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悲願華  作者: 桂虫夜穴
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5 事故の結末


「助けてっ!たすけ…..」


少女の身体が川面に沈んでいく。


「どうして..お姉さん。折角、忘れ物のハンカチを届けようとしたのに...」


水が肺に入ってきた。もがき苦しみ意識が遠のいていく。


「どうして私を眺ねたのに、助けてくれないの。

お願い。助けて....誰か

せめて、お姉さんも一緒に。一緒に行こうよ。

一緒に、あの世に…」



 

 もう当分彼岸花は、ごめんだなと思った。あんなにお気に入りだったのに...。

 しかし彼らは、そんな人の思いなど何も知らない。知るよしも無い。無関係なのだ。

 人が勝手に、自身の想いをこの花に宿し託しているだけなのだ。

 この地では、「悲願華」とも書くらしい。あの娘や圧屋一家の悲しき願いを込めたのか?

 今は誰も知るよしも無い。


遠い昔の伝説なのだから。


ダーン!ダーン!大きな音で我に返った。また妄想に耽っていた。


「まさか人柱?」


 そんな訳なかった。護岸工事のハンマーマシンの音だ。

 去年の洪水で崩れた堤防の修復工事をしているのだ。今は人柱では無く。コンクリート柱だ。

 コンクリート柱を大きなハンマーマシンで地中深くに打ち込むのだ。


時計を見た。ヤバイ、いよいよ遅くなった。私は焦ってハザードランプを切り忘れ発進した。後方確認も怠った。


”バーーン!"


 強い衝撃で、まず首をやられた。後ろから来た工事車両のミキサー車に激突されたのだ。

 意識が一瞬遠退き、ブレーキも踏めないまま川岸に突っ込んだ。

 窓一面全部が真っ赤に満たされた。その光景がスローモーションの様に流れていく。バチバチと彼岸花が窓を叩いている。

 そのまま車は川面に沈んだ。エアバッグが遅れて作動した。もう身動き一つできない。水が足元からドンドン浸水している。

 その時、川上から怖いものが、流れて来た。人だ。少女だ。民宿の少女だ。何故?とは、思わなかった。

 私が跳ねたのだ。この車で。その衝撃で、少女は川に転落し溺死し。ここまで流れついたのだ。

 何と酷い事を私は、しでかしてしまったのか!

折角、お土産として刺繍を施してくれたハンカチをプレゼントしてくれたのに、私は気が重いと、わざと忘れたふりをしたのだ。

 そんな私の企てを知らずに少女は、このハンカチをわざわざ届けに来てくれたのだ。

 それなのに、ああ、私はその少女の善意ごと跳ねて全てを無にしてしまったのだ。

 彼女にとっても家族にとっても大切な命を亡くしてしまったのだ。

 その報いなのだ。罰なのだ。この状況は!


 少女は真っ直ぐ、まるで吸い込まれるようにこちらに流れて来た。"ダン"と軽くぶつかるとその顔が私の真横の窓ガラスに沿って流れていった。


 その可愛くて日焼けした健康的だった顔は苦痛に歪み大きく口を開き大きな瞳がカッと見開かれていた。

この顔を一生忘れる事はないだろう。いや、私の人生も、今終わるのだが...。

 少女の姿は川下に流れ直ぐに見えなくなった。

水は首まで浸水している。


ズーン!ズーン!


足から腰に微かな揺れを感じた。護岸工事の杭打ちの振動が地中から川底を伝い車に届いたのだ。


どうやら私が、この護岸工事の「人柱」に召されたらしい。


 しかし、どうにかならないものか。まだ、それでも諦め切れない。人ひとり殺めたかもしれないのに自分は、まだ生きたいと願っているのだ。

 水圧でドアは開かない。パワーウインドウも漏電して反応しない。顔も浸かり始めた苦し紛れに窓を叩くが割れる筈もない。

 最後のひと呼吸をした。思い切り吸い込んだ。



 とうとう水が頭を越えた。両親、姉妹、親友の事を思った。一瞬で色々な事が駆け巡った。

 息が切れ一気に水が体内に侵入して来た。宿の娘さんも、同じ苦しみを味わったのだ。自業自得だ。

 思った以上に意識が無くならない。散々苦しんだ挙句真っ暗に放りだされ。意識が、無くなった。





「何だろう。この薄ぼんやりした場所は…

天国?

そんな訳ない。人殺しが天国などに行ける訳がない。

それにしても地獄にしては殺風景だ。何もない。

私、ひとりだ。

何だ。あそこは?やけに明るいな!」



 そちらに向かって行った。と言っても身体ではない。意識が、光の方に向かって行ったのだ。

 途中から吸い寄せられる様にそちらに向かった。

後頭部にズーンと言うような軽い痛みの様な違和感を感じた。

 すると強い光が目の前全てに広がって眩しくて目が痛い程になった。


「ハッ!」


ここは⁉︎

白い天井が目に入った。

目の前に顔が、近づいて来た。


母だ。


その後ろに、姉妹、父も..。

皆、泣いている。嬉し泣きをしている。



私は生きていたのだ。




 私が意識を失った後。追突してきたミキサー車の運転手が助けに来てくれたそうだ。バールで窓を叩き割りエアバッグを破りシートベルトをはずし私の重い身体を引っ張り出してくれたのだ。

 自分の命さへ危ういのにドライバーとしての義務。そして人としてあるべき姿を私に、さし示してくれたのだ。

 私の様に迷いなど無かったのだろう。事故後の処置を適切に行なってくれたのだ。

 同乗者が、救急と驚察に直ぐに連絡してくれた事もこうして命が助る事に繋がった。

 人工呼吸までしてくれたらしい。初期段階での処置が良かったのだ。そうでなければ手遅れになっていたらしい。

 私を助けてくれた人みんなに感謝しても仕切れない。私にとっては神の様な存在になってしまった。

退院してから一人一人、お礼に、伺おう。


 それにしても私の命を救ってくれた道具があの悪名高きバールとは…。

 しかし、それも身勝手な人間の思い込みだ。道具とは本来、人間の役に立つように発明され作られたものなのだ。それが使う人の用途によって役にも立つし人助けにもなる。そして、犯罪にも利用されるのだ。

 私の父は製造業を営んでいる。昨今の犯罪のニュースにおけるバールの使われ様については大変嘆いている。

 宝石店強盗、老夫婦の屋敷への不法侵入、そして凶器としての障害や殺人。

 本来と全く違う用途で使用されているのである。

バールとは本来、重い物を持ち上げたりずらしたり、抜けにくいくぎをぬいたり、テコと言う物理学の法則をシンプルに極めた道具なのだ。

 私の件では、本来の用途とは違っていたが、人の役に立つ。人を助けると言う本質においては、道具としての機能を完璧にこなしたと言えよう。

 私は、そのおかげでこうして命拾いしたのだ。

バール様々(さまさま)なのだ。



続く



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