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悲願華  作者: 桂虫夜穴
3/6

3 生贄と人柱


 部屋に戻ると既に布団が敷いてあった。思わず寝転がり大の字になった。フッカフカで気持ちいい。


「うちのベッドも、こんな風にならないもんかね。何年も使ってるし、そろそろスプリングも弱って替え時かなぁ。」


などと思ったりした。

 そのままスマホを開き、すぐに検索を始めた。怖いもの見たさの虫がザワザワと騒ぎだしたのだ。

 女将さんのあの伝説話。興味をそそるには充分だ。


「聞かない方がいいって…

そんなん言われたら逆に益々、知りたくなるのが

人が持つ好奇心ってヤツでしょ!」


そう独り言を言いながらこの付近の「地名」「伝説」「彼岸花」とキーワードを打ちこんだ。

 たった、これだけで次々と目当ての伝説話。彼岸花に(まつ)わる逸話が出てきた。


 それは、想像を超えた恐怖の伝説だった。


 話しはその昔、江戸時代に(さかのぼ)る。

この地は昔から梅雨や台風の時期には、大雨による洪水に悩まされた。その度に橋が流され作り直すと言う事が繰り返された。

 その事に業を煮やした、この地を納める藩主がある命令を下した。

 人柱を立て、もっと頑丈な橋を建設する事。その命が下されたのだ。


 つまりは人を生贄として橋を支える柱と共に生き人を土に埋め神に捧げ、その怒りの元を、鎮めて頂くよう祈願すると言う事だ。

 自然の猛威を神の怒りと捉えていた時代の風習だ。


 そして人柱に選ばれたのが庄屋の娘だった。神聖なる者として清らかであり、なおかつ処女でなければならない。…と、勝手な解釈で、選ばれたのだ。

 庄屋は何とか勘弁してくれ、小作人の娘を差し出すからと無慈悲な事を言い懇願したが聞き入れられる事は、無かった。

 神様に小作人の娘など捧げては失礼に当たるとのお達しだ。庄屋は泣く泣く承諾するしか無かった。

 命令に従わなければ一家全員の命が亡き者になるかもしれないのだ。何十人と言う。家族、親戚、小作人を抱えている。従うしか無かった。

 人柱祈願の前日、庄屋は、娘の為に、ご馳走を用意した。これが最後となるのだ。

 庄屋は娘に対して土下座をして謝った。申し訳ないと謝った。娘は、泣き笑いをして家族に別れを告げ迎えの者と藩主の屋敷に向かった。

 次の日の朝早く娘は真っ白い着物に着替えるように命じられた。その姿を伺いにきた藩主が娘の白い肌と着物との相性に欲情してしまい。その場で手込めにしてしまった。

 お付きの者が止めたが聞き入れず娘の処女を散らしたのだ。

 生贄にするはずの少女の処女を神様に捧げる前に頂いてしまったのだ。

 何と罰当たりで淫魔の如き所業か!この事は後にこの付き人により噂として、伝えられていった。


 娘は泣き叫んだが、すぐに口元を塞がれ最後は諦め事は終わった。

 その後は死人のように歩く事さえできずに籠に乗せられ川辺まで連れて行かれた。


 川の両岸の土手の上には、早朝と言うのに大勢の見物人、野次馬が大挙して押し寄せていた。

 その前列には彼岸花達がビッシリ並び


「ここからは、入ってはならぬ。」


そう言いたげに境界線となり真っ赤な頭を風下から吹く風に一斉にユラユラと揺らした。



 役人の列に庄屋の姿もあった。娘の最後の姿を見届けなければならない。親として庄屋の主人として、その義務を果たさねばならない。その想いだけで、この場所に赴いている。

 本当は気が進まなかった。来たくは、無かった。

どこの誰が、自分の娘の、もがき苦しみ死ぬ瞬間を見たがる親がいるだろうか!

 自分の娘に生まれる運命でなければこんな事にはならなかったのに…。自分が身代わりになれれば良かったのに…。

 本当に申し訳ないと思った。切実に思った。

 

 それ故、最後を見届けようとこうして出向いたのだ。しかし、母親、兄弟、姉妹、爺婆の姿はなかった。この残酷な祀り事を見届ける事は彼らには出来なかった。

 ただ、屋敷の畳に平伏し泣くのみ、泣き叫ぶのみ、それしか彼らには出来なかった。



 少女が籠から降ろされたが、一人で立つ事もできずにいたのでお役人が、二人がかりで両脇から支えた。

 その瞬間、見物人から歓声やら叫び声が上がった。

少女の着た真っ白な着物の股間から太腿にかけて真っ赤に染まっているのだ。

 藩主が散らした処女の鮮血に違いなかったが群衆はそんな事は知らないので生理の血だと思った。

 神に捧げるのに生理の娘とは…不祥の者だと皆

陰口を叩いたが、もう、今更なのだ。

 

 大きな石を丸く囲み石垣を築き水を堰き止めた場所に足場板が渡され、その真ん中に太い柱が既にささっていた。

 その上部には縄で白い紙垂が巻かれ風でヒラヒラと揺れていた。少女は、その柱に縄でグルグル巻きにされギュウギュウ締めにされた。

 それだけで窒息しそうな程息苦しそうだ。頭はうなだれ表情はわからない。もう既に死んでいるのでは、ないかとさえ思えた。

 

 儀式が始まった。神主の祈り。安全祈願が行われると足場の上に大きな槌を持った槌打ち番が構えた。

 群衆はシーンと静まり返りその瞬間を待った。


"ガーーン!"


大きな槌が打ち鳴らされた。太い人柱のてっぺんを叩いた。空気が揺れた、その瞬間


 "カッ!"


と少女の目が見開かれた途端に叫び声が上がった。、


「ぎゃーーっ!」 


"ガーーン!"


「ぎゃーーっ![


 大槌の人柱を叩く音と少女の叫び声に、みんな居た堪れず耳を塞いだ。

 柱はズンズン土に突き刺さり少女も一緒に沈んで行ったが、その肉や骨は土や砂利、小石に(こす)られ、(えぐ)られ狂気の叫びをもたらしたのだ。


 槌打ち番が二人になった。打つ速度も早くなった。こんな残酷な儀式を早く終わらせたいと誰もが思った。大勢が堪らず立ち去った。


 少女の身体は腰までめり込んでいた。皮も肉もはがれ縄もちぎれ内臓が鮮血と共に滲み出た水と共に川下に向かってユラユラと流れている。

 少女はもう、絶命しているのだろう。頭を垂れ、叫び声を発する事はもうない。

 

 群衆から


「やめろーっ!止めろーっ!r


と、あちこちで声がかかったが…


今更なのだ。このまま止める事は、出来ないのだ。ここまでなれば後は最後まで、この儀式を遂行するしかないのだ。


槌打ち番が三人になった。休みなく打ち付けられた。


ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン!


見る見る人柱は少女の首の辺りまで打ち込まれた。頭が垂れていたが、顎が、川底にあたりその顔が徐々にに上向きになってきた。

 そしてその顔が、また皆の前に晒された。


「きいぃぃぃぃぃーー!」


突然、今まで、聞いた事の無いような叫び声が人々の耳を引き裂いた。それは、少女の口から発せられていた。ここまできて生きていたのか⁉︎

 驚いて槌打ち番の手が止まった。


「ううぅぅ…。この恨み忘られようか…

死んでこの身が、尽きようと、あの世できっと

この恨み憎しみ必ず晴らしてくれようぞ…」


「何をしておる。早くうちつけろ!」


藩主が命令した。


ダンダンダンダン…



打ち番三人は狂ったように打ち付けた順番も何も無かった。最後は同時に槌を振り落とした。

 ダーン!と言う大きな音と共ににガチッ!と、金属が、ぶつかる音がした。大槌を締める金具が、ぶつかったのだ。その勢いで人柱が、ズズーン!と一気に沈んだ。

 その瞬間、ポーンと何かが手毬のように空中に弧を描き彼岸花の群生の上にバサッと乗っかった。


「ワーーッ!」

「きゃーぁ!」


一斉に悲鳴があがった。 


 少女の生首だ。土砂が、流れ出し顎の辺りが、石ころなどで閉まっていたのだろう。それを勢いよく打ち付けたので、少女の細い首は(もろ)くもちぎれ空中に舞ったのだ。

 その白く美しさを讃えた顔は泥と生血で薄汚れ見る影も無かった。

 しかし、その大きな瞳だけは充血していたが、白く見開かれ歪んだ表情はその苦悩を人々の眼に胸の内に深く刻み込んだ。

 

 少女の首は自重で彼岸花の狭間にザサッ!と言う音を残し沈んで行った。


 その瞬間だった。ぐるり囲んだ石垣には大量の水が入り込んでいた為もろくなっていた。

 我慢出来なくなった石垣は、水流に、流されガラガラと崩れて、その上に、乗せていた足場板もろとも槌打ち番三人は川下に流された。

 その勢いで両岸の彼岸花も濁った水に巻き込まれた。


 残っていた人々も慌てて皆家路を急いだ。


「祟りじゃ!祟りじゃ!」


皆、口々にそう嘆いた。


 しかし、たった一人残った者がいた。庄屋の主人だ。庄屋は川辺に降り立った。まだ水は膝の高さまでしか、引いていなかったが、娘の頭の落ちた辺りを手探りで、手当たり次第に探して回ったが濁った水に邪魔されそれは、困難で終わった。叶わなかった。

 娘の頭は、見つからなかった。泥水と共に流されてしまったのだろう。

 庄屋は泥々の顔と着物で岸にあがり茫然自失でその場を去った。

 

 雲行きが怪しくなってきた。まだ午前中と言うのに重たい雲が、のしかかり夜のような暗さになった。

 稲妻が光り、村中に雷鳴が(とどろ)いた。皆、恐怖に身をすくめた。庄屋の娘の呪いだ。祟りだと怯えた。

 すぐに土砂降り雨になった。泥だらけになった彼岸花をその雨が洗った。

 おかげでこの花たちの鮮やかな血の色は再び蘇った。




 その後、立派で頑丈な橋ができた。

しかし、その年の最後に発生した。大型台風が大雨をもたらし大洪水を引き起こした。

 おかげで、折角人柱まで立てて建造した橋は跡形もなく流され土で盛られた土手や堤防も、ことごとく破壊され決壊し全て流された。

 川から溢れた濁流は田畑を覆い民家を飲み込み城下町に襲いかかった。

 そして、その全てが流された。大きな屋敷も流された。大名や役人とその家族は皆、天守閣に逃げ込んだが、それも土台の石垣を僅かに残して全て破壊し尽くされ流されていった。

 あくる朝、雨が止み広がった景色には何も残って無かった。遥か地平線、遠く山のふもとまで水で満たされ、それは、水平線と化していた。


単なる自然災害だったのか?


神の怒りか?


少女の呪いか?


それを知る術はないが、


しかし、確実に罰が与えられたのだ。


制裁が下されたのだ。


こうして、あの(おぞ)ましい儀式に


終止符が打たれたのだ。




続く





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