︎そうして進んでいると、戦闘の痕跡が見当たらなくなって、途端に迷ってしまった。
「どうしよう……迷ったかな?」
︎︎莉緒が辺りを見回す。
「奥に行くなら、こっちだな……」
「なんでそんなこと分かるのよ」
「イメージに耳を傾けるんだろ。
そしたら、奥はこっちだって……︎︎」
︎︎そう言って義己が指先を向ける。
「たしか、ミノタウロスって迷宮に住んでるんだっけ?」
︎︎燈里は改めて調べたミノタウロスの情報を開示する。
「え、これが俺の特殊能力なのか……残念過ぎねえ?」
「今はありがたいから、いいじゃない!」
︎︎莉緒は明るく言って、義己の指さす方へ向かう。
「もう少し、かっこいい魔法が良かった……」
「俺もね、せめてオオカミとかキツネとかさ……ウサギって何だよって思ったことあるよ」
「いや、誰かを癒せる魔法が使えるって、俺は燈里のこと、かっこいいと思うぞ!」
「ちょっと、男ども! たらたらしない!︎︎」
︎︎先を行く莉緒に怒られて、燈里と義己はお互いの体を軽く叩きあった。
︎︎そうして、気持ちを入れ替えて、先に進む。
︎︎プシュ、プシュ、プシュ、プシュ、プシュ、プシュ、プシュ、プシュ、プシュ、プシュ、プシュ、プシュ、プシュ、プシュ、プシュ、プシュ、プシュ、プシュ。
︎︎断続的な小さな炸裂音が耳に入る。
︎︎それは目の前の階段の下から聞こえる。
︎︎三人はお互いに頷きあって、この下が戦場なのだと確認する。
︎︎義己が自分の大きな身体を軽く叩く。
︎︎自分が先に行くという意思表示だ。
︎︎だが、莉緒も鱗に覆われた腕を見せて、私が先だと主張した。
︎︎燈里は、どちらも危険に晒したくないと思い、何も言わずにその脚力を持って、階段を飛び降りた。
「あ、おい……」「ちょっ……」
︎︎二人が思わず声を上げる。
︎︎スタッ、と降り立ち、燈里が走り出そうとした瞬間、プシュ、プシュ、プシュ、と三発分の音が響き、燈里は身体を貫かれて倒れた。
「燈里っ!」
「燈里くん……」
︎︎義己が眦を吊り上げた。
︎︎ドス黒い感情が自身を覆っていくのが分かる。
︎︎義己はその感情を力に変える方法を知っていた。
︎︎そして、イメージもソレに力を与えた。
︎︎父ノ罪。何故、俺二ソノ贖罪ガ回ッテクルノカ?
︎︎仕方がなかった。
︎︎母ノ罪。何故、俺ニソノ贖罪ガ回ッテクルノカ?
︎︎金が必要だった。
︎︎神ガ憎イ、神ガ憎イ……ドウシテダ?
︎︎俺ガ何ヲシタ?
︎︎妹を助けるためだ。
︎︎父ガ憎イ、母ガ憎イ、神ガ憎イ!
︎︎殺したかった訳じゃない。
︎︎全テ壊ス、全テ壊ス、全テ壊ス……。
︎︎
「魔凱着奏……」
︎︎義己の肉体が鎧われていく。
︎︎黒い紐が肉体を縛り、その上に音が重なる。
︎︎音は固まって、金属のような光沢をみせる。
︎︎手甲、足甲、腰鎧、左肩と左胸を守るポイントアーマー、兜に顔の形のフェイスガードは表情を悟らせないためだろうか。
︎︎直霊は悪心によって曲霊となり、争いの素となる。
︎︎そこにはミノタウロスの特徴を残した、特殊スーツという出で立ちの義己が立っていた。
︎︎あれ程の巨体が、今は義己と重なって、ミノタウロスが義己になったとも言える。
「燈里!」
︎︎義己は叫びながら階段を飛び降りた。
︎︎そして、すぐさま燈里を守るように抱きかかえる。
「俺、怪我の治りは早いんだ……」
︎︎燈里が呟く。
︎︎プシュ、プシュ、プシュ。階段出口に向けて、またもや銃弾が叩き込まれる。
︎︎リィィィィィィン……と音がして、銃弾はその意思を失ったかのように下に落ちた。
︎︎さらなる銃撃。だが、どこの国かは分からないが、外国の特殊部隊と思われる男たちの放つ銃弾は、そのことごとくが義己に当たったと思われる瞬間、物理法則を無視して下に落ちた。
「大丈夫なのか……?」
「生きては、いる……何だよ、その格好……特撮ヒーローみたいじゃん」
「そうか?
なら、少しヒーローらしくやってくるぜ!︎︎」
︎︎義己は燈里の身体を隅に寄せると、銃弾が飛んで来る方向へ向き直った。
︎︎その頃には莉緒も近くまで来ていて、銃弾がまずいと思ったのか、壁に身体を隠している。
「浅黄、俺が盾になる。
やれるか?︎︎」
「燈里くんって、これが分かってたから突っ込んだの?
私たちに分からせるために?︎︎」
︎︎階段の隅に追いやられた燈里は、弱々しくサムズアップして見せる。
︎︎実際には、無策で突っ込んだら酷い目に会うだろうな、でも、自分なら死にはしないだろうという目算があって、時間稼ぎのための特攻だったが、計算外に痛かった。しかも、倒れた。
︎︎本来なら、敵の中に入って、掻き乱してやるくらいのヒーロー思考だったが、今は親指を立てて生存を主張するくらいしかできないというだけだった。
「……分かった。バカの分まで働くわよ!」
︎︎どういうバカか。何となく莉緒が決意にみなぎっているのを感じて、後で何て言い訳しようかと考える燈里だった。
︎︎特殊部隊の隊員たちが、モゴモゴと何事か喋っている。おそらく、無線を使ってお互いの連携を確認しているのだろう。
︎︎そんな中に、義己とそれを盾にした莉緒が突っ込んだ。
︎︎七十六名からなる大部隊が、同士討ちの危険から銃を使えなくなり、ナイフで応戦するも、どちらにも歯が立たない。
︎︎一発のパンチ、一発のキックで特殊部隊の隊員たちがのされていく。
︎︎一人の隊員が、黒い筒を持って義己の背中に取り付いた。
︎︎ピンを抜き、義己の胸に叩きつける。
︎︎火花が上がる。白炎に近い、綺麗な火花だ。
︎︎それは焼夷グレネードなどと呼ばれる、摂氏四千度にもなる豪炎の塊だ。
「アアァーーーッ!!」
︎︎奇声を上げて離れた隊員の腕は骨まで溶かされて、のたうち回って、失神した。
「ぬあああああっ!
……びっくりした。やられたかと思った︎︎」
︎︎魔凱に身を包んだ義己は無傷だった。
︎︎魔凱は硬度とか強度とは別次元の代物らしい。
運の悪いことに、焼夷グレネードはあらぬ方向に飛んで、別の隊員を焼いた。
「ちょ……洒落にならないわよ!」
︎︎そう言った莉緒の周囲は水の膜に覆われていた。
「ついでだから、食らいなさい!
智器︎︎照臨【水神の咆哮】!」
︎︎水の膜から水流が放たれる。それは四方八方に放たれるオールレンジ攻撃だ。
︎︎水流の一撃はハンマーで殴られたかのように重く、タクティカルアーマーを着ている隊員たちを簡単に壁までぶっ飛ばす。
︎︎一瞬で辺り一面が水浸しになった。
︎︎特殊部隊は壊滅した。
︎︎当たりはしなかったが、余波を受けて、びしょびしょになった燈里が立ち上がる。
「終わった……?」
「燈里、大丈夫なのか?」
︎︎義己が燈里へと駆け寄る。
「もう治った!」
︎︎ウサギから濡れ鼠にクラスチェンジした燈里が頭を、ぶんぶん振り回す度に、飛沫が飛ぶ。
︎︎義己は飛沫を浴びるのに構わず、安心したのか、へなへなとその場に膝を落とした。
︎︎ひょこっと曲がり角から土屋が顔を出した。
「だ、だ、誰だ!」
︎︎そこかしこに倒れている特殊部隊の隊員たちを見て、もう銃撃はないと悟ったのか、土屋はネットランチャーを構えて、恐る恐る言った。
「あ……良かったぁ……無事だったんですね!」
︎︎莉緒が近づこうとしたところで、土屋はネットランチャーの照準を合わせる。
「と、止まれ!頼むから、︎︎区役所の応援だって言ってくれ……」
︎︎土屋の手は、カタカタと震えている。
「あっ……えっと……浮島第一高校の覚醒風紀委員会、です……」
「はっ? えっ!?︎︎」
︎︎土屋は意味がすぐには理解できなかったのか、困惑の表情を浮かべる。
「あ、どうしよう……なんか、元に戻れないんだけど……」
︎︎莉緒もどうにか自分たちを証明しようとするが、未だ興奮が冷めないのか、簡単に変異から戻れない状態になっていた。
︎︎そんな中、一瞬で、スンとした燈里は、みるみるうちに元の姿に戻った。
「ええと、望月です。大丈夫でしたか?」
「も、望月君?
もしかして、君たちが助けてくれたのか……︎︎」
「まあ、主にこの二人がですけどね」
︎︎義己の鎧が解けて、全身を覆っていた黒い紐が霧散していく。
︎︎中身はすでに人間体の義己だ。
「いや、三人だからここまで来られました」
「くっ……義己っち、かっこいい……けど、前は隠そうな……」
︎︎燈里は、穴の空いたパーカーを脱いで、義己の前を隠してやる。
「おう、そうだった、すまん……」
「……」
︎︎その朴念仁な受け答えに、闘争心が萎えたのか、莉緒も姿が戻っていく。
︎︎莉緒は気まずいのか、義己たちの方には顔を向けないようにしていた。
「そうか……助かったよ、ありがとう……」
︎︎それから、土屋は後に控えていた職員たちを呼んで、必要な処置をしていく。
︎︎それらは、朝までには、全てが終わっていた。
︎︎職員の死者二十七名。そのほとんどが島の外側を守っている者たちで、ビル内では八名が帰らぬ人となっている。
︎︎浮島に潜入を果たした特殊部隊八十名は五名が死亡した。
︎︎内訳で言えば、四名は脱出路を確保しようとレーダーの穴にいた者たちで、これはMD研究室の職員の覚醒者が命を賭して殺した。この戦闘で職員の覚醒者は二名が亡くなっている。
︎︎ビル内での死者は、義己に焼夷グレネードを浴びせた余波で亡くなった者が一名。肝心の片腕を溶かした隊員は、結果的に生きていた。
︎︎つまり、死んだ者はフレンドリーファイアの犠牲になったのだった。
︎︎これは後になって分かることだが、潜入した特殊部隊は米軍の者だった。
︎︎公式には、八十名、全員が死亡扱いになっている。
︎︎今回の事件は、闇に葬られた。
︎︎関係者には箝口令が敷かれた。
︎︎燈里たちも例外ではなく、『浮島区』に外国の特殊部隊が突入してきたという事実は、浮島区民の不安を煽るとして、口外禁止を約束させられた。
︎︎不安が増すことは、『ムーンディスク』保持者の暴走の原因になるのだから、燈里たちも納得するしかなかった。
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