魂鏡一一、青龍
「さて、誰だか分からない人!
不法侵入、不当な変身、それから生徒への暴行、全部ひっくるめて反省文じゃ済まないから、覚悟しなさい!︎︎」
︎︎莉緒がカトブレパスに指を突きつけ、宣言する。
「お前ミタイナ化け物ガイルカラ、政府ガ俺タチヲ……」
︎︎カトブレパスが文句を呟きながら横に振った頭を遠心力任せに莉緒にぶつける。
「くっ……」
︎︎莉緒の身体が吹き飛ばされて、机や椅子が派手に飛び散る。
︎︎燈里は慌てて明里に覆い被さる。
「ぐっ……がはっ……」
「燈里、なんで……」
「大……丈夫。
昔から怪我の治りだけは早いんだ……︎︎」
︎︎燈里は痛みに耐えつつ、気丈に振る舞う。
︎︎たしかに怪我の治りは早いが、痛いものは痛いのだろう。
︎︎一方、莉緒はというと、あまり痛痒を感じていないような顔で立ち上がるが、制服が破けている。
︎︎おそらく莉緒は身体の大きさにあまり変化のない『ムーンディスク』保持者なのだろう。
︎︎さらに言えば、制服を脱ぐことなく相手を取り押さえる自信もあったのだろうと思われる。
︎︎しかし、今回に限って言えば、そうはならなかった。
︎︎ブラウスはどこかに引っ掛けたのか、かぎ裂きができているし、スカートは破れなどはないが、簡単には取れないであろう汚れが見てとれる。
「ああっ、最悪!
学校指定って高いんだからね!︎︎」
︎︎莉緒は青い鱗で包まれた拳を握り込むと、カトブレパスに肉迫、思いきりよく殴りつけた。
︎︎豪快に肉を叩く音がして、カトブレパスが揺らぐ。
「名付けて、弟ガチ泣き拳!
これで泣かなかった弟はいないわ……しっかり反省なさい……︎︎」
︎︎莉緒に弟は一人しかいなかった。弟、可哀想である。
「ヤハリ化け物ハ、私ガ排除セネバ……。
智器照臨【死を引き寄せる瞳】︎︎」
︎︎カトブレパスからの瞳からビームが放たれる。
︎︎当たった場所から半径十センチを土くれにしてしまう殺人光線だ。
「あ、ヤバ……」
︎︎燈里がソレを食らった状況は見ていたはずだというのに、莉緒は己のパワーを過信してしまった。
︎︎先程の一撃で勝負を決めた気になっていたのだ。
︎︎油断した莉緒の胸をビームが直撃した。
︎︎直撃したのだが、そのビームは半径十センチに渡って衣服を土くれにするものの、その下にある青い鱗に全て弾かれて消えた。
「……あれ? なんとも……ない……って、きゃあ!︎︎」
︎︎莉緒はビームを食らっても平気なことに驚いたが、それ以上にブラウスもブラジャーも土くれになって、左胸が丸見えなことにさらに驚いた。
︎︎もっとも、隠したところで、そこは青い鱗に覆われているので、隠すも何もないのだが、そこは年相応の乙女ということなのだろう。
「ソンナ……化け物メ……」
︎︎カトブレパスは動揺した。
︎︎莉緒は羞恥のために、強く心が動いたのだろう。身体の変異が広がっていく。
︎︎そうして莉緒は『直井覚醒』を果たし、その姿は龍人と呼ぶべきものになっていた。
︎︎莉緒の『ムーンディスク』は青龍。中国では四神のひとつに数えられる幻獣の頂点のひとつと言っても差し支えないだろう。
「これが……覚醒……」
「すごい……あのビームを跳ね返すなんて……」
︎︎燈里は痛む背中が次第に治るのを感じながらも、明里を気遣って動けないまま、その光景に見入っていた。
「莉緒……」
︎︎無事だった莉緒の姿に明里は、ホッとしながら、直後に唇を引き結んだ。
「ふぅぅぅぅぅっ!
……アイツ、ぶっ飛ばす! 不良ガチ泣き拳!︎︎︎︎」
︎︎細く長く、怒りの息吹を吐いて、莉緒がイメージする。そう、絡んで来た不良をぶっ飛ばした時の、弟に「メッ!」する時より力を込めた一撃。
︎︎不良が涙ながらに「ずみ゛ばぜんでじだ……」と謝った下から鳩尾に向けて抉るような一撃。
︎︎ずどんっ!︎︎ と砲撃のような音がして、カトブレパスが揺らぐ。
︎︎それは先程の揺らぎとは別物の、衝撃が腹を突き抜け、内臓を爆発させたような一撃だ。
「ぐおっ……ぉぉぉぉぉ……」
︎︎カトブレパスが痛みに膝をつく。
「これに懲りたら、下を向いて噛みつく相手を探してないで、前を向いて他人のためにできることを考えなさい」
︎︎カトブレパスが、しおしお、と元の知らないおじさんに戻っていく。
︎︎ちょうどその時、生徒会長、楠木の声が聞こえる。
「道を空けてくれ!」
︎︎楠木は、四人の大人たちを伴って現れた。
︎︎四人の大人たちは、全員、ゴテゴテとした装備を身につけ、ジャンプスーツを着ている。
︎︎その背中には『宇宙開発公団・MD研究室』とロゴが入っている。
「浅黄くん、無事だったか、良かった。
こちらは宇宙開発公団・MD研究室の方たちだ。
後は任せてくれ︎︎︎︎」
「ひゅー、凄いね、君たちで何とかしちゃったのかい?
君のソレは龍種のムーンディスクかな?
写真、撮らせてね!︎︎︎︎」
︎︎大人たちの一人が問答無用でカメラを構える。
︎︎莉緒は龍人態とはいえ、破れた制服姿で胸を左腕で隠しているような状況で、狼狽えた。
︎︎そこに割って入ったのは明里で、両腕を広げて、カメラを遮った。
「やめてください!
女の子の裸を撮るとか、悪趣味です!︎︎」
「いや、ほら、龍種とか珍しいから……それに裸って、覚醒後の姿な訳だし……」
「嫌がってるの分かるでしょ!
ダメです!︎︎」
︎︎龍人態の莉緒は、明里の後ろに隠れてしまっている。
「あ〜、なるほど……それは申し訳ない……。
あ、君も覚醒しかけてるね。
写真、いいかな?︎︎︎︎」
︎︎一度、カメラを降ろした大人は、今度は燈里へとカメラを向ける。
︎︎燈里は、一瞬で自分の心を制御しながら答える。
「いいですよ」
︎︎スン……燈里の心が凪いで、すぐさま変異が元に戻る。わざとだ。
︎︎カメラを向けた大人だったが、シャッターを切る前に元に戻ってしまった燈里に残念そうな顔をする。
「ありゃ……これじゃ、資料にならないよ……残念。
ちょっと怒ったりして、もう一度、変異できたりしない?︎︎」
︎︎燈里は、うーん、と踏ん張ったフリをして、脱力してから言う。
「無理みたいですね……」
「まあ、だよねぇ……。
あ、何か知りたいこととか、研究に手を貸してもいいよって思ったら、連絡してくれる?
そっちの龍種の子も。ほら、龍種って言っても、世界の神話、伝説には色んな種類がいるでしょ。
僕らなら、それを突き止める手助けとかできるかもしれないからさ︎︎︎︎︎︎」
︎︎そう言って、二人に名刺を差し出す。
︎︎莉緒の分は、明里が代わりに受け取った。
︎︎名刺には、宇宙開発公団・MD研究室、研究員・実務員、榎田幸太郎とあった。
︎︎そうして、知らないおじさんは、良く分からない注射を打たれ、拘束、連行されていった。
︎︎生徒会のメンバーから予備の服を受け取って、着替えた莉緒が生徒会長に尋ねる。
︎︎もちろん、既に覚醒は解けている。
「楠木会長、今の人たちは?」
「ああ、見ての通り、公団のMD研究室の方たちで、生徒会としてはあちらの方たちと連携を取ることになったんだ。
覚醒風紀委員だけで対処するのも厳しくなって来たからね。
……︎︎︎︎ところで、君も理性を保ったまま変異できるタイプなのかな?
もしそうなら、ぜひ学園の治安維持に協力して欲しいんだが?︎︎」
︎︎生徒会長は燈里に視線を向ける。
「望月です。望月燈里。
そうですね……協力したいのは山々なんですが……たぶん、浅黄︎︎や黒木みたいなパワーのあるムーンディスクじゃないみたいで……」
「そうなのか……。
いや、それでもただの人間よりは遥かに有用だと思う。
ぜひ、協力して欲しい!︎︎︎︎」
「ええ、できる範囲でなら……」
「おお! じゃあ仲間だね、よろしく、望月!︎︎」
︎︎莉緒が手を上げる。
「なにができるか分からないけどな」
︎︎燈里も手を上げる。
「うん、ありがたい!
避難誘導、状況確認、戦えなくとも、やって欲しいことは山ほどある︎︎」
︎︎嬉しそうに今後の展開を話す生徒会長とは裏腹に明里は、燈里の耳を引っ張る。
「ちょっと、そんな安請け合いして大丈夫なの?危険なんだよ……︎︎」
「なんだよ、明里だって皆が避難するまではって今回、残ってただろ……」
「そりゃ私は剣道で鍛えてるし……」
「俺はほら、怪我してもすぐに治るからさ!
頭の傷だって、もうないし、右腕だって……ほらな︎︎」
︎︎燈里がすでに傷もなくなっている頭や生えてきた右腕を見せる。
︎︎明里はそれを確認しながら、どんどん機嫌が悪くなって、頬を膨らませた。
︎︎それから、生徒会長に向かって、勢いよく手を上げる。
「あの、会長!
私も何かお手伝いできませんか!︎︎」
「君は……その……」
︎︎生徒会長は気圧されながらも、何とも言いにくそうに口篭る。
︎︎『覚醒風紀委員会』はその名の通り覚醒者たちの集まりだ。
「私もムーンディスク保持者です!」
「身体に変異などは……」
「それは……ないですけど……運動には自信があります!」
︎︎生徒会長は考え込んでしまう。
︎︎今までの生徒会長の体感としては、最初の覚醒が肉体の一部だけという人は、理性を残していることが多い。
︎︎しかし、暴走してしまう者は、その覚醒が一度に起きてしまう、おそらくその変化の突然性に理性が崩壊してしまうのだろうと考えている。
︎︎まだ覚醒していないということは、どちらに転ぶか分からないということだ。
「え〜、明里が一緒にやってくれるなら、心強い!
会長、たぶん明里なら大丈夫ですよ、心の強さは保証します!︎︎」
︎︎莉緒からの助け舟が出る。
︎︎生徒会長は、爆弾を抱えるか、それとも懐に入れて監視するか、と二者択一を迫られる。
「同じことか……。
分かった。よろしく頼むよ!︎︎」
「橙山、橙山明里です!」
︎︎こうして、燈里と明里は『覚醒風紀委員会』入りが確定したのだった。




