1 彼岸花と少女
やっと私の願いが、叶ったのだ
この三途の川の辺に
揺れながら咲き乱れ
血の様に赤く紅に染まる
彼岸花の群生に抱かれて
私は、やっと永遠の眠りにつく事ができるのだ。
永遠に…
今日は有給を、いただきき一人小旅行に、出かけた。
このところ、働きずめだった。週末を待たずしてリタイア。休む事にした。
「追い込まれる様な仕事って何だろう。」
キツクて苦しい思いをする事が頑張ったと言う証なのか?逆に、生産性が落ちるとしか、思えないのだが…。
昭和や平成の様な働き方はもうできない。
それが私の現実だ。
ドライブに出かける事にしたが、普段は電車通勤で持ち車は無い。よって、格安レンタカーで車を借りる事にした。
保険が、何種類。何段階と別れている。お値段が高い程、保証が手厚いと言う至極当たり前のシステムだ。
ケチな私は
「折角格安レンタカーにしたのに基本コースでいいでしょ!」
と、言う思いで最安コースをいつも選んでいる。
いつか手痛いしっぺ返しが来そうで多少不安はあるが、なにせケチなのだ。私は…。
市街地を縦断する国道を走っていたが2級河川を渡る橋を通過して直ぐに左折し川沿いの県道に車を走らせた。
すると景色が一変した。辺り一面田園風景が広がっている。のどかな空気感が心地良い。枯葉を焼く香ばしい香りもしている。私は、この匂いが大好きだ。
田舎でしか、味わえない香りだ。都会では焚き火さへ昔の様に普通に行う事ができない。枯葉を燃やし芋を焼くなどは夢のまた夢だ。消防法や近所からの苦情など何かと難しい問題に直面するのだから。
放火魔が横行し、不始末で大火が起きるのだ。それも致し方ないだろう。少数派の悪さや無責任な輩のおかげで昔は当たり前に行えた事がどんどん制限されて行くのだ。寂しい限りだ。
相変わらず川沿いを走っている。この道は街道と呼ばれている。実はこの先に昔、城下町が存在したのだ。
もちろん今も、その古い家屋や大名屋敷、城跡などが、修復や復元など、されながら大事に守られ残されている。
おかげで現在も小京都などと呼ばれて古民家をおしゃれにリノベーションしたお店が多数あり若者も訪れる観光地として、人気を博している。
週末には、そこを目指し大挙して観光客が訪れるのだ。平日でなければ、こんな、のどかな風景は拝めない。のんびり運転をすれば、煽りに追い越し。危険運転を、お見舞いされかねない。
川沿いを30分程走った所で川幅は随分せまくなった。小川と呼べる程だろう。
私はお気に入りのスナップポイントに車を停めた。
ここは川が急なSカーブを描き石造りの通称眼鏡橋が風流な趣を醸し出している。
桜に紅葉に紫陽花。どんな季節でも、その色彩に、彩りを添えてくれる花たちが咲き誇っているのだ。
私のお気に入りは、この季節ならではの、あの花。
「彼岸花」
「曼珠沙華」とも呼ばれるこの花は仏教とも、つながりが深く天から降り立った花とされている様だ。お彼岸を名乗るなど、その最たる由縁だろう。
しかし、この花は、本当に、不思議だ。名前も、さることながら、その植物としての生態も、特殊だ。
九月頃、花を咲かすのだが、その時、葉っぱが、生えていないのだ。
普通、まず葉っぱが生え、花が咲き、実がなると言う段階を経るのが普通なはずだが彼岸花に関しては、それがないのだ。
葉っぱは花が枯れた後、生えるらしい。それもこれも随分変わっていると、思える。
緑の葉で、濁す事なく、あの赤々とした花を鮮やかに、燃えたぎらせているのだ。
そしてもう一つ。この花は土の下に毒を隠し持っている。球根になる部分に毒を要しているのだ。
その為、昔は田畑の、モグラよけに植えられた事もあったらしい。
見た目の血の様な赤色を讃える、おどろおどろしさだけではない。体内に毒を宿し、さらに不吉で物騒な数々の名前で呼ばれているのだ。
各地で、その呼び名は違っている。しかも驚く事に数百から千種以上も異名を持つと言われている。
「葬式花」に始まり、ズバリ、「墓花」「死人花」と続き、「地獄花」「幽霊花」と、霊的呼び名。そして「火事花」「蛇花」「剃刀花」と物騒な名前が続く。
全てを、あげることは出来ないが、彼岸花の全国異名辞典として一冊の本が出来そうな規模だ。
ガードレール、ギリギリに、駐車した。祝日や週末ならここに車を停める事は、まずできない。
ドアロックをしてスマホを手にし、ガードレール脇に立った。
風が気持ちいい。九月と言うのに残暑と言うには、あまりにも毎日厳しい暑さにさらされているが、ここは別世界のようだ。
涼しい風が澄んだ川の流れに這う様に吹いている。葉っぱだけの桜の枝が、ザワザワと揺れて木漏れ日がチラチラと星屑の様に、輝いている。
お目当ての彼岸花は川岸にビッシリ群生している。真っ赤な絨毯が風に揺られ一斉に頭振っている。
スマホを動画撮影にして画面をそちらにを向けた。
その瞬間!"ギョッ"となった。
画面の中に広がる真っ赤な花の上に人の生首が鎮座している。おかっぱ頭の黒髪が風でユラユラと揺れて、色白の少女の顔が死人のように見えた。その中心では蕾のような小ちゃな唇が、やけに赤く際立っている。
この世のもので無いと思ってしまった。彼岸花なのだ。お彼岸からお墓と想像すれば幽霊へと連想は続く。しかし…
「こんな真っ昼間に⁉︎ 」
そう思いスマホを外し肉眼で確認をした。
普通にカワイイ少女さんだ。「頭だけ」「首から下無し」だと思ったが、赤いブラウスを着ているだけだった。 花の紅と服の赤が同色で錯覚を起こし色白の美顔が際立って見えたのだ。
目が合うと無表情だった少女がニコッと溢れるような笑顔を見せてくれた。本当に可愛い⁉︎
こんな田舎にと…失礼な言い草だが、それ程の美少女が佇んでいる。
私も笑顔を返して会釈した。
「彼岸花、綺麗ですねぇ!」
「はい。」
少女は私の声かけに歯に噛んだ笑顔で小さく応えてくれた。
私は彼岸花と眼鏡橋。小川のせせらぎなどをスナップして車に戻った。その頃には少女も居なくなっていた。
今夜の宿は小京都とは少し外れた、この川の上流に佇む築150年の古民家をリノベーションした民宿だ。
眼鏡橋から10分ほどで着いた。駐車場は私の車だけだ。チェックインには少し早く着いてしまった。
車を降り景観を眺める事にした。民宿と言うより旅館と言う趣きだ。茅葺屋根がどっしりとした風貌をみせている。これは手入れが大変そうだなといらぬ心配をした。
庭園は綺麗に整備されている。自然の景観のように紅葉や柳、銀杏や桜。季節を感じさせる木々が林の様に配されている。
私の目を引いたのは庭一面に広がる緑の絨毯だ。様々な苔が、ビッシリと生え茂っている。
あのなんとも言えない深い緑の色彩は見ているだけで癒される。
ボーッと眺めていると突然背中から声をかけられ、そちらに振り向いた。
「いらっしゃいませ!お客様でしょうか?」
「あっ、はい!こんにちは。今夜予約をしています。桂木君枝です。少し早く着いてしまってお庭を拝見させて頂いていました。立派なお庭ですね。」
「はい! ありがとうございます。主人が庭いじりが好きでコツコツ手入れしているんですよ。お褒め頂いて喜ぶと思います。
では、よろしければ、お部屋の方にご案内致しますので、フロントの方で御住所など、ご記入頂けますか?」
「えっ?よろしいんですか?まだ、早いですけど…」
「ええ。どうぞ、どうぞ!大歓迎です。」
小股で歩く女将の後ろに着いてフロントに向かった。シックでセンスの良い着物をお召しになっている。それだけで、なんとなく、この宿に対する期待感があがった。
フロントまわりもセンス良い調度品が配されている。年代物の大きな柱時計がこの屋敷の趣を更に確かなものにしている。
廊下は少し軋んだが当時の板を大事に磨き手入れをしているそうだ。
部屋は8畳程の広さだ。一人なら充分だ。女将がお茶を入れてくれた後、部屋を出ていった。
私は上着を脱ぐと窓際の椅子に座わりお茶を頂いた。
窓を開けると。小川のせせらぎが、聞こえる。野鳥もいる様だ。がピピッ!と鳴きながらどこぞへと飛んでいった。
ここも彼岸花が、ビッシリと両岸に群生している。血の川の様だと、ふと思ってその妄想を掻き消した。
「今夜、ここで一人で眠るのだ。怖い妄想はやめておこう。」
と思いながら川下の方に目を向けて突然お茶を吹き出した。
また、ギョッとなったのだ。ビックリして喉を通りかけていたお茶が気管に入ってしまい思い切り咳き込んだ。
何度か咳が出てようやく落ち着いた。
また、あの光景に出くわしたのだ。今度は少し上からの光景だったのでさらに不可思議に見えた。
あの先程の少女が彼岸花の群生の真ん中を歩いてこちらに向かっていたのだ。
やはり、あの白い顔がやけに目立ち、そこだけが浮いた様に見えた。何か歌を口ずさんでいる様だ。可憐な唇がなぜか妖艶に見えた。
さっきビッックリしたばかりだ。同じシチュエーションで二度も驚くなんて、なんてぼんやり過ごしてるんだろう。
「ギョギョッ」って「サカナ君」じゃあるまいしと自分にツッコミをいれたが、あんまりそれも、面白くないか…。と、一人言。
少し、寂しくなったのでテレビをつけた。
夕方のワイドニュースがグルメ情報コーナーをやっている。それを聞きながしてスマホを手にし…
先程のスナップを開いた。しかし…
「写ってない⁉︎ 」
動画も写真も…あの美少女の姿だけが…写っていない。
写っているのは風に揺れる彼岸花だけだ。
「そんな、確かに存在していた。今も、そこを、歩いて…」
振り向いて窓の外に目を向けたが既に少女の姿はなかった。
「ハハハッ!誤作動だな。
変な写真修正アプリばかり入れてるから
勝手にやっちゃったんだ。そうだ。そうに違いない。折角、美少女さんが写ってたのにもったいなかったな。」
などと恐怖を誤魔化した。正直、ビビりまくっていた。背筋を冷たいものが走り抜けていた。
「いかん!これは、風呂だ。風呂。
日が暮れる前に、拝借しよう。」
暗闇の露天風呂は、もう、この心情では無理だ。慌てて浴衣に着替えると浴場へ向かった。
しかし、お日様は山の中腹にかかり、そろそろ夕焼けの様相を見せ始めていた。
続く