信じる力
太陽の手の熱は意外にも蔦に有効だったらしい。
思いっきり掴んでベリッと剥ぐように引っ張ると、ボロボロ崩れていく。
今だ。そう思って緑の指先に握っていた葉で蔓を作りだし、逆にアリッサを拘束させる。
「――なっ!?」
同じように蔓でぐるぐる巻きにして、身動きを取れないようにしてやった。
呪文を唱えられたら困るので、口元まで覆っておく。
「うう、ううううう!!」
恨みがましい目で見ても無駄だ。彼女はこのような扱いをされて当然の行為を働いてくれたのだ。
蔓をイモムシのように操り、地上まで下りていく。
すると、蔦でぐるぐる巻きにされているカーバンクルの姿もあった。
かなり魔力を吸い取られているのだろう。意識はなく、ぐったりしている。
「かわいそうに」
太陽の手で蔦を引きちぎり、そっと抱き寄せる。
アリッサはその辺に放り投げておいた。
「――っ!!」
私をこんな扱いをして!! と猛烈な怒りを視線でぶつけているものの、しばらくイモムシの姿で反省してほしい。
「そういえばメルヴ・メイプルは?」
呼んでも出てこない。まさか私と同じように世界樹の枝にぶら下がっているのではないか、と思ったもののそれらしきものは発見できなかった。召喚で呼び寄せるも反応はなし。
「どこなの?」
キョロキョロと辺りを見回していたら、魔法陣が浮かび上がる。
「ん?」
メルヴ・メイプルか? と思いきや違った。
そこに浮かび上がったのは、白銀の鎧をまといし聖騎士――イエさんだった。
「イエさん!?」
「レイさん、よかっ――」
イエさんが一歩前に踏み出そうとした瞬間、アリッサが急に「助けて!!!!」と悲鳴にも近い叫びをあげた。いつの間にか口元の蔓は外れていたのだ。
「あなたは……!?」
「酷いんです!! 私、彼女に攫われて、こんなところに連れてこられて!!」
「ちょっと、何を言っているのよ!!」
イモムシ状の姿をしたアリッサと私――たしかに今ここにやってきた人には状況を理解できないだろう。それを逆手に取ってこんな行動を起こすなんて。
さらに、転移の魔法陣からぞろぞろと人がやってくる。
最初に登場したのは枢機卿であり、イエさんの兄でもあるクレーブルク猊下だった。
すぐに私の存在に気付いたようで「お前は!!」と声をあげる。
アリッサはすかさず、クレーブルク猊下にも助けを求めた。
「猊下、お助けくださいませ! あの魔女は世界樹をこのようにした上に、私を生贄として魔王復活を目論む悪い魔女でして」
「なんだと!?」
呆れて言葉を失っていたら、クレーブルク猊下が「捕らえろ!!!!」と傍に控えていた聖騎士に命じた。
聖騎士らは剣を抜いて私のもとへと迫ってくる。
「止まれ!!」
あろうことかイエさんが私の前に立ち、聖騎士達を制止する。
「イエさん!?」
事情を把握していないのに私側についてくれるなんて……。胸が熱くなる。
アリッサも想定外だったのだろう。すかさず叫んだ。
「閣下、その女はカーバンクルを人質に取って残虐極まりない行為を繰り返す危険な人物です! 守るに値しない犯罪者なんですよ!?」
「守るに値するかしないかは、私が決めることです。あなたに指摘されて変えるようなものではありません。はっきり言えるのは、レイさんはこのような事態を招くような行為を働かないということ。犯人であるはずがないんです!」
「イエさん……」
まさかそこまで信用してくれていたなんて。じーんと胸が熱くなる。
私を守るように前に立つイエさんの背中がとてつもなく頼もしく、キラキラと輝いて見えた。
アリッサの拘束は聖騎士の手によって解かれ、クレーブルク猊下が手を貸して立ち上がる。
アリッサはクレーブルク猊下に身を預けながら、弱々しい態度を見せていた。
「イエルン、お前はいつの間にその魔女の支配下に堕ちていたのか?」
「酷い物言いですね」
「間違いないだろうが。我々王家に名を連ねるような者が、魔女の言いなりになるなどあってはならないことなのに」
「魔女に尊敬の念を抱けない者は、この国で生きる価値などないのですよ。今、私達が暮らしている平和な世の中は、王家がもたらしたものではなく、魔女達の活躍によって築かれたものなんです。まさか、兄上がきちんと理解していなかったとは……」
「うるさい!!」
クレーブルク猊下はわかりやすく激昂し、聖騎士のさらなる増員をするため、転移陣を通して呼び寄せたようだ。
ゾロゾロと聖騎士達がやってきて、私達に剣を向けている。
アリッサは心配そうな瞳でこちらを見ながらも、口元はにやりと笑っているように見えた。
なんて狡猾極まりない女なのか。
それはそうと、この事態をなんとかしなければならない。
カーバンクルが起きていたらクレーブルク猊下を説得してもらえたのに。先ほどから揺らしてみるも、起きる気配がない。
どうすれば、どうすれば、どうすればいいものなのか。
「イエルン、お前はここで魔女を守って死ぬのと、魔女を引き渡して生きながらえるのと、どちらを選ぶ」
「レイさんを守って死ぬというのは、この上ない名誉ですよ」
「ねえ、止めて、イエさん!!」
ここで死ぬつもりなどないが、イエさんを巻き込むつもりはない。
「私は世界樹をこのような状態にしていないの」
「では彼女――アリッサ・フォン・シュトルトの犯行ですか?」
どうやらイエさんはわかっていたらしい。私はそうだと言って頷く。
「兄上、聞きましたか? 世界樹を枯らしたのはレイさんでなく、兄上の隣にいる女なんです」
「そんな魔女の言うことなんぞ信じられるものか!!」
ついにクレーブルク猊下は聖騎士に命じてしまう。
私の生死は問わないから捕らえるように、と。




