魂鏡一三、レーダー監視員
︎︎秋半ば、ただでさえ陰鬱な影が覆っている『浮島区』に秋の長雨が続いている。
︎︎しとしと、と降り続く雨は日の光を遮り、復興を遅らせ、さらなる影を落としているようにも感じる。
「元気でやれているのか?」
︎︎夜、燈里の父、望月進からの電話だった。
︎︎発掘調査で『浮島区』の外に出ていた父は、『魂降りの災禍』以来、家に帰れずにいる。
「まあ、はい……そっちは?」
「ああ、問題ない」
︎︎長い沈黙が続く。昔は陽気でお祭り好きな父だったが、燈里が夢遊病を発症、それでも仕事を選んだ父は、気づけば随分と寡黙な性格になっていた。
︎︎そこには父なりの葛藤があったのだろうとは思うが、母の苦労を間近で見てきた分、燈里も昔の父でいいのだと、簡単には言えなくなってしまっている。
「あのさ……父さん……」
︎︎燈里は自分の中で起きた変化を父に話したものか、未だに迷っている。
︎︎父が人生を賭けて探し求めた『アースディスク』は、おそらく自分の中に眠っている。
︎︎言えば、父は何をしてでも帰って来ようとするかもしれない。
︎︎だが、『浮島区』は封鎖されているのだ。
︎︎それに……という思いもある。
「どうした?」
「……いや、やっぱなんでもない」
「……そうか。すまない」
「いや、父さんのせいじゃないから……」
︎︎それが電話口で話して解決する問題であれば良かったが、そうではないのだ。
︎︎それが分かっているだけに、進は謝罪を口にする。
︎︎そして、燈里がそれを責めないことも分かっている。
︎︎ずるい父親は、そうして益々、寡黙になっていく。
「じゃあ、体調、壊さないようにね」
「今度、ムーンディスクの解析に携われるかもしれない。
直井教授も浮島区の中だからな。
極秘裏に政府が確保したムーンディスクがあるらしい……︎︎︎︎」
︎︎燈里が話すことはもうない、と電話を切ろうとしたのを察知して、進は結局、自分の仕事の話をした。
「そうなんだ。……直井教授が発信してることは概ね正しいよ。あくまで、こっちの体感だけどね。ウイルスはたぶん無いし、ムーンディスクは精神作用で暴走の危険性もある。
体内吸収すると、たまにイメージが頭の中に響くって、義己が言ってた……︎︎」
「そうか、黒木くんがな……。
貴重な意見として、聞いておくよ︎︎」
「うん。じゃあ、がんばって……」
「ああ、また連絡する」
「じゃあ……」
︎︎燈里は、父親の仕事を応援したいとは思っているのだ。
︎︎幼心に父が語る夢は、燈里にとても眩しく映っていた。
︎︎本心を言えば、全て投げ捨てて、母と燈里のために『浮島区』に帰ると言って欲しい気持ちもある。
︎︎ただ、それを言うほど燈里はもう子供ではなかったというだけだ。
︎︎そうして、燈里は父との電話を切った。
︎︎ため息にならないような、ため息をひとつ。
︎︎燈里はベッドに寝転がった。
︎︎すると、燈里の携帯にまた、着信が入る。
︎︎それは、生徒会長、楠木からだった。
「はい」
「ああ、望月くん、夜分にすまない。
緊急でね︎︎」
「ええと、どうかしましたか?」
「実は、MD研究室の榎田さんから、緊急で人手を貸して欲しいと連絡が来ていてね。
この雨で島のレーダーに穴が空いてしまったそうなんだ。
『浮島区』︎︎︎︎が外国から狙われているというのは知っているだろう。
自衛隊が海上封鎖をしているから、まず危険はないという話なんだが、『浮島区』︎︎は区民が守るしかない。
そんな時にレーダーの破損が起きて、MD研究室の人員のほとんどがレーダー復旧に出なきゃいけないそうなんだ。
そこで、残ったレーダーの監視員が足りないとかで、ウチに何人か回して欲しいと依頼が来たんだ。
バイト代も出すと言っているし、やってくれる人を探しているところなんだ︎︎︎︎︎︎」
「バイト代……やってもいいですよ」
「助かる。じゃあ、十時までにシャトル発着場の宇宙開発公団、センタービルに来てくれ。
受付でMD研究室の榎田さんの名前を出せば、案内してくれるそうだ︎︎」
︎︎夜十時では、母のパート帰りと入れ替わりになってしまうが、書き置きを残せばいいだろうと、燈里は行くことに決めた。
︎︎今の『浮島区』に十八歳未満の就業規則など、あってないようなものだ。
︎︎燈里はジーンズにパーカー、その上から合羽を羽織ると早々にセンタービルに向かうのだった。
︎︎センタービル受付で榎田の名前を出せば、すぐにレーダー室なるものに案内された。
「えーと、すいません。浮島第一高校の覚醒風紀委員会の者なんですが……」
「あー、待ってたよ!
僕はMD研究室の土屋。覚えてるかな?︎︎」
「ああ、ランチャーの講義の時の……」
「そうそう。悪いね、夜だってのに……」
「いえ、バイト代、欲しいんで」
「OK、OK、もちろん、バイト代ははずむからね!
なんとなくの状況は生徒会長くんから聞いてるかな?︎︎」
「レーダーの監視員とだけ……」
「うん、そうだね。ここにあるモニターに定期的に監視バーが動いてるでしょ。
青い光は味方、ウチの職員か警察官たちね。
黄色が出たら、上を零時として時計の要領で、何時方向に黄色がひとつ、みたいな感じで報告して欲しいんだ。
ちなみに黄色は︎︎︎︎︎︎未確認。関係ない人が近づいた時や、犬猫なんかにも反応しちゃうから、青点が確認する必要がある。こっちに無線を飛ばしている青点は点滅するから、その人の報告を聞いてあげてね。
まあ、報告自体は僕も聞いてるから、必要があれば指示を出すから、安心して。
あ、それと赤点は注意。一定以上の金属を所持していると赤点になる。赤点が点滅してたら無線を飛ばしてるって意味だから、敵の可能性が高い、な〜んて、さすがに自衛隊の包囲を抜けて来るやつはいないから、心配ないけどね!
︎︎じゃあ、君はそこのデスクよろしく!」
「あ、はい」
「なに君だっけ?」
「あ、望月です」
「望月君。トイレは休憩時間にね。ヤバそうだったら、今の内に行っておいてね!」
「分かりました。大丈夫です」
︎︎燈里はモニターを見つめる。
︎︎少しすると、義己と浅黄がやって来た。
︎︎二人も生徒会長から頼まれたらしい。
︎︎土屋から説明を受けて、それぞれモニター前に座る。
︎︎青点よっつ。
「少しぐらいの私語はOKだよ。モニターから目を離しちゃダメだけど、適度に会話して眠気を逸らすのがコツだよ」
︎︎土屋は気楽にそんなことを言う。
︎︎土屋以外にも職員は何人かいて、彼らは私語することもなく、一心不乱にモニターを見つめている。
︎︎もっとも、他の職員は一人で二台、三台のモニターを監視しているから、私語の余裕がないだけかもしれない。
︎︎燈里と義己と浅黄は一台ずつ。
︎︎慣れないバイトに対する土屋なりの配慮かもしれない。
「ああ、望月君たちは好きな教科とかあるの?」
「将来、何になりたいとか決めてる?」
「誰か付き合ってる人とかいる?」
「アニメは?」
「趣味は?」
「推し活してる?」
︎︎実は単なるお喋り好きという線も出てきた。
︎︎燈里はモニターから目を離さずするお喋りに、少し慣れてきた。
︎︎ゲームしながらボイスチャットしている感覚に近い。
︎︎黄点ひとつ。
「あ、ええと、五時方向に黄色ひとつです」
「ああ、本当だね。確認するから、ちょっと待って……」
︎︎土屋がメッセージか何かを送ったのだろう。
︎︎十二時方向に固まっていた青点のひとつが、黄点に向かって動く。
︎︎燈里のデスクに無線が入る。
「レーダー室、五時方向の黄色は、美形の猫ちゃんだ。茶トラだが震えているので、車に保護する」
︎︎点滅する青点が黄点を伴って、レーダー範囲外、六時の方向に動く。
「望月君、レーダー室、了解、ミルクの用意あり、交代時に移送されたし、って無線で答えてあげて。
そこのカフを上げたら話せるから︎︎」
︎︎燈里は言われた様に返信した。
「あー、もしかして浮島第一の子か?
榎田だ。こんな遅くにすまないな」
「いえ、こういう楽なバイト、ありがたいです」
︎︎知っている相手だと分かって、燈里もつい気安くなる。
「まあ、日曜日の土木系に比べたらな。
ちょっと今日はイレギュラーが重なってな、急遽、生徒会にお願いしたんだ。助かるよ︎︎」
「いえ、お役に立てるように頑張ります」
「うん、よろしく頼む!」
︎︎無線は切れて、青点は元の持ち場に戻る。
︎︎それからしばらくして、土屋の質問攻めもようやくひと段落した頃、燈里のレーダーにまた、感があった。
︎︎だが、それは一瞬のことだ。
︎︎一瞬、二時方向に赤い点がついたかと思うと、すぐに消えてしまう。
︎︎赤い点。危険。
︎︎見間違いかもと思いながらも、燈里は報告する。
「土屋さん、二時方向、赤ひとつ……だと思うんですが、すぐに消えてしまいました」
「二時……壊れたレーダーの方向か。
確認する!︎︎」
︎︎燈里の見ているレーダーから、ふたつの青点が二時方向に移動していく。
︎︎だが、青点は少し進んだところで止まってしまう。
︎︎残った青点が点滅する。無線だ。
「敵襲だ!二名が撃たれた!
確認できただけで四名、武装している!︎︎︎︎」
︎︎土屋が立ち上がる。
「まずいぞ!緊急警報!敵の狙いは︎︎︎︎、ここの地下でまず間違いない。
警備室に連絡、寝ている職員を叩き起こして、防備を整えろ!︎︎
︎︎高校生たちは僕についてきてくれ!」
︎︎途端にセンタービルが騒がしくなる。
︎︎土屋が歩きながら燈里たちに説明する。
「君たちは避難だ。家に帰してやりたいが、敵がどこまで来ているか分からない。
食堂に一般職員たちと一緒に隠れてもらう︎︎」
「敵? 自衛隊は?︎︎」
︎︎義己があまり取り乱すことなく聞く。
「突破されたか、それとも政府が手を回したか……どちらにせよ、浮島に上がった時点で自衛隊は手が出せない︎︎」
「なんで、センタービルが狙われるって分かるんですか?」
︎︎少し怒ったように浅黄が聞いた。
︎︎土屋は諦めたように息を吐いて、疑問に答えることにしたようだ。
「……まあ、隠してもいずれバレるから言うが、ここの地下には街を破壊して回ったムーンディスクが千枚近く保管されている。
まだ人体に吸収される前の物だ。
おそらく、仲間内から裏切り者が出たんだろう。
そうでなければ︎︎︎︎︎︎、武装したやつらがレーダーの破損したその日に自衛隊の包囲を突破して、襲って来るなんて都合の良いことにならない。
たぶん、望月君が発見したのは退路を確保する部隊だと思う。
くそっ、破損か所を直しにいったやつらは、たぶん、ダメだな……︎︎︎︎」
「そんな……」
︎︎燈里は見逃していない、と思う。
︎︎だが、一瞬たりともレーダーから目を離していなかったとは言いきれない。
︎︎必然、どこか暗い顔色になっていく。
「どうりで修復報告が来なかったはずだ。
この雨といい、全てが悪い方向に転がっている……︎︎」
「あの、俺……」
「いいや、君は見逃していない。本来なら、敵はレーダーに映らないはずだ。
︎︎おそらく、裏切り者にレーダーの穴を教えられているだろうからね。
千枚のムーンディスクを運び出すのに、四人しか来ないとは考えられない。
つまり、敵はもう近くまで来ている︎︎︎︎し、最後に一瞬だけ映ったのは、陽動だよ。
レーダー側に割いたこちらの人員を呼び戻せなくしたんだ︎︎。
だが、幸運の材料はある︎︎」
「え?」
「君たちだよ!
実を言えば、これを機に君たち覚醒者と仲を深められればと思って、生徒会長君にわざと覚醒者から声を掛けて欲しいとお願いしたんだ。
ほら、仲良くなれば、研究に協力してくれる気になる可能性も上がるかもしれないだろ。
そして、覚醒者なら生き残れる確率も高くなる。
無理を言って、手伝いに来てもらったのに、助けられませんでしたじゃ申し訳が立たないからね︎︎︎︎︎︎︎︎。
敵の狙いは地下だから、食堂の二階に上がって来ることはないと思うけど、もし、危なくなったら逃げるんだよ︎︎」
︎︎そう話しながら辿り着いたのは、食堂だ。
︎︎食堂には既に二十人くらいの一般職員たちが電気もつけずに、こじんまりと集まっていた。
︎︎土屋が、バイトの高校生たちと軽く紹介をして、なるべく静かに待つように指示を出すと、そのまま来た道を戻っていった。




