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新たな問題

 あれから自分でも信じられないくらい、平和な日々が続いている。

 聖務省への薬草石鹸の納品を止めたことで、自分のペースで商品を作る時間が確保できた。

 また、ランチ営業にも力を入れられるようになり、現在は限定二十食まで提供できるようになったのだ。

 ただ、飲食スペースの狭さについては課題が残っている。

 現在のカウンターは四名くらいしか入れず、外のテラス席でいいよという声に甘える日もあったのだ。

 暖かい日ならまだしもまだ凍えるような日が続くので、北風が身に堪えたかもしれない。

 一応、テラス席を利用するお客さんには魔石懐炉ませきかいろを貸しているものの、完全に寒さを防ぐアイテムではないので寒かっただろう。

 二階を客席にすればなんとかなりそうだが、私の生活スペースとなっているので、実行するとなれば部屋を借りないといけない。

 やるべきことが山積みとなり、考えただけで後回しにしてしまうのだ。

 今はのんびり暮らしたい、という思いが強いので、バタバタ忙しくしたくないというのもある。

 今は暖房対策を強化して、テラス席を有効活用しつつ営業しよう、という方針でいた。


 今日は夕食にイエさんをお招きしているのだ。

 聖女と私の石鹸騒動に巻き込んでしまい、迷惑をかけたお詫び的な意味もある。

 イエさんはどこかに食事にいこうかと誘ってくれたものの、その美貌は夜の街でも目立ちそうだと思って、ゆっくり食べられるように我が家に誘ったのである。

 夜に二人きりになることを気にしていたので、メルヴ・メイプルやドライアドがいるから大丈夫だと主張したら、しぶしぶ了承してくれたのだ。


 料理は昨日のうちから仕込んでいた。

 オニオングラタンスープに、白身魚のムニエル、冬野菜のオーブン焼き、子羊のパイに豚スペアリブのトマト煮。デザートはカスタードパイとベリータルトの二種類を用意した。

 カウンターにテーブルクロスを広げ、銀のカトラリーを並べていく。

 いつもと異なる雰囲気にドライアドは気付いたようだ。


『なんじゃ、特別な客でもやってくるのかの?』

「イエさんよ」


 きれいなお姉さんがやってくると思ったのか。明らかに落胆した様子を見せていた。

 メルヴ・メイプルは二階の花台で育てていたノースポールの花を摘み、閉じた花に対して咲くようお願いしていた。


『オ願イ、咲イテホシイノ!』


 すると蕾が膨らみ、かわいらしい白い花が開いていく。

 メルヴ・メイプルは満足げな様子で頷くと、ノースポールの花を花瓶に挿してカウンターに置いてくれた。

 それを見たドライアドが、自分も何かしたいと言い出す。


『ふむ、わしも一花咲かせてみるかの!』


 花を咲かせるような生き物だったか、と思って見ていたら、ドライアドは小刻みに震え始める。


「えっ、大丈夫なの!?」

『任せるんじゃ!』

「ええっ……」


 力むこと三十秒――突然、二階のほうからどかん!! という大きな物音が聞こえた。


「ねえちょっと、どこに花を咲かせているのよ!!」

『いや、わしの花じゃないのじゃが』

「だったら今の物音はなんなの!?」


 私達の声が外まで聞こえてきたらしい。イエさんがやってきて「どうかしたのですか?」と声をかけてくる。

 イエさんは変装の目的もあるのか板金鎧姿で、ここにくるまで逆に目立ったのではないかと心配になってしまった。

 そんなことはさておいて、二階の物音が何か確認しないといけない。


「二階からどん!! っていう物音が聞こえてきたの」

「差し支えなければ見に行ってもいいですか?」

「ええ、お願い!!」


 ここで待っていてもいいと言われたが、私の家なのでそういうわけにもいかない。イエさんの先導で二階まで上がる。

 メルヴ・メイプルも一緒についてきて、葉っぱを大きくし盾のように構えた状態で私の前を歩いてくれた。


 二階の生活スペースに落下したわけではなかったようだが、天井から砂埃が落ちているのに気付く。


「天井裏だわ」

「登れるようになっていますか?」

「ええ、廊下側に出入り口があったはず」


 案内すると、イエさんは腕の力だけで屋根裏に登っていった。

 あとに続けそうにないので、私とメルヴ・メイプルは廊下で待機する。

 しばらく待っていると、天井からドタバタと走り回るような物音が聞こえた。

 イエさんの「待ってください!!」と制止するような声も聞こえる。


「え……泥棒?」


 ハラハラしながら待っていると、イエさんの「捕獲しました!」という声が聞こえてきた。

 どうやら泥棒を捕まえてくれたらしい。

 屋根裏から戻ってきたイエさんの手には、額に緑色の宝石をつけた白いウサギがぶら下がっていた。


「あ、この子、もしかして!?」

「ええ、神聖獣カーバンクルです」


 そうだ。聖女を守護する最高位の使い魔。そんなカーバンクルがなぜここにいるのか。

 こっそり忍び込むつもりだったのだろうか? それとも間違って侵入してしまったのか。

 暴れずに大人しくしているようだが、私達に捕まって怯えているように見える。


「この子、聖女様の元から逃げだしたみたいなの」

「なっ――神聖獣が不在のまま、一人で歩き回っていたのですか!?」


 そうなのだ。聖女スイは取り巻きどころか、自称専属護衛騎士であるライマーでさえ撒いて、たった一人で行動していたのである。


「ごめんなさい、報告していたらよかったわね」

「いいえ、こちら側が気にすべき問題でしたので……なんともお恥ずかしい限りです」


 これまでどうやって過ごしていたのか。毛並みはピカピカで、大冒険をしてきたようには見えない。


 新たな問題ができてしまい、脳内で頭を抱えるも、今はお腹が空いた。


「イエさん、どうする? この子を先に聖教会に届けたほうがいい?」


 そんなことを聞くと、カーバンクルが声をあげた。


『ま、待たれよ! 我をその場に帰すのはやめい!』


 カーバンクルが突然喋ったので驚く。

 堅い口調だったが、声は幼子のようにかわいらしい。

 それよりも、本拠地である聖教会へ送り届けることを拒否するなんてどういうことなのか。


「えーっと、あなた、もしかして〝ワケアリ〟なの?」


 カーバンクルは気まずげな様子で、こくりと頷いたのだった。 

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