追憶のレイ②
両親は持参金を用意できない後ろめたさがあったからか、持参品をたっぷり用意してくれた。
真珠のネックレスにペン先が金の万年筆、ダイヤモンドのブローチに宝石の瞳があしらわれたぬいぐるみなどなど。
私はそのすべてをお金に換え、ライマーが聖騎士になるためにと差しだしてきたのだ。
ただそのお金も、一年後には尽きてしまった。
これ以上、私に売るものはない。
外で働くにしても、紹介状がなければいけないのだ。
両親に頼むことはできるが、私が働かなければいけないくらい困窮していることを知ったらライマーとの婚約を破棄するように言うかもしれない。
この頃の私はライマーは私がいなければ生きていけないと思っていたのだ。
もうこうなったら体を売るしかないのだろう。
正直、そんなふうにお金を稼ぐのは抵抗がある。けれどもライマーのためと思ったら、なんでもできると思ったのだ。彼を聖騎士にして、出世までの道を切り開いてあげたい。
ライマーの夢はいつしか私の夢にもなっていたのだ。
できる! 私は絶対にできる!
そもそも職業に貴賎なんてないし、などと考えながら歓楽街のほうを歩いていたら、私は運命的な出会いを果たす。
燃える火みたいに真っ赤な髪を持つ、美しい女性――。
彼女は私を見た瞬間、にっこりと笑みを深めた。
そして、私の状況を見抜いたのだ。
「何か困窮しているようだな? まさか、身でも売りにやってきたのか?」
女性にしてはぶっきらぼうな喋りに驚きつつも、それ以上に私の心を見透かすような発言にびっくりしてしまう。
「そなたのような娘が身を売って若さを消費してしまうのはもったいない。どうだ、魔女になるのは?」
歓楽街で働くよりもよほど稼げる。
そんな提案に私は深く話も聞かずに頷いてしまった。
彼女は〝色欲魔女〟だと言った。
最高位の魔女の名前は呪文でもあるので、基本的に名乗らないらしい。
家名を捨てて、色欲の化身と名乗るように命じられた。
それからというもの、私は色欲魔女のもとで魔法の勉強を行う。
なんと私は火と草、二種類の属性持ちのようで、魔女向きだと色欲魔女が絶賛してくれた。
勉強の他に、色欲魔女が商品として販売する魔法薬の調合も伝授してもらった。
惚れ薬に催淫薬などの媚薬の他、相手の心を読む薬に恋心を消す薬など、恋を成就させるための魔法薬を作っているようだった。
一通り魔法や調合を覚えたあとは、魔法薬の材料集めも教えてもらった。
主に必要とするのは、妖精ドライアドの葉や根である。
ドライアドは妖精族だが、人間に悪さをするので魔物同様に討伐してもいい存在として区分されていた。
色欲魔女は実に楽しそうに、逃げまとうドライアドを討伐していたのだ。
一年後――二十一歳になった私は一人前の魔女となり、一人で調合や素材の確保が可能となった。
魔法薬の販売も許可され、売り上げの二割が師匠である色欲魔女に入るという仕組みだったのである。
初めて一人で素材集めに行った先で、私は〝彼〟に出会った。
『殺さないでほしいのじゃ~~~~!!』
泣きながら懇願する、お爺さんみたいにシワシワの樹皮を持ったドライアドであった。
葉や樹皮に艶などなく、明らかに老いたドライアドである。
材料としての価値はなさそうだ、と見過ごそうとした瞬間、ドライアドは蔓を伸ばして私を攻撃しようとしてきたのだ。
『ヒッヒッヒッ! 若い娘の生気を吸って、若返ってやるのじゃ!』
「なんですって!?」
蔓を長く伸ばし、私を宙づりにしてくれた。
そんなドライアドに、私は特大の火の玉をお見舞いしようとする。
するとドライアドは命の危機だと判断したのか、私を丁重に下ろして平伏の姿勢を取った。なんでも言うことを聞くから命だけはと訴えるので、契約を結んでやった。
抵抗なく契約に応じ、私はドライアドを連れ帰る。
そのままでは悪さをするかもしれないと思って、身動きが取れないように鉢に植えて封印を施したのだ。
その後、万年発情ジジイことドライアドは私の相棒として、共に歩むことになったのだ。
栄養を与えると、ドライアドは魔法薬の優秀な素材として利用できるようになった。
『もっときれいなお姉さんと契約したかったのじゃ!』
などとかわいくないことを言うのだが、私は耳を塞いで聞こえないふりを続けた。
きらびやかな社交界の裏で、私は夜会に参加するように見せかけて魔法薬を販売する。
これまでにないくらいの大金を得ることができたのだ。
ライマーには外で働いているとだけ言っていたのだが、どこで働いているのかと気にしていたものの、お金を渡したら追求なんてしてこなくなった。
色欲魔女の弟子として私は社交界で暗躍し続けていたのだが、ある日、とんでもない事件に巻き込まれてしまう。
それは二十四歳を迎えた夏の話だったか。
狩猟大会に忍びこんだ私はいつものように魔法薬を売っていた。
相手は公爵。年若い女性との一夏の恋を楽しみたいとのことだった。
けれども公爵の不貞に怒った公爵夫人が取り引きの場に乗り込み、私が相手だと勘違いしたのだ。
違うと訴えても聞く耳なんて持たない。
なんと公爵夫人は不貞を持ちかけた夫よりも、それに応じる女のほうを悪と判断しているようだ。
あろうことか公爵夫人はナイフを手に、私の懐へ飛び込んできたのである。
ナイフを深く刺されたまま、私は森のほうへ逃げていった。
息も切れ切れの中、私は走馬灯を見てしまう。
思い出すのは聖騎士になるために努力を重ねるライマーの姿ばかり。
彼が聖騎士になる姿を見る前に死ぬなんて――。
そう思った瞬間、声がかかる。
『大丈夫ナノ?』
幼い少女のような優しい声。
こんな森の奥地にどうして少女が? そう思って瞼を開くと、私を覗き込んでいたのは二足歩行の大根みたいな生き物だった。
「あ……あなたは?」
『メルヴ・メイプルナノ』
そう名乗ったメルヴ・メイプルは、私の傷を心配してくれた。
『メルヴ・メイプルノ、葉ッパヲ、食ベタラ治ルノ』
「え……?」
有無を言わさず、メルヴ・メイプルは自らの頭上に生えていた葉を私の口に詰め込む。
すると、ナイフで負った傷があっという間に完治したのだ。
「あ、ありがとう」
メルヴ・メイプルは野良の妖精か精霊と思いきや、森の奥地に住む魔女と契約しているという。
メルヴ・メイプルの招待で魔女の家を訪ねた。
そこに住んでいたのが、私の二人目の師匠である〝薬草魔女〟だったのである。
薬草魔女はとんがり帽子に黒いローブをまとった老婆で、見た目こそ恐ろしかったものの慈悲深い女性だった。
事情を聞いた薬草魔女は私を保護してくれる。薬草魔女は私を助けてくれただけではなく、色欲魔女にこれ以上深入りするのは止めるように言ってくれたのだ。
今日みたいな騒動に巻き込まれては命がいくつあっても足りない。そう判断した私はこの場に色欲魔女を呼び、師弟関係の解消を申し出た。
色欲魔女はあっさりと応じてくれた。
ほんの少しだけ、渋ってくれるかもなどと思ったものの、そんなことはなかったのである。
私は数多くいる魔女の一人だったのだろう。
いろいろあったものの、色欲魔女のおかげで体を売らずに済んだのだ。感謝したのは言うまでもない。
その後、薬草魔女に弟子入りし、色欲の化身から秘薬の女神を名乗るようになった私は、王都と薬草魔女のもとを行き来する生活を送った。
「一年後に薬草魔女は魔女を引退し、メルヴ・メイプルの契約を引き継ぐことと引き換えに次代の薬草魔女に任命してくれたの」
それだけでなく、薬草魔女はこの店を譲ってくれたのだ。