街でお買い物
薬局自体、二階建てであるもののそこまで広くない。
地下部屋は在庫置き場で、一階のほとんどは店舗スペース。次に大きいのが厨房、その次に食品庫である。私はここにちょっとした私物や食料などを置いていた。
二階はワンフロアとなっていて、先代薬草魔女から受け取った魔法書が整理整頓もされずに乱雑に積み上がっている。
「本棚を買って、寝台を買って、それからお風呂場を作らなければならないんだけれど……」
魔法のバスタブであれば水回りなどは気にすることない。浴槽で体を洗って、湯を張り直す入浴方法であれば、どこにでも設置できるのだ。
「ここに本棚を設置して魔法書を整理、そのあと寝台とお風呂場を作れるかしら?」
『ハンモックダッタラ、作ッテアゲルノ』
「え、いいの?」
『イイノ』
さらにメルヴ・メイプルは思いがけない情報提供をしてくれる。
『多分、ドライアド、本棚、作レルノ』
「え、そんなこともできるの?」
メルヴ・メイプルはこくりと頷く。
なんでも二年ほど前にドライアドがくしゃみをし、その振動で薬局の棚を壊してしまったことがあったらしい。
そのさい、樹木魔法と呼ばれるもので棚を新しく作り直したのだとか。
ドライアドは私に怒られることを恐れ、これまでメルヴ・メイプルに口止めをしていたという。
「そうだったのね。だったらお願いしてくるわ」
『メルヴ・メイプル、本、整理シテオクノ』
「ありがとう!」
メルヴ・メイプルは手を触手のように伸ばし、てきぱきと本を回収し、並べていく。ここは彼女に任せておいても問題ないようだ。
私は一階に行っていまだ眠っているドライアドに声をかけた。
「ねえドライアド、あなた、本棚が作れるのですって」
『ど、どこでその情報を知ったのじゃ!?』
「さあ? 風の便りかしら?」
『ひい、恐ろしい風なのじゃ!』
冗談はさておいて。できるのか聞いてみるも、ドライアドはとんでもないことを言い始める。
『やってもいいんじゃが、その前に美人なお姉さんに水やりしてもらいたいのじゃ!』
「あら、そんなことでいいの?」
台所から水を注いできて、ドライアドの鉢にかけてやろうとした。
すると、涙を流して叫んだ。
『と、年増の水やりは嫌なのじゃ~~~!!』
「なんですって!?」
『もっと……ピチピチとしたお姉さんがいいんじゃ』
ピチピチと言われてしまえば、私には欠けている要素だなと認めざるを得ない。
ただ、ピチピチとしたお姉さんの知り合いなんていなかった。
「仕方がないわね……」
私が諦めた様子なのを見たドライアドは、嬉しそうに『うひょ!』という声をあげていた。
「こうなったら、脅すしかないわ!」
巨大な火の玉を出して棚を作れと言うと、ドライアドは涙を流しながらこくこくと頷く。
ドライアドを抱えて二階に上がると、仕事ができるメルヴ・メイプルが本の整理をし終え、床掃除を完了しているところだった。
「メルヴ・メイプル、ありがとう! こんな短時間ですごいわ!」
『オ安イ御用ナノ』
きちんと本を整理整頓すれば、そこそこ広い部屋だったことがわかる。
「ドライアド、壁に沿って天井まで届くような大きな本棚を作ってくれる」
『わかったのじゃ……』
ドライアドはブツブツと呪文を唱え、魔法を展開させる。
『――展開せよ、樹木魔法』
壁一面に魔法陣が浮き出て、そこからにょきにょきと板が生えてくる。
あっという間に棚が完成した。
「ドライアド、すごいわ!!」
『これしきのこと、なんてことないのじゃ!』
ご褒美としてメルヴ・メイプルとドライアドに蜂蜜水を振る舞う。
メルヴ・メイプルは嬉しそうにごくごく飲んでいたものの、ドライアドは『ピチピチのお姉さんがいいのじゃ』とまだブツブツ言っているようだった。
続けて本を棚に並べ、メルヴ・メイプルが作るハンモック作りを見守る。
お風呂のスペースには、防水性を付与させたカーテンを取り付けておいた。私が一人で使う物だが、広い部屋の中で入浴するのは抵抗があるので。
「あとは浴槽ね。その前に床にタイルを貼りたいわ」
もしもお湯が零れても床がタイルだったらサッと掃除できる。接着用のモルタルは家にある材料でできるので、タイルと浴槽を買いに行かなければ。
買い物にはメルヴ・メイプルが付き合ってくれるという。力持ちなので浴槽を運んでくれるようだ。
魔女のローブをまとい、メルヴ・メイプルにもケープを着せてあげた。頭巾を被ると、小さな女の子にしか見えない。
そんなメルヴ・メイプルと手を繋ぎ、頭巾を被ったら出発だ。
昼間から街を歩いていると不思議な気持ちになる。この時間はたいてい店番か店舗の清掃をしているから。
いつも出かける夕方の時間帯は人々が忙しく行き交っているが、今の時間帯は比較的のんびりしている。
こうして自由の身になると、ライマーと婚約していた十年間は生き急いでいて、のんびり過ごす暇もなかったんだな、と思った。
これからはしっかり働きつつも、ホッとできるような時間を作りたい。
それだけでなく薬局に通ってくれた常連さんにも、癒やしを提供できたらいいな、と考えるようになっていた。
行き着いた先はたまに薬草石鹸を納品している、なんでも屋さんである〝がらくた堂〟。
扉を開くと、お客さんの来店を知らせてくれる鶏が『コケコッコー!!』と力強く鳴いた。
店内は魔法が付与された道具〝魔技巧品〟や中古の杖や剣、古びた地図や魔法書など、魔法が関連しているありとあらゆる品が雑多に並んでいた。
鶏は店主を急かすように鳴き続ける。
「その鳴き方は客じゃないな」
店の奥からひょっこり顔を覗かせたのは、六十代くらいのお爺さん。
がらくた堂の店主ガタさんだ。
「ああ、薬草魔女じゃないか。魔法薬の納品は少し先だと思っていたが」
「今日は客としてやってきたのよ」
「いったいどうしたんだ?」
私がここに客としてやってきたのは初めてだったので、訝しげな視線を受ける。
「魔法の浴槽を買おうと思って」
「家のやつが壊れたのか?」
「いいえ、その、薬局で暮らし始めることになったから」
「ライマーとケンカでもしたのか? やめとけやめとけ、あれは高いから、仲直りしたほうが安上がりだ」
「その、ケンカじゃなくって、ライマーから婚約破棄されたのよ」
「なんだって!?」
ガタさんにまで言うつもりはなかったのに、売ってくれないような気配を感じたので打ち明けてしまった。
「なっ……ライマーの奴はどうしてそんな馬鹿なことを? あ、ああ、嫌だったら言わなくてもいいが」
浴槽も売ってくれるという。
けれどもここまで言って商品だけ買って帰るわけにもいかないだろう。
「好きな人ができたそうよ」
「どこの誰だ?」
「聖女スイですって」
「聖女様だって!? お前さんよりも、あんな娘っ子と結婚するなんて!!」
男の風上にも置けない、とガタさんはライマーを罵る。もっと言ってほしい、と心の中で思ってしまった。
「ライマーの奴、お前さんみたいないい女を振って若い女に走るなんて信じられん!! 次に会ったら、とっちめてやる!!」
ガタさんが思いっきり怒ってくれたので、なんだか溜飲が下がるような気持ちになった。
「こうなったら魔法の浴槽は半額!! いいや、九割引きでいい!!」
「そこまでしてもらうのは悪いわ。定価で購入するから」
「持ってけ泥棒って言わせたいのか?」
「その、だったら半額でお願いするわ」
「いいのか?」
「それはこっちの台詞なんだけれど」
ガタさんはにっこり微笑みながら「毎度!」と言ってくれた。
「本当にいいの?」
「もちろんだ。この浴槽、何年も売れないで残っていたんだ。店が広くなって助かる」
通常価格金貨六枚の魔法の浴槽が、ライマーのおかげさまで半額で手に入れることができたのだった。