追憶のレイ①
私は西方にある小さな領土の貴族、フーケ男爵家の四女として生まれた。
父は娘の結婚を通して貴族としての地位を確固たるものにしていたようだが、それも三女である上の姉まで。
四女である私のときにはすでに持参金も尽きており、可能であれば宝飾品などの持参品のみ受け取ってくれる男性と結婚してくれと言われる始末だった。
そんな私に結婚の申し入れなんてあるわけがなく、父はしぶしぶ社交界デビューをさせるための申請を行ったという。
私は十七歳の春に聖都で社交界デビューを迎えた。
けれども実家が新興貴族であり、多額の持参金を用意できない身となれば、誰にも相手にされない。
壁の花で居続けるのも苦しくなって、私は庭を散策することにした。
聖都の春は花盛りで、庭にはたくさんの薔薇の花が咲いていた。
魔法の力を用いて、夜にも花を咲かせていたわけである。その花々は魔石灯に照らされ、美しく咲き誇っていた。
これまで魔法に触れることのない人生だったので、感激してしまう。
美しいこの魔法の薔薇を見ることができただけでも満足だ。
なんて思いながら庭を散策していたら、同じように花見をしている男性と出会う。
それがライマーだった。
私はとてもお喋りなので彼に話しかけてしまった。
すると彼が子爵家の次男で、私と同じように誰にも相手にされない状況であることが明らかとなった。
ワケアリの私達は一気に意気投合してしまったわけである。
貴族の家に生まれても、次男であれば貴族と名乗ることさえ許されない。それどころか継ぐべき財産などもなく、自分で身を立てて暮らさなくてはいけないようだ。
そのため生涯独身を貫くか、金持ちの妻を迎えて一旗揚げるか、騎士や役人になって出世しまくるか、未来は限られているそう。
そんな中でライマーは聖騎士になることを夢みていた。
聖騎士とは神聖国〝ハイリヒ〟の聖王や聖女を守護する、エリート中のエリート騎士だ。その辺の平騎士とは異なり、誰でもなれるものではないという。
実力はもちろんのこと、聖騎士として身を立てるにはお金もかかるらしい。
ライマーはこれまで彼を馬鹿にしてきた人達を、聖騎士になって見返したいという夢を語っていた。
そんな彼の横顔が、十七歳の私にはどうしようもなくかっこよく見えたのだ。
ただ現状、ライマーは結婚相手を探すことに苦戦している。
条件のいい女性は皆、裕福で将来爵位を得るような男性と結婚したがるのだ。
けれどもライマーは諦めないという。そんなことを言っていたライマーだったが、思いがけない提案をしてきた。
それは二年後、お互いに結婚していなかったら婚約しないか、というもの。
なんでも聖騎士というのは婚約者や妻を迎えている者達が優遇されるようだ。
国民の模範であるのが基本なため、守るべき存在がいることをよしとしているらしい。
聖騎士になるためには、どこかで婚約者を迎えなければならない。
二年後、互いにいい相手がいないのであれば、婚約しよう。
出会ったばかりだったが、ライマーはそんなことを言ってくれた。
それからというもの、ライマーと私は月に一度、文通を始めた。
彼は筆まめなほうではなかったものの、私が領地の名産であるハムやチーズ、ワインなどを送ったら喜んでくれた。
彼を支援するつもりで、さまざまな食材を月に一度送っていたのだ。
そんなやりとりが二年間続き――互いに結婚していなかった私達は婚約を結ぶことになる。
二年もの間、文を交わしていたのを知っていた家族は、ライマーとの婚約を喜んでくれた。
ライマーの両親も、特に反対などしなかったらしい。
私は少ない荷物を持って王都に行ったのだが、そこで驚くべき宣言をされる。
「レイ、すまない。すぐには結婚できないんだ」
「どうして?」
「結婚資金が足りなくて……。それに聖騎士になるためには聖装と呼ばれる高価な装備を揃えないといけない。だから、結婚をしてもレイに苦労をさせてしまう」
そんな思いをさせてしまうより、出世してから結婚したほうがいい。
ライマーはそう言ったのだ。
彼の口ぶりから、二、三年くらいで出世できるものだと十九歳になった私は思い込んでいた。
聖騎士となって出世するまで十年もかかるとは、このときの私は思いもしていなかったのである。
「わかったわ。私、あなたを支えるし、待っているから」
「レイ、ありがとう。お前のことは、永遠に守るから」
彼は片膝を突いてそんなことを誓い、手の甲に口づけしてくれた。
まるでロマンス小説に登場するような素敵なヒーローに思えて、胸がときめいたのだ。
その言葉で、ライマーに対して愛情が生まれたと言っても過言ではない。
男性との付き合いが少ない私は、ころりと騙されてしまったのだ。
その後、私とライマーは下町にある集合貸家で暮らすこととなった。
大家が父の知人で、月に銀貨一枚で暮らせるように交渉してくれたのである。
ライマーは聖騎士の試験を受けるために猛勉強し、また体を鍛えていた。
そんな彼のために私は炊事洗濯などをして支える。
当時、彼は平騎士で給料は銀貨五枚ほど。薄給だった。
そんな中で、ようやく一回目の聖騎士試験を受けるようだが、受験料に金貨一枚必要となるらしい。
彼は結婚資金から金貨一枚を捻出したい、と言ってくる。
せっかくライマーがこれまで働いて貯めたお金なのに、試験に使ってしまうのはもったいない。
そう思った私は社交界デビューのドレスを売って金貨一枚を得て、ライマーに渡したのだ。
「その対応が、今思えば間違いの第一歩だったのよね」
十年後の私はそう振り返る。
それからというもの、ライマーは私に金の無心を繰り返したのだった。